 |
No. 00134
DATE: 1999/10/01 00:22:13
NAME: ジャルド
SUBJECT: レイラ救出計画 終章、船上の嵐
Chapter.16
遅れて詰め所に到着したロイとカイは、惨憺たる建物や周りの戦闘の跡を見て絶句する。傍らに並べられた衛視達の無惨な姿、焼け焦げて今にも崩れそうな詰め所の建物…すべてがまざまざと戦闘の様子を語りかける。
「……ひどい」
カイは衛視達の遺体から目を背け、手で口を押さえる。ロイはただ呆然と立ちつくしている。
「お〜い、無事か?」
不意にラスの声が聞こえ、二人はばっと声のする方へ振り向く。まだずっと遠くをラスとシュウがこちらへ向かって走ってくるのが見える。そして、二人がようやく到着すると、まるで示しあわせたかのように、焼け跡と化した詰め所の中からアンジェラとウォレスが出てきた。
「アンジェラ、ウォレス……一体どうなったんだ?他のみんなはドコへ行った?」
ラスは肩で息をしながら暗い表情のアンジェラ達を見る。
「ランドが止めるのを聞かずに中に入っていってしまって……それで……死んで……」
すっと顔を背けるウォレスを見て、アンジェラはそっと抱き寄せる。ラス、カイ、シュウ、ロイもまた、それぞれ黙祷を捧げる。
「……死者を悲しむのは後でも出来るわ……今は生者の為に船着き場に急ぎましょう……」
アンジェラはその場の沈黙を破って船着き場へ向けて駆け出す。そしてラス達もまた、それに続けて走り出した。
meanwhile...
ジャルドはレイラを担ぎ、ただひたすら船へ向けて走る。じりじりと夏の日差しが肌を焼き、じっとりと汗ばんでいく。そして埠頭に近い藪の中に隠して置いた小舟を浮かべると、レイラを降ろし、分散して逃げたレド達の到着を待つ。
「レイラ……」
ジャルドはぐったりとしたレイラの頬を撫で、背中を軽く叩く。
「親方ぁ……アタイ、ドジっちゃったね……」
「気にするな、お前が無事ならそれでいい」
力無く答えるレイラをそっと抱きしめる。と、そのとき、背後でがさがさっと音がし、ジャルドはとっさに身構える。レイラもまた、頼りなげに身構える。
「おっと、ジャマをするつもりはなかったんだがな……」
藪の中からレドとフェリアスがひょいと顔を出す。そしてフェリアスとレドは苦笑いをして小舟に飛び乗ると、それに続くように藪の中をがさがさと音を立ててミルディンとノルトが通り抜けてくる。船の上でフェリアスがぶつぶつと呪文を唱え、”ロケーション”が発動する。そして、アジトの抽斗にしまっておいた指輪を探し出す。……動いている。しかも本船の方向に向かって……
「おい、早く船を出せ。ヤツらが船に向かっている」
「急ぐぞ!」
皆、一斉にオールを手に取ると漕ぎ始めると、小さな三角帆が風を全身にはらみ、小舟はまるで矢のように海の上を走り抜けていく。沖合に見える本船、サラマンドル号へ向けて……
meanwhile...
いつもと変わらず騒がしい港の喧噪をすり抜け、ようやく2番埠頭へたどり着いたディックとマトックマン。すぐ近くに見えるその黒い巨大な船体を見ると、沸々と怒りが湧いてくる。
(あれか……ケイ、すぐに助けに行くからな……)
ディックはきょろきょろと辺りを見回す。そしてボートを見つけるやいなや、それに乗っていた作業員を捕まえ、胸元を掴み上げる。
「あの黒い船に向かって下さい! 急いで!」
突然振って湧いたアクシデントと、ディックの剣幕に驚いて、作業員はただこくりと頷いてボートのもやいをほどく。マトックマンも焦りながらボートに飛び乗り、備え付けのオールを手に取る。
「焦りすぎじゃぞ、ディック。もちっと落ち着け」
「一刻も早くケイさんを助け出さないと……大切な人を失うのは…もう御免だ!」
まるで鬼神のごとくオールを漕ぎ始めるディック。
「やれやれ…」
作業員と顔を見合わせて苦笑いするマトックマン。作業員の方も、事情を今ひとつの見込めない様子で肩をすくめると、あきらめたかのようにオールを手にとって漕ぎ始めた。
少し遅れて埠頭に到着したアレクとレイシャルムは、もの凄い速度で沖合に向かって進むボートを見て唖然とする。
「……行ってしまったな?」
苦笑いするレイシャルムを見て、アレクもため息をつく。
「ディック、意外に……ううん、何でもない。さ、いこ」
アレクはレイシャルムの袖を引いて、近くにあった無人のボートに乗り込むと、ディック達のボートを追って沖へと漕ぎ出していった。
Chapter.18
薄暗い階段を、音を立てないようにゆっくりと降りていく。細長い階段はぎし、ぎしと小さな音を立てる。
「ここだね」
リュインは階段を下りきって、正面にある小さなドアへ張り付く。そしてドアに耳を当て、中の様子を伺う……特に何も聞こえない。そして、鍵をかちゃかちゃといじり、ぴし、と小さな音がしたのを聞いて、手早く鍵を外す。そして、ゆっくりと音を立てないようにドアを開け、ちろっと中をのぞき込む。
「真っ暗で見えない……灯りが欲しい」
リュインは手持ちのランタンに火を灯し、室内を照らそうと中へ入る。しかし、手に持ったランタンからは一向に光が広がらない。
「光が届かない?」
「魔法で光を消されてるようね…ちょっと待ってて」
セリアはひょいと室内をのぞき込むと、ぶつぶつと呪文を唱え始める。そして呪文が完成すると、ぱちぱちと小さな音が鳴って室内が一瞬もの凄く強い光に包まれ、周りと同じぐらいの薄闇に戻った。リュインの手に持ったランタンの光も、室内を照らし始める。すると、後ろ手に縛られた下着姿のケイの姿を見つけた。
「ケイ!」
リュインはケイを抱き起こすと、縄をほどこうと手を伸ばす。ケイはぼやーっとした様子でリュインを見つめる。
「リュイン…さん?」
「ちょっと待って!縄ほどくから」
リュインは縄をほどき、近くに置いてあった服を引き寄せると、くるりと振り返り、立ちはだかるようにケイの前に立つ。
「さー早く服着て!男の人は見ちゃダメ!」
「え…きゃあっ☆み、見ないでぇっ!」
ケイは真っ赤になって、いそいそと服を着始める。腕を動かすたびに鈍い痛みがじんじんと伝わってくる。セリアはディオンの目を覆い隠しながら、入り口の所にいるミルダスを牽制する。
「も、もういいわっ☆」
「もーームチャしないで!」
リュインは着替え終わったケイの手を取ろうとして、当て木がしてあるのに気づく。
「ケイ、その腕、大丈夫?」
「う、うん…大丈夫っ♪」
ケイは腕が痛むのを押して、精一杯の作り笑いをする。
「そー?じゃあ、引き上げよ!」
meanwhile...
猛スピードでボートを走らせるディック。次第に沖合に浮かんだ船の全景が見え始めると、側面に長いロープでくくりつけられているボートを見つけた。
「あれは?」
「……先客かの?」
ディック達は慎重に係留してあるボートに近づき、上を見上げる。青く澄み渡った空と、ずっしりと重量感のある黒い船体が目に飛び込んでくる。そして、縄の先端はどうやら手すりに結びつけられているらしく、海賊達が出入りした様子はない。
「どうやら、本当に先客のようですね。私たちもこれを使わせて貰いましょうか」
「そうじゃな。どうせ他に上れそうな場所はなさそうじゃしの」
にやりと微笑むマトックマンをみて、ディックは意を決したのか、係留してあるボートへ飛び乗り、縄を昇り始める。そしてマトックマンもそれに続く。
「ああ、そうそう、どなたか存じませんが、済みませんでした。早く戻ったほうがいいですよ。ここは危険ですから」
ディックは縄を昇りながら作業員に話しかけ、軽く手を振ってみせる。作業員は何も言わずにボートをこぎ始め、埠頭へ向けて戻っていく。そして手早く上り詰め、辺りを見渡して誰も居ないのを確認すると、甲板に飛び降りる。マトックマンもせかせかと登り切り、甲板に踊りでる。
「お〜い、ディック〜」
ふと、下からディックを呼ぶ声が聞こえた。ディックは下をのぞき込み、声の主を捜す。
「アレクさん?」
「そ〜だよ〜、登っても大丈夫?」
「登るなら早くしてください。いつ海賊が来てもおかしくないです」
アレクはレイシャルムをちらっと見ると、軽く頷いてせっせと登り始める。そしてレイシャルムもまた、苦笑いするとアレクに続いて登り始めた。そして、二人とも登り切ると、みんなの顔を見回し、真剣な面もちで近くにある昇降用のはしごを下る。
「いよいよじゃな……」
細長い通路をせかせかと下り、一路、最下層の船倉を目指す。
meanwhile...
小舟はようやく本船にたどり着き、その黒い巨体に軽く体当たりする。があん、と、まるで木で出来た物とは思えない音が船内に響く。その音を聞いて、数名の当直が慌ただしく甲板へ集まる。
「おい!早く縄梯子をおろせ!さっさとしないと海へたたき込むぞ!」
「へ、へい、ただいま」
気の抜けたような返事が返ってくると、ざーっと音を立てて縄梯子が落ちてくる。ジャルドはレイラを担いで器用に梯子を登っていく。そしてミルディン、ノルトと続けて昇っていく。
「レッディ、お前はどうする?」
すでに登り切り、レイラを傍らに置いてまだ小舟の上にいるレド達に声をかける。
「ここに残るさ。まだやることがあるんでね」
レドはにやりと笑うと、フェリアスの方をちらっと見る。
「オレも残らせて貰う」
「ふふ、そうか。では、ここでお別れだな。報酬は後で届けさせる。もう会うこともないだろうが……すまんな、レッディ」
「なに、俺とお前の仲だ。気にするな」
レド達を乗せた小舟は、じわり、じわりと本船を離れていき、やがてその小さな三角帆一杯に風を受けて、人気のない河原の方へと去っていった。
「よし、これでオレ達もこの街に用はない!おら、とっとと出航の用意しろぃ!」
「わっかりやした!でも、まだほとんどの連中が戻ってません!」
ジャルドは舌打ちすると、レイラを再び担ぎあげると、海賊達の方へ振り向く。
「全員戻ったら即座に出航!用意しておけ!」
「いえっさ!」
meanwhile...
ケイを見つけだしたリュイン達は、ミルダスを先頭にして細長い昇降梯子を登っていく。途中で、があん、と言う変な音がしたが、そんなことはお構いなしに、ただひたすら甲板を目指して梯子を登る。
「おい、ミルダス。あんまり急ぐと見つかるぞ?」
すぐ真下にいるディオンがミルダスを制止しようと声をかける。しかし、ミルダスはそんなことはお構いなしに、ずんずん梯子を登っていく。
「へへ、その娘を助け出せばもう用はないんだろ?だったら、さっさと逃げるのが一番賢いと思わねぇか?」
「ま、それに反論する気はないな…ん?まて、誰か降りて来るぞ?」
ディオンは上から降りてくる人影を見つけると、まだ下の方にいるセリア、リュイン、ケイに警告すると、ミルダスと一緒に急いで近くに隠れる。
そして、上の方でも先陣を切って降りていくディックも、下から登ってくるミルダス達に気づいたのか、ぴたっと足を止める。
「もしかして……ディオンさん?」
ディックは小声で下に向けて話しかける。その声を聞いて、敵襲かと思ったディオン達も安心する。
「ディックか。ケイは見つけだした。早く上れ」
「本当ですか?ケイさんは無事なんですね?」
少しうわずった声でディックはディオンに尋ねる。
「無事だよ!その辺は後で!いまは早く登って!」
リュインは慌てた様子で下からディックの質問に答えると、梯子をばんばんと叩く。
「それじゃ上の廊下で……」
ディックは続けて降りてくるマトックマン達に、小声で引き返すように言うと、大して広くもない廊下へと戻っていった。そして先行していたリュイン達と合流したディック達は、申し訳なさそうに俯いているケイを見てほっと一安心する。
「……ごめんなさい……」
「言い訳は後で聞きますから、今は逃げることが最優先です」
「はい……」
険しい表情でディックはケイを制止すると、後ろにいたアレク達に合図を送り、甲板へ向けて駆け出した。と、そのとき、不意に部屋から出てきた海賊がディック達を見つけ、大声で叫ぶ。
「侵入者が居る……ぐぇ!?」
レイシャルムが手早く海賊をなぎ倒す。リュイン達も慌てて廊下の後方を確認すると、一斉に甲板に向けて駆け出していった。しかし、声を聞きつけた海賊達が次々と出現し、甲板への道をふさいでいく。
「ちいぃ……後少しだというのに……」
meanwhile...
レイラを連れて自室へと戻ったジャルドは、鍵が開いていること、そして机の上に剣がないことを確認すると、レイラをベッドに寝かせ付け、備え付けの大剣を抜いて部屋を出ていく。
「おい!この間抜けども!!戦闘用意!」
ジャルドは大声で怒鳴ると、甲板へ向けて走り出す。
「ち、思ったより行動が早いな……いまさらレイラの妹を取られるわけには……」
そして昇降階段の直前で、まさに逃げようとして駆けてくるディック達を見つけた。ジャルドはにやりと笑い、すっと大剣を構える。
「ふ、そこまでだ。おとなしくその娘を渡せ」
「かっかかか、ここであったが百年目!その素っ首、もらい受けるっ!」
「ここはオレ達に任せて、早く甲板へ!」
マトックマンとミルダスは、それぞれ武器を構えてジャルドと対峙する。
「…あなたが…ケイさんをさらった張本人ですね…?」
ディックは感情のこもらぬ声で告げると、槍を突きつける。ジャルドはその様子を見てにやりと邪悪な笑みを浮かべる。
「そうとも。暗黒神に捧げる生け贄として…な。ふん、愚か者め……死んで自分の愚かしさを思い知れ!」
ジャルドは大剣を振りかざし、ミルダスとマトックマンに斬りかかる。がぃん!と金属がぶつかる音が廊下中に響き渡り、剣を受け止めたミルダスは大きくはねとばされた。そして斬りかかるマトックマンのマトックをひらりとかわすと、再び体制を整える。
「ふむ、親玉だけあってなかなかやりよる…ほれ、お前達はさっさと登って用意しておけ!」
マトックマンは再び大きなマトックを振り上げると、奇声を上げてジャルドへと斬りかかる。その隙をうかがって、アレク、レイシャルム、ディックはケイを庇うようにして階段を駆け上がり、甲板へと出ていく。また、セリア、ディオン、リュインは背後から襲いかかろうとした海賊達と白刃を交える。
「こいつらを生かして返すな!」
ジャルドは大声で怒鳴り、凶悪な形相で再びミルダスに斬りかかる。その強烈な一撃は、かわそうとしてかざしたミルダスの剣を叩き折り、肩口から胴へかけてばっさりと切り払う。そして倒れかかるミルダスの背に深々と剣を突き立て、踏みつけて剣を引き抜く。塩水で黒ずんだ床を赤い鮮血が覆うように彩り、文字通りの血の海を作り出す。
「オレの剣を叩き折るなんて……人間じゃあ…ナ…イ……」
「ふん。他愛ない」
ジャルドは剣を振り払い、べっとりとした血糊を振り払う。そして再びにやりと狂気じみた笑みを浮かべると、剣を構えてマトックマンを睨み付ける。その睨みからは鬼気迫るモノを感じ取り、じり、じりと後じさりする。
ディオンとリュインも剣を構えながら、セリアを庇いつつ階段の方へと下がっていく。そして時折斬りかかってくる海賊の剣を受け流しながら、ゆっくりと階段を上っていく……と、そのとき、不意に海賊のはなった鋭い突きがリュインの左腕を捕らえた。
「くっ!」
にやりと笑みを浮かべる海賊の顔がすぐそこまで迫ってくる。リュインは渾身の力を込めてショートソードを振り回す。そしてそれは近寄ってきた海賊の首を切り裂き、赤黒い血を振りまきながら階段を倒れていく。
「リュイン!大丈夫?」
甲板に出たセリアは、リュインの赤く染まった左腕を見ると、自分の袖を切り裂いてリュインの傷口を縛る。そして苦痛に表情をゆがめるリュインを支えながらボートへ繋がれている縄の所まで連れていく。ディオンもまた、最後までしつこく追いかけてくる海賊に”衝撃波”を放ち、海へたたき込む。そして肩で息をすると、大急ぎでロープを下っていく。
「かっかか、コイツで脳味噌ぶちまけろっ!!いっけえええぇぇぇっ!!!」
マトックマンは精一杯の力を込めてマトックを振りかざし、ジャルドへ向かって斬りかかる。
「残ったのはお前だけか……ふふ、神聖な行為をジャマした罪を死んで贖えっ!」
ジャルドは斬りかかろうと襲いかかるマトックマンの足を狙って”衝撃波”を飛ばす。まともにその衝撃を受けたマトックマンは、バランスを崩して前のめりに倒れた。
「死ね」
ジャルドは倒れているマトックマンの頭を踏みつけ、背中に深々と剣を差し込む。
「ごはあっ…」
そしてジャルドはその剣を抜き取ると、ゆっくりと血の流れ落ちる階段を上っていく。そしてマトックマンの、暗く沈みかける視界から消えた。
「くそう……なんてこった……」
マトックマンはそう呻くと、ごとり、と床にマトックを落として動かなくなった。そのころ、上層甲板ではディックとレイシャルムが、最後まで登ってこないマトックマンを待って、階段の方を凝視する。
「静かすぎる……彼は無事なのでしょうか?」
レイシャルムはディックの質問には答えず、ただじっと階段を見つめる。そしてゆっくりと姿を現したジャルドの姿を見ると、二人は再び武器を構え直し、相手の出方を待つ……。
「ふん……さすがは冒険者ども……ってわけか。雑魚では歯がたたんらしいな」
ジャルドは辺りに散乱する海賊達を見て、肩をすくめて苦笑いする。そして大きく剣を振りかざすと、二人めがけて駆け出す。ディックは槍を構え、襲いかかってくるジャルドめがけて突きかかる。その鋭い穂先はジャルドの左腕をかすめたが、ジャルドは気にとめる様子もなくディックめがけて斬りかかってくる。
「な、なにぃっ!?」
「ディック、危ないっ!!」
レイシャルムはディックに思い切り体当たりし、ディックの胸元を捕らえようとしたジャルドの剣を強引にかわす。そして再び斬りかかろうとするジャルドの足を、倒れ込んだ状態で蹴りあげる。ジャルドはバランスを崩しながらも懸命に体制を整え、間合いを取る。ディックとレイシャルムも立ち上がり、手すりぎりぎりの所で再び武器を構える。
「いいか、もう一度ヤツが斬りかかってきたら飛び降りるぞ」
レイシャルムは、ディックにだけ聞こえるようにぼそぼそと呟く。ディックの方もこくりと頷き、再び相手の出方をうかがう。
「相談事は終わりかね?」
ジャルドは邪悪な笑みを浮かべると、血で真っ黒に染まった剣を振り上げ、悪魔のような形相で襲いかかってくる。
「よし、今だっ!」
二人は一斉に振り向き、手すりを乗り越えて遙か下の方に見える海へとダイブしていった。突然目標を失ったジャルドは、体制を整えながら下の方へ落ちていった二人に対して毒づく。そして、飛び降りた先を見渡す。そこには2艘のボートがあり、落ちてきた二人を収容しようとするアレクとセリアの姿が見える。
「ち、逃げやがったか……無駄な事を。魚達の餌になるが良い……ふはははは」
ジャルドは懐からごそごそと布製の小袋を取り出す。その袋の中には、水に溶けると血の匂いを発するように調合された薬草と、人間の肉を干したモノが入っている。これが海に放り込まれれば、獰猛な彼らは新たな標的を求めて人間達に襲いかかるだろう。
「さあ、残忍な魚達に喰われて惨たらしい屍を晒すがいい」
袋を海に投げ入れようと大きく振りかぶる。そして投げ降ろそうとしたそのとき、誰かがジャルドの腕を掴んだ。
「ぬ……誰だ!!」
振りかえると、そこには血塗られた何かが立っていた。血で赤く染まった目だけが、爛々と異様な色彩を放って輝いている。
「くそったれめ……勝ちっぱなしで行かせるかっての…へへへ……」
マトックマンは腕を握る手に力を込める。半死人とは思えないほどの力だった。
「くそ!!放せ!貴様!!」
ジャルドは腹や胸を幾度となく刺す。しかし、マトックマンの手は放れない。むしろ、さらに力を増しているようにさえ思える。そして、ディックとレイシャルムがボートに引き上げられて完全に安全圏に出たと思える頃、マトックマンの身体から急速に力が失われて、どさり、音を立てて甲板に崩れ落ちた。ジャルドはすでに動かなくなったマトックマンを蹴り飛ばし、下を見下ろす。すでに2艘のボートは、その場から跡形もなく消えさり、にわかに騒々しくなった港へ向かって悠々と進んでいく。
「ふん、逃げられた……か。追うにしても手が足りないし時間もない……レイラも取り返したことだし、あきらめるとするか……」
ジャルドは血の海と化した甲板に腰を下ろし、すっかり血で汚れた手のひらを額に当てて力無く苦笑いする。海から吹き上げる風が甲板を撫で、灼熱の太陽の日が燦々と降り注ぐ。
「はっははは、見てろよ……冒険者どもめ……」
そして、まさに血達磨となったマトックマンの死体に眼をやる。
「お前はこのまま死なせてはおかない。私をここまで焦らせた礼はしっかりとさせてもらおう。未来永劫、苦しむがよい。くはははは」
ジャルドは低く笑い、マトックマンの頭を踏みつける。その笑い声はどんな氷よりも冷たく、その表情はどんな悪魔よりも狂気を感じさせた。生き残った海賊達はジャルドの姿に怯えながら、黙々と出航の準備を始めていた。
Chapter.19 - epilogue...?
『黒き炎のサラマンドル』号を離れた2艘のボートには、重々しい空気がのしかかり、沈黙が辺りを包み込む。ケイはさっきから項垂れていて、みんなの顔色をうかがっているが、何も喋ろうとはしない。
「……ケイ?」
アレクが真っ先に沈黙を破り、そわそわと落ち着かない様子のケイに問いかける。
「……」
「どうして、一言声をかけてくれなかったの?」
ケイはびくっとして、おそるおそるアレクの方を見つめる。そしてアレクと視線を合わせないように宙を泳がせながら、黙り込む。
「ケイ、ちゃんとこっちを見て」
アレクはケイの手を掴み、引き寄せると、じっとその目を見つめる。
「……」
「答えて」
アレクの手に力がこもる。ケイは観念したのか、すっと顔を背けてぼそぼそと話し始める。
「……私が捕まって、そのまま海賊達の思惑通りに進めば……犠牲になる人は…もっと少なかった……」
ぱしっ!軽快な音が辺りに響く。
「ケイの馬鹿っ!言ってくれれば、ケイが考えているより、もっと少なくてすむ方法を見つけることだって出来たのに」
「…アレクさん?」
「それに、ディックを……ディックにはどう言うつもりだったの?」
「……」
「いい?自分だけが死ねば済むなんて考えないで。そのほうが悲しむ人が多いってこともね」
アレクの話を聞いて、ディックも、ケイと同じようにすぐ傍らで俯く。そして、一言ぼそぼそっと誰にも聞こえないように呟く。
「……大切な人を失うのは…もう御免だ……どんなことがあっても……」
to be continued... →
あとがき
あ〜るさん、宇都宮振一郎さん、神楽さん、麒麟BEERさん、たけぞうさん、龍岡衛門さん、FENRIRさん、Fallさん、ポリリンさん、松川彰さん、ユーキさん、ゆんさん、シンさん、ラヴィさん、長いことお待たせしてしまい、申し訳ございません。この場を借りまして、心からお詫び申し上げます。
え〜この度、不本意ながら(世間では自業自得とも言うらしい)約2週間、連続徹夜というモノを体験しました(もう体験したくありません(笑))。同僚や上司から、「お前、妙に痩せたな」と言われました。社員証の写真と鏡に映る自分を見ても、痩せたなぁと実感しました。ま、良い経験だったね。生還おめでとう、自分♪(爆死)
追記:ファイル管理の甘さから今回のエピソード縮退事件が発生したようです。今後、その様なことがないよう努めて参ります。
 |