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No. 00097
DATE: 1999/09/13 00:14:41
NAME: リック
SUBJECT: 暗殺失敗・・・逮捕
リック:リスを連れたシーフ
リュイン:リックの仲間。シーフ。
ヤンター・ジニア:エレミアからリックを追ってオランへ来たファリス神官
(EP「リスを連れた魔術師」参照)
フレデリック:ヤンターの数少ない友人(笑)。ファリス神官。
リックは待っていた。自分を追う男、ヤンター・ジニアが現れるのを。
ヤンターがオランの街に現れて以来、リックは「シーリア」に変装して身を潜めてきた。ヤンターは”罪人リック”を探し、しつこくきままに亭に現れたが、幸いヤンターに味方する者もなく、また、エレミアのファリス神殿に属するヤンターがいつまでもオランに滞在できるはずもないので、リックは大人しくヤンターが諦めて街からいなくなるのを待つつもりだった。誤解から導いたとはいえ、ヤンターの言う通り、リックは殺人犯なのだから……。
ファルクと名乗る男により、リックにストラストからのヤンターの暗殺を”勧める”手紙 ―ストラストはリックの弱みを握っているので、実際には脅迫に近いのだが(EP「少年への手紙」参照)― が届けられた。これにより、リックはヤンター暗殺に乗り出さなければならなくなる。手紙によると、ストラストの手配により、ヤンター暗殺の後始末をギルドが引き受けることとなったらしい。つまり、ヤンターは”事故死”となるか”行方不明”となるのだろう。ファルクはさらに言った。ヴェイラがヤンターから、リックの居場所の捜索を依頼されている。そして、自分はヴェイラにその情報を渡すつもりだと。そしてそれは、すぐにヤンターへと伝えられるだろう。躊躇する時間も与えられないということだ。
リックは待っていた。裏路地へ続く暗がりの中に身を潜めて。ファリス神殿からも、きままに亭からも普通に来るなら必ずこの道を通る。そして、ヤンターの性格であれば、この道以外を選ぶことはないはずだ。このあたりの道は全て把握している。人目に触れない場所、騒いでも気付かれない場所、全てだ。ヤンターが現れればこの裏路地に誘い込み、事を成すつもりだ。
リックはきままに亭の方から歩いてくる人影に気付いた。ヤンターではない。だが相手の顔は良く知っている……リュインだ。彼女はここ数日、風邪をこじらして寝込んでいたはずだった。実際、まだ治りきっていないようで、足取りがおぼつかない様子だ。
「おい……リュイン」
リックは暗がりから姿を見せた。一瞬警戒の色を見せたリュインの顔に安堵の色が広がる。
「リック。どうしてこんなところにいるの? それに、変装は?」
「俺の事はいい。おまえこそ何やってんだ? 病人はちゃんと寝てろ!」
「僕の事もいい。それより知らせたい事がある」
「知らせたい事?」
「さっき、きままに亭にあのファリス神官が来たんだけど、あいつに味方ができたみたい」
「味方? 誰だ?」
「……知らない。でも、ファリス神官だった」
「またファリス神官かよ……」
くそっ、今ごろになって……。リックは心の中で毒づいた。
「それで、君はなんで?」
「……悪い、後だ」
リックはきままに亭の方から二人の人影が歩いて来るのに気付いた。恐らく、ヤンターと、その味方というやつだろう。ファリスの神官着という目立つ格好のおかげで、先に気付くことができた。リックはリュインを連れて暗がりへ隠れる。
「……? どうした?」
「説明してる暇はねえ。いいか、おまえはまだ風邪が治ってねえんだから、ここでじっとしてろ」
「どういうこと?」
「……俺がこれから何をしようが、絶対に出てくるんじゃねえぞ」
いつもなら、リュインはリックの言葉に反発していただろう。しかし、自分の体調が万全ではないことと、リックの様子がいつもと違う事から何も言えなくなった。
「……じゃあ、またな」
リックは暗がりから出て行く。
ヴェイラが調べた情報を頼りにリックの元へ向かっていたヤンターとフレデリックは、同時に前方の暗がりから現れた男に気付いた。そしてヤンターは、それが自分の追う男だという事にも。
「……罪人の分際で、堂々としたものだな。ようやく罪を償う気になったか?」
だが、ヤンターの問いかけにリックは薄笑いを浮かべるだけだった。
「こいつが、おまえの追っているという奴なのか?」
フレデリックがヤンターに問い掛ける。
「そうです。殺人を犯し、自らの罪を隠蔽し……今なお、のうのうと生きているのです」
ヤンターは目を瞑り、気持ちを押さえるように大きく息を吐いた。そして目をゆっくりと開き、リックに向き直った。
「……きままに亭という店には、おまえを庇う者どもが多くいた。おまえに罪はないと言う者も」
ヤンターの様子に、フレデリックは内心、胸をなで下ろした。彼は友人を心配していた。ヤンターは悪いやつではないのだが、一つの事に取り付かれると周りが見えなくなる。もしかすると、今回の事もヤンターの勘違いなのかもしれない。フレデリックはそれを心配し、その時にはヤンターを止めるつもりもあって、彼に同行したのだ。
ヤンターは続ける。
「私の誤解や誰かの陰謀だと言って作り話を言う者もあった。……だが、なぜおまえは自分でそれを言わないのだ? 私はおまえ自身が言うのでなければ、おまえへの疑いを捨てるつもりはない」
リックは何も答えなかった。それどころか、突然、それまで無表情だった顔に薄笑いを浮かべたと思うと、身を翻して裏路地へ駆け込んだ。
「やはり貴様は……!」
ヤンターは腰に差していたフレイルを手にし、リックの後を追う。フレデリックもそれに続いた。
あの男……、今回はヤンター氏の勘違いではなかったのか、それとも何か言えない事情でもあるのか……、どちらにしろ、放ってはおけないな。
そんな事を考えていた。
暗がりに隠れて、リュインは一部始終を見ていた。
「リック……どうして?」
彼女には分からなかった。どうしてリックがあんな事をしたのか。今まで隠れていたのに、わざわざ自分からヤンターの前に立つとは。途中で飛び出そうとも思ったが、リックの「絶対に出てくるな」という言葉に、足が動かなかったのだ。リュインは3人が消えた裏路地への道を見ていた。リックの言葉が再び頭に響くが、今度は振り切った。
「僕も行かないと……」
裏路地へと足を踏み入れる。
二人を裏路地へ引き込んだリックだが、心の中では焦っていた。フレデリックの存在だ。ヤンターだけであれば、このまま殺せばそれですむが、フレデリックはそうするわけにはいかない。また、ヤンターを殺すところを見られては、いくらギルドでも揉み消す事はできないだろう。追われる身に変わりがなくなる、いや、それどころかオランのファリス神殿そのものを敵に回すことになるかもしれない。そうなれば、余計厄介だ。さらに、2対1では逆に自分がやられる可能性がある。
あの二人を分断しねえと。
リックは走りながら、頭の中に地図を思い浮かべ使えそうな場所を探す。相手は二人とも重武装だ。追いつかれる心配はない。リックは振り切らないよう後ろを確かめながら、二人を誘導していった。
「いない!?」
リックを追いつめたと思った。だが、ヤンターとフレデリックの前には誰もいない袋小路があるだけだった。
「やつはいったいどこへ……」
「……口惜しいが、今日は諦めるか?」
フレデリックのその言葉に、ヤンターは首を振った。
「申し訳ないが、もうしばらくご助力願えませんか? ようやく得たやつを捕らえる機会なのです」
「……分かった」
フレデリックは溜息まじりに言った。
「では、行こうか。どっちへ行く?」
「手分けして探すことにしませんか?」
「そ、それは……」
「このままでは、やつを取り逃がす事になるやもしれません」
フレデリックはヤンターがリックに一人で会うことに危険を感じている。ヤンターでは、相手の言い分を聞かずに裁きを下すかもしれないからだ。だが、最初にリックと対峙した時のヤンターは、リックに釈明を求めていた。フレデリックは自分のそれを考え過ぎとして、ヤンターの申し出を承諾した。
「私は先を調べる」
「お願いします。私は来た道を戻ります」
先を調べると言ったのは、それでもリックを見つけるのが自分のほうがいいと思ったからである。
二人は二手に分かれて、リックの捜索を再開した。
「また袋小路か……」
ヤンターは来た道を戻りながら、通れる場所を端から調べていた。だが、リックを追うのに懸命だったため、来た道を正確に覚えているわけではない。すでに彼は道を失い、だから全ての道を調べているのだった。
「ようやく、あんたと二人になったな」
声に振り返ると、そこにはリックの姿があった。
「貴様!」
ヤンターはフレイルを構える。
「ずっとつけてたのさ。あんたがここへ迷い込むのを待ってた。ここなら邪魔は絶対に来ねえ。安心してあんたを始末できるってわけさ」
「私の口を塞ごうと言うのか?」
「そうさ。あんたの考え通り、あの事件は殺人だ。俺のやった、な。上手く揉み消したと思ったんだが、あんたの事をすっかり忘れていた。まさか、俺を思い出すとは思わなかったよ」
「自分の罪を認めるのだな……」
「これから殺されるやつに、殺される理由ってのを教えてやってるだけさ」
「これ以上、罪を重ねるつもりか?」
「罪? 大丈夫さ。あんたが死んでも、前と同様、揉み消してやるよ」
「……返り討ちにしてくれる!」
ヤンターはリックに向かって駆け出した。
「この道は……?」
フレデリックは、再びヤンターと分かれた袋小路に戻っていた。だが、引き返したわけではない。道があった。袋小路だと思っていたが、奥の陰になっている所にひと一人分の細い道があったのだ。先へ進んだフレデリックは、この道を通り戻ってきた。あの時、リックはこの道に潜んでいたのだ。
「この先にあの男はいなかった……、ということは、引き返したということか」
ヤンターとかち合ったかもしれない。フレデリックは走った。ヤンターが早まった結論を出さない事を願いながら。
怒りから振るわれる、ヤンターのフレイルによる渾身の一撃をリックは横に跳んでかわす。ヤンターはさらにフレイルを真横に振るう。無理な体制からの攻撃なので、リックは少し下がっただけで難なくやり過ごした。
「今回は体調万全なんでね。前みたいにゃいかねえぜ」
オランに現れたヤンターに最初に遭遇した時、リックは、思わぬ再会に動揺した事もあるが、前の仕事で受けた怪我が治っていなかったので、いいようにやられてしまったのだ。
リックは腰に下げたショートソードに手を伸ばそうとせず、ヤンターのフレイルをかわす事に専念していた。怒りに任せての大振りな攻撃なので、当たる気はしない。やがて、ヤンターの動きに疲れが見え始めた。
そろそろだな。
リックはショートソードをさやごと構えた。
「何のつもりだ!」
ヤンターの渾身の一撃が振るわれる。だが、今度はリックはかわそうとしない。さやごとのショートソードを、こちらも渾身の力を込めて振るう。狙いはヤンターのフレイル! 鈍い音と共に、ヤンターのフレイルが宙を舞った。リックはそのままヤンターの懐に飛び込むように、全体重を掛けたショートソードの一撃をみぞおちに突き入れた。ヤンターの体がリックの上にのしかかってくる。リックがそのままショートソードを突き出すと、力を失ったヤンターの体は地面に仰向けに倒れた。
「ふん……、そんな重苦しい格好で散々走り回った上に、そんな大振り繰り返してちゃ、さすがに体力が持たねえだろうが」
リックはヤンターを見下ろしながら呟いた。だが、これで終わりではないのだ……
リックは気を失ったヤンターをまたいで立っている。両手に抜き身のショートソードを構え、その切っ先はヤンターの喉を狙っていた。
「恨むなら恨め……俺の目的のためだ。犠牲になってもらう」
「ヤンター!」
しまった! 突然の声にリックは振り返る。声の主は分かっている。もう一人のファリス神官、フレデリックだ。リックは時間を掛け過ぎたのだ。
「貴様! ヤンター氏をどうした!」
事態を察知したフレデリックがフレイルを構えて突っ込んでくる。リックは舌打ちをして、フレデリックに対峙する。フレデリックのフレイルがリックを狙う。
「!」
後ろに跳んでその一撃をかわそうとしたリックだが、突然体制を崩した。いつの間に気付いたのか、ヤンターが彼の足を掴んでいたのだ。フレイルが容赦なくリックに襲い掛かった。
「感謝します」
自らに癒しの奇跡を行い回復したヤンターが、フレデリックに短い礼を言う。フレデリックは足元に横たわる男を見下ろしながら尋ねた。
「……この男は、罪を認めたのか?」
「はい、全て自供しました」
ヤンターはフレデリックに、リックの話の内容を伝えた。フレデリックには解せなかった。なぜリックは、わざわざ姿を現してから戦おうとしたのか? リックがヤンターをつけていたと言った。殺そうとしていたのなら、その時にいくらでも不意を打てただろう。……いや、これも考え過ぎだろうか? 単にヤンターが隙を見せなかっただけかもしれない。
「この男をどうするのだ?」
「神殿の地下牢に入れます。そして、私がエレミアに帰る際に連行し、官憲に引き渡すことになりますな。これで殺された被害者も浮かばれましょう」
ヤンターは満足げに言う。
リュインがようやく追いついた時、リックは既にヤンターたちに捕らえられた後だった。
「助けないと……」
リックの「出るな」という言葉が頭に響く。今度は振り払えない。やがて、リックはヤンターたちに連行されていった。リュインはその場に立ち尽くしていた。
「僕は無力だ……」
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