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No. 00071
DATE: 1999/08/26 23:47:03
NAME: ケイ
SUBJECT: Confront 〜 対峙、そして…
「ディックさん…ゴメンね……私、行ってくる」
脅迫めいた内容の手紙を、無造作にポケットに詰め込むとそーっとケイは部屋を抜け出した。
「…下も……誰も居ないわね?」
きょろきょろと辺りを見回して誰も居ないことを確認すると、ケイは足早に気ままに亭を後にした。
「店員さん、さよならっ☆またねっ♪」
ぎい、ぎいい……店内のきしむ階段を上り、自室へと向かう。そのとき、突然工房のドアが開いて眠そうな表情のおばさまがぬうっとあらわれ、大きなあくびをする。
「…ケイちゃん?こんな時間にどうしたの?」
「あ、お、おばさまっ☆ちょっとお手洗いに……」
「ふうん、早く寝なさ〜い…明日も早いんでしょ?」
「ありがと、おばさまっ♪それじゃ、お休みなさ〜い☆」
「無理しないでね〜ケイちゃん!……あふぁああぁ……そうそう、今日パステルちゃんが来てたわよ?今日はいないって言ったら明日また来ますって……あんまり友達に心配かけちゃダメよ、ケイちゃん?」
「はぁ〜い☆それじゃ、上がって待っててって言ってもらえます?」
「忘れなかったらね!ケイちゃん、おやすみなさ〜い……」
椅子に軽く腰掛け、ランタンに火を灯す。広くもない部屋に紅い灯りが染み渡り、脂の爆ぜる音がサラマンダーの吐息のように無音の部屋に響き始める。
ケイは先日買い込んだ火酒のボトルを開けて、グラスにほんの少しだけ注ぐ。琥珀色の火酒は、まるで紅い炎の光を集めて作ったかのような綺麗な輝きを放っている。ケイはそれを一気に飲み込み、少し咽せながらも羽根ペンを取って小さい羊皮紙の切れ端に次々と小さな文字を書き始めた。
「……私のせいで、私のせいで……ひっく、みんなを困らせることになってしまった……ゴメンね、ひっく、みんなホントにゴメンね……ディックさん、ごめんなさい……」
2枚目を書き始めたあたりから大粒の涙を流しながら嗚咽し、3枚目に入ってすぐに再び火酒をグラスに注ぐが、震えるグラスにはうまく注がれることはなく、ただ机と服を濡らすだけだった。そしてグラスは手を滑り落ち、机の上で軽い音を立てて倒れる。
「……着替えなきゃ…」
火酒の琥珀色で染まった白地のローブと下着を脱ぐと、ベットの上に畳んであった新しい下着と草色のブラウス、短めのスカートを着る。そして髪飾りとペンダントを置き、剣を背中に背負って部屋を後にした……。
まだ夜の明けきらないオランの港。吹き募る南風と時折暗闇を切り裂く閃光と轟音は、先日の雨の残滓だろうか。まだ石畳はびっしょりと濡れていて、夏だというのに寒々とした雰囲気を作り出している。
「えっと、ほんとうにここで……いいのかな?」
港の先端に張りだした堤防の先には石造りの白い灯台がある。ケイはまだ濡れている灯台の基礎に腰掛け、しばらく夜明け前の海を眺めることにした。日が昇り始めるにつれて濃紺から紫、赤紫、オレンジ色、ネイビーブルーへと移り変わる様は綺麗ではあったが、憂鬱さは癒されることはなかった。それどころか、ふと背後から聞こえた野太い声は心の中にシェイドを呼び起こした。恐怖で足がすくみ、肩が震える……。
「ふはは、早いお着きで……レイラの妹。呼び出した理由は解っているな?」
「あなたは……卑怯者よっ!」
「ふっ、何を言い出すかと思えば、卑怯者ときたか。誉め言葉として頂いておこうか(邪笑)」
「……姉さんは絶対に渡さないわっ!」
ケイは立ち上がり、ぎこちない様子で剣を取って構えるが、吹き募る風に切っ先が流されてうまく狙い付けることができないでいる。
「ケガをしたくなければ、そんな使えもしない物はしまいたまえ」
「使えるか使えないかは……やってみなきゃわからないわっ!」
剣を振りかざしながらジャルドへと駆け寄る。そう、アレクさんから教わったとおりに剣を振るえば……
「やれやれ、聞き分けのない妹だ……怖いぐらいにそっくりだな、くはははは」
ジャルドは襲いかからんと殺到するケイをぎりぎりのところでかわすと、勢い余って通り抜けようとするケイの右腕を両手で掴み、思い切り力を入れる。
「腕の一つでも折ればおとなしくなるかな?ふん!」
みし、みしと鈍い音を立てながらきしみ始める。あまりの激痛に耐えきれなくなったケイは悲鳴を上げ、握っていた剣を海へ落としてしまった。
「い、いやぁぁぁっ!」
みし、みし、ばきり。以外に軽い音が耳を突いた。ケイは右手を押さえながら堤防の石畳に崩れ落ち、声にならない悲鳴を上げる。
「ふははは、それじゃあ少しの間、眠っていてもらうぞ、と」
ジャルドは両手を組み、石畳に座り込んで苦痛に表情をゆがめるケイの後頭部を強かに殴りつける。ケイは石畳に叩きつけられ、そのまま気絶してしまった。ジャルドは気絶したケイを担ぎ上げ、再び港へ向かって歩き出した。
「くははは、これですべて揃った。待っていろ、レイラ。すぐに助けに行くからな!」
もうすっかり日も昇り、海から吹き上げる南風と太陽の光が辺りを何事もなかったかのように、再び静寂の世界へと引き戻し始める。今日も暑くなりそうだな……。
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