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No. 00093
DATE: 1999/09/10 14:53:00
NAME: レオン・クライフォート
SUBJECT: 歪められた友情の行方(中編)
2.
オラン郊外をレオン・クライフォートと一人の少年が目的地へ向かって歩を進めていた、
少年の名は「禁じ手」カシエル、レオン暗殺部隊の一人で彼が6の月8の日に起こった
チャ・ザ神殿爆破事件の張本人である。外見上は小柄な少年ではあるが実は彼の魔道の
師匠の実験体として薬によって成長を止められたという過去があり、この得意な体質の
お蔭もあり今現在までオラン当局やチャ・ザ神殿の追求を逃れる事が出来たのであろう。
「おいっ、まだなのかよ、何処まで行くつもりなんだ?」
レオンがカシエルに向かってのんびりとした口調で話しかける。
「これから死にに行く人とは思えない態度や口調だね、でもまぁ、もぅ生きる事諦めたか
らそんな風になっちゃうのかもしれないね♪」
「そうだな、さすがに俺も今回ばかりは年貢の納め時かもな。」
(コルシュが人質に取られている以上、俺は手が出せない何とかしなくては・・)
「心配しなくても楽に殺してあげるよ、いい加減君の顔見てるのもあきちゃったしね♪」
カシエルの言葉を聞き流しながらレオンは果物の入った袋から林檎を取りだし食べながら
これからの生き抜く為の術を考えていた、しかしそんな思いとは裏腹にレオンの意識は現
在から過去へと無意識の内に引き戻されていった。
「レリック・・俺は・」
ライデン闘技場の朝は早い。奴隷剣闘士達は、まだ陽の光も見えない内に寝床から叩き起
こされ、奴隷頭による厳しい訓練を受けるのだ。レオン・クライフォートの日課もこの訓
練から始まる。
今朝の訓練を終えたレオンが訓練場の片隅で休憩していると、その背後からレオンにそっ
と近づく人影があった。
「隙ありっ!」
の掛け声と共に木刀がレオンに向かって振り下ろされる・・がその打撃がレオンに伝わる
よりも早く人影の両足はレオンの腕によって払われていた。
「きゃあっ」
と言う声と同時に人影が勢いよくついた尻もちの音が訓練場に響き渡る。そして、何事も
無かったかの様にレオンはその人影に振り向き微笑みながら声をかけた。
「おはようカルラ、目覚めには良い刺激になっただろう?」
カルラと呼ばれた少女が腰の辺りを擦りながら赤面した顔で答えてくる。
「もうっ、レオンったら気付いていたのならもう少し手加減してくれてもいいじゃないの、
こっちはかよわい女の子なんだからね。」
「な〜に言ってんだか、背後から木刀で不意打ちしてくる奴のどこがかよわい女の子なんだよ。」
「へへへっ、細かい事を気にするんじゃないの、男だったらそんな事は笑って受け入れて
くれるくらいの器量を持ってもらわないとね♪」
「後ろからいきなり殴ってきた奴を笑って受け入れるなんざ、ただの馬鹿じゃないか。」
「それがレオンのまだまだ未熟な所なのよね〜、心の狭い人間とそうじゃない人の差が明
確に出てきている事にまったく気付いていないんだから。」
「へいへい、俺の器量はどうせその程度のものですよ。」
「あ〜あ、そんな感じだからうちの兄貴みたいに剣闘士としての人気も上がらないのよ。」
「なっ、それとこれとは話が違・・」
「違わないわよ、だってそうじゃない、二人とも大して勝ち星は違わないのに片方はファ
ンレターと花束の山に囲まれて、もう片方は不幸の手紙に剃刀の刃の山、この差をどう
説明するつもり?」
「む、むぅっ。」
カルラのその言葉にレオンは言い返すことが出来ずに黙り込んでしまった。男の器量は二
人の差には関係ないとは思うが、確かにカルラの言い分はもっともであった。レオンの試
合はいつも血塗れで長時間に渡る泥試合だったが、それとは対照的にカルラの兄であるレ
リックの軽快な動きから繰り出される短剣の技の数々には奴隷剣闘士とは思えないほどの
「華」があり、観客だけではなく時には同じ釜の飯を食べている剣闘士達をも魅了するほ
どであった。
レオンを言い負かした事がよほど嬉しかったのかカルラの演説は続く。しかし、その背後
から制裁の一撃がカルラの後頭部を襲った。
(こんっ!)
「いっ☆★〜☆っ!!」
カルラが声にならない声を上げ頭を抱えしゃがみ込む、その後ろに立っていたのは切れ長
の目に薄い唇その端整な顔立ちが人気を集めている理由にもなっているのだろう、カルラ
の兄レリックだった。
「くだらない事をいつまでも喚いているんじゃない、さっきから奴隷頭がこっちを見てい
るぞ。俺が見ていてやるからさっさと残りの訓練を終わらせてしまえ。」
そしてレオンに向かって、
「こんなのいつまでも相手にしなくてもいいんだぞレオン、放っておいたら調子付くだけ
なんだから時間の無駄になる。」
「おはようレリック、気にするな俺が馬鹿言ってたせいもあるんだから。」
レオンがまだうずくまっているカルラを心配して声をかける。
「おいカルラしっかりしろ、大丈夫か?」
ようやく顔を上げたカルラだがその瞳には大粒の涙が浮かんでいる。
「この馬鹿兄貴!いたいけな妹に向かって何て事するのよ〜!!」
「お前みたいなじゃじゃ馬が俺やレオンにまともに口を利くのは十年早い。」
「何ですって〜〜!」
完全に頭に血が上ったカルラがレリックに猛抗議を開始する、レリックはといえばこちら
は冷静にカルラの抗議をさらりとかわしつつカルラを戒める事を忘れていない。そんな兄
妹の会話をレオンは一人楽しそうに聞いていた。
剣闘士達が生死を賭けて戦う闘技場でも、友情が育まれる事はある。同じ組織に所属する
剣闘士同士が戦わされる事はなく、そこには穏やかな仲間意識さえもあった。もっとも、
仲間の死に己の最後を見、生き残ったものに嫉妬する、そんな薄っぺらな感情でしかなか
ったが。
だがそんな中でもレオンが唯一心を許せたのがレリックとカルラの兄妹だった。レオンが
この剣闘士ギルドに売られてきた日に二人とは出会い、同じような境遇で出会った三人は
自然と常に行動を共にするようになりいくつもの苦楽を乗り越えてきた。レオンの心が錆
びれる事無く今まで無事に生きて来られたのもこの二人との出会いの御蔭である。
「・・だよね、レオンもそう思うでしょ?」
昔を思い出していたせいでいつのまにかぼ〜っとしていたらしい、カルラが何か同意を求
めてきているようだ。
「え?あ、ああ、俺もそう思うよ。」
「レ〜オン、あんた今何も聞いてなかったのに適当に返事したでしょ〜。」
カルラが大きな溜息をつく。
「ま〜ったく、誰のせいでここまでもめたと思ってるのよ・・もういいわ。」
レオンのあまりにもお気楽な態度に気勢をそがれたカルラがレリックに言われた通りにお
となしく素振りを開始する。それを見て安心したレリックもレオンの右隣に座りこみ、小
袋の中から林檎を取り出して食べ始める。
「ほらっ、お前も食えよ美味いぜ。」
「お?ありがたい頂くよ。」
よほどお腹が空いていたのだろうレオンが大口を開けて林檎にかぶりつく。それを唖然と
した表情で眺めながらレリックが言う。
「飯の時もそうだがお前のその食欲と物を食う時のスピードは異常だな、そのうち絶対に
体壊すぞお前。」
「俺達の資本は体なんだぞレリック、生き残るためにはたっぷり食って力を付けないとな、
それにこれぐらいの事で潰れるようなやわな体はしてないよ。あ、もう一個貰ってもい
いか?」
「・・好きにしろよ。」
レリックがそう言うともう一つ林檎を投げてよこす。
「へへっ、ありがとさん。」
レオンが再び林檎にかぶりつく、しかし二口目を食べようとしたレオンの手から林檎が無
理やりに奪い取られる。
「ちょっとレオン!兄貴が持ってきた林檎にはあたしの分も含まれてるんだからね。一人
でガツガツ食べないでよ。」
訓練を終えて少し顔が紅潮しているカルラが奪い取った林檎を食べながらレオンの左隣に
腰を下ろす。
「そんなに怒るなよカルラ〜、悪かったこの通りだ。」
「わかればよろしい♪」
カルラの顔がようやく笑顔に包まれる。レリックも肩をすくめ微笑を浮かべながらこのし
ばしの安らぎに身を委ねていた。
「そういえばレリック、お前上級に昇格したんだってな〜、おめでとう。」
ここライデン闘技場では勝ち星や勝率、戦闘時間等によって剣闘士のランク付けがされて
いた、下級・中級・上級と別れていて、現在レリックは上級剣闘士でレオンとカルラは中
級剣闘士である。
「ああ、ありがとう、まぁ俺の実力からしたら当然と言えば当然なんだがな、そういうお
前も次の試合で勝てば昇格出来るんだろう?奴隷頭がそう言ってたぞ。」
「うん、でも俺の場合はお前みたいに人気が無いからお前がやったのとは違う試験方法で
試合をさせられるらしい、人気のあるお前が羨ましいよ。」
「人気や賞賛なんてのは後から勝手に着いて来るものだからな、お前の実力は俺が十分に
分かってる、そんなにめげなくてもすぐに俺なんか追い越してしまうさ。」
「そうかな〜、俺はお前みたいに素早くないし綺麗な勝ち方って奴が出来ないからな。」
「人はそれぞれ自分に合った戦い方がある、お前のその豪快な戦い方の方が俺は見ていて
爽快だよ。ん?」
ふとレリックが妹を見やると、カルラはレオンから奪い取った林檎を嬉しそうに頬張りな
がらレオンの顔をぼ〜っとみつめ頬を赤らめている。鈍感なレオンはまったく気が付いて
いないが実はカルラはレオンに淡い恋心を抱いていた、そして兄であるレリックも当然日
々カルラからレオンの好みや好きな女性のタイプ等、耳にタコが出来るほど色々と相談を
受けていた。
(まったく我が妹ながらどうしてこんなに不器用なのかね〜、減らず口ばかりたたかずに
もう少し女らしい所でも見せればレオンもお前の気持ちに気付くかもしれんのに。)
「どうしたレリック、何か考え事か?」
「いや何でも無いよレオン、ただお前も大変だなと思ってな。」
「はぁ〜?何が大変なんだよ。」
「気にするな俺の独り言だよ、そんな事よりカルラお前林檎一つ食べるのにいつまでかか
ってるんだ?」
カルラもレリックの呼び掛けで正気に戻ったようで慌てて答える。
「えっ?あ、ほ、放っておいてよ、あたしがどんな食べ方しようが兄貴に文句言われる筋
合いは無いわよ。」
「レリックの言う通りだぞカルラ、それに顔も少し赤いみたいだな〜、どこか体の具合が
悪いんじゃないのか?」
「き、気にしないで大丈夫よレオン、さっきまで素振りしていたからそのせいでしょ。」
「さ〜てどうだかな〜、案外血が逆流するような変な事考えていたのかもしれないぜ。」
レオンが不思議そうにレリックに聞く、
「へっ?血が逆流するような変な事って何なんだ?」
「くくくっ、聞きたいかレオンあのな〜♪」
楽しそうに話そうとしていたレリックだがそれを許さぬカルラの怒りの攻撃がレリックの
顔面に林檎の芯を直撃させる。
「・・カルラ、食べ物を粗末にするなって何回言えば分かるんだ?」
こめかみに二、三本青筋を立てながらすっとレリックが立ち上がる。
「うっさい、馬鹿兄!!自業自得じゃないか!」
その瞳にするどい殺気!?をこめながらカルラも立ち上がる。
そして壮絶なる兄妹喧嘩が再びレオンの眼前で繰り広げられる。
「おいおい二人ともいい加減にしろよ、あまり大暴れしたら試合に響くぜ。」
「お前は黙ってろレオン!いくら言っても解らん奴には体で解らせるしかないんだ。」
「うっさい、レオンは黙ってて!!」
ほぼ同時に言い返されたレオンは二人のあまりの迫力に気おされ、
「は、はい、分かりました。レリックもカルラも、け、怪我はしないように注意しようね。」
としか言う事が出来ず、そろそろと二人の後ろから脱出する事を試みた。・・が、
「どこに行くつもりだレオン、逃げられるとでも思っているのか?」
「誰のせいでもめてると思ってるのよ〜!」
その試みはものの見事に失敗に終わり、
「ひぃええぇぇっ、な、何で俺のせいになるんだよ〜〜。」
数分間の激論の末結局は全てにおいてレオンが悪い事になり、その理由については何も説
明されぬまま酒場で二人に奢る事で丸く収まったのであった。
3.
「で、その後の首尾はどうなっているんだ?」
ここはライデン闘技場に設置されている主宰者専用の私室、きらびやかな装飾を施された
机に居座る男、ライデン闘技場を主宰し、そしてレオンやレリック達の主でもある剣闘士
ギルドマスターが執事兼奴隷頭に向かって冷たい声を投げかける。
「は、準備は全て滞り無く進んでおります。明日の「デス・テスト」において例の計画を
実行に移す手配となっておりますのでご安心を。」
奴隷頭の報告にギルドマスターはうっすらと笑みを浮かべ、
「ふふふっ、フォルス公も自分の立場をわきまえておれば甘い汁を吸い続けておれたもの
を、明日でそれも終わりとは人生とは実に儚いものだな。」
「当然でしょう、貴族とはいえ我が主に脅しをかけるなどフォルス公も発狂したとしか考
えられません。」
「まぁ、あの事が外部に漏れては少々面倒な事になるので今までは口止め料を出してやっ
ていたのだがな。」
「それを今月から2倍にしろなどとふざけた事を、我々を見下している証拠です。」
「ふふっ、だがそれも明日で全て終わりだ明日は最高の接待をしてやれ。この世で最後の
娯楽だからな。くくくっ、は〜っはははは〜。」
「まったくです、ふふふっ、あはははぁ〜。」
4.
レオンが上級の剣闘士になるまでには、乗り越えなければならない一つの試練があった。
それこそが悪名高い「デス・テスト」だった。この闘技はいつもの闘いとは違いその実力
を試されるためにさまざまなハンデの下での闘いを強いられるのだ。
そして今回レオンが受ける「デス・テスト」は目隠しをしての暗視状態での闘いであった。
控え室で緊張した体をほぐしつつ試合を待つレオン、いつもは側にいて軽口を叩いてくれ
るレリックやカルラも今日に限ってその姿は見えない。目を瞑り精神を集中しているレオ
ンに奴隷頭から出番を告げる声がかけられる。
「よしっ!」
精神集中を終え闘技場に向かうレオン、そして入場ゲートの前まで来た時に目隠しをされ
いよいよ試合が近付いてきたという事が嫌でもハッキリと感じられる。
「無事に戻ってくる事が出来ればお前は上級に格上げだ、期待しているぞ。」
「期待していて良いですよ、じゃあ行って来ます。」
奴隷頭に返答したその瞬間レオンの耳にゲートの開く音が聞こえ、レオンはセコンドに付
いているギルド関係者に連れられスタジアムの中央まで歩いていく。それと同時に観客席
から流血を期待する観客の歓声がレオンの耳に飛び込んできた。
対戦相手はすでに登場しているのだろう、前方からその気配が感じられる。
(俺は死なんぞ、必ずこのテストに勝ち抜いてやるんだ。レリック、カルラ俺に力を貸し
てくれ!!)
試合開始の合図がなると同時にレオンは気配を頼りに対戦相手に斬りかかった、たちまち
刃が音を立ててぶつかり火花を散らす。剣を合わせている中で技量ではレオンの方が勝っ
ているという事は感じられたが、目隠しのハンデがある分レオンはかなりの苦戦を強いら
れた。長時間に及ぶ闘いの中、噴き出した血と汗にまみれながらレオンはじっと勝機をう
かがった。そして、待ちに待った機会が訪れた。対戦相手の動きが次第に鈍くなってきた
のが感じられる、おそらくは長時間の闘いによる疲労が出て来たのだろう。レオンは相手
が決着をつけようと挑みかかってくるその一瞬に全てを賭けた。最後の力を振り絞り突撃
を敢行する、すさまじい打撃音の後レオンの手に確かに肉をえぐる感触が伝わってくる。
(よしっ、殺ったぞ!)
自らの勝利を確かなものにするためにその手に力を込める、そしてレオンの耳に相手が地
面に倒れる音と共に断末魔とも言える苦しげな声が聞こえた。
「か、かはぁっ。」
その瞬間、剣を引き抜き勝利宣言を受けようとしていたレオンの動きが止まる。
「ば、馬鹿な!?」
頭の中が真っ白になり視界を遮っていた目隠しを思わず引き千切る、その眩しさに思わず
顔を歪めるが次第にその明るさに慣れてくるとレオンが最も見たくない光景がその眼前に
広がっていた。そうレオンが闘っていた相手は「カルラ」だったのである。
苦痛な表情を浮かべ剣を放りだしカルラを抱き上げる、
「カルラ!お前が何故ここに?」
「つ、強いね〜レオンって、め・・目隠ししてても・か・・勝てないなんて、へへっ。」
「何故なんだ、俺達は同じ組織に所属しているから対戦するはずは無いのに。」
傷口からは血がドクドクと流れ続け、レオンは必死の形相でその傷口を押さえている。
「ギルドからの指令だったの・・もし拒否するなら兄貴を・こ・殺すって。」
「何だって?俺達が殺し合うのに何の意味があるってんだ!カルラしっかりしろ今医者に
見せてやるからな。」
「ど、ドジっちゃった、本当は相討ちに持ち込んで試合結果をうやむやにしようと思って
たんだけど・・うっ!」
「カルラ!もういい、もう喋るんじゃない。」
「レ・・レオン、あ・兄貴の事・・。」
「大丈夫だレリックの事は俺に任せろ!お前はゆっくり休んでいればいいから。」
傷口からは大量の血が流れ続けている。
(・・・・だめだ、もう・・カルラは・・。)
「ふふっ♪あ、ありがとうレオン。ねぇ聞いてもいい?」
「ん、どうした?」
「あ・・たし強く・・て・優しいレオンの事・・ず〜っと好きだったんだ・・。」
「カルラ?」
「えへへっ、気付かなかったでしょ〜、レオンってほんと鈍いんだから・・、くっ、はぁ、
はぁ、はぁ。」
「カルラお前・・。」
「ねぇ、レ、レオンは・あ、あたしの事どう思ってる?」
「・・カルラ俺もお前の事が好きだ、お前やレリックと一緒にいると心が休まった、どん
なつらい時でもお前がいたから俺は生き抜いて来れたんだ。」
「ほんと?へへっ、嬉しいな〜、けほっ、けほっ、じ・じゃあ・・あ・あたしをレオンの
お嫁さんにしてくれる?」
「ああ、もちろんだとも、だからしっかりするんだぞカルラ!」
「うん、わかった・・未来の旦那様の言う事はち・ちゃんと聞かないとね♪あ、あれ?
レオン?どこに行ったの?き、急に・・か・顔が・・・見えなくなっちゃたよ?」
カルラの血塗れの手がレオンを求めて宙をさ迷う、そしてレオンはその手をしっかりと握
り締め自分の顔に当てて、
「カルラ大丈夫だ、俺はお前の側にいるぞ、どこにも行ったりはしないから。」
「レ、レオン・・・や・・やく・そく・・だ・よ、ずっと・・ず〜っと・・・そ・ばに・・」
レオンの顔に当てられた手が力を失いだらりと垂れ下がる、それはカルラの魂が肉体より
離れていく事、すなわち「死」を意味する事であった。
「カ・・カル・ラ?・・・う、うあぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!」
レオンの獣にも似た雄叫びがスタジアムにこだまする、そしてレオンの勝利を告げる宣誓
がなされ観客の拍手と賞賛の嵐がレオンに向けられた。レオンは「デス・テスト」に勝ち
残った、しかしそれはあまりにも大きな代償と引き換えであった。そしてカルラの遺体を
抱き抱えながら叫ぶレオンを入場ゲート付近から奴隷頭は静かに見守っていた。その口元
に微笑を浮かべながら・・・。
5.
「デス・テスト」の試合後、着替える間も無くレオンはすぐさまギルドマスターの下に連
れて行かれた、昇格の礼式を執り行う為である。奴隷頭に連れられ式が執り行われる部屋
へと通される、扉を開け部屋に入るとすでにギルドマスターは到着していたようで椅子に
座り無言で窓の外を眺めていた。
「我が主よ、レオン・クライフォートを連れてまいりました。」
レオンも跪きギルドマスターの言葉を待つ、
「なかなかの見世物だった。」
「見世物?」
ギルドマスターの一言にレオンの心の奥底にくすぶっていた物が目を覚ます。
「今日、この場をもってお前を上級の剣闘士に任命する。褒美をくれてやろう何なりと好
きなものを言え。」
依然として窓の外を眺めながらの発言にレオンはふつふつと湧き上がる怒りを感じていた。
(ふっ、一介の奴隷とは顔さえも合わせたくないって事か・・・)
「その前に一つお聞きしたい事があります、今日の俺の対戦相手は何故カルラだったんで
しょうか?同じ組織に所属するもの同士が闘う事は公平さを損なうため禁止されていた
はずです。」
「お前などが気にする事ではない、・・・ふんっ、まぁいい教えてやろう。最近は闘技もマ
ンネリになってきてな〜、ただ剣闘士同士を闘わせただけでは客の入りが悪くなってき
たのだよ。」
「どういう事ですか?」
「ふふふっ、そこで私は考えたこの状況を打破するには何か新しい趣向を用意しなくては
とな。そんな時に私の耳にすばらしい情報が飛び込んできた。そう、カルラがお前に恋
心を抱いているとな。」
「なっ!?」
「愛する者同士が闘う、これほど面白い趣向は滅多に見られない。これならばお客様にも
十分に楽しんで頂けるとな〜。実際その通りになったよカルラはお前を倒す事が出来ず
に軽い傷を負わせるだけ、お前はそんなカルラの気持ちにも気付かずにひたすらカルラ
を殺すためのチャンスを覗う。そんな心模様が観客にはたまらない刺激になったらしい。」
「・・・・・・。」
(俺は・・俺達はそんな事の為に・・)
「これ以上愛する者を傷つけたくないと言うくだらない考えの為に自ら剣を捨て死へと飛
び込む女、そんな女の深い愛を知りもせず最後の力を振り絞り必殺の剣を振るう男。ど
うだ?涙が出るほど可笑しな展開だろう。くくくくっ、あははははは〜。」
黙って聞いているレオンの拳は硬く握られ震えている。
「お前達のおかげでお客様方も大変満足して帰って行かれたよ、本当にすばらしい見世物
だったありがとう。ん、どうしたんだレオン、私の趣向があまりにもすばらしかったか
ら声も出せないほど感動しているのかね?さぁ、早く褒美は何が欲しいか言え。」
そして奴隷頭も同じように声をかける。
「早くしないかレオン、我が主はいつまでもお前に付き合っていられるほど暇なお方では
ないのだからな。」
「では遠慮なく。」
「何だ?早く言え。」
「貴様の命だ!!」
言うと同時にレオンは行動に移していた、腰に帯びていたショート・ソードを抜き放ち一
気にギルドマスターの喉下へ突き立てる。驚くほど簡単にその攻撃を受け止めたギルドマ
スターは断末魔の悲鳴と共に椅子ごと後ろへ倒れこんだ。
「き、貴様何て事をしてくれたのだ〜、誰か早く来い〜!!」
廊下からドカドカと足音が迫ってくる、レオンは無意識の内に窓の外へ身を躍らせていた。
衛兵達が部屋に入って来たと同時に窓ガラスの割れる音、そしてレオンの姿は外界へと消
えていた。
「レオン・クライフォートが脱走した、すぐに追いかけろ。」
「はい!!」
奴隷頭の命に従い衛兵が駆け去って行く、残された部屋で奴隷頭は全ての計画が成された
事を確信していた。そして、隠し扉が開き一人の男が部屋の中へと足を踏み入れた。
「我が主よ、計画は無事終了致しました。」
奴隷頭の前に姿を現した人物は先程まで椅子に座っていたレオンに殺されたはずのギルド
マスターその人であった。
「ふふふっ、おもしろいほどこちらの思う通りに動いてくれたな。」
「何をおっしゃいますか、それもあなた様がレオンを怒りで我を忘れさせて殺意を抱かせ
るまでに為されたからではないですか。」
「殺されるのは久しぶりの事だったのでな〜、少々はしゃぎ過ぎた気もするがな。」
くすくすと笑いながら部屋に倒れたうつ伏せ状態の肉の塊をごろりと足で転がす、仰向け
になったその死体はフォルス公であった。
「これからどうなされますか?」
「とりあえずレオンはこのまま逃亡させろ、それからフォルス公宅に使いをやれ「狂気に
走った剣闘士を諌めるために勇敢に立ち向かわれましたが残念ながらその狂気の刃の前
に倒れられました」とな、そうしておけば数時間後にはまず間違いなくレオン討伐の依
頼がくるだろう。我々ギルドは貴族殺しの剣闘士を黙って野放しにしておく訳にはいか
んし大義名分も同時に手に入れる事になり全てはそれで片付く。」
「真実は全て闇の中でございますな。」
「何を言っておるのだ、目に見える事が全て真実なのだよ。」
「ふふっ、その通りですな。」
「ふむ、ところでレリックは今何をしている?」
「我が主の仰せの通りにただいま重要人物の護衛の任務についております、そろそろ終了
し戻ってくる頃合かと存じますが。」
「そうか、可愛そうに無事帰って来れたというのに訃報が待っているとはな〜、奨励の声
をかけてやらねばいかんな〜、カルラの遺体も用意しておくんだ死化粧もしてやれこの
世でたった一人の妹との別れだからな。レリックが戻ったら俺の部屋へ通せいいな。」
「仰せのままに。」
ギルドからの指令を無事に終えてレリックが帰還したのはそれから一時間後の事だった、
妹の姿を探し訓練場へと赴いたレリックに奴隷頭からカルラの訃報が届けられる。
ギルドマスターの部屋へと通されたレリックが目にしたものは、もう二度と動く事の無い
物言わぬカルラの遺体であった。
「う・・ぁ・ああぁぁぁぁ〜〜っ、カルラ〜〜〜!!何故?何故こんな事にぃ〜〜〜!!!」
人目もはばからずカルラの遺体を抱きしめ泣き崩れるレリックに奴隷頭から今回の事件の
内容が説明される。レオンとカルラの試合は客を収集するための芝居だったという風に。
「目隠しだって?そんな状況ではいくら芝居とはいえカルラに危険が及ぶ事は分かってい
たはずなのに一体どういうつもりだ!!」
反射的に腰に帯びていた剣に手を掛ける。
「落ちつけレリック、これが試合で使われた目隠しだ、よ〜く調べてみろ。」
と言って奴隷頭が目隠しを投げてよこす。そしてレリックが実際に目隠しを着けてみると、
「こ、これはっ!?」
「分かったか?その目隠しは特注で外見はなんら変哲のない代物だが実際は内側からは透
けて見る事が出来るようになっているのだよ。」
「そんな馬鹿な?ならばレオン程の腕を持った剣士がミスを犯したというのか?」
「その事については・・」
「待て。」
ギルドマスターから制止の声が掛かり奴隷頭が黙り込む。
「そこから先は私が話そう、これは実に言いにくい事なんだが・・お前はレオンに妬まれ
ていたのだよ。」
「妬みだって?」
「そうだ、お前はその持ち前の敏捷性と感覚のするどさ、そして試合運びの上手さ等もあ
り上級剣闘士にまで異例の早さで昇格した、そしてレオンもお前に負けず劣らずその力
強さと動物的な勘とでも言っておこうか、お前と同様に勝ち星を重ねてきた、だが結果
はどうだ?上級で人気のあるお前に比べてレオンは中級でしかも人気は無い、お前が光
の道を歩いてきたならばレオンはつねに陰の道を歩いてきたと言えるだろう。レオンの
心にお前に対する妬みやどす黒い感情が生まれたとしても不思議はなかろう。」
「嘘だ!あいつは・・確かにそんな事を口走っていた時はあったが、俺達の関係はそんな
事ぐらいでは壊れるはずが・・いや壊れるわけがない!!」
「ふははははっ、友情とでも言うつもりかレリック?ここでそのような言葉が聞けようと
は思ってもみなかったぞ、笑わせるなお前達が命を賭けて闘うこの場所でそんな甘っち
ょろい言葉が通用するとでも思っていたのか?レオンの言葉や態度に騙され良い様に操
られていたんだろう。」
「ち、違う、そんな事は決して・・」
「現実が全てを物語っている、現に私はレオンにカルラを倒せとは言ったが殺せとは命じ
ていない、・・がレオンはそれを破ってカルラを殺したではないか。」
「・・・・・・。」
「そして命令を無視したレオンにペナルティーで上級剣闘士は先送りだと伝えたらこれだ
よ。」
と言ってギルドマスターは自分の左腕を見せる、腕には包帯が巻かれて少し血がにじんで
いるのがレリックには分かった。
「お・・俺は・・」
「つらい事だとは思うが現実をしっかりと受け止めるんだなレリックよ、レオンは私に傷
を負わせただけではなく有力な貴族まで暴走して殺しておるレオンの本性を見抜けなか
ったお前にも落ち度があるのだよ。」
「・・・レオンは今何処に?」
「私に傷を負わせた後に脱走したよ、今は暗殺部隊を召集している所だ、貴族殺しの剣闘
士をギルドとして放っておく訳にはいかない、それに殺された貴族の家族からもレオン
を殺せとの依頼が来ておる。」
「・・・我が主に願いがあります。」
「何だ?言ってみろ。」
「その暗殺部隊の一員に私を加えて頂きたい、レオンを倒すのは他の誰でもなくこの私の
手でカルラの思いを・・無念を果たしてやりたいのです。どうかお願い致します!!」
「・・よかろうレリック、妹を殺されたその無念この私にもよ〜く分かる、ただし剣闘士
奴隷であるお前を簡単にその暗殺部隊に加えるわけにはいかない。」
「ならば、どうすれば良いのでしょうか?」
跪き畏まっていたレリックが顔を上げ、その表情を見てギルドマスターは驚愕した。なぜ
ならばレリックは血の涙を流していたからである。
(くくくっ、レリックめそれほどまでに思い詰めおったか。)
「お前の次の試合はこの闘技場でNo.3の猛者と対戦させよう、もしお前がそやつに勝つ
事が出来たならば特例をもってお前を暗殺部隊に入れる事を約束しよう。」
「何も異存はありません、必ず勝つ事を約束しましょう。」
「うむ、お前に言う事はこれで終わりだ行け。」
「失礼します。」
ギルド頭及び関係者がカルラの遺体の入った棺を運びレリックと共に出て行く、一人部屋
に残されたギルドマスターはすでに明日の試合の事に思いを馳せていた。
「くくくくっ、さて妹を信頼していた友に殺された兄の執念というものをたっぷりと見せ
てもらおうか、ふぁは〜っははぁぁぁぁぁ〜〜!」
そして次の日の午後、レリックは恐ろしいほどの強さでギルドNo.3の猛者を秒殺する
事になる。かくしてレリックはレオン暗殺部隊にその席を置き長きに渡る不毛な闘いが幕
を開けるのである。
「ねぇ、聞いてるの?ねぇったら!」
カシエルの呼びかけに意識が無理やり過去から現在へと呼び戻される。
「あ、何だ?俺を呼んだのか?」
「ふふっ、どうしたの?これから死んじゃうからその恐怖に耐えられないのかい?さぁ着
いたよ、ここが君の人生の最終地点だよ。」
「ふっ、それはありがたい事だな。」
周りを見渡すと、そこは周囲を小高い丘に囲まれ所々に大きな岩肌が顔を覗かせている。
自然のものではなくおそらく何らかの目的で人の手が加わっているのだろう。暗殺者達が
身を隠すには絶好の場所と言える。
「君の愛する人はまだ来てないみたいだね〜、でも安心していいよ二人一緒に殺してあげ
るから♪」
カシエルが可笑しそうにレオンに向かって話しかける。
「・・お前にも果物をあげよう、ありがたく思うんだな。」
そしてレオンは林檎を一つ取りカシエルの顔の前に持っていく、だがカシエルが受け取ろ
うとしたその瞬間、林檎はレオンの握力によって木っ端微塵に砕かれその破片や果汁がカ
シエルの顔面に降りそそいだ。
「・・・・・・レリック待つのあきちゃったよ、今殺してあげるね・・。」
「子供は早く家に帰ってお母さんのおっぱいを飲む時間だぞ、・・もっともお前はもうどこ
にも帰れないがな。」
カシエルが距離を取り呪文の詠唱を始め、レオンも果物袋を捨て愛用のブロード・ソードを
抜き放つ。そしてレオンが距離を縮めカシエルに切り掛かろうと動こうとしたその足元にダ
ガーが深々と突き刺さった。
「ちぇっ、せっかく面白い所だったのに。」
カシエルが呪文の詠唱を止め戦闘態勢を解く。
「・・・・・・」
(ちぃっ、出来れば一人くらいは先に倒しておきたかったんだがな。)
レオンがダガーが飛んできた方向へと目を向ける、そこには数人の盗賊に捕らえられたレ
オンの最愛の人コルシュ・フェルとそして復讐鬼と化した「死の傀儡師」レリックが不気
味な存在感を感じさせ立っていた。
「レオン!!」
「・・・レリック。」
一陣の風が二人の間を吹き抜ける、まるで二人の出会いを掻き消してしまいたいように、
だが気まぐれな運命の女神は再び二人を出会わせた。全ての思いが今、巨大な濁流となり
決戦の場を呑み込もうとしていた・・・。
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