No. 00147
DATE: 1999/10/10 00:12:58
NAME: リヴァース マスター
SUBJECT: 秋の夜長(其の三)回想
この物語は、マスターの口から語られた過去の話です。
「秋の夜長(其の二)」でリヴァースに語りだしたことを、分かりやすく紹介しているものです。リヴァースは登場しません。
一人の青年が街道沿いの小さな村を訪れた。ちょうど昼時であり、家々からは炊事の煙が立ち上っている。
活発そうな表情に、軽い足取り、大きな背負い袋を苦にした様子はなく、村人たちに軽くあいさつをしていく。
皮鎧にマント、背負い袋を担ぎ、長弓に短剣を腰に挿しているところを見ると単なる旅人とも狩人とも思えなかった。旅人であれば、長弓は持たないだろうし、防備を考えたしっかりした皮鎧は着ないものである。狩人ならば大きな荷物を持ち歩いたりはしない。それにここ何ヶ月も家に戻っていない服装にはならない。まるで旅人のような汚れ方である。が、武具を持ち歩いているとなると……そう、彼は冒険者であった。
本来、違う能力を持ちし者達が集まり、危機難題を解決すると思われているようだが、そのうよに活動できる者達は案外少ない。彼も以前はそうして活動していた時期もあったが、今は一人のみである。
「これ、なに? ……芋?」
村の中央近くまで歩を進めると、綺麗に石材が組まれ、沢から水が引きこまれている広場があった。そこで、おばあさんがなにやら土の付いたかたまりを洗っていた。水路の周りでは野菜を洗ったり、木の実の灰汁抜きをしていたりと、婦人たちの姿が多い。
村の規模にして、この水路は妙な違和感を受けたが、この地がオランであることを思えば納得もいく。
(さすがはオランと言うべきか)
ドワーフの緻密さがこの水路の存在を可能にしているのかもしれないが、青年は素直に感心した。先ほどまで滞在していたオランでは、仰天することの連続であった。いかに自分の生まれた地、西方の国々が技術において遅れているといっても、これほどの格差はあるとは思っていなかったからだ。
声をかけたおばあさんは、怪訝そうな視線を返してくる。
それに、はっと気がつき、慌てて言葉を探した。
彼は東方語が使えなかったのだ。
共通語というのも存在しているが、このような片田舎では通用するはずもなく、覚えたての単語を使い回して身振りを加えて話し出す。
彼の擬音を交えての身振りが受け、そのおばあさんはいろいろと話してくれた。冒険者が珍しかったということでもないだろうが、昼食までごちそうしてくれることになった。
(よかった、警戒心の薄い村で)
家に招かれ、お茶を出されて一服しながらそんなことを考えていた。警戒心の薄い村というのは、それだけその土地の安全が長い間続いている証拠である。領主の計らいが功を奏しているのか、土地柄か人柄か……、ともかく彼にとっては一息つける場所であった。
正直、旅の疲れが出ており、ゆっくりしたい気分であったのだ。オランの街で滞在していたのだが、いろいろと騒動に巻き込まれたり安眠できなかったりと、苦労が続いた。神経を常に張り巡らせ、いつでも危機に対して対処できるようにしており、大きな街であるが故の無機質な人付き合いも彼を辟易させていた。
この村に入る前まで、彼の表情は暗く濁っていたのだ。しかし、そんな表情で入ってきては、村人と交流は持てない。ただでさえ、言葉が通じない国なのだ。デメリットになる点は全て払拭しておかなければならなかった。
その功が報われたのか、ただ飯にありつけた。一番辛いものは手持ちの金があまりないということだった。オランに長く滞在したために収入より支出の方がはるかに上回ってしまったのだ。なんとかして、出費を抑えていきたい。それに一番なのは飯を呼ばれる。寝床を貸してもらう。その二点であった。
それを実現するためには人の情に訴えかけるものが必要であり、また、自分自身が「楽しい人」「面白い人」「安全な人」でなくてはならない。
そうでなくては飯や寝床にはありつけないのだ。
おばあさんは先ほどの洗っていた芋、ジネンジョとか呼ばれる山芋をおろしたものや、山菜などを山盛りにして持ってきた。
「そういや、まだ名前聞いていなかったね」
その言葉の意味は理解できた。食事を前にしてよだれがこぼれそうになりながらも、彼はまっすぐに笑顔で答えた。
「マックスです」
昼食をごちそうになったお礼に、畑仕事を手伝う。
あの荷物を背負って次の村まで進む気は彼にはなかった。この時間では次の村までは行けないし、この村には宿屋はない。あっても泊まる金がない。いや、なくはないが使うのがもったいない。そう考えているマックスであった。ちょっとやり方が汚い。
それでも畑仕事に手は抜かないし、積極的に働く。しかもいろいろ質問をする。根っからの好奇心旺盛な性格は、畑仕事も興味津々だったのだ。それだけでなく、その野菜の種類から調理の方法など言葉の壁などなんともせずに聞きまくっていた。
下心はどうであれ、彼の行動は真剣である。しかし、それは冒険者とは到底呼べなかった……。
夕方になり、予想通り泊まるように招かれる。おじいさんも山から帰ってきて、今度はおじいさんに対して質問責めをするマックス。
酒もよばれ、老夫婦との仲はさらに良くなっていく。彼をこれだけもてなすのは単に興味があるとか面白いとか手伝ってくれただけではなかったようだ。息子がオランの兵隊に志願し出て行ったっきり戻ってこないとのこと。よくある話ではあるが、当事者が目の前にいるとなると気まずい。
それでもなんとか場を和ませ、話を明るい方向へもっていく。
この辺の気配りなどを考えると、素直に宿代を出して泊まった方が楽と思うときもある。
一夜明ければ、昨日の気まずい雰囲気は完全に払拭され、おじいさんの誘いを受けて一緒に山に入ることにする。
基礎的な野伏せ(レンジャー)は身につけたものの、まだまだ知り得ないことは多い。木の子やジネンジョの採り方が学べるという点でも、自然の中で活動するには必要な知識である。まだ、本格的な山歩きはしたことがない。森や草原での活動とは勝手が違う。彼は新たな知識を身につけるために爺さんの後をついていく。
ともあれ、彼にとっては全てが楽しいからに他ならないのだから、苦とも義理とも思ってはいない。
しかし、気がつけばこの村に滞在すること一週間が過ぎようとしていた。図々しい奴というのは彼のような人物に言う言葉であろう。
秋の収穫の時季と、山の恵みの時季とも重なり、マックスのような若手の力は村に大きく貢献していた。何かある度に呼び出されては力仕事を手伝わされる。現金の報酬はないものの、服や装備が新しくなったり、綺麗になったりしていった。
彼の冒険の目的はあるにはあったが、畑違いの分野であるため、一直線に進んだところでどうにかなるものでもなかった。特にオランはその目的を果たすのに助力してくれる場所であったが……結果は思わしくなかった。そのため、意気消沈してしまったことも重なり、次の街へ進む気力を奪っていた。それがここに留まらせる一つの要因とも言える。
そんなある日、村が騒然となる。マックスは収穫したリンゴを馬車に積み込む作業をしているときであった。
血相を変えて山へ入っていたおじさんが、モンスターを見かけたと言う。この辺りでは妖魔などのモンスターは数十年見かけてない。ある意味奇跡的な村である。
そのためか、不遇の事態への対処はお粗末であった。
隣村にある領主へ、相談しようとか、退治しに出かけようとか、あれこれ意見は出るものの決定するまでどれだけ時間がかかるか判ったものではなかった。そればかりか、楽観論を言い出す連中まで現れ、目撃者を「見間違いだ」と非難する者まで現れる始末。
(この辺りかな……)
騒動を横目に、マックスはこの村を離れようと考えていた。モンスターの襲来ならば、冒険者である彼が請け負えば良いものだが、一人ではどうしようもない。それに退治となると仕事となる。この村で金銭を絡めた仕事はしたくない。どうしても情が入ってしまうのだ。場合によっては手に負えないこともある。それで泣きつかれ、引き下がれなくなると死んだも同然であった。
そうならないうちにと、彼が老夫婦の家へ向けて歩き出したとき、騒ぎを聞いていた世話になっている婆さんが駆け寄ってきた。
「おじいさんが、おじいさんが……」
モンスターの目撃場所は爺さんが入った山間よりも手前であることを聞き、老婆は助けを求めてきた。おじいさんは山間でモンスターに囲まれている危険性が出てきたのである。
場所は容易に想像することができた。ここ数日の仕事はその場所でしていたからだ。今日はたまたま村の方の手伝いで残っていたが、それがなければ一緒に同行していたはずだ。
「一緒に行けばよかった……」
老婆にそう漏らしながら、装備を取りに家に向かう。とはいえ、一緒に出かけていれば、短剣以外の武器は持っていかなかっただろう。鎧も何もなく囲まれてしまっては冒険者とはいえ勝てる見込みは少ない。
目撃からではゴブリンではないかと思われるが、どれだけの数がいるかが問題であった。移り住んできたとなるならそれなりの数を覚悟しなければならない。
長弓と皮鎧を着込んで駆け足で山間に入っていく。どう急いでも1時間はかかる距離がある。手遅れであることも十分考えられる。逆に心配など無用かもしれない。
しかし、彼は仲間を失ったことがあり、知人を失うことの怖さを体験してきた。自分の判断や行動で、助けられるものを助けなかったとき、判断を誤ったときの絶望感は二度と体験したいものではなかった。
無事ならばそれだけだ。走って疲れたと笑えばよい。マックスは山の斜面を平地のごとく駆け登っていった。
嫌な感覚に捕らわれる。息を切らしていても見つめられているような、何かここにあってはおかしいものが存在している。そんな感覚が彼を取り巻いて離さない。
見た目はなんの変わりのない雑木林である。耳を澄ませ、目を凝らしてもなにも見えないが、不安感は拭えない。
見つかっているのか、気のせいなのかハッキリしない。不安感が先走りしているときも多い。
長弓の玄を張り、いつでも射撃できるようにしておく。こうした山間で長弓は不利になりがちだが、射程を考えるとこれほど頼りになる武器はない。
故あって、戦士から野伏せへ転向した彼にとって接近戦はできるだけ避けたい戦い方であった。
見つかる前に見つける。気づかれないうちに倒す。近づけないようにしておく。これが彼の基本戦法であった。実行に移すことははなはだ難しい。
嫌な感じが強まる。頃合いの木を見つけ、高いところから辺りを探ってみることにする。もはや爺さんを捜すより、自己の身の安全を確保することが先決であった。それに闇雲に捜しても見つかるものではない。モンスターと接触したのであれば、何かしら気配を感じるもの。それを信じて今はこの嫌な感覚が本当か、単なる不安感なのかを確かめる。
見つかっていれば、木に登るときに襲撃を受けるだろう。
十分注意を払って、モンスターの気配を感じないことを確認してから登る。
10メートルほど登り、息を潜める。耳と目に神経を集中させ辺りに向ける。
風もなく、静まり返った山間にときより、鳥達の鳴き声がこだまする。
10分ほどして、危機を伝える感覚が不安感からきたものだと断定できる。危機は訪れていなかったのだから。
安堵はするが、だからといって不安感がなくなるわけではない。一対一であるなら負けはしないだろうが、多数と対面したとき対抗できうるかが心配なのだ。自分を殺そうとして襲ってくる怪物たちと正面切って戦うのは怖いのだ。
息を整え、爺さんの姿も捜してみる。尾根を越えないといないはずだから見つかってはいけない。そう考えながら目を凝らす。
目の端に、動くものを捉えた。
確認すると確かにゴブリンが何匹か歩いているのが見える。こちらに向かってきている。距離はまだ200メートルはあるように思えた。まだまだ射程外だ。
(しめた)
早期発見は、野伏せとしてはもっとも大事なことである。足場を確認して射程内に入ってくるのを待つ。
近づくにつれ、数が確認できる。3匹だ。倒せるかどうかギリギリの数……。彼は接近戦ができない状況であった。トラウマのためである。接近戦も可能ならば3匹はギリギリでなく、倒せる数のハズであった。接近するまでにまず2匹は倒せるのだから。
息を殺し、弓を絞る。射程は十分、狙いを十分に定める。
一射目を放ち、命中を確認すると同時に、木から飛び降りる。すかさず下生えの中を移動し、狙いを付ける。
ゴブリンの一匹は倒れてもがいている。二匹は辺りを見回しているがこちらに気がついている様子はない。
二射目、空を切って向こうの雑木林に消える。すかさず移動。
三射目、またも外す。気づかれる。武器を振りかぶって駆けだしてくる。
四射目、論外の方向に飛んでいく。
五射目、命中するが、そのまま向かってくる。
六射目、あらぬ方向に飛んでいく。
七射目、気持ちを落ち着かせるために一息ついてから射出。足に命中し、一匹が倒れる。
八射目、外す。
九射目、当たるが、勢い衰えず。ここで覚悟を決める。次ぎ外せば、斬られる。そこまで迫っていた。
十射目、眉間を打ち、なんとか勝利を収める。
久し振りに心臓が破裂しそうな緊張を味わっていた。今になって震えが襲ってくる。ちょっと前まで、ゴブリンごときにこんな感覚を持ち合わせていなかったが……独りというのは心許ないものだな。と自笑する。
足と肩を撃たれていたゴブリンに弓矢でとどめをさし、もう一匹の死も確認する。
そして爺さんの安否を確認するために尾根を越えて、目的の地へと向かう。
「どうしたんじゃい? ほれ、やっぱ、こんなでかかったわ」
マックスの出迎えに疑問など持ちもせず、嬉しそうにジネンジョを見せつける爺さんがいた。
彼の説明に「ウソだ」とか「そんなことはない」などと反論してきたが、ゴブリンの死体を見せて、ようやく納得してもらう。「婆さんが心配しているから」と、「もう一本は掘り出せる」と言い張る爺さんをなだめ、下山する。
「上の村が安全で、こっちに妖魔が現れるのは変じゃ」
確かに、ここより遙か山間にある村が襲われず、こちらが襲われるというのはおかしなことだ。とは言っても、現実に現れている。もしかしたら上の村も危ないかも知れない。
そんな考えを巡らせ下山を急いでいると、ばったりと妖魔と出くわした。
「コボルド!!」
マックスたちの出現に驚いたのは妖魔も同じであった。数は同じであったが、すかさず弓を構えるのを見て、コボルドたちは逃げ出す。一匹でもと思い、追い打ちを射るが木々が邪魔をして外れる。
逃げられてしまったあとをしばらく見つめた後、不安そうにしている爺さんに声をかける。
「まずいですね。ゴブリンにコボルド。小グループとはいかないかも……」
というのも、一つの種族だけであれば規模はそう多くはならないと考えるのが妥当だ。しかし、コボルドたちがゴブリンと共にいることは、それを束ねられるだけの実力者が存在していることになる。
もっともこの意見は魔術師からの受け売りであったが。外れていることは少ない。
村に帰ると、婆さんが泣きながら夫を出迎えた。
臆病風に吹かれて、木の上に登った結果ゴブリンを先に発見できた。それが爺さんを無事連れ戻すことができたと実感でき、マックスは心から喜んだ。
「今回は助けることができた。とりあえず今はこれでいい」
照れて、邪険にする妻とのやり取りを見て、自分の存在が確かなものだと噛みしめる。
しかし、危機は今始まったばかりであった。
<つづく>
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