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No. 00115
DATE: 1999/09/24 23:26:57
NAME: リック
SUBJECT: 取調べ
(PL注:「暗殺失敗・・・逮捕」で捕らえられたリックのその後です)
リック :ヤンターの暗殺に失敗し、逆に捕らえられ、現在はファリス神殿の牢に入れられている
ヤンター:誤解からリックを殺人犯だと見抜き、エレミアから彼を追ってきたファリスの神官戦士
「入れ」
リックは神官見習いに押されるままに、部屋の入り口をくぐった。窓一つない、それほど広くないその部屋の中央には机が置かれ、向かい合う位置に椅子が一脚づつ置かれている。部屋の中央の天井と四隅に掛けられたランタンが部屋の隅々にまで明りを投げかける。
「座って待っていろ」
リックは奥の方の椅子に座った。神官見習いは入り口の横に立ち、リックのほうを見張っている。
ここはファリス神殿内の一室、捕らえた罪人の取り調べを行うための部屋だ。そしてリックはこれから、彼の犯した罪について取り調べを受けるのである。
リックはヤンターに自らの罪を自供したという。だが、殺人の動機などについてすでに2度、ヤンターによる取り調べが行われているのだが、彼は捕まってから今まで全く口を閉ざしたままだった。
やがて、部屋に神官見習いを伴って一人の男が入ってくる。今回、取り調べを行うのはヤンターではない。歳は30代半ばというところか、ある程度高位にいる司祭なのであろう。リックにその知識があれば、男の服装からその位を窺い知ることができたであろう。
神官見習い2人を後ろに控えさせ、司祭はリックの向かいの椅子に腰を下ろした。厳格な表情でリックを見る。ファリスの信者とはみんなこういう表情なのだろうか? リックの頭にそんなくだらない疑問が浮かんだ。
司祭はリックに前口上を述べる。つまり、これから取り調べを始めるというのを難しい言い回しで言っているだけだ。リックは聞き流す。
「……殺人の動機はなんだね?」
聞き流すうちに最初の質問に入っていた。リックは椅子に座り直す。そして、この神殿に捕らえられて初めて口を開いた。
「俺は殺していない」
答えが返ってきたことに、二人の神官見習いは驚きの表情を浮かべる。一方、司祭は表情一つ変えることなく質問を続けた。
「だが、君を捕らえた男、ヤンターと言うのだが、君は彼の前で罪を認めたそうではないか」
「殺してないもんは、殺してないんだ。調べれば分かる。ヤンターとか言うやつが言っている事件は殺人なんかじゃなく、事故なんだろう?」
「そうらしいな……」
司祭は一息置いて続ける。
「では、君が罪を認めたというのは?」
「認めたわけじゃない……あれは嘘だ」
リックのその言葉を言い逃れと思い、司祭は溜息を吐いた。
「ヤンターが嘘をついているとでも言うのかね?」
彼はヤンターの言葉を疑ってはいない。同じ神を信徒であり、ましてヤンターは神の声が聞こえるほどの者である。疑う道理がないのだ。
「違う、俺が言ったというのは本当だ。嘘なのは俺の言った内容だ」
司祭は僅かに意外そうな表情をする。
「つまり、君が言った自分が罪を犯したという言葉は嘘だと?」
「そうだ……」
やはり、言い逃れか。司祭は再び溜息を吐いた。
「では、君が罪を犯していないとしよう。それなら、何故君はヤンターを襲ったのだね?」
「腹が立っただけだ」
リックから出た意外な言葉に、司祭は眉をひそめた。
「……君を罪人としたことにかね?」
「違う。俺のことを探すために、俺の仲間たちに迷惑をかけたことに、だ。調べれば分かる。あいつの捜査がどれだけ強引だったか」
「それで、ヤンターを殺そうとしたのかね?」
「殺そうとまでは思っていない。痛い目に遭わせたかっただけだ。だから『俺が殺した』なんて嘘までついてあいつを挑発したんだ」
「ふむ……罪を認める発言は狂言だったと言うのだな?」
「ああ。本当の事言って謝ってもらったくらいじゃ、こっちの気が済まねえからな」
「それは、十分傷害罪になるのだぞ?」
「……分かってる。だが、我慢できなかった」
「傷害罪は認めるということだな」
司祭は手元の書類に書き込む。同時に、ヤンターの調査に行き過ぎがあったかどうかを調べる必要性を感じていた。
「だが、本当に殺害の意志はなかったのかね? フレデリックは君がヤンターに止めを刺そうとしているところを見ているぞ」
「脅してただけだ。もう二度と俺の仲間に迷惑をかけるな、と」
「彼はその時、気を失ってたそうだが」
「それは気付かなかった」
「……いいだろう。それにしても、軽はずみなことをしたものだな。そんなことをするくらいなら、なぜ最初から罪を犯していないことを言わなかったのだね? そうすれば、ヤンターが君を追うことも、君の仲間に迷惑をかけることもなかっただろうに」
「だったら教えてくれ。あいつは事故死を殺人だと言って、どういうわけか俺を犯人として追いまわしてたんだ。どう説明したら俺の誤解は解けるって言うんだ?」
「ヤンターが君を犯人だと思ったのは、君に疑わしいところがあったからだ。彼は君が事故のあった屋敷に何度も忍び込むのを目撃している。それに、あの事故に疑問な点が多いようだが……」
「それは聞いでいる。だが、あいつが見たのは『リスを連れた魔術師』なんだろ? だいたい、俺は魔術師なんかじゃない。リスを連れてたおかげで、あいつに追われるはめになっただけだ」
「彼はその忍び込んだ人物の顔も見ている。君に間違いないそうだ」
「他人の空似だろう」
「ふむ……だが、君が魔術師ではないという確証はない」
「……確かにな」
司祭はペンを執り手元の書類にいくつか書き込みを加えた。そして、書類をまとめリックに向き直り、この取調べの終わりを告げた。
「どうして今日は話す気になったのだね?」
司祭は席を立ちながらリックに尋ねた。
「相手があんただったからだ」
「ヤンターには話したくないと?」
「あの男は他人の話を聞かねえ」
「それは君の誤解だと思うが……ヤンターの調査のやり方については調べておこう。もし問題があったのであれば、彼には私から注意を与えておく」
「……あいつがそれを聞くようだったら、俺も少しは信用する」
後ろに控えていた神官見習いの一人は扉を開き、司祭が部屋を出ていくとそれに続いた。もう一人の神官見習いはリックに指示を与える。リックはそれに従い、席を立った。
あの男は殺人罪を否定した。もしヤンターの捜査の行き過ぎが確かならば、罪を認める発言が嘘だったという理由も納得できないものではない。だが、素直に信じられるものでもない。あの男に疑わしいところがあるのも確かだ。まずは、あの男がヤンターの見た人物と同じかどうかの確証があればよいのだが。それに、エレミアの事件についても調べる必要がある……調査することはいろいろありそうだ。司祭は自室に戻るなり、神官見習いに一言二言指示を出した。
リックは牢に戻された。こんなものだろう。エレミアの事件は揉み消されている。少し調べたくらいでは、殺人の痕跡が浮かんでくることはないはずだ。ヤンターを徹底的に信用しない態度を取れば、今までの行動も言い訳できる。殺人さえ否定してれば、自分が捕られたままになる理由はなくなるはずだ。
隙を見て抜け出してやろうかとも思ったが、誰かに先を越されたらしく警備がやたらと厳重になっていた。だが、大人しく捕まったままでいるわけにはいかない。ルーファの言葉が気になった。自分の罪を呪いながら仲間の心配をしてろと言ったあの言葉が。ここは嘘をついてでも、早く解放してもらう。
リックの背後で、牢の扉が閉じられる重々しい音が響いた。
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