 |
No. 00104
DATE: 1999/09/18 00:39:13
NAME: ラーズ
SUBJECT: 湖畔の遺跡の眠り姫
オレは今、ミードに向かって馬を駆っている。
パダからレックスの東を回って、妖魔の森の方へ抜ける人気のない間道だ。
前にここを通ってから何年たっただろう?
ふと、そんな物思いにふける。
・・・♪初めて、会った、あの頃の事をキミは覚えているだろうか?
降りしきる雨の、音が支配する街角、光の中・・・
出会った事で、歴史の・・・
・・・歯車は噛み合い、今まさに、動き出す!
WeAreDance! 光の妖精が、舞い踊る街の片隅で、生まれ振るえてる夢・・・
・・・少しだけ、強く抱きしめるように、捕らえて離さない、そんな大人になろう・・・
歌う少女の名はレイファ。プリーストだ。
他には、戦士のグレン、盗賊のシンク、魔術師のプリステアが居る。みんなオレの仲間だ。
時は新王国歴489年。初夏。
オレたちの目的は、ミード湖畔の古代王国期の貴族の別荘の遺跡。
遺跡の発見は、極めて困難な物だった。
もし、突然の雨に一行が逃げ込んだ岩山に、その遺跡が隠されていなければ、見つけることは出来なかっただろう。
しかし、見つかってしまえば、遺跡の探索は難しくなかった。
莫大で無いにしろ、しばらくは食べるに困らない程度の財宝を、オレたちは手に入れた。
雨も上がった帰り道の森の中。
「なにか居るぞ!」
シンクの叫び声と共に、茂みの中から、数頭の虎が出現した。
後で思い返してみれば、この地点で異常に気づいていなければならなかったのだ。
グレンとシンク、オレの三人が前線へ出て、レイファとプリスが後ろから魔法で援護する。オレたちのパーティーの基本シフトだ。
今まで、ほとんどの敵をこのシフトで討ち取ってきた。
オレは闇の精霊を呼び出すため、精霊語を発した。
同時に、プリスも<眠りの雲>の呪文を唱えはじめる。
先制攻撃はオレ。オレが闇の精霊を放つ。
闇の精霊が虎の一匹に命中する。
しかし、虎は闇の精霊を食らいながらも、オレに飛びかかってきた。
右肩を虎の爪が切り裂き、血が吹き出る。
同時に、虎は昏倒した。
他の虎達も、一斉にグレンとシンクに襲いかかる。
しかし、さすがは戦士と盗賊。虎の攻撃は一撃たりとも、二人に命中する事はなかった。
続いて、プリスの<眠りの雲>。
味方を巻き込む事を恐れたのか、効果範囲はやや後ろより。結果、眠りに落ちたのは、一匹に止まった。
そして、戦況は乱戦模様を見せ始めた。
・・・おかしい。
いくらか時間が経つうち、オレはそう思い始めていた。
倒しても倒しても、虎が減らない。倒した数は、精霊魔法で昏倒した虎を含めて、既に八匹。
虎は猫科の動物。普通は単独で狩りをしている。こんなに大量に出て来ることは考えにくい。
と。
「よお。困ってるみたいだな」
声は、後ろから聞こえた。
思わず、オレは振り向いた。
見れば、グレンもシンクも振り向いている。
ぼさぼさの髪の毛、浅黒い肌、獣皮を適当に着込んだような服。
・・・!
男の言葉の間、虎の攻撃が止んでる。
冷や汗が、背中を奈落に向かって落ちていく。
「散れ!」
叫んで、オレは走り出す。
「・・・くふふふ、頭がいいねえ、妖精さん」
男が言う。
そして、男の体が振るえ出す。
メタモルフォーゼ。
獣化。
その段階になって、ようやく事態を察したのか、レイファがプリスが走り出す。
グレンとシンクも続く。
追いすがる虎。その数、12匹。
やはり、森の中での機動性では虎の方に分がある。
「ラーズ! やばいぞ!」
シンクの叫びに全員が立ち止まる。
「囲まれたか・・・」
苦しげに、オレは言う。
「あいつはなんなんだ?」
「・・・ワータイガーだよ。
えらいもんが出てきたもんだぜ!
虎がこんな大集団で動いてる段階で、気づかないといけなかったのに。くそっ!」
グレンの問いに、オレは吐き捨てる様に答えた。
ライカンスロープは同種の獣を自在に操るという。
おそらく、虎の数の多さは、人工的に繁殖させているのだろう。
「取りあえず、レイファとプリスを中心に。
プリス、オレたち三人の武器に<魔力付与>を・・・
レイファは、回復魔法の為に魔力温存。
いいな?」
「了解!」
全員の声が重なり、破滅へのカウントダウンが始まった。
最初の犠牲者は、シンク。
グレンを抜いた虎から、プリスを守るために、自ら盾になった。
鎧のない足の部分に、虎が噛みついた。為すすべもなく、引きずり倒されるシンク。
そこへ数匹の虎が殺到する。その後、地面に血の海が広がるのに、それほど時間はかからなかった。
「シンクーっ!」
誰かの叫び声。一瞬頭がパニックになる。同時に妙に冷静な部分が非常警報を掻き鳴らす。
戦線は崩壊した。オレとグレンでは戦線を維持出来ない。
「・・・に、逃げるぞ! 逃げるぞ!」
叫んだ。・・・いや、叫んでいた。
頭の中の混乱した部分が、体を付き動かす。
同時に冷静な部分が、虎の包囲網の一番薄い所を見つける。
後は、簡単だった。
一撃必殺の<眠り>で、そこを突破する。
「・・・さっきの遺跡へ!」
最初にオレ。レイファ、プリスと続いて、最後にグレン。
そして、第二の犠牲者。
プレートメイルを着たグレン。他の仲間から、少し離れた所で、虎に追いつかれ、引き倒される。
間もなく、そこへ虎が殺到する。
思わず立ち止まるオレ。
つられて、後の二人も立ち止まった。
それは、最低の判断だった。判断の狂いがリスクを呼び込む。
「きゃあ!」
至近距離の茂みから飛び出した、一際大きな虎が、レイファに飛びかかる。
「・・・レイファ!」
叫んでオレはレイファの腕を、つかみ、引く。
間一髪、虎の爪はレイファの肩を掠っていった。
血が少し出ているが、気にしている暇はない。
「走れ!」
叫んで、再びオレは走り出した。
<強化施錠>の呪文が発動し、扉は閉ざされた。
「・・・取りあえず、生き残った人間の安全は・・・確保できたな・・・」
遺跡の中に逃げ込んで。
「・・・でも・・・」
オレの言葉に、プリスが言う。
「・・・わかってる・・・でも、今はオレたちが生き残る事を考えるべきだ・・・」
自分に言い聞かせるように、言葉を吐く。
・・・判断ミスはリスクを呼び込む・・・オレは判断ミスを犯した・・・
「・・・取りあえず、休もう・・・」
呟いて、オレは壁の脇に腰を下ろした。
何時間経っただろう? いつの間にか、眠っていたらしい。
「ラーズ! レイファが・・・」
プリスの声に、レイファの方を見る。
大量の汗。荒い息づかい。
もし、これが街の宿屋での事ならば、風邪だと思っただろう。
しかし、これは・・・
レイファを襲った一際大きな虎の姿が、脳裏を過ぎる。
「・・・あいつが、ワータイガーだったのか・・・」
「え?」
「・・・ライカンスロープは伝染する・・・」
「・・・」
このパーティには、<病気治療>の使える司祭は居ない。
「最悪だ・・・」
呻いて、こめかみに手をやる。
頭がズキズキ痛んだ。
・・・判断ミス。油断。
「・・・レイファは連れて逃げられない・・・」
「・・・そんな!」
プリスが叫ぶ。
「今、ここから出れば虎の餌食だ・・・」
絞り出すように、オレは続ける。
「オレはお前を連れて、ミード湖に逃げようと思ってる。
残念だが、レイファは連れて行けない。
レイファを連れていく体力も魔力も、オレもお前も持ってない。
何より、もう日付が変わっただろう・・・今晩は満月だ」
一言一言。苦しむように、オレは言葉を吐き続ける。
「でも、最後にオレの作戦を信じて欲しい・・・」
この言葉はレイファに向けた物。
「・・・信じるよ・・・ラーズ・・・」
荒い息の間から、レイファが答えた。
「どう、するのよ」
プリスの涙声が続く。
「精霊魔法の<眠り>にかかった者は、一切の生命活動を停止する・・・
どういう、事かわかるな?」
「・・・置き去りにする気!?
そんなの・・・そんなの、あんまり・・・」
「いいよ・・・あたし、信じてる・・・から・・・」
「・・・レイファ・・・絶対戻ってくるからな・・・」
「ラーズ!」
「選択の余地は、ないんだよ、オレたちに・・・
今晩、レイファは獣化する」
オレはプリスの答えを待たずに、<眠り>の呪文を唱えはじめる。
呪文の効果が発現すると同時に、レイファは深い眠りに落ちた。
「プリス! レイファを一番奥の玄室へ移す
途中のクリティカルパスに片っ端から<強化施錠>を頼む」
「わかったわ、最後にあなたを信じる」
レイファを玄室に安置したあと、オレとプリスは遺跡の天然洞窟部分を<穴掘り>の精霊魔法を掘って、ミード湖に出た。
再び降り出した雨と霧が、湖面を埋めていた。
オレは、剣も革鎧も捨てると、湖面へと体を踊らせた。
プリスも続く。
・・・あたし信じてるから・・・
あの後、視界の効かない霧の中で、オレは、偶然通りかかった漁船に助けられた。しかし、結局プリスは見つからなかった。
直後、ミードに滞在していたオレの元へ、故郷で族長が死亡した、という話が伝わってきた。
帰らざるをえなかった。
オレは、どうしようもない気持ちを残して、ミードを去った。
・・・絶対、戻ってくるからな。レイファ。
オレの思いは、目の前に現れた森によって、現実へと引き戻された。
あの時の、森。
「待ってろよ・・・レイファ!」
オレは馬を下りると、ゆっくりと森へと踏み入った。
 |