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そろそろ夕食どきになろうかという時間。冒険者の一団が通りを歩いていた。 「へえ…でかい街なんだな。俺、ここ初めて」 フードをかぶった若い男がきょろきょろとあたりを見回す。彼よりは多少、年かさらしい、魔術師風の男が苦笑する。 「あまりきょろきょろしないで下さい。ほら、フードが外れかかってますよ。ただでさえあなたは目立つんですから」 「…そうなの? 自覚ねえけど」 「ハーフエルフってだけでも目立つのに、おまえはケンカっぱやいからな」 チェインメイルを着込んで、大剣を背負った男がとなりで豪快に笑った。それを聞いたフードの男 「ジェル…てめえの笑い声はでかいんだよ。わき腹に響くからやめてくれ」 「ああ、わりいわりい! そういや、さっきのはいい音したもんなぁ。あばらの2〜3本、折れてんじゃねえの?」 「甘いのよ、あれっくらいのが避けられないなんて。たしかに、エレミアの門が見えてみんな油断してたけど。…隊商の護衛をしてる以上は、隊商が街に入りきるまで、油断はしちゃいけないわよ」 一歩先を歩いていた、赤毛の女がそう言って振り返る。腰まである真っ直ぐな髪が夕陽を反射する。 「そうそう、それに避けられないのなら、もっと下がっていれば良かったんですよ。…いつもそう言ってるのに……」 魔術師が溜め息をつく。 「リアンもマレーも…好き勝手言いやがって…。さっきのは事故だろ。俺だってあそこまで前に出るつもりはなかったよ。それに、後ろに馬車がなきゃ、あれっくらいの山賊のモールなんか、避けられるはずだったんだ」 「でもさ、ラス。ホントの話、あんたは素質はあるはずなんだけどね。ま、経験不足ってとこかしら? 動きが堅いわよ。体に力が入りすぎてるもん。ジェルと違って、力に欠けるぶん、身軽さで補えるはずなんだけどね」 赤毛の女、リアンがそう言って笑った。 ふと、マレーと呼ばれた魔術師が通りの一画を指さす。 「ああ、あれじゃないですか? “青い宝石亭”。アルフとの待ち合わせ場所」 仲間の1人、このパーティのリーダーでもある神官戦士の名前を出して、マレーが言う。 その名の通り(…とは言っても、宝石ではないが)、青い色硝子が窓にはめ込まれた店である。その店の戸口に向かいながら戦士のジェルがおおげさな声をだす。 「ふひ〜、やっと着いたかぁ! 腹減っちまったよ。アルフはどうせ雇い人との交渉があんだろ。先にメシ食ってようぜ」 夜になる前の、賑やかな時刻。とは言え、このあたりは裏通りにあたるらしく、あまり人気はなかった。時折、家路を急ぐらしい人々が足早に通り過ぎる。家や店の間には、薄暗い路地がいくつか見える。ふと、そのなかの1つにラスが目を留める。ついでに足も止める。 「…どうかしましたか?」 「いや……このあたりのゴロつきか」 3人ほどの、あまり人相の良くない男たちが、細い路地の入り口で何やら腰をかがめてのぞき込んでいるような姿勢をとっていた。路地の奥には、小さな子供の姿が見える。 「あ〜あ、あたしもお腹空いちゃった。ね、早く入ろう」 リアンの声に、マレーもうなずいて店へと足を踏み入れる。ジェルはとっくにテーブルに陣取っているらしい。 「ま、ガキなんか俺には関係ねえな」 軽く肩をすくめて、仲間に続こうとしたラスが再び足を止めた。ゴロつき達の声が耳に届いたのだ。 「…なんだ、このガキ、ハーフかよ」 「いいんじゃねえの? 珍しいモンが好きな奴らもいらぁな」 「迷子か捨て子だろ? いいじゃん、早いとこ売っぱらっちまおうぜ」 (…そういうことか。さてと…どうするかな) さりげなく視線を投げて、相手を値踏みする。3人とも、単なるチンピラのように見える。しかも1人はかなり酔っていた。 (なんとか……なる…かな?) どうにもならねえってこたぁねえだろ、と1人呟いて、ラスは踵を返した。 泣きじゃくる子供には、周りの状況はわかっていなかった。ただ、気がついたらここにいた。近くの村から、母と一緒に買い物に出たはずが、いつのまにかはぐれてしまったのだ。 いつもするように、不自然にとがった耳を隠すために、幅広の布を頭に巻き付けていた。が、それも目の前の男たちにはぎとられている。 機嫌がいい時の母は、こうして買い物にも連れだしてくれる。が、普段はあまり優しいとは言えない。それに周りの村人たちはもっと冷たかった。それでも、今、目の前にいる男たちの視線とは違う。状況はわからなくとも、少女は純粋に恐怖を感じていた。 「さぁ、お嬢ちゃん? いい子だから、おじさんと一緒に行こう」 猫撫で声が更なる怯えを誘う。 「わりいな、にいさんたち。そのガキ、俺の連れだ」 とりあえず、背中から声をかけてみる。酔っぱらっている1人が案外早く反応した。 「あん? 何言ってんだ、このあんちゃん」 「てめえには関係ねえだろ、とっととどっか行けよ」 もう1人も振り向く。とは言え、そう言われて、はいそうですかと言うわけにもいかない。何のために出てきたのかわからなくなってしまう。 「おとなげねえことはやめろよ。そんな小汚ねえガキ売っぱらっても、たいした稼ぎにはなんねえだろ? 見逃してやってくんないか?」 言いながら、ラスが男たちの間に割り込む。泣きじゃくる少女の横に並んで、その頭に手をのせた。 (…しかし…らしくねえな、俺も。こうやって割って入るのはいつもアルフの仕事だったはずなのに…) 心の中でそっと苦笑する。 「あんちゃん、かっこつけてんじゃねえよ。今ならてめえは見逃してやるぜ?」 しゃがみこんで少女に声をかけていた男が立ち上がって言う。 (はいはい…決まり文句だな。……ん? このガキ…髪染めてんのか?) 自分の手の下にある黒い髪を見て、ふと考えた。そう思って見てみると、薄暗い路地でも色むらの判別はつく。よほど粗悪な染料を使っているのか、それとも手順が雑だったのか。黒い色と黒っぽい茶色がむらになっている。それに、触った感じもかなりぱさぱさだ。 (耳も布で隠していたようだし。わざわざ染めるってことは、髪の色も変わった色なんだろうな。どこのガキかは知らねえが…苦労してんだな) 小さな溜め息が漏れる。それを聞きつけて、更にわざわざ誤解をするゴロつきたち。 「てめえ…馬鹿にしてんのか?」 「殺されねえうちに、どっか行っちまったほうがいいんじゃねえの?」 一方、その頃。 「俺、エール! あと、食えるものなら何でも!」 “青い宝石亭”にジェルの声が響き渡る。苦笑しつつも、リアンとマレーも注文し始めていた。 「私はワインをもらいましょう。それと、シチューがいいですね」 「あたしは…うん、あたしもワインにしよっと。食べ物は…ジェルから適当にもらうからいいや。ラスは? ……って……あれ? 一緒に入ってこなかった?」 「……? そういえば……いないですね」 一心不乱に食べ始める戦士の横で、魔術師と女盗賊が目を見合わせる。そこへ、聞き慣れた声が届いた。 「悪い、遅れた。…なんだ、ジェルはもう食べてるのか」 大きな荷物を抱えて現れたのは、リーダーの神官戦士である。 「ああ、アルフ。ね、ラス見なかった?」 「いや? 見てないが? そうだ、こうしちゃいられない」 荷物を下ろして、アルフがもう一度外へと向かう。その背中にマレーが声を掛けた。 「どうしたんですか? 急ぎの用でも?」 「いや、すぐそこの路地でケンカしてるらしいんだ。正義ある戦いならまだしも、ああいう、ただ乱暴なだけの争いはいさめなくては」 振り向いてそう言った神官戦士に、魔術師と女盗賊は同時に溜め息をついて見せた。 「…そういうことですか……」 「やっぱりねぇ…」 「どうしたんだ、2人とも?」 アルフの問いかけにリアンが肩をすくめた。 「多分…ラスよ。ま、相手はゴロつきが2〜3人ってとこだったから、心配ないでしょ。経験不足とは言え、あの身軽なヤツを殴れるゴロつきもそうそういないわよ」 「でも…我慢しきれずに魔法使ったら…衛視が来ますよ?」 「それ以前に…あいつ、怪我してなかったか? ほら、さっき、この街の手前で襲われたときに。あの場は…治しきれなくて、応急手当だけしたんだが…?」 3人が目を見合わせる。そして同時に溜め息。溜め息をつき終えたあと、あらためて3人は店の外へと向かった。 「ええい、やっちまえ!」 ひどくありきたりな言葉とともに、男の1人が殴りかかってきた。それをとりあえずかわして、ラスが少女の手を掴む。少女が怯えたように顔をあげた。反射的に手を振りほどこうとする。 「おい、大丈夫だって。何もしねえよ。…っつーか、助けてやってんだろ」 苦笑しつつ、少女を自分の背中にまわらせる。 路地が細いだけに、3人同時に殴りかかるのは不可能らしい。ただ、少女をかばっていては、こちらから殴りかかるのも難しそうではある。 (ま、隙をみて、このガキ抱えて逃げてもいいしな) 男の1人が、落ちていた木切れを掴んだ。そしてそれを振り回す。路地の幅いっぱいを使って大振りされた木切れから逃れようと、少女を下がらせ、同時に自分も後ろに跳ぶ。 …着地。 「……っってぇ〜〜〜っ!」 当たってはいない。が、着地の衝撃がわき腹に響く。思わず声が出た。そして、同じ衝撃でかぶっていたフードが外れる。 「…ん? なんだ、てめえも混ざりもんかよ」 「こりゃいいや、2人とも売っぱらっちまうかぁ?」 「…そう簡単に売られてたまるか、くそったれがぁっ!」 にやつき始めたゴロつきに、にらみ返して、ラスが立ち上がる。 振り回される木切れと素手での攻撃から身をかわしつつ、路地を後退していく。ふと、後退していく方向に積み上げられた木箱が目に入った。 (ちっくしょ、ついてねえな…) 木箱の脇には、ごく狭い隙間しかない。 「おい、ガキ! そっちに隠れてろ!」 自分の背後で怯えている少女にそう言い捨てる。その時、視界の片隅に大きく振りかぶられた腕が映る。 反射的に大きく跳ぼうとして、寸前に思いとどまった。 (大きく跳べば木箱に当たるし、また着地で痛い思いすんのか…) 後退する距離を最小限に留めて、背中に木箱の存在を感じた瞬間、横に力を逃がす。着地の衝撃も膝で受け止めた。 『…動きが堅いわよ。体に力が入りすぎてるもん。ジェルと違って、力に欠けるぶん、身軽さで補えるはずなんだけどね』 盗賊としては先輩でもある仲間の声が脳裏に蘇る。 手にした木切れを振り切った姿勢のままでいる男の横にまわりこんで、反撃に出つつ、ふと思った。 (ああ、そっか。そういうことか。…なるほどな、リアン、わかった。1つの動きにだけ力をいれてたんじゃ駄目なのか。必要なぶん以上の力はいらねえってことだな) 先頭にいる男の鳩尾に蹴りを叩き込む。その次の瞬間、広い通りのほうから声が響いた。 「ラス! またおまえか!」 「……あちゃ〜…アルフ……」 顔を上げると、アルフの足下に、男が1人のびているのが見える。 「なんだ、おまえだって……」 と言いかけた瞬間、残る1人が殴りかかってくる。大振りのそれを、軽く身を沈めてやり過ごす。そして同時に横に半歩移動。空振りの勢いで前のめりになった男の首筋に肘を入れる。男の体が着地する寸前に、後頭部を思い切り踏みつけた。 「おまえは〜〜ケンカするなと、何度言ったらわかる!」 つかつかと歩み寄って、怒鳴り始めたアルフの後ろでリアンが軽く手を叩いていた。長く伸ばした赤毛をまとめていないということは、手伝うつもりがなかったのは一目瞭然である。 「今の動き、合格よ♪ コツがつかめたみたいね」 「サンキュー、リアン。…なあ、アルフ、いいじゃん。今回は人助けなんだから大目に見てくれよ」 悪びれずにそう言ってのけるラスに、アルフが溜め息をついた。 「ま、済んだことか…。で? おまえが助けたってのはその子供か?」 木箱の横で、怯えたようにうずくまっている少女を指して、アルフが聞いた。ラスがうなずく。 「ああ、迷子みたいだけどな。…おい、ガキ。こっち来いよ」 呼ばれて、少女がゆっくりと前に出てきた。埃で汚れた顔に、涙のあとがくっきりとついている。リアンが少女の前にしゃがみこんだ。 「だいじょうぶ?」 少女が無言のまま、こくりとうなずく。 「どうする? 迷子なら…」 アルフがそう呟いた時、路地の入り口からマレーの声が届いた。 「ああ、その子の母親みたいですよ、この方」 そこで待機していたらしいマレーが、隣に立つ若い女を示す。 「…どうもすみません、ご迷惑を…」 「……かあさんっ!」 少女が女のもとに走り寄る。 「まったく…! だから勝手に動かないでって…!」 あからさまに不機嫌そうな様子の女は、その場にいた4人の冒険者にもう一度頭を下げて、少女の手をつかんだ。 「ほら、帰るわよ」 「…さっきのお母さんさ、ちょっと冷たくなかった?」 親子を見送ったあと、リアンがぽつりと呟いた。マレーもうなずく。 「そうですね…。幼い娘が迷子になってて、しかもさらわれかけたって言うのに…。あの女の子、まだ5才くらいでしょう?」 その隣でラスが肩をすくめた。 「あんなもんだろ。ま、家庭の事情ってやつはわからねえけどな。迎えに来てくれるだけいいってもんさ」 「微妙なところだな。…それよりラス、おまえにはじっくりと説教する必要があるようだ。隊商の護衛でこの街に来て、まだ契約は切れてないんだぞ。仕事中は問題を起こすなとあれほど……」 腰に手を当てて説教を始めたアルフに、ラスが溜め息をついた。 「いいじゃん、過ぎたことだろ。…それより、俺もう限界」 「…怪我が痛むか?」 「いや、腹減った。酒も欲しいし」 「……よかろう。食事のあとにあらためて説教だな」 気がつくと、あたりはすっかり暗くなり始めていた。店の中ではジェルが皿とジョッキの山を作っていることだろう。それに続くべく、4人は店の中に入っていった。 |
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