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No. 00128
DATE: 1999/09/30 02:40:51
NAME: リック
SUBJECT: 封じられた嘘(取調べ2)
リック :シーフ。殺人容疑でファリス神殿に捕われている。
ヤンター・ジニア:ファリス神官。リックを追って、ついに捕らえる。
フレデリック :ヤンターの友人のファリス神官。リック逮捕に協力。
リックはファリス神殿の取調べ室で、椅子に座り静かに待っていた。一人の神官見習いが扉の側に立ち彼を見張っている。前回、彼はようやくヤンター以外の取調べ官を引っ張り出し、嘘を使って切り抜けることができた。これを続ければ最悪でも殺人罪から逃れることだけは出来るだろう。リックはそう考えていた。
しばらくすると、神官見習いを伴って取調べ官が部屋に入ってくる。今回も取り調べを行うのはヤンターではない。だが、その顔にリックは見覚えがあった。あの夜、ヤンターと共に彼を捕らえた男、フレデリックだ。そして彼に続いてもう一人、神殿という場に相応しくないローブに身を包んだ男が入ってくる。リックの心に動揺が走る。部屋に入るなりフレデリックは二人の神官見習いに言いつけた。
「あなたたちは部屋の外に控えていてください。ですが、こちらが呼ぶか、異変を感じたりするかした時は、すぐに入って来これるようしておくように」
二人の神官見習いが部屋から出たのを見届け、フレデリックはローブの男には机から少し離れたところにある椅子を勧め、自分は机のリックとは反対側にある椅子に座った。そしてリックに向かって静かに取調べを始める旨を宣言する。
「……今回の取調べはこの方に協力していただきます。想像はつくと思いますが嘘は通じません。質問には全て答えてもらいます。もしあなたの罪がいわれのないものだと言うのでしたら証明できる機会なのですから、答えない理由はないはずです」
リックにとって予想外の事だった。神殿に属する者たちが魔術師の助けを借りるとは思わなかったのだ。だが、”嘘感知”を誤導で欺く術ならギルドで叩き込まれている。ここで上手く誤魔化し通すことができれば一気に釈放だ。リックは頭の中で、ギルドで教えられた事を思い出していた。
ローブの男の魔法が完成するのを待ち、フレデリックはゆっくりと質問を始める。
「あなたは前回の取調べの時、殺人罪を否定しましたが、それは本当ですか?」
「まず、俺は魔術師じゃない。あの神官が見た妖しいやつは魔術師だったんだろう?」
フレデリックはローブの男を振りかえった。
「嘘はない」
だが、それほど動じた様子もなくリックのほうを向き直る。
「眠りの魔法を使えるのは魔術師だけではありません。あなたは精霊使いではありませんか?」
「違う。俺は魔法も神の奇跡も一切使えない」
フレデリックは再びローブの男を振りかえった。だが、ローブの男は首を横に振るだけだった。
リックの狙いは、ヤンターが容疑者とする「リスを連れた魔術師」と自分を別の人間だとすることだ。相手が魔術師だと勘違いしているのだから、彼は自分が魔術師でないと主張するだけで嘘をつくことなく切り抜けることができる。
「嘘なんかついてないだろう?」
余裕が生まれたからか、ローブの男を振りかえったままのフレデリックに、リックは自分から声をかける。フレデリックは表情を殺してリックのほうへ向き直った。
「……分かりました。ヤンター氏が言っていた、あの時、氏を眠らせた魔術師はあなたではないのですね」
「ああ。前の時にも言ったが、俺が追われてたのは、俺がリスを連れていたからだ」
「そういえば、あなたのリスはどうしたのですか?」
リックは捕らえられた時、リスを連れていなかった。ヤンターから隠れるために変装をしていた時、部屋に閉じ込めるのはかわいそうだと、仲間に預けてあった。
「……手元に置かなかった。目印になるからな」
慎重に言葉を選びながら、リックは答えた。
「では、あなたはヤンター氏が言う、リスを連れた魔術師とは別人だと……」
「そうだ」
「嘘だな」
突然のローブの男の発したその言葉に、リックの思考が止まった。そして次の瞬間、彼は自分の失敗に気付く。彼はヤンターの追う人物が自分だということは十分に承知していた。だから、それを否定することは嘘をついたと見なされるのだ。だが、これならヤンターに追われたせいで、彼の言う「リスを連れた魔術師」を自分のことだと思い込んだせいだと言い訳できる。リックはそれを口にしようとするが、あることに気付いて慌てて口を噤んだ。この言い訳も嘘と見抜かれることに気付いたからだ。
失敗だった。最後のフレデリックの言葉は返事を求めてのものではなかったかもしれない。わざわざ答える必要はなかったのだ。それに、返事を強要されたとしても「俺は魔術師じゃない」と繰り返せばそれで良かった。あと少しで上手くいく。そう思ったことで油断したのだ。
リックが何も言えなくなった代わりに、フレデリックが口を開いた。
「そういうことでしたか。あなたは魔術師ではない。だが、あの時ヤンター氏が見た人物ではある。そうですね?」
「……そうだ」
「では、あなたはヤンター氏の言う、殺人の罪を犯したのですか?」
リックは目を閉じた。頭の中で、どうやって誤魔化そうか考えたが、すでに逃げる道は閉ざされている。これまでか。リックは目を開き、フレデリックに向かってゆっくりと言葉を放った。
「…………そうだ」
フレデリックはローブの男を振りかえる。ローブの男ははっきりとこう言った。
「嘘ではない」
その言葉を受けたフレデリックは、無言のまま手元の書類に目を落とした。これで、フレデリックの一番の目的は果たされたこととなる。ヤンターのリックに対する疑いが正しかったことを証明できたのだ。書き込みを終え、フレデリックはさらに取り調べを続ける。
「次に、あなたを捕らえた夜のことを質問します。あなたはヤンター氏を口封じのために殺害しようとしましたね?」
殺人罪は明らかにされた。だが、失敗を嘆いている暇はない。これ以上罪を重くするわけにはいかないのだ。リックは再び、いかに目の前の男を、そしてその向こうのローブの男を欺くかを考え始めた。
「痛い目に遭わせてやろうと思ったんだ。あいつが俺の周りをうろつかないように」
嘘だと確信を持って、フレデリックはローブの男を振り返った。しかし、予想に反して彼は首を横に振って宣言する。
「嘘はない」
フレデリックは僅かに驚いた様子でリックのほうを向き直った。
「私には、あなたがヤンター氏を殺害しようとしていたように見えましたが」
リックは答えようとしなかった。この質問に対しては誤魔化しようがないと思ったからだ。だが、フレデリックはそれを許さない。
「答えていただきます。あなたに殺害の意思がなかったというのでしたら、答えられるはずです」
「……殺そうなんて思ってなかった」
フレデリックがローブの男を見ると、またもや彼は首を横に振っていた。
「……分かりました。あなたに殺害の意思はなかったようですね」
リックが言った言葉は、ストラストからの手紙が来なければヤンターを殺す意思など持たなかったという意味だ。確かにそれは嘘ではない。それどころか、これは彼にとって大きな失敗だ。手紙の話は絶対に表に出すわけにはいかないのだ。だが、言い逃れで出た言葉が偶然にも通用してしまった。
一方、フレデリックがあっさりと認めたのにも訳があった。あの夜彼が持った「なぜリックはわざわざヤンターに姿を見せてから襲ったのか」という疑問に、説明がついたからである。もしリックが本気でヤンターを殺すつもりなら、姿など現さずに物陰から飛び道具を用いるなり、不意を討つなりするはずだと彼は思っていたのだ。リックの矛盾した行動が役に立ったというわけだ。
ともあれ、リックは自分でも思わぬところで誤導に成功したのだ。驚いて一瞬それを表情に出してしまったが、幸運にもフレデリックは書類に書き込んでいるところでリックの顔を見ていなかった。リックはすぐに表情を隠す。
「ですが、傷害の罪は免れません」
「……あ、ああ」
こればかりは逃れようがない。だが、これはまだ成功と言えるだろう。
「次にあなたの余罪について調べます。あなたはこの街で他の罪を犯したことはありませんか?」
「ない」
リックは即座に答えた。ローブの男の反応もない。さしあたって、リックにはそんな記憶はなかった。記憶を辿ろうとして、はっと気づいて慌てて答えたのだ。もしここで自分が忘れている事を思い出すような事があれば、この質問に答えることができなくなるからである。もっとも、彼は時間を置いても思い出すことなどなかったのだが。
「……これで終わりだな?」
ローブの男がフレデリックに尋ねる。
「はい、ご協力感謝します」
フレデリックはローブの男に頭を下げる。本来、ファリス神殿はこのよな場合の取調べに魔術の助けを借りる事をよしとしない。今回の取調べはフレデリックの独断だった。彼がヤンターを助けるために個人的に魔術師を雇ったのだ。神殿に属していない身のフレデリックだから思い付いた手だ。だが、神殿からの正式の依頼でないために学院は最初、彼の依頼を退けた。”嘘感知”を使えるほどの魔術師となると、そうそう手が空くものではないのだ。しかし、フレデリックは諦めなかった。何人かの魔術師に直接頼み込み、その結果、「罪の確認だけ」という条件で協力を得る事ができたのだ。しかし、これが神殿に知られる事となれば、ただでは済まないであろう。
フレデリックがヤンターのためにここまで出来るのには理由がある。彼はヤンターに、以前にエレミアを訪れた時、大きな恩を受けたのだ。(EP「ヤンターの恩」参照)
フレデリックは部屋の外で待機する二人の神官見習いを呼び寄せた。そして一人にローブの男を案内させ、彼らは部屋を後にする。もう一人の神官見習いはそのまま部屋に残った。フレデリックはリックのほうに向き直る。
「今回はここまでとします。これであなたの殺人罪は確定しました。次回は殺人の動機について取調べを行うことになるでしょう。魔術の助けを借りることはないでしょうが、ご自分の罪を少しでも軽くしたいのでなら、正直に話すことをお勧めします」
リックは何も応えない。
「何も話さないのであれば、あなたは凶悪な殺人犯として罰せられることになります。人を殺すことは確かに大罪ですが、もし事情があるのであれば、それを汲むこともありましょう」
やはり、リックは口を閉ざしたままだった。フレデリックは席を立つ。
「……あなたが罪を犯したのは、何か事情があってのことなのでしょう? そうであることを願います。あなたの仲間たちのためにも……」
「!」
リックは反応を示した。あいかわらず口は開こうとしないが、フレデリックを見上げる。
「先日、あの店を訪れた際に、あなたのことを尋ねられました。あなたにはあなたのことを心配してくれる者たちがいるのです。私はあなたが彼らを裏切らない人物であることを期待します」
リックは最後まで何も答えなかった。フレデリックは神官見習いに一言二言指示を出し部屋を出ていった。神官見習いに連れられて、リックは牢へ戻される。
リックはついに罪を認めてしまった。前回の取調べでは、嘘を使って上手く誤魔化したつもりだった。しかし、フレデリックは”嘘感知”という予想外の手段を用いてリックの殺人罪を明らかにしたのだ。リックにはもはや、罪から逃げる道は残されていない……
翌日、この取り調べの結果がフレデリックにより提出され、リックの殺人罪が確定した。処分については今後の取り調べの結果次第となる。さらに翌日、取り調べの強行とその際に独断で魔術の助けを借りたことが、ある保守派の高司祭の目に留まり、フレデリックは無期限の神殿への出入り禁止に処された。取調べに”嘘感知”が用いられた事は記録に残されていない。
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