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No. 00104
DATE: 1999/09/18 00:58:59
NAME: ハースニール
SUBJECT: 偶然の風の中
雨が降っていた。
城塞都市プリシスより少し南。麦の街道と呼ばれる、有名な蛇の街道からプリシスの方向へ分かれた道の続くそんな場所。
回りには何もなく。そして近くの村までは今しばらくかかる、そんな場所。
旅人は急いでいた。マントを上にかざし、何か雨宿りになるようなものはないか。
「くそっ、まいったな」
呟く。
昨日は晴天が広がっていた。まさかここまで急に天気が変わるとは予想できなかった。
「天候には少しは自信があったんだが…悔やんでも仕方ない」
とにかく旅人はこの雨を防げる場所を探す。
残念ながら近くには広い大地ととても登れそうにない急斜面の崖があるだけだ。
「木の一本でもあればいいんだが」
マントもだいぶ湿ってきた。防水の強い質の高いマントだったのだが、それでもさすがに長時間雨に当たりすぎたらしい。
走る。走る。走る。
雨に濡れた土砂に足元が汚れ、もういい加減疲れもたまった時、視線の先に一本の木が見つかった。
小さくはない。太い、大きな木。回りには小さな植物が散開している。
「ここまで濡れてなんだが、助かったというべきか」
苦笑混じりに再び走る。
「はぁはぁはぁはぁ…」
目で測ったよりも意外に距離があった。荷物もある。さすがにこれをかついで走ったのは少々酷だった。
雨はまだまだ止みそうにもない。すでにマントは乾かさない事には使い物になるまい。
近くから見ても木は大きかった。これならば雨宿りには丁度良いだろう。
「ここで野宿という事にもなるかもしれないな」
呟く。
そして荷物を降ろし木陰へと入る。
「ふぅ…」
ようやくゆっくりできた。今朝村を出、しばらくは天気に恵まれ意気揚々と歩いてはいたが、不意の雨。しかも長くやみそうにないときている。
道だけが続き、大地も荒寥としており、雨をかわす手立てもなくずっと走りっぱなしだったこともあり、ここで一息つけたのは精霊の導きかもしれない。そう思わせるものがあった。
ガサ…
不意に音が聞こえる。
木の上だ。
何か動物でもいるのだろうか?
「…………」
少し身構える。小動物ならばいいのだが、世の中何があるかわからない。十分注意してしすぎる事はないのだ。
「!」
声が聞こえた。
動物の声じゃない。人間の声だ。何と言ったかまでは分からない。
しかし、確かに今のは……。
「誰だ」
凛とした声で言う。
腰の曲刀に手をかける。
「……その声は…懐かしいな」
木の上からそんな声が聞こえてきた。
はて?どこかで聞いたような…。
「相変わらずだな、リヴァース」
木の上から男か姿を現した。
男には見覚えがある。
「お前は…こんな所で何をしているんだハースニール」
旅人は…リヴァースは曲刀から手を放し、木の上に座っている男を見た。
「まぁ…見ての通り雨宿りといった所だな」
苦笑い混じりに言う。
「お前にも何をしているのかと問うたらそう答えるだろう?」
そしてニッと笑う。
「そうだな。わたしもそう答えるな…まぁいい」
そう言った後不意にリヴァースは言う。
「おまえみたいなデカイのが乗ったら、枝が痛む」
ハースニールの顔に苦笑が浮かぶ。
「そうかプリシスからオランへ行く途中だったのか」
木陰で雨宿りをしながら、リヴァースとハースニールはそれまでの事を話していた。
「ああ。まぁ、お前がオランからプリシスへいくつもりだったんだから、こういう奇遇があっても可笑しくはないな」
「しかし木の上とはまた酔狂な所にいたものだな」
「仮眠も取るつもりだったんでね。下で寝ては盗賊達に見つかるかもしれないだろう?」
「まぁ確かにそうではあるが…木の上からだといざとなった時不利だろう?」
「この悪路ながらここは平地が広がっている。下にいようと逃げるには難しいさ。ならば、見つからないように配慮する方が賢いと思わないか?」
「確かにな…ふふ、相変わらずだ」
「お互い様だ。もっとも、少しは変わったつもりだがな」
「それもお互い様だ。いや…わたしはまだ少し自分を変えていくつもりだ」
「変わるだろう…俺も、お前も。そのための旅という事もある」
「そうだな…で、ハースニール。お前はこれからどうするんだ?ミードへ?」
「そうだな…リヴァースはどうする?プリシスへ行くのか?…それならば、街の郊外までならきままに亭での話も聞きたい事だし付き合うが」
「わたしは一人で旅をするつもりだったんだが…」
「旅は道連れとも言う。たいした距離でもなし、悪くはないと思うが?」
「そうだな…お前の土産話も聞かせてもらうぞ」
「土産話もお互い様だろう」
二人で笑う。いつのまにやら雨はほとんど止んでいた。代わりとばかりに強い風が吹き始めている。
「風か…気持ち良いものだ」
髪をたなびかせ、リヴァースが呟く。
「お前にこれほど似合う形容もないだろうな」
笑いながらハースニールが言う。
「旅につぐ旅、冒険につぐ冒険、そして気まぐれと来ている」
「……お前には言われたくない」
そして二人は荷物を持って立ち上がった。
風が吹く。強く吹く。砂を巻き上げ、草を髪をたなびかせ、二人の旅人の行き先に向けて。
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