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☆アンジェラ,ケルツ,ディオン,ルシア,各PL様に感謝と謝罪を(笑)☆ ☆カイPL様には感謝のみを(爆)☆ 「……退屈…だな」 窓辺に立って、庭を見下ろしながらフェレナード卿は呟いた。黒い髪にちらほらと白いものが混じり始めている。多分、50代前半だろう。 「誰か…人を呼びましょうか? 退屈しのぎになるような…」 そばに控えていた執事の提案に、卿はしばし考えこんだ。そうして、おもむろに執事に顔を向ける。 「今までのようなのは…少し飽きたな。いや、実は先日、出入りの商会の人間にも、もっと珍しいものはないかと尋ねてみたんだが…返事が芳しくなくてな」 まるで自分の失策であるかのように、執事がその言葉に頭をさげる。色あせた茶色の髪と、痩せた体。顔立ちには特にこれと言った特徴もない。年齢は、彼が使える主人よりもわずかに若いくらいか。 「さようで…ございますか」 「ああ。…そこで、どうだろう? おまえ自身が街に出て、私の興味をひきそうなものを探してきてはくれないか? おまえなら、私の趣味も心得ているだろう?」 主人の提案に、一瞬、執事が考え込む。が、彼は忠実な執事だ。考え込んだ時間は一瞬以上のものではなかった。 「かしこまりました。…珍しく…かつ、美しいものがよろしいのでございましょう? …それでは早速、出かけて参ります」 そうして、執事は街で見つけた。彼の主が求めるものを。 「……立派な…お屋敷ですね…」 「…そうだな。ま、一応貴族だってんだからな」 玄関を通りながらのカイの言葉に、隣にいたラスがうなずく。 彼ら2人は、先日、きままに亭で偶然会った初老の男からの依頼で、この屋敷を訪れていた。 依頼内容は、精霊魔法の家庭教師。兄と妹の2人なので、教師もそれに合わせて2人用意したいとのことだ。さらに、初老の男は付け加えた。 <どちらにしろ、家を継ぐなり何なりの将来が決まっているので、教師と言うよりは、子守のようなものと思ってもらって差し支えない。だから、精霊魔法が修得できなくとも構わない>…と。 そして、依頼内容の割には高額の報酬。 (一応、調べてはみたが…位の低い成金貴族ってぐらいしかわからなかったんだよなぁ…) とりあえず、街なかでもあることだし、そうそう危険なこともないだろうとは思いながら、ラスは溜め息を抑えきれなかった。それを聞きつけてカイが振り向く。 「どうしたんですか? …何か…心配ごとでも?」 「いや、別に。なんでもねえよ」 そう答えつつも、嫌な予感は拭えない。行き先は貴族の屋敷ということで、今日は帯剣していない。なんとなく、心許ない気がした。 「…では、こちらでお願いします。のちほど主人が挨拶に参りますが…先にご紹介しておきましょう。そちらが、ステューイお坊っちゃま。そしてお隣が、ラーナお嬢様でございます」 部屋へ案内した執事が、2人の子供を紹介する。どことなく不機嫌そうな兄と、対照的に目を輝かせている妹。年齢は、多分10才になるかならないかだろう。 執事が部屋から立ち去る。入れ違いにメイドが入ってきて、お茶の準備を始めた。 「…カイって言います。…よろしくね」 カイが、妹のほうに微笑みかける。その言葉が終わらぬ内に、ラーナが駆けだしてカイの手をとった。 「おねえさんが教えてくれるのね! うれしい! …ね、あたしの部屋に行きましょう!」 困惑しながらも、カイは素直にうなずいた。 「…じゃあ…あとで…」 ラスにそう言い置いて、ラーナとともに部屋を出ていく。ラーナの勢いに、ラスは挨拶をするタイミングを逸してしまった。目の前には不機嫌そうな兄ステューイ。メイドは、いれたお茶をテーブルの上に置くと、さっさと部屋を出ていってしまった。 (…まいったな。ガキは苦手なんだよな……) 「あー…っと…ラスだ。よろしくな」 無言でステューイがぺこりと頭を下げる。その様子に、思わず心の中で溜め息をついた。 (しかもやりにくいガキだぜ。…報酬につられたとは言え…引き受けたのは失敗だったかな?) 数刻後。先刻のメイドがお茶のお代わりを持ってくる。それを見たステューイが落ち着きをなくしはじめた。 (さっきから…不機嫌だったり落ち着かなかったり…変なガキだな) 正直な感想が口をついて出そうになる。が、こらえる。タイミング良く、お茶が出された。先刻のものと同じ紅茶らしい。少々、香りはきついが、味は悪くない。 紅茶のカップを黙って見つめるステューイを不思議に思いながらも、ラスは紅茶を口にした。 「…あちちっ」 「……っ!」 ステューイが顔をあげる。 「…ん? さっきから…何なんだ?」 「……い…いや……別に…」 口ごもるステューイをメイドが見つめる。その視線に、ラスは違和感を感じた。が、他人の家の事情に口を挟む気は毛頭ない。もう一度紅茶に口をつけようとする。その瞬間、ステューイがラスの手からカップを叩き落とした。 テーブルと絨毯とラスの手とを濡らしてカップが落ちる。割れる音とメイドの声が同時だった。 「……何を…っ!」 ステューイが顔を上げた。 「嫌だっ! ……僕は…僕は嫌だ、こんなのっ!」 「今更、何を言い出すっ!」 メイドが怒鳴り声を上げる。一瞬の出来事に反応が遅れていたラスの存在に気づくと、舌打ちをして手をかざす。その手には、メイド姿には似合わぬ指輪。 (…発動体!?) メイドの口から漏れ出る古代語。その呪文の詠唱が終わらぬうちに、ステューイが叫ぶ。 「おにいさん、逃げて! このままじゃ捕まっちゃうよっ!」 「…え!?」 思わず問い返す。が、答えよりも呪文の完成のほうが早かった。“眠りの雲”が2人を包む。 不意に襲いかかる眠気を無理矢理振り切って、ラスが半ば反射的に精霊語を唱える。隣では、“眠りの雲”に抵抗できなかったステューイが眠り込んでいる。 紡がれた精霊語によって、メイドの頭の上にレプラコーンが出現する。だが、振り払われた。 「…くっ! しょうがない。生きてさえいれば、多少の傷はつけてもかまわないとのことだしね」 半ば独り言のように、メイドがそう言い捨てる。そうして、再び呪文の詠唱の体勢をとった。 (…まずいな) 今の言葉から、次には攻撃的な呪文がくることは想像に難くない。そして、自分だけならまだしも、隣ではステューイが無防備に眠り込んでいる。 「このクソガキっ! 起きろっ!」 叫びつつ、扉の位置を確認する。遠くはない。一撃をくらう覚悟さえあるならば。……迷っている暇はない。ラスは、目を覚ましかけたステューイを、有無を言わさず抱き上げて、扉へと走った。廊下へと飛び出す。その直後に、呪文が完成する。“光の矢”が背中に直撃する。 「…つっ!」 一瞬、膝をつきそうになる。寸前で踏みとどまって、そのままステューイを床におろした。すでに目が覚めていたステューイが叫ぶ。 「おにいさん!」 「…おまえの妹の部屋はどこだ? 教えろ!」 「……2階だよ! …ラーナ…ラーナが…!」 廊下の一方向を指さして、ステューイが走り始める。そのあとについて走りながら、事情を尋ねる。 「どういうことだ!?」 背後からはメイドの足音が追ってくる。廊下を走り抜け、階段を上りながらステューイが説明をする。 …自分はここの息子ではないこと。ここの主人の趣味で、金で買われたに過ぎないこと。そして今回、主人が所望したのがハーフエルフであること。 「あのメイドが…ルビイっていう盗賊なんだけど、あいつがおにいさんを、紅茶にいれた薬で眠らせて、それが済んだらさっきのおねえさんも眠らせにいくはずだったんだ。僕は…ラーナには何もしないって条件で、今まで……」 その説明を聞きながらも、ラスは背後の足音に耳を澄ませていた。距離は広がりはしないが、縮まりもしない。子供の足に合わせては追いつかれるかとも思ったが、ステューイは存外に足が早いらしい。その走り方にも、訓練されたような動きが見える。 その疑問を口にしようとした瞬間、ステューイが不意に立ち止まって目の前の扉を指さす。 「ここだよ!」 唐突に開けられた扉に、中にいた2人が驚いた顔で振り返る。 「カイ!」 「ラーナ!」 扉から入ってきた2人がほとんど同時に叫ぶ。 「…ラスさん? どうしたんですか? そんなに慌てて……」 「説明はあとだ! まずいことになった。逃げるぞ!」 ラスの横をすりぬけて、ステューイがラーナのもとに駆け寄る。 「…おにいちゃん? どうしたの?」 それには答えず、ステューイはラーナの手を握った。 4人が、扉に走る。廊下に出た瞬間、メイド姿のルビイが追いつく。その手にはいつのまにか抜き身の剣が握られている。そして、背後には警備員代わりの傭兵らしい男が2人。 「…こっちへ! こっちにも階段があるから!」 ラーナの手を引いたステューイが、廊下の反対方向を指さす。 「よし、行け!」 ラスがカイの背中を押す。カイはステューイからラーナを引き取って抱き上げると、うなずいて走り出した。手元にある唯一の武器、ダガーを引き抜いて構えつつ、ラスがそのあとを追う。 階段を下りようとした瞬間に、追いついた傭兵が斬りかかってきた。ダガーで受けるわけにもいかず、体をひねって避けるに留める。そうして、眠りの精霊を呼び出す。それを受けた傭兵の膝が崩れる。 (あと…2人か…) もう1人の傭兵とルビイが追いすがる。ラスは眠り込んだ傭兵から剣を奪おうかとも思ったが、やめた。どちらにしろ、重すぎる。 長い階段が終わる。4人は廊下に走り出た。 「…ラスさん…っ! 向こうに窓が!」 「走れ! 振り向くな!」 ステューイが先に窓にたどり着いた。急いで鍵を開けようとする。ラーナを抱いたカイとラスも追いつく。そして間をおかず、傭兵とルビイも追いついた。 ルビイが剣を振りかざす。あまり大きな武器ではない。小振りのショートソードである。ラスのダガーがそれを受け止めそこねる。が、服を切り裂くにとどまった。 「……開いたよっ!」 ステューイの声。 「早く、外へ…!」 カイが、ステューイを外へと送り出す。そして、抱きかかえていたラーナを渡す。怯えて小さくなっていたラーナが、兄の手に戻った瞬間に泣き出した。 「おまえも早く………カイっ!!」 ラーナを送り出していたカイの背中を狙って、傭兵が剣を振り上げている。ラスの声にカイが振り向いた。だが、避けるには間合いが近すぎる。 「……っ!」 悲鳴すら出せず、カイが目を閉じる。だが、予想された衝撃はこない。代わりに、頬に生暖かい感触が届く。 「……え?」 カイが目を開く。目の前にはラスの背中があった。 「……やっぱり…ダガーで止めるのは無理だったな……」 傭兵の振りおろしたバスタードソードは、寸前に走り込んだラスのダガーを軽く叩き折っていた。そのせいでわずかに勢いをゆるめてはいたものの、ラスの左肩から胸にかけてを切り裂くには十分だった。 「……ラス…さん…?」 頬に受けたラスの血を拭うこともせず、カイが呟く。 「早く…行け! ここで食い止めるから!」 「…いや…っ! いやです! だって…!」 窓枠に片手をかけたままの姿勢でいたカイの肩を、ラスが押す。その勢いで、カイの体は窓の外へと倒れかかる。が、落ちる寸前に、もう一度窓枠を掴み直した。 「だめです! わたしが…わたしが残るから! ラスさんは逃げてっ! だって…怪我してるのに…っ!」 「うるせえ! いいからおまえは、ガキどもを守れ! しばらく足止めするだけだ。……すぐに、追いつくから。見た目ほど深い傷じゃない。…大丈夫だから」 言い終わらぬうちに、再びカイの体を外へと押し出す。そのまま、カイの体が窓の外に落ちる。それを確認して、ラスは窓を閉めた。 背中に殺気を感じる。振り向くことはせずに、そのまま横へ飛ぶ。が、傷のせいで体の動きは遅い。避けきれなかった。右足をかする。そのまま倒れ込みつつ、光の精霊を呼び出す。だが、傭兵の鎧を焦がしただけだ。思わず舌打ちをする。そこに別の呪文が届いた。ルビイの声である。 「…万物の根元たるマナよ…」 完成したのは“眠りの雲”だ。…今度こそ、抵抗できなかった。 「やっと眠ったね」 崩れ落ちたラスの体を見下ろして、ルビイが溜め息をつく。そして隣に立つ傭兵に、指示を出した。 「上の部屋に運んでおきなさい。…縄は…ま、どうせ満足に動けやしないだろうから、いらないかもね。そうそう、血止めくらいはしておいて。死なれちゃ困るからさ」 カイがきままに亭にたどり着いたのは、夜中だった。屋敷を出てから、かなりの時間が経っている。追っ手を警戒して、更に子供を連れていることもあり、予想外に時間がかかってしまった。ステューイはどうやら、盗賊の動きの基礎くらいは覚えていそうだったが、ラーナは事態の急変についていけず泣きじゃくるだけだった。 泣き疲れて眠り込んだラーナを抱いて、カイはきままに亭の扉を開けた。ステューイもその後ろについてくる。転がるように店に入ってきたカイを常連達が迎える。 「…ラスさんが…っ! 早く…早くしないと……」 カイの案内で、アンジェラ、ルシア、ケルツ、ディオンの4人は屋敷の前に立っていた。カイの話を聞いて、とるものもとりあえず店を出てきた。偶然、装備を解いていなかったルシア以外は、鎧をつけていない。 「…あたしが前に立ったほうがいいのかしら?」 鎧をつけていない他の…カイを含めて4人を見てルシアが言う。それを聞いたディオンが苦笑した。 「確かに鎧はないが…大丈夫だよ。…さっきの話を聞くと、そんなに人数は多くないんだろう?」 カイがうなずいた。ここにたどりつくまでに、ある程度の事情は話してある。 「…ええ。わたしが見たのは…3人です。そして…1人は…ラスさんが眠らせましたけど…」 「相手に魔術師がいるんなら、もう起こされてるわね。最低でも3人。そして、向こうが警戒してるなら…もっと人数は増えてるはずよ。どこから攻める?」 背中からグレートソードを下ろしながらアンジェラが言う。ケルツが溜め息をついた。 「…ラスがどこにいるのかが分かればな。ただ…正面から行っても、相手にはしてもらえないだろう。しらを切られれば終わりだ」 「でも、正面から行けば、少なくとも相手の反応は見られるわ」 そう言ってルシアが微笑む。それにディオンがうなずいた。 「そうだな。…じゃ、それで行ってみよう。だめなら、無理矢理通れば済むしな」 かちゃり…。 扉の開く音で、ラスは目を覚ました。顔を上げる。扉から入ってきたのは、白髪混じりの初老の男だった。ゆったりとした…だがあからさまに高価そうな服装をしている。 「ほほう。捕らえた男のハーフエルフというのは…おまえか。挨拶が遅れてすまないね。私がここの主、フェレナードだ」 「…てめえか、ガキみてえに珍しいモンを欲しがったってのは?」 ゆっくりと起きあがる。傷は痛むが、どうやら止血してあるらしい。殺すつもりがないのは本当だったようだなと、ふと考えた。 「ああ、その通りだ。…どうかな? この部屋は気に入ってもらえたか? 大丈夫、君の恋人にもすぐにここに来てもらうから」 優雅な微笑みを浮かべて、フェレナードが部屋をぐるりと指し示す。“監禁”と言う言葉からは想像し難い、豪奢な部屋だった。ラスが目を覚ましたのも、白く柔らかいベッドの上である。 (…ってことは、カイはまだつかまってねえな。となると…あいつが駆け込む先はきままに亭だろうな。……ん? ちょっと待てよ…) ラスの頭の中に、数人の常連たちの顔が浮かぶ。 (あいつら…絶対来るよな…お人好しの集まりだもんな。…うっわ! ヤバイって! “捕らわれのお姫様”じゃあるまいし…何もせずに助けられてたまるか! 恥ずかしい!) 起きあがったラスの顔をフェレナードが間近からのぞきこむ。 「…おや? どうしたんだね? 黙りこくって。大丈夫、朝になれば知り合いの神官を呼んであげるから。傷を治してもらおう。…私は紳士だからね、それまで手は出さないよ」 (逃げ出すにしろ…武器はねえな。部屋の中にも…なさそうだ。でも相手はこのオッサン1人か? なら…) 「…君は私の話を聞いているのか?」 (さっき、入ってきたあと、扉に鍵はかけてねえな。縛られてもいないし……なめられたモンだぜ) 「………できれば、無視しないでくれると助かるんだが…」 フェレナードがふと溜め息をもらす。その時、遠くのほうから言い争いの声が聞こえた。どうやら、発生源は玄関先らしい。 「……ん? 騒がしいな」 フェレナードが窓のほうへ顔を向ける。その隙を狙って、フェレナードの鳩尾に蹴りをたたき込む。 「…うぐっ!」 よろけて、尻餅をついたフェレナードが、そばにあった花瓶を倒す。盛大に割れる音が響いた。舌打ちを漏らしつつラスが呪文を唱える。混乱の精霊が貴族の頭の上で踊り始めた。それを確認して、ラスが扉へ走る。が、開けることはせず、扉の脇で息を潜める。 直後。花瓶の割れる音を聞きつけた警備員が部屋に入ってきた。 「何か……!?」 割れた花瓶。呆けている貴族。が、肝心のハーフエルフの姿はない。一瞬、警備員が事態の認識に惑う。それを待っていたラスが、開けられた扉の死角から手を伸ばす。“眠り”の呪文とともに。 崩れ落ちた警備員から武器を奪う。重すぎる剣は諦めて、小さなショートソードを選んだ。 「時間稼ぎには十分だな。……にしても、玄関か…誰だ、早すぎるぞ、ちくしょう!」 毒づいて、ラスは廊下に出た。 「ですから、そのような方はこちらへは…」 応対に出た召使いがのらりくらりと逃げようとする。確かに、カイが姿を見ていない人物ではあったが、ここで引き下がるわけにもいかない。 「嘘です! ここの子供達に…って!」 「本当に何もないなら、隠すこともないだろう。無礼は承知だ。…調べさせてはもらえないか?」 ケルツの言葉に、召使いが首を振る。 「それは困ります。…失礼ながら、あなたたちのような方を屋敷には……」 「…それ、ホントに失礼だわ」 ルシアが小さく肩をすくめた。 「本当のことでございましょう? いい加減にしないと衛視を呼びますよ!」 「衛視? 呼んで困るのはそっちじゃないのか? 呼べるものなら呼んでもらおう」 ディオンが言い返した、その時である。上の階から大きな物音が響く。無表情な召使いを前に、5人が顔を見合わせた。ディオンが溜め息をつく。 「……やってるよ。あいつ」 何も言わず、カイが走り始めた。それを召使いが押しとどめる。 「困ります!」 「…離してください! …ラスさんがっ!」 カイの手首を掴む召使いの腕を、アンジェラが掴んだ。 「…離してくださらない? 今の騒ぎ、調べさせてもらうわ。もちろん、何もなければ、どのような処分でも受けるから」 掴んだ手に力をこめる。その痛みに、カイを掴む召使いの手がゆるんだ。隙を逃さず、振り払ってカイが走り始めた。残りの4人もそのあとを追う。 「上だったわね。2階か3階か…」 廊下を走りながら、ルシアが上を見上げる。その横でケルツが苦笑した。 「どちらにしろ、あいつのことだ。…騒ぎが起きる場所があいつの居場所だろう」 「あれは…血の跡かしら?」 アンジェラが、窓際の廊下の床を指さす。カイがそれをみて顔色を無くす。 「…さっきの……場所です。わたしが…逃げたところ……」 「気にすることはないわ。彼は貴女を守ろうとしたんでしょう? なら、貴女に何かあるよりは、彼にとっては数倍マシのはずよ」 そう言ってアンジェラがかすかに微笑む。その横でディオンも笑った。 「それにどうやらくたばっちゃいないようだしな。ま、とにかく急ごう。…何やらかすかわかんないぞ」 ラスは武器を奪って、廊下に出たものの、すぐに壁に手をついた。 (ちっくしょ…血が足りねえな……魔法も使いすぎたか…) そこへ、警備員風の傭兵たちが走ってくる。数は3人。そして、黒い薄手の皮鎧に身を包んだ女が1人。髪も顔も違ってはいるが、右手の薬指にある指輪には見覚えがある。 (さっきの…ルビイ…ん? この女…見覚えが…) 「…逃げ出すとはね。なかなか無茶をしてくれる。けどまあ…限界だろ? それでも逆らうってんなら、命の保証はしないよ」 不敵に笑って、ルビイがショートソードを構えた。その後ろにはそれぞれの武器を構えた傭兵が3人。 まともに戦っても勝ち目など全くない。それを感じて、ラスはふと自分が手をついた壁に目を向ける。正確にはその横にある窓に。 その窓からなら、今いる3階から、張り出している別棟の屋根へと飛び降りられる。高さは、身長の約3倍。 (この高さなら…いけるな) 「…そうだな、観念して捕まるとするか」 言いながら、ラスが数歩前に出る。 「ずいぶんと殊勝な心がまえだ。…どうやら、仲間が助けに来たようだけど? 追い返すまで、おとなしく眠っててもらうよ」 階段の下を気にしながら、ルビイが言う。それには答えず、ラスが身を翻した。前に出た数歩分を助走にして、窓に体当たりする。 「……今のは? 窓の割れる音?」 ルシアが階段の上を見上げる。5人は2階へとたどりついたばかりだった。 「3階らしいな。…いくぞ!」 ディオンが更に階段を上る。残りのメンバーもそれに続いた。 3階へとたどり着いた直後、廊下で5人が目にしたのは、割れた窓と、廊下の突き当たりで開け放ったままの扉だった。扉のすぐ横には、眠り込んでいる傭兵が1人。 「……どこに行った?」 ケルツがあたりを見回す。その時、開け放った扉からフェレナードがよろけつつ出てきた。 「…くう…あの混血が……ん?」 鳩尾を押さえて苦しげにうめいていたが、目の前の冒険者たちに気がついて顔を上げる。 「さて、どうしようか? 気絶でもさせておくか?」 フェレナードを指さして、ディオンが呟く。それにうなずいてアンジェラが進み出た。 持っていたグレートソードの柄で、フェレナードの首筋を殴る。声もなく、その体が床に落ちた。 「これでいいわね。しばらくは目を覚まさないでしょう」 「……っ! ラスさんが…あそこにっ!」 割れた窓から、身を乗り出して、カイが2階の屋根の上を指さす。ケルツとルシアもそれを見つけてうなずいた。 「2階の屋根の上ね。…ここから飛び降りる? たいした高さじゃないみたいだけど」 ルシアの言葉にケルツがうなずこうとした。が、そこへもう一度、窓の割れる音が響いた。 「…あいつ……今度は、2階の窓から中に戻ったみたいだぞ。……なぜ、おとなしくしていない…」 「俺には見えないが…そうなのか? それなら、中からまわったほうが近そうだな。よし、行こう!」 ディオンが再び走り出す。それについて走りながら、アンジェラが溜め息をついた。 「…ねえ? 私たちはラスを助けに来たはずよね? ……どうして、彼を追いかけてるのかしら?」 「それは…彼が逃げてるからじゃないかな?」 横に並びながら、ルシアも苦笑する。 再び窓を割って、ラスは2階の廊下に転がり込んだ。3人の傭兵とルビイもそれを追ってくる。 「遊びは終わりだよ。ちょこまかと逃げ回ってても、無駄だっていうのにさ。…さあ、捕まえな!」 ルビイの声を受けて、傭兵たちが走り出る。なるべく殺すなという命令で、今までは遠慮していたが、どちらにしろ、相手にはもう逃げる力は残っていないだろう。 (…ヤバイな、限界か…) 向かってくる傭兵たちに、ラスがとりあえずショートソードを構える。が、腕には力が入っていない。何の防御にもならないことは自分でもよく分かっていた。 その時、目の前に光の精霊があらわれる。それは、一番前にいた傭兵の顔を直撃した。残りの2人がそれを見て、足を止める。間をおかず、もう一つ、光の精霊が飛んでくる。さらに、廊下の向こうから、気合いの声とともに、最後の1人に衝撃波が飛ぶ。 (今のは…神聖魔法の“気弾”? あの声はディオンか…) 「…ちっ! 冒険者どもか!」 ルビイが舌打ちとともに、振り返る。大剣を構えたアンジェラが、その背後に迫っていた。振り下ろされたその剣をかろうじて避けつつ、ルビイは古代語の詠唱を始める。“光の矢”がアンジェラに届く。受け止める鎧はないが、こらえきれない痛みではない。アンジェラが剣を構え直す。そこへ、ルシアとケルツからの闇の精霊がルビイを襲った。いくつかの魔法を使って疲弊していたルビイの精神は、それに耐えきれなかった。気絶こそしなかったものの、その体が傾く。それを狙って、アンジェラが剣の腹でルビイの横面を殴りつけた。 「…そっちは片づいたみたいだな」 傭兵の剣を盾でかわしつつ、ディオンが笑う。その後ろでは、カイが呼び出した光の精霊が別の傭兵を襲っていた。 「……ちっ……結局、助けられちまった……」 壁に背中を預けたまま、ラスが苦笑を漏らす。そこへ走り寄ったケルツが、同じように苦笑いで返す。 「おまえがうろちょろしなければ、もっと早かった。…少しはおとなしくしていろ。助けに来た立場がなくなる」 ディオンとアンジェラの剣がきらめく。彼らに鎧がないとはいえ、傭兵ひとりひとりの腕はたいしたことはない。その3人を片づけるのに、さほど時間はかからなかった。 「…ラスさんっ!」 カイが駆け寄る。今にも泣き出しそうなその顔を見て、ラスが溜め息をついた。 「……カイ…悪かった…」 その横でディオンが笑う。 「まったくだ。女の子に心配をかけるなんてな。…でもまあ、おまえの気持ちもわかるけど」 「そうね、でも生きてたんだから、いいわよ」 大剣を背中に戻しながら、アンジェラが微笑む。 「……もう…わたしをかばうなんて…やめてください……」 ラスに“癒し”をかけつつ、カイが呟いた。こらえきれなかった涙が頬を伝う。 「…しょうがねえだろ。とっさに動いちまったんだから……。あ、誰でもいいや、その女、縛り上げてくれないか」 その女、とラスがルビイを指さす。それを見てルシアが首を傾げる。 「それはいいけど…どうして? もう気絶してるわよ?」 「そいつ…どっかで見たと思ったら、ギルドに手配書が貼ってあった。“赤い舌の”ルーベリナってな。…色仕掛けでいろんなとこから情報やら宝石やら盗み出してたらしい。ギルドの人間もそれに引っかかったらしくて、賞金がかかってた」 ラスの説明にルシアが笑ってうなずいた。 「オッケー。今回のは、ただ働きじゃなかったってわけね」 「よし。それじゃ帰ろうか。ついでに、さっき気絶させたここの主人、衛視詰め所にでも持っていこうぜ」 そう言って、踵を返したディオンの背中にラスが声をかけた。 「…その前にさぁ…頼みがあるんだけど……どうやらおまえが適任みたいだから…」 「ん? なんだ?」 「ちょっと…貧血なのと…魔法使いすぎて……俺も運んでくれないか?」 苦笑するラスに、ディオンが笑いながらうなずいて、その体を持ち上げる。 「了解了解っと。ん?……おまえ…軽いなぁ…」 「…サンキュ。……あ、誰か、カイも頼む。……多分、そろそろ限界だ」 ディオンの背中から、ラスが言う。それに反論するようにカイが顔を上げた。 「…え? ……わたしは……あ…あれ…」 膝の力が抜けて座り込む。それを見てケルツが微笑んだ。 「気がゆるんだのだろう。よかったな、無事で」 「じゃあ、私があの馬鹿貴族を運ぶから、あなたたちで、そっちはお願いね」 ルシアとケルツに向けてアンジェラが微笑む。 結局、ルビイは盗賊ギルドに、フェレナードは衛視詰め所に運ばれた。腐っても貴族、と言うことで、フェレナード自身はそれほどの罪にはなりそうもない。成金ならではの莫大な保釈金もある。が、フェレナードの口からは“奴隷を扱う商人”のことが出された。 「……まあ…あんたが、男でも女でも子供でも…節操ナシなのはよっくわかった。…で?」 衛視が溜め息とともに尋ねる。厄介なことになりそうだと思いながら。 「…だから、私が…スラムで拾ってきた子供を…下取りに出したり……時には、その商人からいろいろと買うことも…」 フェレナードが釈明する。自身の罪を少しでも軽くしようと。 「さっきも言ってた“ワトラー商会”だろ? でも、あそこはまじめな商会だ。そんなものは扱ってないぞ?」 「無礼な! 私が嘘をついているとでも言うのかね!」 「証拠もなしに、そんなこと言われてもねぇ……まあいいさ。あんたは一応、貴族だ。うちではこれ以上はどうにもできないよ。そのうち、しかるべき所から処分が下るだろうけどね」 |
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