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No. 00073
DATE: 1999/08/30 23:02:19
NAME: ラーズ
SUBJECT: 時間の牢屋の捕らわれ人
注意 このEPは「EP70:湖畔の遺跡の眠り姫」の続編です。
オレは森が好きだ。まあ、エルフだから当然だが・・・でも、ここの森はキライだ。
ミード湖の南側にある名もない森。そして、そこを貫く人気のない間道。
最後にここに入ったときは五人だった。
そして、出たときには三人になっていた。
街に帰り着いた時には、オレ一人しか残っていなかった。
そんな事を考えながら、オレは間道を外れ、獣道に分け入る。
剣で邪魔な草を切り払いながら、数百メートルも進むと、視界が開けた。
ミード湖畔にそそり立つ岩山。そこに古代王国期の遺跡がある。
取りあえず、岩山の陰になる部分にある洞窟を目指して歩き始める。
自然の地形でカムフラージュされた洞窟。存在を知らなければ発見は困難だろう。
しかし、オレは知っている。この遺跡の事を。
「変わってねえな。なにも・・・」
呟いてから、いつもより強力な光の精霊を召還する。
・・・前は、たしか大ナメクジが居たんだよな・・・
オレは光の精霊が照らし出す洞窟の中、昔の記憶をたぐり寄せつつ、進む。
洞窟は三十メートル程の地点で左に曲がって、遺跡に続く上り階段に繋がっている。
「・・・この先を右・・・」
階段を登り切った所で、道はいったん外へ。
さらに、両側を高い岩の壁に挟まれた道を進む。
そして、オレは戻ってきた。
取りあえず、遺跡の入り口に張り付いている、金属製の扉に手を掛け、引く。
扉は、開かなかった。
「まだ、<強化旋錠>が生きてるな・・・」
それは、あの後この遺跡に誰も踏み入っていない事の証明。
「・・・扉は魔力に犯されん・・・」
コマンドワードを唱え、再び扉を引く。
扉は容易く開いた。
オレは、遺跡の中へと踏み込む。
・・・なにも、変わってねえ・・・あの時のままだ・・・
光の精霊が照らし出す、遺跡の中。オレは迷うことなく進む。
遺跡のマップは、完全に頭の中に入っている。
迷うことなど、あり得なかった。
通り道にかかっている魔法の鍵にコマンドワードを与えながら、目指すのは最深部の玄室。
「戻ってきたぞ・・・レイファ・・・
獣の姫が眠る場所!」
コマンドワードを与え、オレは玄室の扉に手を掛ける。
しかし、扉は開かない。
いや、開けられない。
・・・本当に起こしていいのか?
今更ながら、そんな事が頭をもたげる。
・・・ライカンスロープなんか、ルクシエルの魔法で一発で治る。高司祭級のサーバスも居るし、それより劣るとは言えアーダも居る。
しかし。
レイファは、もう二十年以上前の人間だ。本当に起こすことが、正解なのか?
・・・また、悩んでるな。オレ・・・
妙に客観的に考え、苦笑する。
「何、考えてんだ。オレは・・・必ず助けに来る。そう言う約束じゃねえか」
くだらない葛藤を終え、オレは扉を引いた。
あの時のまま、レイファは眠っていた。
ブラウンの髪、白い肌。何も変わっていない。
しかし、かつて、白かった服は黄色く変色し、革製のブーツは既に崩れ落ちている。
それらは、時間の流れを嫌と言うほど実感させた。
「戻ってきたぜ・・・随分、遅くなったけどな・・・」
取りあえず、精霊力の働きを調べ、異常がない事を確認する。
「・・・問題はないな・・・」
呟き、抱き上げる。
「さあ、戻ろう・・・いや、ようこそか。新王国歴五百年代へ・・・」
「・・・皮肉なもんだぜ・・・」
森の中。気配を感じて、オレは立ち止まり、呟く。
「まさか、お前らもまだ生きてたなんてな」
今度の言葉は、適当な茂みに向かって言い放つ。
同時に、抱いていたレイファを肩に担ぐ。
軽量なレイファなら、大して邪魔にはならない。
「げへへ・・・、オレたちの事を知ってるのかい?」
「エルフみたいだからな、親父の知り合いじゃねえか?」
出てきたのは二人の蛮族風の男。そして、虎が四頭。
「増えてやがる・・・まあ、いいけどよ・・・
土の精霊よ・・・」
左手に確かな手応えが出現する。オレはその手応えを地面に向かって投げつけた。
同時に魔法が発動し、蛮族風の男と虎四体が盛大に転倒する。
そして、オレは走り出した。
視界の効かない森の中で、虎と戦うのは得策ではない。
獣道を一気に駆け抜け、間道に出たところで、いったんふりかえる。
蛮族風の二人の姿は見えない。見えているのは虎が四頭。
「闇の精霊よ・・・」
闇の精霊を四つ同時に召還し、虎に向かって叩き付ける。
さすがに、これ一発では倒れない虎たち。
「もう一発・・・」
さらに、もう四発の闇の精霊を放つ。
今度こそ、四頭の虎は昏倒した。
オレは使い終わった魔晶石を投げ捨て、別の魔晶石を引っぱり出す。
「ライトニングジャベリン! 来い!」
叫んで、馬を呼ぶ。
一瞬の沈黙。
「!」
危険を感じて身をひねる。
一瞬遅れて落ちてくる、虎。
どうやら、木の上から奇襲してきたらしい。
「眠りの精霊!」
虎が着地するより早く、オレの<眠り>が決まる。
「そのまま寝てろ!」
叫ぶと、馬の嘶く声。
「こっちだ!」
駆けつけたライトニングジャベリンの背に、レイファを乗せる。
そして、レイファの体を荷物固定用のハーネスベルトに固定した。
「行け!」
そして、ライトニングジャベリンを元来た方向へと走らせる。
虎がいくら森の中を早く移動できようが、道を馬が走る速度には追いつけないだろう。
その段階で、蛮族風の男二人が追いついてくる。
「お前らも、人間やめたらどうだ? ・・・とっとと本性表せよ」
「ぐふふふ、おもしれえ」
「殺して、食ってやる」
声と共に、二人が変身を始める。
翌日の夜、オレはパダに戻ってきた。
遺跡の番人亭。パダに滞在するときは、ここに泊まることにしている。
取りあえず、客室にレイファを寝かせて、食事を取る事にする。
久しぶりに乾燥肉以外の料理が食える、ということで子羊の肉を制覇していたところ、突然アーダが現れた。
当人曰く、オレを追ってきたらしい。
「言っとくけど、虎は皆殺しにしたぜ」
オレがそう言うと、アーダは残念そうな表情を見せた。
「やっぱりな。それでお姫様は?」
「二階で寝てる・・・言っとくけど、手ぇ出すなよ」
「出さない出さない。
それで、どうだ俺が治してやろうか? ライカンスロープ」
「・・・セクハラ行為とかに及ばないか?」
「しないしない」
実際、ライカンスロープの治療など、どうと言うことはなかった。
アーダはまず<病気癒し>でライカンスロープを治療。続いて<平心>を使って<眠り>を解除した。
精霊力を調べれば、レイファが正常な眠りに移行して
あまりにもあっけない。
それが、オレの感想だった。
「施術、終わったぜ。それじゃあ、俺は食事に戻るとするか」
そう言うと、アーダは部屋を後にした。
「・・・さて、こっからは、オレの問題だ・・・」
・・・もう、迷わないって、決めたからな。
覚悟を決めて、オレはレイファの肩に手を掛け、揺する。
「・・・ううぅ・・・」
「レイファ・・・」
目覚めたレイファに声を掛ける。
「・・・ラーズなの? ラーズなのね!?」
ゆっくりと、上半身を起こしながら、レイファは言う。
「ああ。約束通り、助けに来た・・・でも・・・」
「でも?」
「・・・でも、オレは、お前に謝らなくちゃいけない」
そして、オレは語った。あれから二十年以上経ったことを。
結局、レイファ以外の仲間は、全員助けられなかったことを。
レイファはずっと黙って話を聞いていた。
その表情から内心は伺えない。
「・・・お父様とお母様は?」
そして、レイファが口を開いた。
「はあ」
と、ため息をつく。
覚悟していた質問。
「誤魔化せるもんでもないから正直に言うことにするけど・・・
落ち着いて、聞いて欲しい」
一言一言、レイファに言い聞かせる様に。
そして、自分に言い聞かせる様に。
「まず、中原の勢力図は大きく書き変わってる。
ファンが分裂して、オーファンとファンドリアの二国になった。
そして、モラーナは・・・」
「モラーナは・・・?」
「・・・滅亡した・・・」
そして、モラーナ滅亡の過程を語る。
レイファは何も言わなかった。
・・・苦しいな・・・
いつかの、どうしようもない気持ちが、蘇る。
「・・・なにも、守れなかった・・・すまない・・・」
燃え落ちる神殿。取り残された人々の断末魔の絶叫。それらが鮮明に蘇る。
あの時程、力が欲しいと思ったことはない。
いつの間にか、レイファは泣いていた。声を立てずに。
「・・・すまない・・・」
言葉を重ねる。
「死んだのね。みんな」
「・・・」
その問いに答える言葉を、オレは知らない。
「・・・死んだ。オレの目の前で。オレは何も出来なかった・・・」
人が死ぬ事に関して、オレはある程度覚悟が出来ているし、今まで何人もの人間が死んでいくのも見た。
所詮、人間とエルフでは絶対的な寿命が違う。
しかし、レイファは違う。
「ラーズ・・・」
名を呼ぶ声と共に、レイファがしがみついてくる。
「・・・ごめん。
・・・少しだけ、こうして居させて・・・」
レイファは振るえていた。
その肩が何か、とても脆い物で出来ているような気がして、オレは触れることも出来なかった。
「オレは、深い判断も無しに、お前を時間の牢屋に閉じこめた・・・謝る言葉もない」
・・・オレはこんなに無力なのか?
胸の中で、小さい声を上げて泣き始めたレイファを見ながら、思う。
「・・・オレ、最低だな・・・全部オレの判断ミスから始まった事なのに・・・
リスク補完、なにも出来てねえ」
そしてもう一度、最低だ。と心の中で付け加えた。
「・・・そんなこと・・・ないよ」
振るえるような、レイファの声。
「あたしが、ラーズの立場だったら、誰一人守れなかった・・・と思う。
多分、この世界のほとんどの人が、あの状況であれだけの判断はできない・・・
・・・だから・・・」
レイファは言葉を切った。顔を上げ、オレの目をのぞき込んで続ける。
「・・・だから、結果を恥じないで。
・・・だから、自分を責めないで。
・・・だから、あたしに謝らないで。
だって、ラーズは・・・あたしを守ったんだもの!」
その声には、確かな意思が感じられた。
「強いな。お前は・・・レイファ。
ようこそ、新王国歴五百年代へ」
言って、優しくその両肩に手を置く。
今度は、さっきのような脆さは感じなかった。ただ、その暖かさが、生を強く実感させた。
しばしの沈黙の後、レイファは静かに両の瞳を閉じた。
オレはレイファの体をそっと抱き寄せる。
・・・やっと取り返した。
もう、言葉はいらない。
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