 |
No. 00133
DATE: 1999/10/01 00:24:24
NAME: ジャルド
SUBJECT: レイラ救出計画 3章、追う者と…
Chapter.12
裏通りはまだ散困としていて、人のいる気配すらない。何かの廃材のような木箱やゴミの山、時折姿を見せる野良犬、潮風に乗って飛んでくる塩で白く固まった煉瓦の目地……そんな中を4人の男達がゆっくりと慎重に、詰め所の裏手へと回り込む。先頭を行くフェリアスは扉に耳を当て、中の様子を探り始める。
「あまり居ない様だ・・・出払っているのだろう、先ほど2人ほど出ていったから、早くしないと……」
「うむ、ではドアを少しだけ開けてくれるか?”火球”を撃ち込む。そうしたら素早く扉を閉める。中にいるヤツは、それはもう……」
「わかった」
レドはフェリアスが開けたドアから中をのぞき見る。なるほど、確かに1〜2人しか居ないようだ。これなら確実だろう。そしてすうっと深呼吸をして上位古代語を綴り始める。
「よし……万物の根元たるマナよ、ルビーの紅い輝きを持て、原始の巨人の怒りを映し出せ!!」
”火球”が完成したと同時にドアを思い切り閉める。もの凄い音が中から鳴り響き、爆風で鎧戸が吹き飛び、煙が上り始める。フェリアスが押さえていたドアもまた、もの凄い力で押されはしたが、何とか凌いだようだ。
フェリアスは再びそーっとドアを開けると、そこは惨憺たる状況だった。中心付近にあったと思われる机は炭になって粉々に砕け、その近くにいた衛視達もケシズミのように真っ黒に焦げ、もはや男だったのか女だったのかのすらわからない。
「うわ……想像していたとは言え……惨憺たる物だな」
ミルディンは絶句し、辺りの様子をくまなく見回す。
「ふふふ、よし、いくぞ!お前はそこにいるのか?」
ジャルドは意気揚々と焼け焦げた室内へと入り込み、地下へ続く鉄の重い扉をこじ開ける。その扉にはまだ熱が残っており、じりじりと手のひらを焼く感触が伝わってくる。そしてがちりと鈍い音がすると、重々しい扉は少しだけずずっと動いた。
「相変わらずの馬鹿力だな、ジャルド。言ってくれれば開けたのに」
「そんなこと考えてるヒマはない。終わり次第、すぐに船にとって返すさ。レイラ、すぐに助け出してやるからな……」
meanwhile...
腰からダガーを取り、床に寝そべっているレイラの頬に押し当てる。レイラはじろりと声の主を睨み付ける。しかし、その奇妙な笑みを見ると、あの時のイメージが突然蘇り、がたがたと震えだし、硬直する。ダガーは服の胸元をぷつ、ぷつ、と切り裂き始める。
「……や、やめ……」
「へへへへ、まさかヤる事がトラウマだとは思わなかったぜぇ?ま、そのお陰でズイブンと楽しませて貰ったがね♪『あなた、助けて』ってぇ似あわねぇセリフ吐きやがってよぉ、笑わせてもらったぜ?」
にたぁっと邪悪な笑みを浮かべ、ダガーに力を込める。ばりばりっと服を切り裂き、露わになった乳房にちくり、と小さな痛みが走る、つうっと一筋の赤い血が、シャンバークの銀色に輝くダガーを伝う。
「嫌あっ!」
全力でシャンバークを押し返すと、部屋の隅の方へ隠れるように逃げ込み、蹲ってがたがたと震える。その声に気づき、ノルトは飛び起きて長剣を抜き、牢屋内のシャンバークへ躍りかかった。
「貴様っ!これ以上レイラさんに手を出すなっ!いや、それ以前にお前を牢破りの現行犯で逮捕する!」
「おぉっと、無駄なことは止めとけって。オレがお前に後れをとる理由は何一つ無いんだぜ?さっきのちょっと高価だがつまらんインチキ技にしたって、オレの方が上だ」
シャンバークはダガーを構え、襲いかかってくるノルトの剣を軽々とあしらう。そして、もう片方の空いている手でもう一本のダガーを取り出す。ノルトの方もまた、その隙を逃さないように斜めに斬り込む。そしてシャンバークの左肩を斬ったかと思った刹那、右足に激痛が走る。
ノルトはよろよろっと後ろに下がり、足元を見てみる。右腿に深々と刺さったダガーがゆっくりと赤く染まっていく……シャンバークの方もまた、左肩を押さえて何も言わずに牢屋を飛び出す。と、そのとき、上階からもの凄い音が響き、牢屋全体を駆け抜けた。
「な、なんだ?」
囚人達もその音に目を覚まし、ざわざわと騒ぎ始める。天井からはぱらぱらと埃が舞い降り、澱んだ空気がゆっくりと動き出す。そして、ごぉん、と扉が開く音が聞こえた。
「おい、何事なんだァ?」
meanwhile...
ふと、裏口の方から声が聞こえ、ぎい、とドアの開く音が聞こえた。
「それにしても……予想以上だなこれは…敵にしなくて良かったな。おっと誰か来た?」
ミルディンは素早く辺りを見回し、手頃な隠れ場所はないかと探した……が、ほとんど焼き払われていて、それらしい物は見あたらないな。仕方ない、地下へ通じる階段の扉の裏に隠れることにするか。
「……今の音は何だったのかな?」
裏口からひょいとランドとウォレスが中をのぞき込む。
「うわぁ……これはひどい…」
「誰かが”火球”の魔術を使ったんですよ……それにしてもここまでできるとは……」
「中に入ってみようか?」
「よした方がよくありませんか?敵の魔術師がまだ居るかもしれませんよ……」
「ここにはいないようだし、ちょっとだけ見てみよう」
「危険ですって」
制止するウォレスを振りきって室内と入り、辺りを見回す。しかし、大抵の家具は燃え尽きていて人が隠れられそうな陰を作り出せる物は見あたらない。そして地下室へ続くドアに手を触れようとしたそのとき、下から金属の軋む音、話し声、歓声、怒号……いろいろな声が聞こえてくる。
「下か…」
ランドはそーっと地下室へ続く扉の中をのぞき込み、階段を下りようと足を踏み出す。と、その瞬間、ドアの陰に隠れていたミルディンはランドの足に杖を引っかける。ランドはバランスを崩し、暗くて急な下り階段を転げ落ちていく。
「うわあぁぁっ!」
ミルディンは落ちていくランドの声を聞いて、ヴェイラではないことを知ると、ちょっとほっとしたような表情をしたが、すぐに表情を戻す。
「もう少し遅ければ……済まないな」
上階ではランドの叫び声が聞こえたかと思うと、今度は再び静寂が室内に訪れる。時折、燃え残った残骸が音を立てて崩れる。
「ランド?ランド!?どうしたんですか?」
ウォレスの呼びかけにも応答が何一つかえってこない。
「うぅ、と、とりあえず知らせに戻りましょう……待っていて下さい!!」
meanwhile...
長くて急な階段を下りると、薄暗くて細長い地下牢の通路が左右へと延びている。壁は雨水で浸食されているのか、土が見えるところからは苔が生えている。あたりは騒々しいまでにざわめき、がしゃん、がしゃん、と鉄格子を叩く音も聞こえる。
「よし、手分けして片っ端から開けるぞ。大していないかもしれんが、目くらましにはなるだろう。そら、急げ!」
「俺は右側をやる。あいつと一緒に回れ」
フェリアスはジャルドを指差しつつレドに言う。そして右奥の通路へ向かって駆けだし、近い順に鉄格子に”解錠”の魔法を施す。ぴき、という軽快な音を立てて鉄格子の大きな鍵が外れる。そして状況を理解できずに呆然としている囚人をそっちのけにして、フェリアスは次の扉へと移っていく。
「レイラっ!何処にいる!?返事しろっ!!」
ジャルドは大声で叫びながら、レドが手早く開けていく牢屋を一つ一つ確認していく。その声に周りの囚人達もようやく状況を理解し、開いた鉄格子を蹴り開ける。我先にと言わんばかりに歓声を上げて目の前の囚人を乗り越え、またある者は押しのけようとする者を蹴り落としながら階段に向けて殺到する。
そんな中にランドは投げ込まれた。先頭を悠々と駆け抜ける囚人にぶつかり、細長く急な階段を転げ落ち、次々迫り来る囚人達の群に踏みしだかれていく。肺や頭は囚人達の足で押しつぶされ、そこに倒れた者は同じ運命をたどることになった。
「な、何だオマエラは?」
突然登場したジャルド達に驚いたシャンバークは、じり、じりと後じさりする。
「レイラは何処にいる?」
ジャルドは逃げようとするシャンバークの腕を掴み、思い切り引き寄せる。そしてもう片方の手で首を掴み、壁に押し当てる。
「お、お前は指名手配の……ふ、二つ先だ、オレは関係ない!」
「来い!聞きたいことが山ほどある」
じたばたともがくシャンバークを引きずりながら、ジャルドとレドはレイラの居る牢屋へと足を進めた。そして、開け放たれて血の匂いのするその牢屋の前に来ると、ジャルドの表情が見る見る変わっていく。
「貴様、レイラに何をした?」
首をつかむその手に力がこもる。苦痛に表情をゆがめながら、シャンバークは首をただ横に振るだけで何も言わない。ジャルドは牢屋の中にシャンバークを投げ込み、自分自身も鉄格子を潜る。
「レイラ!無事かっ!?」
薄闇に閉ざされた牢屋の中をくまなく見回す。すると、微かなうめき声を上げで横たわるノルトと、部屋の隅で蹲って震えている半裸のレイラを見つけた。ジャルドはレイラに駆け寄り、そっといつもの仕草でレイラに触れる。
「い、いやっ!来ないでっ!!」
レイラは大粒の涙を浮かべながら、ジャルドの大きなシルエットを見て怯え、震えている。
「レイラ!?オレだ、オレがわからないのか?」
ジャルドは傷だらけになったレイラの肩を掴み、抱きかかえる。レイラはびくっと怯えはしたが、やがて落ち着いてきたらしく、震えはとまった。
「……親方ぁ?」
「そうだ」
「親方ぁっ!」
レイラはジャルドに抱きつき、大声で泣きじゃくる。ジャルドはレイラの様子に戸惑いながら、自分の上着をそっとレイラに着せてやる。そして、再び逃げ出そうとして這い回るシャンバークを捕まえると、レイラの前へ突き出す。
「このガキが手ぇ出したんだな?じゃあ、そっちの倒れてるヤツは?」
「あっちはアタイをコイツから守ろうとした。アタイを傷物にしたのはコイツ」
「そうか。では、このガキには死ぬより辛い試練を与えるとするか……」
「ひ、ひいぃ、お、お助けぇっ…!」
ジャルドはシャンバークを床にねじ伏せ、暗黒神に捧ぐ神聖語を綴り始める……そして”呪い”が完成すると、ゴミを扱うかのようにシャンバークを蹴り飛ばす。
「ふふふ、レイラ、こんな屑はもう気にするな。もう死んだも当然だ……さて、こっちのはどうしたものかな、と」
太股に刺さったダガーを引き抜くと、再び神聖語を綴る。ぽうっと赤い光が灯ったかと思うと、すうっと傷口に吸い込まれるように消えていった。
「さて、戻るぞ、時間がない」
レイラはジャルドに引かれて力無く立ち上がるが、すぐに膝をついて崩れ落ちてしまう。それを見かねたジャルドはレイラを担ぎ上げ、力強い足取りで鉄格子の扉をくぐる。
すべての牢を開放して戻ってきたレドは、ジャルドが担いでいるレイラの顔をじいっと見つめて急ぎ足で階段へと向かう。
「ほう、その娘が……ふむ、お前らしいな」
「衛視達の援護が来るまで、もうあまり時間はない。急ぐぞ!」
「よし、後は船に戻るだけだ。いつまでもこんな辛気くさいところには用はないさ」
「ま、待ってくれ。オレも、オレも連れていってくれ……もう衛視なんてまっぴらだ……」
ノルトはゆっくりと立ち上がり、ジャルドとレドの後を追う。
「好きにするさ。来たければ来い」
向かい側から大急ぎで戻ってきたフェリアスは、廊下や階段に転がっている囚人を踏み分けて細長い階段を足早に上っていく。レドとジャルド、ノルトもそれに続き、血の匂いのする牢屋を後にした。
Chapter.13
「はあ、はあ、しつこいヤツだねェ……」
シードは裏道を駆け回り、ラスを振り払おうと懸命に走る。しかし、当のラスの方も、カイを傷つけられて黙って居るつもりはない。
「てめぇ、待ちやがれ!」
「……そんなに待って欲しいなら、ここで決着をつけようじゃないか」
裏路地をずいぶんと進み、ゴミやらなにやらでかなり込み入った狭い路地でシードは立ち止まった。そして素早くショートソードを抜き、ゆっくりとラスへ近づいていく。ラスもレイピアを取り出してシードの動きにあわせて間合いを取る。
「へへ、あのお嬢さんは殺せなかったが、代わりにオマエを殺すことにしよう……死ねぇ!」
ショートソードの刃がきらりと煌めき、シードは負傷しているにもかかわらず、ものすごい勢いでラスへ飛びかかる。ラスはすかさずバックステップしてショートソードの鋭い一撃をかわすと、間髪入れずに連続して突きを繰り出す。しかし、シードは器用にショートソードでひとつひとつ受け流していく。
「なかなかやりますねェ…だけど、そんな武器じゃオレに勝てないよ?」
ラスの放った最後の突きを鋭く弾くと、シードは再び斬りかかる。弧を書くように振り下ろされた刃は、ラスの服を軽く切り裂く。次々と斬りかかってくるシードの剣をかわしながらじりじりと後ずさりをするラス。これでは精霊に話しかける暇さえない……。
「ほらほら、さっきまでの勢いはどうした?」
レイピアで受け流しつつも、じわり、じわりと狭い路地へと追い込まれていくラス。
「くっそぉっ!」
ついにラスはゴミで出来た即席の壁際まで追いつめられ、シードはにやりと邪悪な笑みを浮かべる。
「これで1人消えたな、と」
シードが剣を振り下ろそうとしたその瞬間、シードの胸を熱いモノが貫通した。銀色に輝く刀身に、夥しい量の赤黒い液体が付着している。
「な…これ……そ、そんな……」
「!?」
シードは膝を折ってその場に倒れ込み、何度か血を吐き出す。ラスは突然の出来事を理解できず、困惑しながらも視線をシードから上へと持ち上げる。そこには、追いかけてこなかったはずのシュウの姿があった。
「シュウ!?どうしてここへ?」
「どうせ追いつかないからパス、って言ったけどな。ラス1人では危ないから付いてきちまった。途中で見失ったからまずいなと思ったが、そっちのバカの声が聞こえてな。後ろからさくっと一発やらせて貰った」
「……相変わらず、旨いところを持っていきやがる…解ってるなら最初からそうしろ!」
シュウはにやりと笑みを浮かべると、すでに動かなくなったシードの体から剣を引き抜き、面倒くさそうに血糊を払い落とす。
「さあ、戻るか」
Chapter.14
衛視達の援護部隊が到着すると、戦局は一転して衛視達の方へ傾く。衛視達の集中攻撃によって次々に石人形は粉砕され、その残骸だけが辺りに撒き散らされていく。と、そのとき、詰め所内で異変が起こった。突然わき起こった轟音とともに、厳重に閉じられているはずの鎧戸がいくつも吹き飛び、中からは真っ黒な煙と肉の焼けるイヤな匂いが周囲に立ちこめ始めた。そして、しばらくの静寂……。
「な、なに?」
「なんじゃ?」
アレクとマトックマンは突然の出来事に驚いて、窓の吹き飛ばされた詰め所の方を見る。そして、ディックとレイシャルムは最後に残った石人形を切り払い、粉々に粉砕すると、まだ煙がもうもうと出ている窓の脇へ駆け寄る。衛視達もまた、遠巻きに詰め所の方を見やる。
「……魔法か?」
「そのようですね…と言うことは、まだ中に居ると言うことですね?」
詰め所内からはがらがらと何かが崩れる音がし、それに混じっていくつかの話し声らしき音がする。
「そのようだ。だが、こんな事を出来るヤツと正面から戦いたくないな」
レイシャルムはそう言って苦笑いすると、吹き飛んだ窓から中をのぞき込んでみる。中はまだ薄煙が充満していて、あまり良くは見えない。
「しばらく様子を見よう。かなり危険だ」
「……そうじゃの。こんな魔法を喰らったらこんがり焼き上がってしまうの」
マトックマンとマイエルリンクも詰め所のドアから中をのぞき込む。しかし、目の前にはどうやら焼け焦げた棚のようなモノが覆い被さっていて、全く見えない。しばらくすると、がががっと重い物を引きずるような音が聞こえたが、すぐに消えてしまった。
「せめて裏に回ってみましょう。何かあるかも知れません」
ディックは石人形の残骸を忌々しげに踏み砕き、ぼそぼそと呟く。
「裏…あの子達は?」
突然アンジェラが不安そうに小道へと駆けだしていく。が、小道はすでに壁の破片が散らかっていて通れそうもなくなっている。
「アンジェラさん?」
「ウォレス?ウォレス!!」
止めようとするディックを振り払い、アンジェラは瓦礫の山をを駆け登っていく。そして、裏路地に出てみると、そこにはウォレスだけがいた。辺りを見回してみるが、ランドの姿は見えない。
「ウォレス?ランド君は?」
「姉さん……止めたのに中に入っていったきり戻ってこないんですよ……」
「中に入ったって……!こっちにいらっしゃい!!」
微かに聞こえる異様な声を聞き取ったアンジェラは、強引にウォレスの手を掴むと小道へと戻り、瓦礫の山を登り始める。
「誰か出てくる!?みんな、気をつけて!」
何とか表へ出てきたアンジェラはそう叫ぶと、表にいた皆の表情に緊張の色が走る。その刹那、裏手から不気味な歓声が爆発し、囚人達が裏口から、そして室内を通って表へとあふれ出してくる。
「な、囚人達を…?ええい、1人も逃すな!」
マイエルリンクは毒づきながら衛視達に指示を飛ばす。呆気にとられていた衛視達はマイエルリンクの怒号を聞いて我に返り、次々にあふれ出す囚人達を捕らえようと駆け出す。しかし、衛視達の数を大きく上回る囚人達は、歓声を上げ、まるで蜘蛛の子を散らすかのようにあちこちへ逃げていく。ジャルド達もまた、逃げまどう囚人達の群に紛れて、堂々と裏路地の方へと逃げ去っていった。
「この騒ぎに紛れ込んで逃げるつもりなんじゃない?」
アレクはぼそりと呟くと、マトックマンは激昂したかのように大声を立ててマトックを振り回す。
「逃げる?海賊が逃げると言うことは……アジトでないならば船かの!?よし、船着き場へ行くぞぉ!」
マトックマンは駆けだそうとしたが、ふと立ち止まり、こちらを見返す。
「……どんな船だか解るヤツはおるか?」
「麻薬事件の時と変わってなければ解りますが……」
ディックは力無く答える。
「それでもいい、そら、急ぐぞ!どうせ決まり切ったかのように大型なんじゃろ?なら止めてあるところはきまっとるよ!」
マトックマンが駆け出そうとしたそのとき、すっかりずぶ濡れになったマリーが、その姿に似つかわしくない色眼鏡を掛けたマクレインに支えられて堤防の階段を上ってきた。
「待って、私、知ってるから案内するわ!」
「マリー、大丈夫か?」
レイシャルムは心配そうにマリーの方を見つめる。
「こっちの人に助けて貰ったの」
マリーは支えて貰っているマクレインを指す。マクレインはとっさに身を翻し、濡れそぼった身だしなみを整える。中指でくいっと持ち上げた色眼鏡が、陽の光を浴びてきらりと光を反射する。
「私はマクレインと申します。よろしく、お嬢さん」
ずぶ濡れのマクレインはマリーの手を取り、軽くキスをする。マリーは驚いて、びくっと手を引っ込める。そんな場違いな仕草に、くすくすと笑い声があちこちから上がる。
「ほれ、それはいいから、早く案内せい!」
マトックマンは足踏みしながら、今か今かと待ちかまえている。
「は、はい。じゃ、急ぎましょ」
駆け出そうとするマリーの手をマクレインはがっちりと握り、制止する。
「待て待て。そんな格好じゃ風邪引くぞ?場所だけ言えば判るだろうに……あの連中の船だろ?俺も知ってるから教えてやるよ。場所は第2埠頭、船名は『黒き炎のサラマンドル』だ。黒く塗ってあるガレー船だから行けば判るよ」
「待って下さい。一体、あなたは何者です? 何故そんな事を知っているのです?!… いや、さらった女性の…ケイさんの居場所は何処ですか?! 知っているのなら!!」
ディックはマクレインの胸元を掴み上げ、険しい表情でマクレインを睨み付ける。
「ちょ、落ち付けって。カッカするのは良くないぞ?」
マクレインはディックの手を払いのけると、海水でぐっしょりと濡れた服の襟を正す。
「すみません……」
「どうもオレは、あの船長の忌々しい魔法で操られていたようなんだ。確か……最後に船長が連れてきた女の子なら、船倉に閉じこめられてるはず」
「よし、みんな急ぎましょう!!ありがとう、マクレインさん!」
ディックは軽く一礼し、踵を返すと颯爽とかけ始める。マトックマンのそれに続き、汗を拭いながら大急ぎで駆けていく。
「…随分、急な方ですね……はくしっ!!…うう、ホントに風邪引いてしまうな……」
マクレインは風のように去っていくディックを見て苦笑いすると、大きくくしゃみをして身震いする。マリーも続けるようにくしゃみをし、マクレインを見てにっこりと微笑む。
「レイ、いこ」
「よし」
「まって、ランド君が居ないわ」
アレクは手早く自分の剣をしまい、レイシャルムの手をとって駆け出そうとしたそのとき、不意にアンジェラが呼び止める。アレクとレイシャルムの足が止まり、アンジェラとその陰にいるウォレスへ視線を寄せる。
「彼が中に入ったまま出てこないんだ……姉さんと一緒に探し出して、追いつきますから先に行ってて下さい」
「うん、わかった。急いでね」
アレクは言葉少なに答えると踵を返して、マトックマンとディックの後を追い始める。レイシャルムも少し困惑しながら、アレクの後を追い始めた。
Chapter.15
「どうやって忍び込むんだ?」
ミルダスはぼそぼそっと呟く。すぐ脇には、真っ黒に染められた船体がある。ディオン達の乗ったボードは巨大な櫂の下を潜り、ゆっくりと船尾へ向けて進んでいく。
「”浮遊”で甲板に出てロープを下ろすわ。それを登ってきて」
セリアはミルダスにそう言うと、ディオン、リュインの顔をちらっと伺う。二人はこくりとうなずき、それぞれ持ち合わせのロープをセリアに渡す。
ロープを受け取ったセリアは、ぶつぶつと呪文を唱え始める……万物の元素にして偉大なるマナよ、我に大地の束縛を断つ不可視の翼を与えよ!……”浮遊”は完成し、ふわふわっとセリアの体が宙に舞い始める。真っ黒な船体を舐めるように昇っていくと、甲板へと出た。
「…誰も居ないわね?」
きょろきょろと辺りを見渡すと、手早くロープを手すりに縛り付けて投げ降ろす。リュインは、ばさばさっと落ちてきたロープの先端をボートに結びつけると、手早くロープを昇り始める。ディオンとミルダスも顔を見合わせ、無言でうなずくとリュインの後を追ってロープを昇っていく。
「いそいで」
小声で昇ってくるリュイン、ディオン、ミルダスに声をかける。そして、音を立てないように慎重に甲板に降り立つと、ゆっくりと昇降階段へと足を進める。
「どの辺に閉じこめられてるのかしら……」
セリアはリュインに小声で耳打ちする。
「んーー、たぶん船倉か船長の部屋。まず部屋の方にいってみよ!」
頻りに階段付近を伺いながらリュインは小声でセリアに答える。そしてゆっくりと音を立てないように降りていくリュインに続けて
階段をゆっくりと進む。
船内にはいると、ざわざわと海賊達の声が聞こえる。海水で洗われて黒ずんだ廊下をそーっと忍び足で進む4人。部屋の前を通り過ぎるたびに鼓動が高鳴り、冷や汗が出る。そして艦尾まで来ると、リュインは手早くドアを調べ、耳を当てる。中から音が聞こえないことを確認すると、通称”耳掻き”と呼ばれる盗賊の道具でかちかちっと鍵穴をまさぐる。そして、かちり、という小さな音が聞こえると、そーっとドアを開ける。
「リュイン、気を付けろ」
ミルダスはリュインの肩越しに声をかけると、ゆっくりと開かれていくドアの中を覗きこむ。
「誰も居ない……ね」
リュインとミルダスは異口同音に呟くと、手早く室内に入る。ディオンとセリアはドアの脇に立ち、お互いに別々の廊下の方を伺う。室内は大陸全土から集めた気品ある調度品でぎっしりと飾られている。そして何より目を引くのが、壁に掛けられている炎を吐き出すサラマンダーにファラリスの紋章をあしらった絵が描かれた赤黒いタペストリー……。
リュインは見ていると気が遠くなりそうな異様な雰囲気が漂ってくるその絵から目を逸らし、机の方を見やる。すると、見覚えのある大きな剣が置かれている。
「あれ、ケイの持ってた剣!」
リュインはミルダスの肩を叩いて小声で話しかけ、机の上を指さす。ミルダスは机に近づき、剣をそっと持ち上げる。
「これがあると言うことは、間違いなくここにいるようだな。……にしても重いな、これ」
ミルダスが両手で剣を持って苦笑いすると、リュインも肩をすくめて苦笑いする。
「もーー手がかりは何もないようだし、船倉にいってみよ!」
リュインとミルダスは部屋を後にし、再びディオン達と合流すると船倉へ向けて昇降階段を下り始めた。
 |