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No. 00121
DATE: 1999/09/27 06:10:28
NAME: スナイプ
SUBJECT: 清算
それは何所にでも有る話だった。金に困った親が子供を売る。売られた子供は人間ではなく道具。酷い話に聞こえるが本当に何所にでも有る話なのだ。後にスナイプと呼ばれる事になるこの少年も・・・そんな何所にでも居る子供の一人だった。
彼は「本業」で有る曲芸を路上で披露していた。今日は割と客の集まりも良く十数人は集まっている。
下手をすれば一人も足を止めない事も有るのだから上々だろう。
一寸間違えれば命に関わるようなナイフの芸・・・少なくとも見ている客はそう思っているのだろう・・・が終わると疎らながら客は銀貨を投げてくれる。
(これで今日は酒が飲めそうだな・・・)
上機嫌にそんな事を考えていると投げられた銀貨の中に一枚黒い銀貨が有るのが目に付く。
それを目に留めても表情を変えず、スナイプは残りの銀貨を回収し、帰路に着いた。
「遅かったな・・・」
彼の上司で有る幹部は特に不機嫌な顔もせず、入って来るなりそう言った。
「てめぇこそ妙な小道具で俺を呼び出すな・・・折角上機嫌だったってのに・・・」
黒い銀貨を投げ返しこちらは不機嫌さを隠そうともせず答える。
「そう言うな、貴様の本業の何十倍も稼がせてやるのだ。ありがたく思って欲しいな」
視線も向けずに行って来る上司に向かってスナイプは肩を竦める。
「また仕事か?俺も信用されたって事かね。で、今夜のお相手は何方だ?」
スナイプの不遜な態度にも別段気を悪くした様子も無く、男は淡々と答えた。
「セーディ・マクドウェル、例の誘拐事件の犯人候補が尻尾を出した。君に始末して貰いたい」
暗殺に行くからと言って服装を変える必要は無いと彼は思っていた。別に日頃目立つ服を着ている訳では無いし、どうせ見つかればどんな服を着ていようが同じなのだ。
そんな訳で何時ものような普段着で彼は屋敷の前まで来ていた。尤もスプライトによって彼の姿は風景に溶け込んでいたが。事も無げに見張りの横を通り過ぎると屋敷の中に侵入する。
大きな屋敷と言うのはまるで迷宮の様に入り組んでいるのだが、スナイプは迷う事は無かった。
彼はここを良く知っているのだから。
彼に取っては見慣れた・・・明かりも無い廊下に来る頃にはメイドや見張りの姿も消えていた。
(流石に・・・ここに人は来させねぇか・・・)
奥まで来ると鍵を開け、重たい扉を押し開ける。
目の前すら見えない闇の中、しかし精霊使いで有る彼には朧げに見通す事が出来るが、それでは中の様子は良く見えない。
彼は精霊語を詠唱する。
光の精霊に照らし出されたのは数十人の人、5歳にも満たない者から20代半ばの者までが並べられていた・・・但し人の姿を止めている者は数える程しか居なかったが。
「全く・・・相変わらず良い趣味だな・・・」
すぐ横から呻き声が聞こえる。少女の様だった・・・全身の皮が剥がされたこの状態では推測でしか判断出来ないが・・・体格から察するにまだ成人はしていないだろう。釘の刺された目では何も見えないだろうが、こちらの声を聞いたのか小さく震え始める。
「苦しいか・・・?」
答えが帰って来る事を期待した訳ではない。彼は黙ってダガーを振り下ろす。
一瞬で絶命した少女を見下ろしスナイプは奥へと進む。
一番奥に着くと壁に立てかけられた一組の男女が居た・・・恐らくこの中では最も年上だと思われる。
最早人の原形も止めては居なかったが・・・スナイプにはそれが誰だかすぐに分かった。
「ラーシェア・・・リノック・・・お前等まだ「生かされて」たんだな・・・」
語り掛けると2人は小さく首をこちらに向けた。何も分かる筈は無いのだろうが・・・
小さく溜息を吐く・・・それだけが彼の悲しみ。
「何も考えなくて良い、すぐに終わらせてやるよ」
冷たく光る刃・・・それが彼の慈悲の形。
蝋燭を持って鼻歌混じりに入ってきた太りきった中年セーディは入るなり異変に気づいた。
中に居る彼の玩具は一人残らず死んでいたのだ。
「これは・・・一体誰がこんな・・・!?」
その言葉が終わらない内に鋭い蹴りが彼を弾き飛ばした。
為す術も無く叩き付けられるセーディの前に一人の男が姿を現した・・・倒れた蝋燭に照らし出される顔には何所かで見覚えが有る・・・
「久しぶりだなガマガエル・・・会いたかったぜ・・・」
その呼ばれ方にセーディの記憶の底から一人の子供の顔が重なる。幼い瞳に精一杯の怒りを込め彼を睨み続けていた子供・・・
「お、お前は・・・!?−−−!!」
セーディは彼の名を呼んだ・・・男がスナイプと呼ばれるようになってから長い間使われる事の無かった彼の本当の名を。
次の瞬間セーディの顔面の男の蹴りがめり込んだ。
「油臭ぇ口で俺の名を呼ぶな・・・」
血塗れの顔で恐怖に震えセーディは後ろに下がる。
「な、な、何故お前がここに・・・!?」
「上からの御命令でね・・・あの野郎も俺が昔ここに居た事をどうやって調べやがったのか・・・」
口調は軽いが決して目は笑っていない。結果セーディは更に怯え、訳の分からぬ叫び声を上げる。
「17年ぶりか・・・昔はガキしか愛せなかった癖に・・・しばらく会わねぇ内に随分と趣味の幅が広がったな・・・」
セーディは最早聞いているかも分からなかったが構わずスナイプは続ける。
「終いにゃ貧乏人から買うだけじゃ飽き足らず誘拐まで始めるとはな・・・困るんだよなギルドに内緒でそんな真似されちゃ・・・」
錯乱したセーディを踏みつけると彼の玩具に刺されていた鉄杭を彼の手の平にに突き刺す。
絶叫が部屋に木霊する。
「ここを悲鳴が外に聞こえない部屋にしたのは自分だろ・・・今度はてめぇの悲鳴で酔いしれるんだな・・・」
冷えた怒り・・・それこそが彼の最も激しい感情。
翌日からセーディ・マクドウェルは姿を消した。
使用人の一人が彼の隠し部屋と共に無数の死体に囲まれ、肉片となった主を発見したのは数日後の事だった。
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