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No. 00146
DATE: 1999/10/09 04:20:33
NAME: ナヴァル
SUBJECT: 牧場岩巨人退治−2日目道中雑感−
ラーニー・アダルシア。大地母神の神官の御仁。彼女の依頼で、岩の怪物、トロールの退治へと向かった。仕事を受けたのは、オレの長年の女房(ウマ)が、オレの過失のせいで足の骨を折り、その治療のためのある程度の金がいったこと。アダルシアの御仁の、きれいに纏めた髪が、今の相棒と同じ名をもつ、前の女房を彷彿とさせたこと。その2つだ。
トロールが出没するというローダ村までは、徒歩で3日ほど。村としては、そこそこ大きい。そこへ向かう途中、レベックという商人に出会った。岩塩から取れた塩や鉄具など、日用品運んでいる。行き先の村の方向が同じであったし、なにより、彼の荷を運んでいるウマの、素直そうな瞳と黒く長い美しいテイルが気に入ったので、同行することにする。
ウマ。彼女の名は、カイセリ。足元の濃い部分の毛の調子が、我が最愛のイヲマンテを髣髴とさせる。ウマは良い。愛情を尽くせば必ずそれに忠実に答えてくれる。ヒトのように、裏切ったり嘘を言ったり自分を偽ったりしない。そのくせ、人を見る目があり、自分が認めたものにしか、素直に背をあずけようとしない。だからこそ、自分を一目おかせてやろうと、やっきになったりする。
その夜、この辺りの対象を狙う野盗に襲われ、寝そびれた。難なく撃退したはいいが、手持ちの華矢(死者への手向けに用いる武具)を、ほとんど使ってしまった。新しく彫らねばならぬ。
レイシャルムとアレクが、埋葬をするというので土を掘り起こしていた。町の者たちは、なぜ死した者を、わざわざ暗い大地の中に閉じ込めるのだろう。星々に見取られながら、風と草のなかで、朽ちていけばよいだけなのに。ところ変われば風習も変わる。興味深いことだ。
それにしても、なぜ彼らは群れをなして夜盗となったのだろう。他人のものに寄生することを、生きてゆく手段とするとは。先祖から受け継いだ生き方なのか、それともなにか事情があったのか。オレは己に剣を向けた者には、容赦はできぬ。が、殺す前にその話を聞いてみたかった。
朝。秋の草に覆われた大地が広がる。
色も広さもまったく違うが、それでも、息詰まるような灰色の都市から離れた開放感により、故郷のことが思い浮かぶ。二度と戻れぬ草の海。湧き上がる郷愁。
同行人たちの出身やらルーツやらを聞こうと、しきりに話を持ちかけてみる。が、どうにもあいまいな答えを返されるばかりだ。そもそも、ある程度の薄暗い過去がなければ、冒険者などにはならない。初対面も同然の自分が、根掘り葉掘り聞きだせるわけもない。ただ、他の者の、自分というものの話を聞くことで、二度と「自分」に戻れぬ身の代償行為をしようとしているのだ。わかっていて、それにつきあわせている。こちらのことをただのうるさい奴とみなしてくれたか。あまり聴き返そうともしてこないのはむしろありがたいことだ。
野営をかたずけ、出立。道中、自分とともに吟遊詩人の楽器の解説を、興味深そうに聞いているのはアレク。女戦士。正統な剣術の指南を受けたのであろう。きれいな剣筋を持っている。ときおり、冒険者に似つかわしくない素直さをうかがわせるのは、いい家の出だからなのか、それとも、誰かに守られつづけていたのか。
その吟遊詩人が、レイシャルム。詩人に似つかわしくなく、剣の技量はえらく優れている。夜盗との戦いの後処理を経て思ったが、考え方のわかりやすい人物だ。道徳やら良識といったものが、なんというか・・・危なげない。みずから培い作り上げた信念というよりは、ヒトというものの代表である、あるいは総意であるような(婆の算術の言葉で、最大公約数的な、といったか)ものいいをする。妥当な正論は、オレにとっては、あまり面白みがないのだが、信用の置ける人物であるのは間違いないだろう。
が、一日二日の会話でその人物の全てがわかろうはずも無い。オレはどうも、人に必要以上の「己」を求めすぎるけらいがある。
日が中天から西に傾いたころ。
前方から、別の商人がやってきた。すれ違う者同士挨拶を交わすのは、街道における、一種の礼儀である。近隣の野菜を都市に届ける者で、この辺りの地理に詳しかった。田舎の地方では些細な出来事も珍しいのだろう、自分の聞いた話について興奮して語ってくれたところによると。
2週間ほど前の夜、猟師が、山の裾野を歩いていた黒い肌のエルフを見た、というのだ。
「ダークエルフとはな・・・厄介な話だ。」
そう、ぼそりと答えたのが、もう一人の同行者、カオスだ。この者がまた、よくわからぬ。魔術師であるが、ときおりそれに相応しくない・・・草の上をするりと這う蛇のような動きを見せる。夜盗を相手した時の体使いを見て、その思いは確信となった。どういう類の人間なのであろう。
もう一つ。魔術師という職業柄、最も知識のある者に違いはないのだが、それにしても、割り切り過ぎている。少年の風体をしてはいるが、斜に構えた目は、あまりにその年齢にふさわしくない。単に自分の力に自信があるのかではあるまい。なにか今ある状況の裏を知っているにしても。この男は、えらく興味深い「己」を持っている。
「ダークエルフか。ほおって置くわけにはいかないな。調べてみるか。」 レイシャルムがいう。正義感が強い。
それを聞いたアレクが、ダークエルフの詳細についてカオスに尋ねた。
「 闇のエルフは、ゴブリンと違って、悪知恵に長け、策略を組む。精霊を操る術を知る上に、暗黒神の加護を強く受けている。力や考え方に個体差はあるが、会えば大抵戦闘になるな。」
カオスが一般知識を答える。
話が通じるなら一度、語り合ってみたいと思っているのだが。自分が以前に会ったときは、問答無用で暗黒神の気弾に打ちのめされた。
ある程度、誇張のはいった野菜商人の話を聞いて、同行している商人のレベックはすっかりおびえた様子であった。無意味に、荷物の確かめをしたりしている。塩や鉄に限らず、なんぞ高価な品でも運んでいるのか。
「なんにせよ、私達にとっては、トロール退治のほうが先決だよね。」
ダークエルフの話に気勢を見せているレイシャルムに、アレクが締めくくった。
野菜売りの商人は、そのまま去っていった。お互いの無事と、商売の成功を、幸運の神に祈る。
その夜、野菜商人の話が頭から離れなかったらしい。レベックは、こちらに行き先の村への往復まで、護衛してもらえないか、と持ちかけてきた。報酬は安かったが、われわれの目的場所と方向は同じであるので、皆、とくに異論なく引き受けることにする。
夜盗にトロールに、ダークエルフ。なんとも、物騒なことだ。不自然なほどに。何か関係があるのであろうか。同様の感想を、アレクももらす。
カオスがぼそりと、こちらに腕は確かなのかと聞いた。世に絶対に確かなものは、草原の夏の青さと、ウマの忠実さだけだ。あとは時と場合と相手による、と返す。
いつ来るともわからないリザードマンの大攻勢の時には、族長たるものは部族の戦闘に立って戦わねばならぬ。そういって、前回の戦を生き残った爺ぃどもに、多対一でずいぶんとしごかれた。蜥蜴の鱗を貫けはしても、ダークエルフの魔法を破り、トロールの岩の肌を裂けるかどうかは、やってみねばわからぬことだ。
焚き火をしながら、レイシャルムがリュートを奏でる。アレクがその弾き方を習ったりしている。
それを聞きながら、オレは少し離れたところで、ウマのカイセリの背をなでながら、二度と手にすることの無い、草原のサズの音色を想ったりする。
カオスは手持ちの薬草(薬、ではないかも知れぬ)の整理をした後、黙々と魔道書を広げて読んでいる。
他人のことを信用してないようにみえる。話し掛けても、当り障りのないことしかいわぬ。よほど一人でいる時期が長かったのか。あるいは、単にこちらがそれに足るとみなされてないのか。
今夜は特に襲撃もない。そう毎晩、事があるというのも、異常なのだが。
ただ、ほのかに浮かんだ月光のなか、遠くの野に、煙が立っているのが見えた。
そぞろなる、心。
【新王国暦511年9の月14の日 −雑感−】
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