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No. 00077
DATE: 1999/09/01 02:15:18
NAME: ミニアス
SUBJECT: 悪夢再び
「え〜と、ここを曲がって・・・」
くしゃくしゃになっている紙を片手に持ってきょろきょろしている少女。いや、少女と女との丁度中間あたりになるだろう。
だが、腰に剣を下げている所で冒険者らしいと想像出来る。
彼女はミニアス。
今、少し探しものをしている。
「はい。あ〜ん」
はちきれんばかりの笑顔。
薄い黄色のぶかぶかのワンピースを着ている少女。だが、そのお腹はかなり膨らみ、子供を宿していると一目で分かる。
彼女、コロムはぎこちない笑顔で答える目の前の男性に、ムニエルが刺さったフォークを差し出している。
ぎこちない笑顔の男性、名をカレン。
彼は周りに誰もいない事を再度確認すると、耳まで赤くなりながら身を乗り出して食べようとする。
この数日、ずっとこんな調子が続いている。始めは断わったりなんだりとしていたのだか・・・断わりきれずにやっていくうちに、あきらめて食べるようにした。
じゃないと、せっかくの出来立てが冷めてしまう。
あともう少しでムニエルが口に入ると言う所で、バタンとドアが開く。
「・・・・・・・・・」
入ってきた女性(ミニアス)はなにかを言おうとしたが、言葉が出てこなかった。しかし目は2人の方に向いている。
あわてて座り直すカレンと、少し不安そうな表情を浮かべるコロム。
無言でドアを閉めようとするミニアスに、カレンは慌てたように声をかける。
「なんか言いに来たんだろ、言えよ!!」
少し考えたあと、ミニアスはこうカレンに聞き返した。
「なんて言ってほしい?」
「・・・・ラスだけには言わないでくれ。」
最後は消えてしまいそうな程小さな声で言うカレン。
困った顔をしたままミニアスは、一言。
「横にいるんだけど・・・・」
凍り付くカレン。それを心配そうな顔で見つめるコロム。
困っているミニアスの横にいるラスは、いいものを見たとばかりにニヤニヤとしていた。
一方。
表通りから少しはずれた所にある酒場。
そこで1人の男・・・額に一本、鼻の下に一本、下唇の下に一本。合計三本の横線にも感じられる傷を持つ男。名をドロルゴという。
彼、ドコルゴはあせっていた。
もちろん、コロムの事でである。
『くそう・・・私の知らないうちに・・・・』
彼女を遠くから苦しめるのを楽しんでいた彼にとって、今のコロムの姿は衝撃的なショックを受けた。
『最近姿を見ないと思っていたが、妊娠しているとは・・・・このまま幸せになぞしてたまるか。』
テーブルには、頼んだ品が置かれる。黙って金を払うと、そのまま考え込む。
隣のテーブルで飲んでいる男達が、かなり酒が入ったためか大声で自分の冒険談を話しはじめる。
『うるさいやつらめ』
聞く気なぞなかったが、勝手に耳に入ってくる。
「だが、あんときゃまいったっけきょ〜」
顔が真っ赤になっている男が隣にいるエルフに、ろれつの回らない言葉で話し掛ける。
「ああ。あのワイバーンの事か?」
エルフの言葉にうなずいてから一気にエールを飲み干す。そして一息ついてからまた喋り出す。
「あってよう。あひゃひゃやく、ひょんちょうが俺っちのとこにかけつへて、まほが食われただのいふんだからは。」
「たしかにあれは参ったな。夜遅くにその村についたときだったからな。」
その時の事でも思い出したのだろう。エルフはエールがなみなみと入っているコップを持ったままでいる。
「ひょんで、わいはーんの寝床だかにつひて、からがにゃあ〜」
「ああ。姿は見えないが、声だけはどこからかしていたんだよな。腹から聞こえると分かった時には、さすがにびびったな。」
ガツガツと食べたり飲んだりを繰り返す男を尻目に、ゆっくりとエールを飲むエルフ。
「倒したあと、どうするべきか悩んだ俺達にとんでもない事をしたのがいたっけなぁ。」
「ひょんでもなひ事だと。あひょひょきのおへのやっはこひょは、ひゃひゃしかっひゃじゃなひか。」
じぃー、とエルフを見る男。
肩をすくめてみせてからエルフは、口元だけの笑みをみせた。
「何にも言わずに腹を裂きはじめた時、正直びひった。けどな、お前のしようとしている事はすぐに分かったさ。」
「ひょーだろ、ひょーだろ。」
にやにやしながら男は食べ物を口に運ぶ。
「何も言わずに行動したのは、問題だがな。」
小さく呟いたその言葉は、食べる事に忙しい男の耳まで届かなかったようだ。
『腹を裂く・・・・だと。』
ふっ、と小さく笑う。
ドロルゴはしばらくすると立ち上がり、店をあとにした。
その後テーブルの上をかたずけに来た店員は、手が付けられてない冷めた料理とエールに気づき、つぶやく。
「なんだったんだ、あの客は?」
コロムを寝室で休ませると、3人は向かい合って話をし始めたのだが・・・
「そうなんだけど・・・・なんていうのかなぁ・・・」
これはミニアスのセリフ。
「おれはコロムが幸せであればいいと思っている。今のコロムは幸せだと思う。だから・・・」
カレンは悩み抜いたすえに結論を出した。が、今はそれを先送りしている事も承知である。
「生れてきたらどーすんだよ。人間じゃないんだろ。その時はどーするんだよ。彼女はお前の子だと信じきってるんだぞ。」
ラスが痛い所を付いてきた。
黙るカレン。
「コロムは夢を見ている。」
ミニアスがぽつりといった。
「だからなんだよ。」
ラスが言うと、ミニアスはこう続けた。
「恐らく、お腹の中の子が生れてくるかどうかで、コロムが夢から覚めるか、覚めないかが決まると思う。私はコロムを夢から覚ましてやりたい。」
「ミニアス、それは・・・」
カレンの言葉にうなずくミニアス。
そして静かな声で言った。
「嫌われ役なら、私がやるよ。」
「ふざけるな!」
怒鳴るラスに向かってミニアスは怒鳴りかえす。
「じゃあ、あんたがやる?今までのカレンとあんたの関係をぶち壊す覚悟があるの?」
「やめろ2人とも!」
カレンの怒鳴り声は2人の声を打ち消した。
静寂がその場を支配する。
突然、、ガシャンという何かが割れる音が響いた。
「あっちの部屋は・・・コロム!」
ダッと走り出すカレン。それに続くラスとミニアス。
3人が辿り着いた時にはすでにコロムの姿はなく、割れた窓が残っているに過ぎなかった。
「・・・コロム・・・」
「何してんだ、まだ遠くには行ってないはずだ。また見失う気か!!」
崩れそうになるカレンに撃をとばすラス。
その間に2人の横を通り抜けると、割れた窓から夜の闇に飛び込むミニアス。
慌ててその後に続くカレンとラス。
「どっちだ・・・・」
立ち止まり耳を澄ませる。
「こっちか。」
細い横道から足音・・・走っている音が聞こえた。
コロムがいなくなった所は、オランのはずれだったため最初は相手の姿をなんとか確認して追ってこれたが、街の近くに来てから見失う。
カレンとラスの姿も先ほどから見掛けない。たぶん、二手に分かれて探しているとは思いつつも、自分が相手を見失ったと知れば、かなりの焦りをうむだろう。
細い道が交差している場所で、もう一度耳を澄ます。
かなり近い。
「よし・・・」
ミニアスはコロムがさらわれたと思っている。
あの話を聞いていたとしても、表か裏の戸からそっと出るのが普通。なぜ、あの動きづらい体で、あんな大きな音を立てて窓から出て行こうとしたのか。
それはさらわれたため。
でも、誰?
「・・・・そんなの、あってみればわかるか。」
足音はかなり近い・・・というより、この先は行き止まりのはず。
駆けつけたミニアスが見たのは、木箱をどけようとしている男。その男は気配に気が付き振り返る。
顔には三本の横線のような傷がある。
そして側にはコロムが寝かされていた。おそらく、薬か気絶。それとも魔法か・・・
「・・・・・・」
無言で剣を抜く。男を見た瞬間から自分の心が怒りでうずまき始めたのが感じ取れる。
「これはこれは・・・・あの時の。」
「だまれ。」
「しばらく会わぬうちに何と良い女になった事か。」
ゾッとするような目で足元から、頭の先までなめるように見る。
激しい嫌悪感と同時に、身体中に悪寒が走る。
身体が震える。
『いやだ』
「コロムをどうする気。」
声まで震えている。ああ、なんでカレン達は早く来ないんだよ。
「そんな事に答えると思うか?」
「そうだね。」
それだけ言うと駆け出す。一気に間合いを詰めてやる。
だが、あいつはにたりと笑うと何かの言葉を呟いた。
風・・・が切り裂いたとでも、言うのだろうか。
服を、皮膚を切り裂かれる。
走っているスピードは落ちたが、そんなたいした傷じゃない。
走り込むと、上から下へと剣を振り下ろすが、相手の袖を引っかけた程度。効いている様子はまったくない。
間合いを取ろうと下がった時、あいつはいきなりむなぐらをつかみこう言った。
「さあ、どうしてほしい。」
振りほどこうともがく。が、相手の方が力がある。
剣を持つ右手首を捕まれて、かなりの力でにぎられる。手に力が入らず、剣が石畳の上に落ちる。
何かをつぶやきながら手首を持っていた手が離れ、頬に、首に、胸に、腰に・・・と動く。
その時、ピリッとした感覚が身体中を駆け巡った。
「・・・まぁ、せっかく私を追ってきたのだ。良い物を見せてやる事にしよう。」
手を離されても、立つ事ができない。叫ぼうとしても、声がでない。
そして私は、コロムと共に木箱をどけた所から、下水道へと連れ込まれた。
ドロルゴが何かを言うと、壁に掛かっているろうそく立てのような物に、光がともる。
その動作を3回すると、そこに何かがある事がわかった。
それはファラリスの祭壇。
一度見たことのあるミニアスは、すぐにドロルゴがコロムのお腹の子を捧げるつもりだと理解した。
コロムを祭壇に寝かせ、それからミニアスを見やすい場所に座らせる。
しばらくなにかをやっていたが、済んだらしく祭壇の所に戻ってくる。
ドロルゴはいやらしい笑みを浮かべながら、儀式用のナイフを懐から取り出した。
なにかの手振り身振りをしながら、ドロルゴは呟き始める。
そして、ナイフを高々と上にあげたあと。
血が辺りにとびちった。
『このままでは、子供も母親も死んでしまう。誰か、いそいで神官様を呼んでくるんだ。』
ミニアスの脳裏によぎる昔の事。
ドロルゴはコロムの腹を裂いている。
『私は医者。人の命を救いたいと、救うと願って行動しているんだよ。』
ミニアスの頬に、暖かいものが当たる。
ドロルゴが何か声を上げる。
『神官様。お願いします。彼女を・・・神官様?神官様!神官さまぁ!!!』
異様な笑い声で、現実に戻るミニアス。
ドロルゴは何かを高々とあげていた。
人ではない、何か。
それが何かわかると、ミニアスの口が微かに動く。
だが。
ドロルゴは異様な笑い声をあげながら、それを腹の中に戻し、傷を癒し始める。
『・・・あんな、あんな気持ちの悪いものを“癒せ”と言うのですか!?』
ミニアスの心に暗雲がかかる。
そして意識が遠のいた。
カレンがその場に辿り着いたのは、月がわずかに西に傾き始めた頃。
途中で散歩しているディックに会い、あとから話すからという事で、コロム探しに協力を仰ぐ事が出来た。
そこからあまり離れていない、袋小路。
「これは・・・ミニアスの剣!?まさか・・・」
辺りを調べるが、血の跡はない。
「・・・?動かした形跡があるな。」
木箱を動かしてみると、下水道に続く道があった。
しばらく下水道を歩いてみると、下水特有のあの臭い。暗いはずの下水道にないはずの光。
気が付くと走っていた。
そして、その場所についたカレンは、動揺した。
ファラリスを祭ってある祭壇。
周りに血だまりの出来たその祭壇の上に、何事もなかったように寝ているコロムがいたのだから。
何か話をしている。
あの男と、知らない連中。
そしてあの男が連中に何か一言いったあと、立ち去る。
知らない連中が何かを話している。
1人が私をかつぐと、歩き始める。
・・・・笑っている・・・
・・・みんな・・・・・みんな笑っている・・・
「おい、泣いているぜコイツ。」
「そりゃ、泣きたくなるだろうよ。売られたあげく、俺達のおもちゃにされるんだからよ。」
「悪い奴にひかっかったもんだよなぁ。」
・・・・笑っている・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも・・・負けたくない・・・
でも、でも、なんで、涙、でるんだろ。
「飛び出して置いて、あやまりもしねぇたぁ。いい度胸しているじゃねえか。」
「急いでいるから・・・・おい、その人をどこに連れて行く気だ?」
「はぁ?」
「ケンカ売る気かぁ。」
「この女はなぁ、捨てられてたんだよ。俺達が拾ってやったんだ。どうしようとてめぇの知った事じゃねーだろ。」
誰だろう。見たことある。
「いいからその人を置いていけ。」
「んだとぉ。横取りしようってんなら、相手してやるさぁ!」
浮いたような感じがした。途端に、叩き付けられたような衝撃が走る。
足が見える。・・・すごく、いい動きをしている一組の足がある。
しばらくすると、たくさんの足が固まって、急いでどこかへ行く。
「大丈夫ですか?ミニアスさん。」
知っている声だ。たしか・・・・ディックって言ったけか・・・・手があったかいなぁ・・・・
「大丈夫ですか、ミニアスさん?ミニアスさん?」
薄く目を開けていたミニアスが、目を閉じてぐったりしたので思わず慌てる。が、寝ただけと気付き安心する。
「コロムを探すのは無理か。」
ミニアスをそっと抱きあげると、カレン達の別荘に向った。
そこから離れた所にある下水道では、別の隠れ家に戻ったドロルゴが高笑いしていた。
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