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No. 00057
DATE: 1999/08/16 02:35:03
NAME: A.カレン
SUBJECT: 君の為にこの手を……
この3、4日、ずっと宿に閉じこもったまま、コロムのことを考えていた。
少し前に突然旅に出たきりだったコロムが、ミニアスやシタールたちに救出されたという。どうやら、別の冒険者の一行に加わっていて、結果、ミノタウロスに捕まっていたらしい……。殺されていたのではなく、「捕まっていた」というのが問題だ。ミノタウロスは雄ばかりの種族だという。そして種を残すためのその習性……。
オランに帰ってきた直後にシタールから聞かされたそのことは実に衝撃的で、理性的な思考を奪うに充分過ぎるものだった。結果、落ち着きを無くし、ラス達に当り散らすようにもなった。理由など話せるわけもなく、ただ黙り込んだり怒り出したり考え込んだりを繰り返し、仲間を閉口させた。
それでも、仲間達は気分を盛りたてようとする。真っ先に離れて行ってしまいそうだと思っていたラスが、意外にも一番しつこい。毎晩きままに亭に誘う。あそこには友人がたくさんいて気分もまぎれるからと……。最近、新しい顔も増えて、楽しくなったからと……。荒れる理由を話そうとしないとわかると、即座に頭を切り替えて、話してくれるまで待とうという姿勢になる。知り合って今までこんな事が何度あったことか……。
シタールに事情を聞いた数日後、きままに亭でようやくミニアスに会った。彼女が俺を探していることは知っていたが、なにしろ居場所がわからなかったのだ。
ミニアスはコロムの居場所を教えてくれ、俺にとっては非常に答えにくい質問を投げかけてきた。
「コロムを、どう思っている?」
……すぐに答えは出ない。
嫌いではない。気になるのは確かだし、呪いをかけられ、辛かっただろう時も笑顔を忘れない芯の強さ、明るさを愛しいと思ったこともある。だが、それがはたして特別な思いかどうかは疑問だ。自分の中にある幸運の神への信仰が、彼女を助けろと言っているのかもしれない。彼女に安らぎや幸運をもたらす力があるのなら、その手を差し伸べろと……。
……使命感だけなのか……。
幸運の神への信仰心、神から与えられた力。それを持っているから彼女を救うのか……?
それは奇跡を起こせる者の傲慢さではではないか……?
そう思うと気分が悪くなった。
……弱すぎる。……情けないほど。
ミニアスはどう思ったろう。幻滅しただろうか……。
「何か話したいことがあるんじゃないのか?」
きままに亭で気分が悪くなり、ラスに支えられていつもの宿に戻ると、ヤツは部屋にいた仲間、ロイとシュウを体よく追い出した。そしうて、おもむろにそう切り出した。
……話したいことはある。コロムの身に起こったことを相談したい。だが、それをどう話したらいいかわからず、顔を背けてしまう。
「さっき、ミニアスと何話してたよ。……コロムのことだろ?」
「…………」
「……こないだ、コロムに会ったぜ」
会ったのか……?
どんな様子だったんだ?
コロムは元気だと、ミニアスは言っていた。それは本当なのか?
……考えるだけで、言葉が出ない。
「……しょうがねえなぁ」
いつまでもだんまりを決め込む俺に、心底呆れたというように、ラスは溜め息まじりに言った。そしてすぐ目の前まで近づく。
「お前が悪いんだからな」
そう言いつつ、俺の胸倉を掴み上げた。
振り上げた拳が視野に入る。
次の瞬間左の頬に衝撃が走る。
間髪入れずにもう一度……。
何がなんだかわからないまま、ベッドに放り出される。痛さに震える手で頬を押さえ起きあがると、ラスの顔が目に入った。俺が鬱屈している理由を聞き出すまでは一歩も引くものかという強い意思がそこにはあった。長いこと一緒に旅をした、一番信頼できる姿だった。
……話してもいい。
そう思ったとたん、言葉が出てきた。
「コロムが……」
ミノタウロスに捕まっていたこと。ミニアス達に助け出されたこと。ミノタウロスの習性……。シタールに聞いたことを何もかもを話す。
あれほど人に知られることを恐れていたのに、喋りだすと、自分でも不思議に思うほど簡単に言葉が出てくる。同時に胸につかえていたものが全て流れていくようだった。
「……それで……おまえどうすんの?」
「……どうするって……どうしようがあるんだ……」
「無理矢理聞き出しておいてこう言うのも何だけどよ。俺には関係ねえ…っていうか、おまえの問題だろ? おまえが決めなくてどうするよ?」
その通りだ。どうするのが最善なのか、それは自分で考えて決めることだ。では、どうすればいい?
「俺はさ、相談相手…っていうか…さっきみたいにさ、おまえが冷静になれないときに、引き戻すことぐらいはできるから……だから、手伝えることがあれば言え」
「ああ…悪かったよ……」
「謝るなよ。お互い様だろ?」
「……お互い様か……」
カイがエンヴィリアに狙われた時のことを思い出した。ラスは逃げなかった。逃げても無駄な相手だったからだが、それでも一度はエンヴィリアの手に落ちたカイを取り戻してきた。ラスには、向こう見ずとも言える勇気がある。
そういう相棒がそばにいながら、相談のひとつも出来なかった俺はなんて臆病者だろう。
「すぐに話すべきだったな……」
ちょっと腫れてきた頬をさする。かなり痛い。手加減しなかったらしい……。
「まったくだ。俺の手だって痛いしな」
手を振りながらラスは苦笑いした。
いつものラスの顔に、ほっとする。ひとつのことを共有する者がいるということはこんなにも人を安心させるものか……。
なんだかとても大事なことを忘れていたな……。
そして気付く。俺は、この安心感を与えられるだけではいけないと……。
コロムのそばには、今ミニアスがいる。それでも俺をたずねてくるのは、彼女にもどうにも出来ない何かがあるのか……。だったら会おう。自分に何か出来ることがあるのなら。
信仰心からではない。
彼女を愛しいと思ったことは事実だし、彼女を救いたいと思っている。俺はその心に従う。
一生つきまとうことになる?
構わないだろう。
あまりにも弱く未完な自分を、彼女が頼ってくれるというなら……。それでもいいだろう……。
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