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No. 00067
DATE: 1999/08/23 14:05:41
NAME: レオン・クライフォート
SUBJECT: 歪められた友情の行方(前編)
1.
夕闇が迫り一日の仕事を終え皆が家路を急いでいる、オラン大通りに店を出している果物
露店の主ドノバンも一日の商売を終えそろそろ店じまいを始めていた頃、ドノバンの視界
は通りを歩いてくる子供連れのお得意様を見つけた。
「おっと、あれはパーンの旦那じゃないか、ちょうどよかった頼まれていた果物が揃って
手に入った所だったんだよ。」
ドノバンがごそごそと紙袋に果物を手慣れた手付きで取り入れていく。
「これでよしっと、毎度パーンの旦那、頼まれていた果物を用意しておきましたよ。」
パーンと呼ばれた青年が足を止めドノバンを見やる。
「旦那〜、今日は一段と顔色が悪いですね〜。またあのべっぴんさんの彼女と喧嘩でも
したんですかい?そんな顔して歩いていたらお連れのお子さんも心配しやすぜ。さあさあ、
こいつでも食って元気を出しておくんなさい。疲れも軽く吹っ飛んでしまいやすよ。」
終始無言だったパーンがようやくドノバンに返事を返す。
「ああ、誰かと思ったらドノバンじゃないか、自分ではそんなつもりはなかったんだが
俺ってそんなに疲れた顔をしてるか?」
「疲れたなんてもんじゃありませんよ旦那〜、まるでこれから死出の旅路に出掛けるみた
いに陰気な顔をしてますよ。」
ドノバンの言葉にパーンが軽く笑い声を上げる。
「あはは、死出の旅路か〜そりゃあおもしろい冗談だな。」
二人の会話を気にしてか、はたまた先を急いでいるのかパーンの太ももの辺りを少年が指
でつんつんと突付いている。
「ほら見なさい、この坊ちゃんも旦那の調子が悪いのにちゃ〜んと気が付いているんじゃ
ありませんか?」
ドノバンが籠の中から林檎を一つ取り少年に渡し商売人の専売特許である飛びっきりの笑
顔で少年に話しかける。
「坊ちゃんにはこの林檎をサービスしようね〜、とても甘くて美味しいよ。」
そして、フードに隠されていた少年の顔がその時初めてドノバンへと向けられた。
(にこっ)
「ありがと、ドノバンおじちゃん♪」
「いえいえ、どういたしっ…」
少年の顔を見たドノバンの表情が瞬間的に凍りつく、なぜならその少年の瞳の色は人間と
も他のどの種族のものともまったく違っていたからである。その色は「緑」と「青」、少年
を見なれた者ですら目を被いたくなるように思わせるそれは、どんよりと暗くそして不吉な
輝きを放っているように感じられた。
少年はドノバンの表情を見るととても楽しそうに笑い、そして林檎を掌でもてあそびながら
大通りを先へと進んで行く。
「だっ、旦那!あの・・」
ドノバンが何か言おうとするのを軽く静止し、微笑みながらパーンはこう答えた。
「びっくりしたかドノバン、もうすぐ夏祭りがあるだろう?その時の「納涼肝試し大会」に
出演させようと思ってな、そのデモンストレーションで知り合いに見せて廻っていた
所なんだよ、驚かせてすまなかったな。」
パーンの言葉にドノバンは胸をなでおろし、
「そ、そうだったんですか〜、いや〜それだったら納得いきましたよ。あたしゃ旦那の事
だからてっきりまた厄介な事件に巻き込まれているのかと思ってね?それにしても背筋が
震え上がるくらい良い出来じゃありやせんか、一体どうやったらあんな風に化けられるん
ですかい?」
「はは、俺もそろそろ行かないといけないんでな種明かしは本番までのお楽しみだよ、ほ
ら果物の代金だ。」
「へいへい、それじゃあ本番を楽しみにしてますよ毎度有り〜!」
「またのお越しを心よりお待ち申し上げております。」
「ああ、また寄らせてもらうよ、それから一つ頼みがあるんだが。」
「へい、何でございましょう?」
パーンが懐から包みを取り出しドノバンに手渡す。
「今からこの包みをきままに亭に行ってそこにいるスカイアーに渡してもらいたいんだが
構わないか?」
「へえ、あたしゃ構いませんが旦那はこんな時間から何処かへお出かけで?」
「ちょっとあの坊主と野暮用さ。」
パーンの見やった視線の先には林檎を頬張りながらこちらをじっと見つめている少年の姿
があった。
「そりゃまた結構な気合の入り様ですね〜、その調子なら本番では何か賞をもらえるかも
しれないですよ、もし賞金が出たらその時はまたごひいきに。」
「ま〜ったく商売根性丸出しだな、分かったよ、また寄らせてもらうからそれじゃあな。」
「毎度ありがとうございやした〜!!」
そしてパーンと少年は大通りを郊外へ向かい歩き去って行った。
数分後、ドノバンが店の片付けを続けているとその目の前をスカイアーが何かを探し求め
るような仕草で通り過ぎて行った。
「あ、旦那〜、スカイアーの旦那〜こっちこっち〜!!」
スカイアー・ロックウェル。ロマール出身の元騎士で元々はロマール王国「隼騎士団」所
属の正騎士であったが事情により騎士位を剥奪され、それを機に傭兵の道を選ぶ。そして
数年の傭兵生活の後に冒険者へと転進しパーンと呼ばれた青年とはオランに流れ着いた折
に「きままに亭」にて知り合いさまざまな出来事の後、パーンとは気心の知れた仲になっ
ていた。最近は彼に勇者の資質(本人は少々困惑しているようだが)を見出したマイリー
の神官戦士の熱い視線の下、徐々にその資質を花開かせ「勇者」としての生き方、歩み方
を自分なりに切磋琢磨している、少々その性格に朴念仁な所も見え隠れする三十路を前に
した手練れの戦士である。
そしてドノバンに呼び止められたスカイアーがせわしない様子でやって来た。
「おお、ドノバン久しいな元気でやっているか?商売の方もなかなか上々の様で何よりだ、
申し訳無いんだが今日は急いでいてな、また今度寄らせてもらおう。では。」
言い終わるやいなやスカイアーはまた何処かへ行こうとするがドノバンがスカイアーの腕
を掴みそれを静止する。
「旦那、ちょっとは落ちついてくださいよ、一体何をそんなに慌てているんですかい?」
「うむ、実はレオンを探しているのだよ、ドノバンお主レオンを見かけなかったか?」
ドノバンがきょとんとした顔で返答する。
「レオンさん?そりゃ一体どなたの事なんでしょうか?」
「ああ、そうかドノバンはまだ知らなかったなパーンの事だよ、彼の本当の名はレオンと
言ってな、パーンは冒険者の時に使う偽名なんだよ。」
「ほぉ〜偽名ね〜、そうなんですか、冒険者さんはまたえらく面倒くさい事をしないとい
けないんですね〜。」
「まぁ、冒険者を生業としていると色々と面倒な事に巻き込まれる事もあってな、だから
冒険者の中にはあえて偽名を使っている者もいるのだよ。そんな事よりもレオンを見か
けたのか?それとも見ていないのかどっちだ?」
「パー・・じゃなかったんでしたね、レオンの旦那なら先ほどまでここにお出ででしたよ。」
スカイアーの顔に喜びの表情が広がる。
「マイリーよこの導きを感謝致します、それでレオンは何処へ行ったか分かるか?」
「へえ、子供連れで郊外の方へ歩いて行かれましたよ、それとこれをスカイアーの旦那に
渡してくれと頼まれたんですが。」
ドノバンがレオンから受け取った包みをスカイアーに渡す。
「レオンが私にこれを?」
心の中にどす黒いものが広がっていくのを感じつつもスカイアーはその包みを開く、
その中から出てきたものは血に染まって色あせてしまった一枚のストールだった。
(これは!?確かコルシュが身に付けていたもの、やはりレオンは暗殺者達に誘き出され
ていたのか!)
「ありゃ?血染めのストールですか、それも小道具の一つなんですね?という事はスカイ
アーの旦那も「肝試し大会」に参加されるんですな。」
「肝試し大会?」
一瞬困惑した表情を浮かべたスカイアーであったが、
(そうか、レオンめドノバンを危険から遠ざけるためにとっさに嘘をついたか)
「うむ、実はそうなんだよ今年は私も何か行事に参加してみようかと思いレオンに相談し
た所、一緒に肝試しでもしないかと誘われたのだ。」
「で、レオンに相談したい事があってな。彼を探しているという訳だ。」
「それで、あんなに慌てていたんですかい?レオンの旦那もそうでしたけどスカイアーの
旦那も気合が入っておりますな〜、こりゃ今年の祭りは今から楽しみになってきましたよ。」
「ああ、期待していて良いと思うぞ。それではレオンに追いつきたいので行かせてもらうよ、
世話をかけたなドノバンありがとう。」
「へい、次来た時は何かお買い上げの方よろしくお願いします。」
「了解したよ、ではな。」
そう言い残すとスカイアーは郊外へ向けて足早に立ち去って行った。
「それにしてもあの旦那方二人ともかなり腕の良い戦士だってのにたかだか祭りの肝試し
にあそこまでこだわるとはね〜、まぁそれだけ世の中が平和な印なのかもしれないが・・、よしっとこれで片付けもお終いだ、家に帰って一杯やるとしようかな♪」
こうして果物屋の主ドノバンの一日は今日も無事に終わりを告げた。
ドノバンと別れた後、スカイアーはレオンに追い着くべく郊外へ向かって足を進めていた。
「レオンよ、お前を絶対に死なせはせんぞ。このスカイアー・ロックウェルが必ずやあの
無法者共を葬り去ってお前もコルシュも守ってみせる!、だから決して早まるのではな
いぞ。」
スカイアーの口から無意識の内に誓いの言葉が呟きとなって放たれる。
そして、先を急ぐスカイアーを呼びとめる声が背後からスカイアーの耳に飛び込んできた。
「スカイアー様〜!」
「あの声は・・」
しばし足を止め振り向くと、向こうから一人の神官戦士が駆け寄ってくるのがスカイアー
の目には写っていた。
ラデッサ・ウィリアム。「きままに亭」にてスカイアーを一目見た時に彼に勇者の資質を
見出し、スカイアーの従者となるべく申し出たマイリーの神官戦士である。スカイアーも
最初は彼女の申し出を丁重に断ったのだが再三に渡る説得についにスカイアーの従者とな
る事を許され、彼の下で従者としての修行を続ける未来の希望あふれた少女である。ただ
し現在は訓練の最中に不覚を取り左腕を骨折中である、若いので少々おっちょこちょいな
部分があるのかもしれない。
「ラデッサ、何故ここに?」
「スカイアー様が門を出られる所をお見かけしまして、何か只ならぬ様相でいらっしゃっ
たので失礼とは思いましたが後を着けさせて頂きました。」
「そうだったのか、実は…」
スカイアーがラデッサに簡単に事情を説明する。
「まあ、レオン様とコルシュ様が!?それは大変一刻も早くお二人の元へ馳せ参じなくては。
行きましょうスカイアー様。」
「ああ、私はそのつもりだ。だがラデッサ君は・・」
スカイアーがラデッサの左腕の怪我を気遣い言いよどむ。
「ご心配なさらないで下さい、片腕でも戦える術は学んでおります。それに私達にはマイ
リーのご加護がついております。」
ラデッサの真剣な表情にこれ以上は言い争っても仕方が無いと悟ったスカイアーも意思を
固めたようで、
「そうだな、こうして君がここにいる事もマイリーの導きなのかもしれん、ならば共に行
くとしよう。ただしラデッサ私達は死にに行くのでは無い、友を救いに行くのだ。だから
もしも自分の身が危うくなったら決して無理はせず逃げ出すんだ、いいな?」
その問いにラデッサが元気良く答える。
「スカイアー様はそのような状況に在っても逃げ出すような事はなさらないでしょう?
スカイアー様にとってレオン様もコルシュ様もとても大事な友人であられるみたいですもの。
ですから従者である私が一人で逃げ出すわけには参りませんわ。」
「ラデッサ私は・・」
「大丈夫です、私がそんな状況になるよりも早くマイリーの名の元にスカイアー様とレオン様が
きっと敵を殲滅して下さいますわ。違いますか?」
「ふっ、なかなか難しそうな注文をしてくれるなラデッサ。」
ふとスカイアーの顔に微笑が浮かぶ、そして次の瞬間スカイアーの顔は断固たる決意をした男の
表情へと変わっていた。
「行くぞラデッサ!」
そう言い終えるとすぐさま踵を返しスカイアーは再びレオンの姿を探しその歩みを進めた。
「はい!」
ラデッサもスカイアーの後に続く。
二人が先を行くレオンの姿を発見するのはそれからほんの数分後、そしてそれは二人に
とって命を懸けた戦いが今まさしく始まる事を意味していた…。
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