 |
No. 00094
DATE: 1999/09/11 00:15:05
NAME: リック
SUBJECT: 目的
(「ファリス神官の誤解」の続きみたいなものです)
俺の義妹は、隠居のじいさんラウド・ライハーの息子ジェス・ライハーによって人身売買組織に売られた。「ライハー商会」が傾いたから、資金を作るためにラウドじいさんの屋敷の物を端から売り払ったらしい。最後には屋敷も全て売るつもりだったということだ。・・・前から仲が悪いってな聞いてたが、これほどとはね。ジェスを殺した俺は、さらに屋敷を探して一室に軟禁されたラウドじいさんを見つけた。
「すまんの……」
じいさんはこうなる事を覚悟していたのか、返り血に染まっていた俺を見ても一言そう言っただけで、俺を責めたりしなかった。だが、まだ俺のほうが感情を押さえることができないでいた。俺はつかつかと近づいてじいさんの両手でじいさんの襟首を掴んだ。
「あいつを……取り戻せるか?」
「……やってみよう」
翌朝、俺はじいさんと共にエレミアの街へ向かった。義妹を取り戻すために、人身売買組織と交渉する。じいさんはそう言った。その組織のことはじいさんも知っているらしい。やっぱりきれいごとだけじゃ、商売はやっていけねえみてえだな。俺たちは真っ直ぐライハー商会、つまりじいさんの店へ行った。そしてじいさんがいろいろと手配し、義妹が売られた組織の長、アルト・ストラストとの面会が叶ったのは一週間後の事だった。
部屋には俺とじいさん、そして奥の机に壮年の男が座っている。この男がアルト・ストラスト、表じゃストラスト商会ってごく普通の商人をやりながら、裏に回れば奴隷商人だ。ギルドにいたころからこいつの噂は聞いたことがあった。それともう一人、ストラストの側に控える男がいる。こいつは一見なんの特徴もないただの男に見えるが、持ってる雰囲気は普通じゃなかった。たぶん、俺の同業だな……しかも、俺なんかじゃ絶対かないそうにねえ。
挨拶を済ませると、じいさんは袋から宝石を取り出して机に並べた。
「先日、わしの息子があんたのとこに売った女の子を返してもらえんじゃろうか? これはその時の金と同額分はあるはずじゃ」
控えていた男が、ストラストの代わりに宝石を確かめ、やつに耳打ちをする。
「確かに……、だが、返すことはできない」
「なぜじゃ?」
「あの娘には、高い価値がある。今さらこの程度で返すわけにはいかないのだ」
じいさんはさらに袋から宝石を取り出した。だが、ストラストは首を振る。
「駄目だな。最低でもこの倍は用意してもらおう」
その言葉に、じいさんもそうだったろうが、俺も絶望を感じた。馬鹿な考えが浮かんで思わず腰に手が伸びる。もちろん、そこに愛用のショートソードはない。次の瞬間、全身に寒気を感じた。ストラストの側に控えた男が俺の方を見ていた。……俺は立ち尽くすしかなかった。
突然、じいさんは俺の事を指して、ストラストに説明を始めた。俺が借金を背負うことになった理由、その身代わりとして義妹が使用人となったこと、借金を返すために俺が冒険者になったこと、借金があとわずかだったこと、そしてじいさんの息子、ジェスの暴挙で義妹がここに売られてしまったこと……。無駄だ、こいつらがそんな話で同情してくれることなんか……だが、意外にもストラストは俺のほうを見ていた。そして俺にこう言った。
「事情はよく分かった。だが、私も商人だからな。金のことで譲るわけにはいかない。そこで提案があるのだが……」
ストラストの提案とは、次のようなもんだった。義妹を取り戻すために払う金はさっきじいさんが用意した量の倍額だ。ただし、義妹に”教育”を施す必要があるとかで、その期間は俺以外には決して売ったりしないということだ。”教育”とやらが終わると、義妹は貴族どもに売られることになるらしい。そうなったらまず取り戻せねえ。俺はそれまでに金を用意しなければならねえってわけだ。
「もし、君にその気があるなら、力ずくで君の妹を取り戻してくれてもかまわない。だたし、そうするつもりなら、それ相応の覚悟ができてからにするんだな」
そう付け加えたストラストの顔は、どこか楽しげだった。やつがなんでこんな提案をしてきたのかは分からねえ。事情を知って同情したなんて考えられねえ。何かは知らねえが、絶対に裏があるはずだ。
さらにストラストは言った。
「この宝石は全て引き取らせてもらう。君が自由に動けるようになるための必要経費だと思ってくれ」
「……どういうことだ?」
「君の町で今、殺人事件の捜査が進められている。お尋ね者ではなにかと不便だろうからな。それに、ギルドに追われるのも厄介だろう。私が君のために話をつけておいてやろう」
俺はじいさんのほうを見た。この金は俺のものじゃない。いつもなら、頼ったなんかしねえが……今回だけは、そんなこと言ってられねえ。じいさんはゆっくりと首を縦に振ってくれた。……俺はストラストに向き直った。
「……頼む」
「任せるがいい。君は君の妹を取り戻す事だけを考えてくれればよいのだ。そして……」
この言葉で、俺はストラストの意図がようやく読めた。
「存分に、私を楽しませてくれ」
こいつは俺に、ほんの僅かな希望を持たせるためにこんな提案をしやがったんだ。そして、それにすがってあがく俺を見て笑うつもりなんだろう。……だが、今の俺には、やつの提案に従うしか手はねえ。
最後にストラストは、義妹が他の街に移されることを俺に告げた。だが、どこへ移されるかは言わねえ。自分で探せってことだ。
数日後、俺はエレミアの街を発った。買い戻すつもりなんかなかった。あいつの勧め通り、力ずくで奪い返してやる。とりあえず、最初はオランからだ。待ってろ!
 |