No. 00114
DATE: 1999/09/24 23:25:13
NAME: ヴァル
SUBJECT: Still I'm With You
登場人物
ヴァル 本編の主人公。オーファンの盗賊ギルドの幹部クラス
ルノウザ オーファンでも指折りの天才料理人。一般人
レスト ルノウザの弟子。類稀な美貌を持つ男。古代語魔法と精霊魔法を少しづつ操れる
ミィナ ヴァルに好意を寄せる冒険者に憧れる少女。戦士見習い
リーン ミィナの友達。ミィナと共に剣術を学んでいる。戦士見習い
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新王国歴507年。オーファンと呼ばれる国となった地域でそれは起こった。
酒場の壁にファリス神殿からの連絡事項が張り付けられていた。
「今日早朝、粉々に砕かれた人間の骨らしきものがスラムの奥で発見されました。
その異常な手口から、精神異常者による犯行と見て、ファリス神殿と警備兵が一丸となり、
犯人逮捕に全力を注いでいます。
また、先週あった犯行と手口が酷似している為、同一犯の仕業とも考えられています。
犯人逮捕までくれぐれも夜はお一人で歩かないでください」
ヴァルはそれを眺めやリながらどうしたものかと考えていた。
出来たばかりの国とはいえ盗賊ギルドの規定もあれば、それを守らない者へそれなりの処罰を与えなければならないという掟もある。こう見えても、オーファンの盗賊ギルドの粛正を生業とする者達のまとめ役をしているヴァルとしては、放っておける事件ではなかった。面倒な事だと思うが仕方の無い事だった。
すでに、犯人の目星はついていた。オーファンでは最高の料理を出すと言われる天才料理人のルノウザという男である。彼の料理の評判は他国にも広がっており、遠くはオランからも客が来ると言われている。
「こら!ヴァル!!貴様、さぼってばかりいやがると、給料さっ引くぞ!!」
酒場の店長の怒鳴り声が店に響いた。盗賊ギルドの幹部とはいえ、己の身分を隠す為に一般人の振りをして、生活を送らねば周囲の目を向ける事となる。はっきり言って盗賊としては歓迎したい事態ではない。だから、ヴァルも裏では盗賊ギルドの幹部という重職につきながら、表では酒場の下働きをせざるをえなかった。
「ヴァル!!聞こえて・・・」
「はいはい。ウダウダ言われなくても働きますよ」
店長の罵声を背にあちこちのテーブルに散乱している食器を片付け、オーダーをとって来る。昼のピークが終わったばかりのこの時間には客の姿もほとんど見られない。
「あの・・・いつも、ごくろうさまです・・・」
片付けが一段落ついた頃に15、6になる少女が声をかけて来た。
「よ♪ミィナちゃん。いつもありがとう」
ウィンクを送るヴァルにミィナと呼ばれた少女は頬をぱっと赤らめる。毎日のように通ってくれている常連だという事と、本来の仕事の癖でヴァルはその子の事を覚えていた。
「あの・・・実はヴァルさんに聞いてもらいたいお話があるんです」
ミィナはうつむき、どこか落着きなく話し始めた。
「なんだい?俺でいいならいつでも話くらい聞くよ♪」
「あの・・・あたし、冒険者になりたいんです!!」
「・・・ぁん?」
ミィナの突然の言葉に思わず地がでた。顔をじっとヴァルに向けてきたミィナの顔からは真剣味が、瞳からは意志の強さが伺えた。生半可な覚悟の言葉じゃないのだろう。
「・・・あのなぁ、ミィナちゃん・・・・・・冒険者ってのはだなぁ、そんなに簡単になれるようなもんじゃなくっ・・・」
「でも!!あたしは自分の可能性を試したいんです!他の仕事で試してもいいかもしれないけど、あたしは冒険者になって自分の可能性を試したいんです!」
説得の言葉を遮り、ミィナの口から出た言葉は決意に固められていた。
「・・・人殺しになるんだぜ?最後には殺されるんだぜ?」
「それでもあたしは頑張りたいって思ってます」
ヴァルが説得をしている間、ミィナは一度もヴァルから目を背けなかった。その様子を見てふと表情が緩み、溜息が零れでた。
「わぁったよ・・・でも、なんで俺にこんな話をしたんだい?」
「それは・・・あたしはヴァルさんに最初に聞いて欲しかっただけです。あ、お代、ここに置いておきますね。ごちそうさまでした」
ミィナは一気にそう捲し立てて店を慌ただしく出て行った。後ろ姿を見送るヴァルに黙って話を聞いていた店長がにやついた笑いを浮かべて近付いて来た。
「・・・お前、あの子に惚れてるだろう?」
「ぁん?俺がか?冗談にしてくれよ。向こうはその気かもしれねぇけど、俺の守備範囲外だ。
・・・まぁ、3年後に期待だな。今は精々、世間に揉まれて垢抜けてくれる事を祈るかな♪」
笑いながら答えるヴァルはどこまでも本気の言葉を紡いでいた。
「ちょっと、ミィナ。何ニコニコしてるの?良い事でもあった?」
「うん。ちょっとね」
夕方、行き付けの剣術道場で剣の稽古を終えたミィナの表情に楽しげなもの敏感に読み取った女友達が、背後からミィナに飛びつく様に抱き着いて笑いかける。
「あ〜♪ヴァルさんでしょ〜」
「うん。今日ね。冒険者になるって話して来たの」
ミィナの頬に運動をしたの為か、それとも他の理由があるのか朱が混じる。
「でも、男の子に興味を全く持たなかったミィナがやっと男に興味を持ち始めたから安心したわ。一緒に冒険者になった後でそっちの道に目覚められたら私はすっごく困る所だったんだから」
「ちょ・・・ちょっと、リーン・・・からかわないでよ」
くすくすと笑うリーンとは対象にミィナは俯き、顔を更に真っ赤にしていた。
「わかった、わかった。あたし、待ってるから早く着替えてきたら?この間結構いい感じのお店見つけたから一緒に行こう?」
「あ、うん。わかった。じゃあ、ちょっと待ってて」
両耳のピアスを揺らして更衣室に走って行くミィナをリーンは笑顔で見送る。小さな頃から一緒に冒険者しようと言い合って来た友達。そのミィナが初めて好きになったヴァルという男。彼がもし冒険者なんて辞めろと頭ごなしに反対したならミィナは今日道場に来なかったんだろうなぁっと、ミィナを良く知る友人は何気なく考えていた。西に沈みかけた太陽が眩しく感じた。通行人のいない通りにリーンの影が長く伸びた。いつか自分もミィナみたいに人を好きになれたらどんなに幸せだろう。
「あのぉ・・・すいません。少し道を訪ねたいんですが?」
「あ、はい」
声に振り向いたリーンは思わずどきりとした。信じられないくらい綺麗な人だった。浮かんだ微笑みは海より深く優しげに見えた。全身からは香ばしい香辛料の匂いがした。
(うわぁ、綺麗な人・・・料理屋の人か何かかしら?)
「あの・・・なにか?」
「あ、いえ・・・道でしたよね。どちらに行かれるんですか?」
「この地図の場所なんですが・・・」
男がそう言って懐から地図を取り出し、広げる。
「この「まほろば亭」という酒場なんですが・・・」
「あ、ここだったらこの角を右に・・・」
不意に脇腹にチクリとした痛みを感じ、言葉と止め、そこを見る。
「騒ぐな。騒いだり逃げようとしたら殺す」
脇腹に突き付けられたのはドロリとした緑色の液体を塗られた短剣。
「ひぃ・・・ど、どうして・・・」
「黙って歩け」
反抗する事を許さない迫力の声。リーンは生への執着から男に従う事にした。すぐに殺されないなら逃げ出すチャンスは必ずある筈と信じて。
「おまたせ。リーンどうしたの?その人、知り合い?」
着替えを済ませたミィナが戻って来た。
「・・・助けて・・・」
振り向く事さえ許されず、恐怖に耐えながら小さく呟いたとたんに、刃が少しだけ脇腹にのめり込む感覚がした。
「ミィナ!!助けて!!」
「万物の根源たるマナよ。眠りをもたらす雲となれ」
リーンの叫びと同時に聞こえた男の声にミィナは抵抗する事が出来なかった。
(ミィナ!!)
リーンは叫んだつもりの声が口からは囁き声すら出ていなかった。
(まさか、毒!?)
そう考え付いたとたんに身体を横抱きにされる。身体は痺れ、抵抗は出来なかった。
「さて、一緒に行こうか?ミィナちゃん・・・」
男はリーンとミィナを勘違いしたまま裏路地に入り歩を進めた。その姿はあたかも急に倒れた少女を介抱するかのように見えただろう。
「よしっと・・・これで今日の勤務時間は終わりだな♪おつかれさん♪」
夕方までの売り上げを計算し終えて、大きく伸びをする。
「お疲れさん。お前が女の子を口説いてた時間は給料から引いておくからな」
「店長〜。ケチ臭い事言わないで下さいよ。俺を目当てに来る女の子、結構多いんですよ?」
いつものように軽口を叩き会う2人。店はこれから夜のピークを待つ状態にあり、嵐のような喧噪を待っているかのような雰囲気だった。ヴァルと入れ代わりに勤務時間に入った少女が慣れない様子でオーダーをとっていた。
「んじゃあ、俺はこれで帰ります。お疲れさまでした」
店の扉を開け、外に出様とした時、1人の少女が店に駆け込んで来た。
「ミ、ミィナちゃん、どうしたの?そんなに慌てて?」
「はぁはぁはぁ・・・ヴァルさん、ごめんなさい。どうしていいか解らなくて・・・その・・・リーンが・・・友達が・・・」
駆け込んで来た少女はミィナだった。ミィナは目を真っ赤に泣き腫らせていた。
「どうしたの?落着いて話してくれなきゃ解らないよ」
「・・・ひっく・・・と、友達が誘拐されたんです!」
「ルノウザ料理長。申し訳ありません。私とした事が・・・」
「ふふふ・・・いや、構わんよ。間違いは誰にでもある。それより、見ろ、レスト。この子もそれなりに良い素材だとは思わないか?」
厨房の中、申し訳無さそうにしている端正な顔の青年と、中年と老年の境目にいちする男が会話をしていた。
「お願い・・・逃がして・・・・・・この縄をほどいて・・・」
泣きつかれた声でリーンは懇願した。リーンはあの後痺れの為に気を失い、次に気がついた時には厨房の料理台の上に裸で縛り付けられていた。
「そう言って頂けるとありがたいです。確かに新鮮で肉のよく締まったいい素材だと思います」
レストと呼ばれた美貌の青年は少女の全身を観察しながらそう言った。その目に浮かんでいたのは情欲や肉欲ではなく、料理人が素材を吟味するような目だった。
「今回はレストが料理してみなさい」
「解りました。眠らせますか?」
男達はリーンの言葉を無視し、話し続けた。
「・・・料理?料理って何よ・・・まさか・・・嘘でしょ!?」
「捌くのはレストだ。好きにしなさい」
「では・・・このままで・・・」
青年が幾本もの包丁を用意しはじめる。
「ちょ・・・冗談でしょ!?やめてよ!ねぇ、お願い!!許して!!」
「静かにしろ。すぐに済む・・・」
しゃ・・・しゃ・・・と包丁を研ぐ音が聞こえて来た。
「いや・・・お願いだからやめて!!」
柳刃包丁が少女の腕にピタリと当てられ、そのままのめり込んで来た。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヴァルは夜の道をミィナと並んで歩いていた。すでに日は沈み、月が頭上高くに上がっていた。ファリス神殿に被害届を出して、その帰り道だった。
「すいません。わざわざ送っていただいて・・・」
「少しは落着いたみたいだね。よかった」
「あ・・・はい。御迷惑かけて、ごめんなさい。ファリス神殿が捜査を始めたというのに、なんか動揺が治まらなくって・・・悪い事ばかり考えちゃうんです・・・」
多少、元気は取り戻したものの、沈んだ声でミィナは答えた。
「大丈夫だよ。きっと犯人も捕まって、リーンちゃんも無事帰って来るさ♪大丈夫だよ」
「はい・・・そんな風に言ってもらえると安心します」
気楽な調子で笑いかけるヴァルにミィナは小さく微笑み返した。
「それじゃあ、もう家が近いんでこの辺でいいです。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げるミィナにまたな、と声を掛けてやるが、少女は帰ろうとしなかった。
ヴァルはふとミィナの両耳のピアスに目をとめた。
「可愛いピアスだね。似合ってるよ。好きだな。その輝き」
ミィナははにかんだ様に小さく微笑んで俯き、そして、顔を上げた。
「・・・あの・・・・・・こんな時に不謹慎かもしれないけど・・・私、ヴァルさんが好きです。今はヴァルさんから見たら全然子供かもしれないけど、何年かしたら絶対に釣り合いのとれるようになるから・・・だからその時は・・・・・・・・・・・・ごめんなさい。なんか、変な事口走ってますね。それじゃあ、おやすみなさい」
暗闇の中でもはっきりわかるほど顔を紅葉させてピアスを揺らしながらミィナは走り去った。
「・・・ま♪たまにはこんなのもいいかもな」
苦笑を浮かべ、もと来た道を帰ろうと後ろを振り向いた時、ミィナが走り去った方から微かな悲鳴が聞こえた。
「!!
ミィナちゃん!?」
踵を返し、ミィナが去った方へ全力で駆けた。悪い予感が胸中を満たし、心臓が耳もとに来たのではないかという程、自分の鼓動がうるさく感じた。
角を曲った先にいたのは気絶させられたミィナを抱えた美貌の青年。
「てめぇ!!」
怒りの咆哮を迸らせ、ヴァルは更に速度を上げて青年に向かい閃くように走った。
「ドライアードよ、その捕らえる蔦で彼の者を縛れ!」
あと5歩という所でヴァルは植物による戒めを受けた。
「てめぇ、ミィナを離しやがれ!!」
青年・・・レストは深い笑みを浮かべたまま近付き、動きを封じられたヴァルの腹に毒を塗り付けた短剣を深く突き刺した。
「っ!!」
「目撃者は消さないといけないからな。悪く思うな・・・とは言わないが運がなかったと諦めろ」
青年はヴァルに背を向け、ミィナを抱えたまま歩き出した。その時、シルフが青年の素性をヴァルに知らせた。
(香辛料の匂い?・・・こいつ、ルノウザの手下か・・・・・・)
ヴァルは顔を上げ青年を睨み付けようとしたが、全身の短剣に塗られた毒の痺れと出血により、気を失ってしまった。
ミィナが気がつくと、そこは豪華な部屋だった。床に無造作に転がされていた為、全身がきしんだ。
「・・・ここは・・・・・・?」
「気がついたかね?ミィナさん」
身体を起こすと壮年と老年の境の男が自分を眺めているのがわかった。目の前には10人は囲めそうなテーブルがあり、手前の席にその男が座っていた。
「ここは私の食堂だ。楽しげな雰囲気でいかにも豪勢なお食事が出て来そうだろ?今日はミィナさんだけの為にここを用意したんだよ」
ルノウザは悦に入った表情で話し続けた。
「帰して!!私はこんな所にいたくない!!」
ミィナは足の震えを押さえて立ち上がった。スパイシーな匂いが鼻をつんとついた。
「そう、慌てなくてもいいよ。お友達も君を待っていたんだからね。ほら、そこにいるよ」
「友達?・・・リーンね!どこよ!どこにいるのよ!?」
ルノウザは絶やさぬ笑顔のまま、テーブルの反対側を・・・いや、テーブルの真ん中を指差した。
何故か恐怖に足が震えた。
呼吸が早くなる。
一歩一歩、歩く感覚がどこか遠いものに感じた。
視界が揺れ、焦点が定まらなかった。
理由なく恐怖に捕われながらミィナが目にしたのは、全身を切り分けられ、味付けをされ、きれいに盛られた料理にされている親友の姿だった。ただ、頭だけは生け作りの魚のように盛り付けの上に置かれていた。
ミィナがその「料理」をリーンだと理解する前にリーンの唇が僅かに動き、小さく声を出した。
「・・・ミ・・・ィ・・・ナ・・・・・・」
瞬間、全てを理解せざるをえなかった。目の前にいるのは紛れもなくリーンなのだと。そして、自分がこれからどうなるのかも。
「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「ヴァル。まだ寝てないと無理だぜ?大人しくしてろよ」
盗賊ギルドにある一室。粗末なベッドにヴァルは腰をかけて、身支度をしていた。動きやすいピッタリとした皮の鎧。曲率のやや高いシミタ−を2本を身につけていた。
「腹の傷は治ってないんだぜ?ヒーリングポーションを使ったとはいえ、運動の出来る状態じゃないって」
「あれからどれだけの時間が過ぎた?」
「どれだけって・・・まだ半日も過ぎてな・・・」
「もう半日近くも過ぎてんだよ!!」
「だからって・・・もし、あたいがあんたを見つけてなかったら、あんたはあの場所で朽ち果ててたかも知れないんだよ?」
ヴァルは鎧をつける手をとめ、同僚の顔をじっと見た。
「なぁ、俺達は何の為に人殺しをしてるか考えた事、あるか?」
「何の為にって・・・そりゃ、ギルドの・・・・・・」
「俺はな。ミィナを救いたいんだ。あの真っ白な心を持った子を救いたいんだよ。ファリスの間抜けが裁けない罪人をぶっ殺す。それが俺の仕事だと思ってるんだよ」
同僚は一気にまくしたてるヴァルの勢いにのまれ、言葉が出なかった。
「じゃあな・・・」
準備を終えたヴァルは立ち上がった。
「・・・・・・馬鹿だね・・・ルノウザのいる場所、わからないだろ?あたいが調べておいてあげたよ」
同僚はヴァルに一枚の地図を手渡した。
「わりぃ・・・でも、なんで俺がルノウザの事に関わってるって知ってるんだ?」
「んな事はどうでもいいだろ?さっさと行けよ!」
うだうだと論議をしようとするヴァルを同僚は思いっきり部屋の外へ蹴り出した。
「ヴァルの馬鹿野郎・・・・・・
・・・馬鹿はきっとあたいもだ・・・」
早朝と深夜の間のこの僅かな時間にヴァルはルノウザの屋敷に忍び込んだ。というより、正面から押し入った。外から見た屋敷はやや広い程度のものだったが、中に入るとかなりの広さに感じた。ヴァルはその屋敷の部屋の1つ1つを調べていっていた。不思議な事に警備兵などはいなかった。
(バタン!)
「・・・・・・この部屋にもいねぇか・・・どこにいるんだよ・・・ミィナ・・・」
盗賊として訓練を積んだヴァルは闇をある程度見通せる視力をもっていた。室内をざっと見回すがミィナの姿は見当たらない。
「・・・ヴァルさん・・・助けて・・・・・・まだ死にたくない・・・」
「ミィナ!?どこだ!どこにいる!!」
部屋を出ようとしたヴァルの背中にミィナの声が投げかけられた。
「ここだよ」
答えた声は男のものだった。ヴァルの目の前に青レストが突如として姿を表わす。
「たまたま、おもしろかったんでシルフに声を覚えさせていたんだよ」
レストはメイジスタッフを手にしながら微笑んでいた。腰には剣も帯びていたがどうやら使うつもりはなさそうだ。
「ミィナはどこだ・・・!」
「ルノウザ料理長の厨房さ。だがお前をそこには行かせない。ここで終点だ。人生も何もかも全てな!」
レストが身ぶりとともに古代語を口にする。ヴァルはそれを見て突進した。
ヴァルが斬り付けるより早く、レストは魔法を完成させていた。
「吹き飛んでしまえ!!破壊と共に踊り狂え!!」
レストの放った青白いエネルギーの塊がヴァルの腹を強打した。が、勢いを止めずにヴァルは突き進みレストの顔を斜に切り裂いた。
「ぐぁああぁぁあ!!て、てめぇ、この私の美しい顔によくも傷をつけてくれたなぁ!!」
レストは血に塗れた顔を左手で押さえ、怒りに任せてブロードソードを引き抜いた。
「貴様の顔も身体もズダズダに切り刻んでやるっ!!」
レストは自分を見失っていた。魔法が己の最大の武器である事を忘れ、剣を抜き、むちゃくちゃに振り回しながらヴァルを殺そうと近付いて来た。
「自我を押さえ切れなくなったお前に勝ち目はねぇよ!!」
「ほざけぇ〜!!!」
身体が交錯し、レストの首から血が吹き出した。
「な・・・なぜ?」
自分が死ぬという事を理解出来ていない男の背後からヴァルは心臓をシミタ−で貫いた。
「・・・厨房か・・・・・・ミィナ・・・」
厨房に入ると、そこが思いのほか広い事に気がついた。部屋にある物を全て片付ければ舞踏会くらいは開けるかもしれない広さだった。ヴァルはそこに踏み込むと部屋の反対側で背を向けているルノウザにゆっくりと近付いた。
「ルノウザ・・・!」
「来客か・・・丁度良かった」
楽しげとしか言いようのない声でルノウザはゆっくりとふり返った。ルノウザの背後には布を被せられた物があった。
「ミィナはどこだ」
低く押さえた声。感情を抑圧しようとしてもその声から怒りを消す事は出来ていなかった。
「私は、人間が生きる為に必要な食を極めようとして料理を作り続けて来た。休む事なく、本当に寝食を惜しんで作る事に没頭してきた」
ルノウザの目にヴァルは写っていなかった。夢を見るように宙を見、少年が自分の夢を話すかの様な口調で喋り続けた。
「ミィナは・・・どこだぁっ!!」
「料理人ルノウザ。その名に恥じない料理を私は作り続けて来たんだ。そして、今、それが終わった・・・」
嫌な方に考えがどんどん進むのをヴァルは止められなかった。
「最後の仕事はまさに、終焉を飾るに相応しいものになった。これこそ私が求めた究極の食。私はこの料理に<天女の息吹き>の名を与える。これが私の最高傑作だ」
ルノウザが背後を振り返り、布を取り払った。そこにはヴァルが最も見たかった人物が、最も見たくなかった光景で存在した。
「・・・ぁ・・・ぁぁ・・・・・・っ!!」
ミィナの顔には悲しげな表情が浮かび、目は空ろにヴァルを見ていた。両耳につけられたピアスだけは生前の時と同じ輝きを放っていた。
(可愛いピアスだね。似合ってるよ。好きだな。その輝き)
(・・・あの・・・・・・こんな時に不謹慎かもしれないけど・・・私、ヴァルさんが好きです)
「天女の息吹きと呼ぶに相応しい輝きだ」
ルノウザはミィナのピアスを指で弾いた。ピィンと金属音が厨房に響く。
「て・・・てめぇは・・・・・・てめぇは・・・・・・!」
シミタ−を握りしめるヴァルの両手が震えた。
「私はね。君に感謝するよ。人間、中途半端に生き延びてしまうと未練がましい事を考えてしまうものだからね」
「・・・ぁぁぁ・・・・・・ぁぁっ・・・!!」
哀しみの精霊バンシーがヴァルをとらえて離さない。怒りの精霊ヒューリーがヴァルを呑み込もうとする。
「今なら後悔などない。区切りとしては申し分ないよ」
「うわぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁぁあああぁあ!!」
ヴァルはルノウザに向かい、両手のシミタ−を7回づつ閃かせた。
ルノウザを殺してもバンシーもヒューリーも去ってはくれなかった。口から嗚咽の声が絞り出された。力がぬけきり、床に跪くように座り込んだ。
ミィナのピアスの輝きが一瞬、ヴァルの目に飛び込んだ。
「・・・・・っ・・・ぁっ・・・な・・何が・・・天女の息吹きだ・・・
何が・・・・究極の食だ・・・ふざけるな・・・・・・・ふざけるなぁ・・・・・・
こんなものの為に・・・・・・ミィナは・・・・・・ミィ・・・」
止めどなく涙が溢れ出た。こんなにも人は涙を流す事が出来るのかと呆れるくらい次から次へと流れ出た。
「うわぁぁぁっ!!」
もう一度、ヴァルはルノウザにシミタ−を突き立てた。
哀しみと怒りに身を任せて・・・
『・・・私、ヴァルさんが好きです』
ヴァルが辞めた酒場に次の日、こんな貼り紙がされていた。
「今日未明、天才料理人として名高いルノウザ氏の屋敷が全焼しました。
屋敷からは2体の焼死体が発見されましたが、身元の確認が出来ない程
焼けただれていたので、ルノウザ氏とは断定出来ません。
また遺体は共に炎に包まれる前に殺害されていたと見られ、
個人的恨みを持つ何者かが2人を殺害し、屋敷に火を放ったと見られています。
また、今回の家事によってルノウザ氏の料理のレシピは全て消失しました。
ルノウザ氏は著明な料理人として、各国で高い評価を受けていた為、あちこちから
深い悲しみと怒りの声が寄せられています。
ファリス神殿では殺人の容疑で犯人の特定を急いでいます。」
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