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No. 00082
DATE: 1999/09/05 03:11:52
NAME: アーシャ・トゥール
SUBJECT: Again
昔々、あるところに駆け出しの盗賊の女の子が居ました。その女の子は黙っていれば綺麗な黒髪に赤紫の瞳をした可愛い女の子でしたが、ひとたび口を開くと男言葉を使い、口が大層悪かったので一見しただけではとても女の子には見えませんでした。
そんな女の子にももちろん相棒が居ました。女の子は一人で盗賊稼業をするにはまだ、あまりにも幼すぎましたから。その相棒はしっかり者で通っている、大層美人な女性でした。女の子は密かに「将来はこうなりたい」とあこがれていました。
それからしばらくして、相棒は生涯のパートナーを見つけ、子どもが出来たため第一線からは引退することになりました。そのころには女の子は、何とか独り立ちする事が出来るくらいには成長していたので、相棒に惜しみない祝福を送り、独り立ちの生活を始めました。
その後、女の子は一人でする始めての仕事として、人里から少し離れたある金持ちの館に盗みに入りました。その金持ちの館に盗みに入った人間が何人か帰ってこなかったという噂もありましたが、独り立ちしたばかりで半ば浮かれていた女の子の危機感に警鐘をならすことは出来ませんでした。そして或る夜、女の子は金持ちの館へと盗みに入ったのです。
しかし、館には想像以上に罠が仕掛けられていて、女の子は捕らえられてしまいます。そして、捕まった女の子は主人の目の前へと引きずり出されます。そこで始めてこの館の主人を目にした女の子は驚きました。きっと太った中年のおやぢが主人だと思いこんでいたのに、目の前に現れた主人はいたって普通の20歳過ぎの青年だったのです。その主人は女の子を上から下まで眺め、そして一言こういったのです。
「・・・気にいった。丁度人形が壊れて次を探そうと思っていた所だし、この子を次の人形にするよ。」
それから主人は、女の子を地下の豪華な部屋に閉じこめ、鎖に繋ぎ、薬漬けにして逃げられないようにしました。そして、自分の気が向いたときだけ女の子を寵愛したのです。初めの内は女の子も何度も逃げだそうとしたのですが、薬のせい体の自由を失っていき、最後には会いに来た主人を睨み付けることぐらいしか抵抗が出来なくなっていきました。
一方館の外の世界では、いつまで経っても帰ってこない女の子に業を煮やした元相棒が、産後間もない身体をおして金持ちの館へと侵入しました。そして地下で人形と化した女の子を見つけだし、館の外へ連れ出そうとしたのです。
しかし、後一歩で館を出れると言うところでまたもや罠にかかり、今度は二人そろって地下にある巨大な檻のような部屋に閉じこめられてしまいます。そして檻の外の安全な場所から主人は二人ににこやかに話しかけたのです。
「後一歩の所までとはいえ、人形を持ち出されたのは初めてです。貴女のその腕に免じて助けてあげましょう。・・・ただし、その前にわたしを楽しませてください。」
主人が手近にあった紐を引くと、檻の奥の闇から大きな蛇が姿を現しました。
「この子がいくらお腹が減っているとはいえ、一度に二人も食べることはできません。ですから、おひとりだけは助けてあげましょう。ですが、おひとりはその子の餌になってください。・・・どちらが生き残るか・・・せいぜい楽しませてくださいね。」
そういって主人は、心底楽しそうに笑ったのです。二人は必死に贖いましたが、薬で上手く動けない女の子を庇いながらではたかがしれています。・・・結局大蛇が餌として選んだのは元相棒のほうでした。女の子は元相棒が動かなくなり蛇にのまれていくさまをただ見つめる事しか出来ませんでした。
・・・地下の澱んだ暗い空間に、主人の楽しそうな笑い声だけが響いていました・・・
その後女の子は約束通り解放され生き延びました。しかし、薬の禁断症状のためか、あまりの出来事に自己防衛本能が働いたのか・・・女の子が元気になったときには今までの記憶全てを失っていました。
それから10年近い月日が流れました。
女の子は記憶をなくしたまま冒険者稼業を続けいろんな国を廻り、やがて女へと成長しました。とは言っても細身の上、元来の性格が変わるはずもなく、相変わらず男言葉に減らず口、それに加えて意地の悪い笑みを浮かべるようになっていたので、やはり一見しただけでは女性にはとても見えません。心の奥底に根付いた愛情を向けられることへの恐怖心も手伝い、男と偽って旅を続けていました。
そしてとある西方の国でどんな偶然か、あの館の主人と再会したのです。主人が再び人形として女を手に入れようとしました。しかし再会したことで女にも全ての記憶が戻っていたので、女は逆に主人に復讐を果たしました。
そのまま逃げるようにその国を後にし、女は再び東の土地に戻ってきました。
◇◆◇◆◇◆◇
そして今、女は再びあの地下室へに立っていました。松明の明かりに照らし出された空間は、女の記憶と殆ど変わることなく存在していました。女は、先ほど発動させてしまった罠の毒のため痛む右目をおさえながら、浮かんでは消え、消えては浮かんでくる悪夢のような記憶の断片に苦笑いを隠すことが出来ませんでした。気を抜けばこの場所に背を向けて逃げ出したくなる衝動に駆られながら、それでも祈りを捧げる二人の背中をただ見つめていました。
なぜ再びこの館に足を運んだのか・・・。 それは、記憶が戻ったことで思い出した相棒の遺言に由来します。 遺言を伝えるために元相棒の家を訪ねたところ、
『せめて一度でいいから死んだ場所に花を手向けたい』
そう、言われたのです。 亡くなった原因が自分にある以上は断ることも出来ず、相棒の娘とその父親である結婚相手を連れて再びこの館を訪ねることになったのです。
父親と娘は部屋の中央に持参した花を手向け、静かに祈りを捧げていました。息をするのも躊躇われるような沈黙の中、女の耳にどこからともなく衣擦れのような音が響いてきました。二人はその音に気が付いた様子もなく、ただ粛々と祈りを捧げています。
「てめぇらとっとと後ろに下がれ! この部屋、何かいやがる!」
突然響いた女の怒鳴り声にようやく顔を上げた二人は、慌てて女の後ろへ、部屋の出口へと移動しました。その直後、松明の明かりの中へと姿を現したのは、あの時のような大きな蛇。女はなんとか短剣を構えたものの、手が震え持っているのもやっとです。そう、女は相棒が死んだあの日から、大きな蛇に対してただならぬ恐怖心があったのです。ゆっくりと近寄ってくる蛇を前に、女はただただ自己の恐怖と戦う事しかできませんでした。
(・・・戦わなきゃ・・・)
『戦う? どうして? 逃げるんじゃないの?』
(・・・俺は・・・昔の俺じゃない・・・今は・・・戦うだけの力があるんだ・・・)
『ちから? ちからってなに?』
(・・・魔法を・・・精霊を召還すれば・・・)
『俺って魔法なんて使えたっけ? それに恐怖のせいで身体の自由がきかないのにどうやって?』
(・・・こいつは俺が倒さないと・・・後ろの二人にまで被害が・・・)
『相棒だったナーエのように、俺が喰われれば満足するんじゃない?』
『・・・そう・・・あの時のように・・・サ』
不意に今は聞こえるはずもない、主人の狂ったあの笑い声が、女の耳に聞こえたような気がしました。
「やめろ〜〜〜〜〜〜ぉ!!!!!!!!!!!」
女はただ叫び、微かに残った意識で闇の精霊を召還しました。そして、そのまま意識を手放したのです。
「おい! アーシャ! 目を覚ませ! アイツをどうにかしろ!」
父親に激しく揺さぶられ、目が覚めた時には、目の前に大蛇が倒れていました。どうやら、意識を手放す瞬間に、闇の精霊を召還できていたようです。
「・・・アイ・・・ツ?」
「そうだ! いくら攻撃しても効いた様子がないんだ! このままじゃ・・・。とにかく娘を助けろ!」
女がまだ混乱から抜け出せない頭を押さえながら身を起こし、父親が指し示す方向を見ると倒れている娘の姿とそれにまとわりついている黒い固まりが目に入りました。
「あれは・・・シェード? ・・・そうか制御に失敗して狂ったのか・・・」
慌てて光の精霊を呼び出し、狂った闇の精霊に体当たりさせると、二つの精霊は小さな叫び声をあげながら消滅しました。しかし、闇の精霊に気力を奪われたのか女の子はぐったりと倒れたまま動きません。父親は慌てて娘に駆け寄りました。しかし息はあるものの、声をかけても身体を揺すっても娘の目覚める気配はありません。
「気絶しているだけだ。・・・悪かったよ。」
いつの間にか近寄ってきていた女の声に、父親は背後を振り返りました。女は父親の方を見向きもせず、厳しい表情を浮かべ、倒れている大きな蛇を睨み付けていました。
「・・・悪かっただと? ・・・とてもそういう風にゃみえねぇな。」
「・・・それじゃどうしたら信じて貰える? 泣いて許しを請えば信じて貰えるのか? てめぇがそうして欲しいならいくらでもしてやる。・・・だが今はまずここを出るのが先だ。用も済んだんだ。足手まといをのお前らをいつまでも守りきれるほど、俺は強くない。犬死にしたくないならとっとと立て。」
その言葉は、今まで女に対しての憎しみを必死に押し殺していた父親の理性を吹き飛ばしてしまいました。
「・・・てめぇが俺達の幸せをぶち壊したくせに・・・もっと他に言うことあるだろうが! ・・・やっぱり許せねぇ・・・てめぇだけは許せねぇ!」
父親は激情にかられるまま女の首に手を回し、力を入れ始めました。女は必死に抵抗したものの、もともと力が強い方ではなかったため、体格のいい父親から逃れることなど出来るはずもありません。
「・・・っれで・・・ぁんたの気がっ・・・・すむっ・・・なら・・・・・・殺せ・・・・よっ」
苦痛に顔をゆがめながら、それでも意志の強さを失わない女の瞳に不意に相棒の顔が重なり、父親は女の首からゆっくりと手を離しました。女は突然肺へと入ってきた空気に激しく咳き込みながら、それでも何とか立ち上がり、父親にゆっくりと頭を下げました。
「・・・本当にナーエのことは悪かったと思っている。」
その様子を見て、少しは落ち着いたのか父親はすまなさそうに女を振り返りました。
「・・・それから・・・悪いが、俺にゃこれ以上あんたらを守りきれる自信は本当にないんだ。・・・これ以上怪我をさせたくない。だから・・・頼むからここを出ようぜ。」
その言葉に促されるように父親は、のろのろとした動作で娘を抱き上げ、歩き出しました。こうして三人は忌まわしい館を後にしました。
そして、あの澱んだ空間は再び闇に閉ざされることとなったのです。
日は沈み辺りが静寂と暗闇に包まれる頃、三人は父親と娘が住む家へと無事にたどり着きました。いまだ意識の戻らない娘を寝かしつけると、女は早々に家を後にしようとしました。父親は一晩くらいは泊まって行けと引き留めましたが、女はそれを丁重に辞退しました。
「・・・あんたらの目の前にはもう二度と現れない。その方が・・・不必要な感情を思い出さなくていいだろうしな。・・・俺が言えた義理じゃないが・・・幸せになってくれ。」
女のその言葉に、父親は一瞬泣きそうな笑顔を浮かべましたが、しかしハッキリと頷きました。
「それがナーエの遺言だからな。」
女に対する憎しみが全く消えた訳では無いのだろうが、女をただまっすぐ見つめ、目を逸らさない父親の強さに女はただ苦笑いを浮かべ背を向けることしか出来ませんでした。
「・・・ま、あんたなら大丈夫だろうよ。それじゃ、元気でな。」
背を向け、闇の中を歩き出した女に、思いがけない言葉がかけられました。
「・・・癪だが一つだけ教えてやるよ。少し前にアルが・・・アルフェリア・トゥールがお前の消息を訪ねに来たぜ。そん時は行方不明だ、死んだんじゃないのかって答えたんだがな。ま、しばらくはオランに居るって言っていたから探してみたらどうだ? ・・・俺にゃ関係のない事だがな。」
女が慌てて父親を振り返って見たみたものの、すでに扉は閉まり家の中には暖かな光が満ちています。その光の中に再び闇を呼び込むような事など出来るはずもなく、女は再び闇の中を歩き始めました。
「・・・兄さんが・・・俺を・・・ねぇ。ま、気が向いたら探してみますか。」
帰る事が出来ない場所が出来た事や、明確に蘇った忌まわしい記憶にしばらくは悩まされるであろう事よりも、一欠片のほんの小さな希望を得られた事が、女にとって今回のことが悪くはなかったなと思わせましたとサ。
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