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No. 00150
DATE: 1999/10/13 18:53:45
NAME: 暗黒神官
SUBJECT: 偽りの聖戦士 1
「ゲホッ、ケホッ」
突然身体を二つに折り、膝をつく。
「お父さん、大丈夫?」
髪の長い少女は慌てて男に駆け寄り、不安げな表情を浮かべる。
「あぁ、大丈夫だよ。お前にはいつも迷惑ばかりかけてすまないな。」
父と呼ばれた男は、青白い顔で無理矢理笑顔をつくろうとする。だが、それは目元がわずかに動いただけだった。
「何言ってんの、親子じゃない。それぐらい当たり前の事よ。」
父親の発作がおさまってもしばらくはそばにいた。が、安心したのか少女は近くの椅子に腰掛けて読みかけの本を読み始めた。
バンッ!
不意に入り口の扉が乱暴に開き、数人の男達が入ってきた。
「オラァ、借金返えせやぁ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。返済の期日はまだ半年も先のはずですよ。」
土足で踏み込もうとする男達を納めるように、立ちはだかる男。病弱でもやはり父親である。
「事情が変わったんだよ。」
男達の説明によると、少女達に金を貸していた金貸しは事業の失敗から多額の借金を残して夜逃げをした。そして、その金貸しの所にあった少女達の借金の証文は、めぐりめぐってこの男達の手元に辿り着いたと言うわけだった。
「しかし、いきなりそんな事を言われても今すぐには用意出来ません。」
「じゃあしょうがねぇ、お嬢ちゃんの身体で払ってもらおうか。」
男は少女の腕をつかむと、無理矢理連れて行こうとした。
「やめなさい君たち。」
あたかも計ったかのようなタイミングで、一人の男が入ってきた。
その男は少し汚れた白のローブとファリスの聖印をまとい、顔には横に走る三本の傷痕が刻まれた中年の男。
あの神官『ドロルゴ』であった。
「なんだ、ファリスの神官様かい。言っときますがね、返えせないような金を借りたこいつらが悪いんですぜ。」
内心では『なんだ、この怪しい男は』と思いながら、男達の一人がドロルゴの肩を叩きながら自分達の正当性を熱弁した。
「どんな理由があろうと、か弱き女性を無理矢理連れて行こうとする・・・これすなわち悪である。」
どこかで聞いた事があるようなありふれた言葉をつぶやくように喋りながら、ドロルゴは肩を叩いている男の腕を締め上げる。
とたんに辺りに緊迫した空気が流れる。すぐさま男達は持っていた獲物の柄に手をかけた。
が、ドロルゴは少し締め上げただけですぐに男を解放する。
そして、近くの机の上に色とりどりの宝石をひろげてみせると、こうつぶやいた。
「しかし、暴力で借金を踏み倒そうと言うのも、これまた悪である。その中から持って行くが良い。」
男達は顔を見合わせた。
だが、気の変わらぬうち・・・とばかりに、広げた宝石を全て懐に収めるとこう言った。
「よくわかんねぇが、まぁいいだろう。オイ、ずらかるぞ!!」
男達が家から出て行くと、緊張の糸が切れたのだろうか、少女がその場に座り込む。
ホッとした表情の父親。
が、とたんに苦悶の表情に変わったかと思うと、ゲホゲホとせき込み始めた。
「お、お父さん!!」
慌てて駆け寄る少女。だが、父と呼ばれた男の咳は止まる様子を見せない。
神官『ドロルゴ』はゆっくりとせき込んでいる男の元にむかう。
男のすぐちかくまでくると、何かの言葉を紡ぎながら片手をゆっくりと頭に乗せる。
すると父と呼ばれている男の顔色が、劇的に変化していく。
「・・・苦しくない。もう、苦しくはない。身体もうそのように軽い。」
その言葉を聞いて、少女が信じられないという顔をしたまま動かずにいた。
神官『ドロルゴ』の口元が思わずゆるむ。
抱き合って涙をながしあう2人にきずかれない用に、そっと立ち去る。
かなりの疲労感が神官『ドロルゴ』を襲う。
「今日はこの位にしておくとするか・・・」
『隠れ家に戻ったらファラリス神に祈りをあげて、我が策略の成功を待つとするか。』
それから数日後。
ここ(スラム)には怪我人が腐るほどいた。
実際に肉体的にも精神的にも腐っている者もいた。
いつもの通り、スラム街を歩いて手当たりしだいに傷や病を治して歩く。東に怪我人がいると聞けば東に行き、西に病人ありと聞けば西に。
つくづく、善人というものは疲れるものだと思った。だが、我が望みのためには苦労は惜しむまい。
「あの・・・神官様。」
ぼさぼさ髪の薄汚れた青年がいつの間にか近くにいた。
「どうしたのかね。」
善人らしい表情を作るのにもなれてきた。
「見知らぬ人が神官様の事を聞きまわってますが・・・」
「世の中には私のやっている事を否定するものや、非難する者がいる。例えそれが正しい事をしていようともだ。気が済めば立ち去るであろう。気に止める事はない。」
青年は聞き込みまわっているという人物の特徴を簡単に言うと、静かに立ち去った。
1人は恐らくあの・・・シタールとかいう男。もう1人の女は・・・どうやらミニアスではないようだ。
邪魔になる恐れのある者は処分しなければな。だか女か・・・くっくっく。
会ってやってもいいだろう。
翌日。一休みしている所に、音も無くあの青年がやってきた。
話によると、どうやらワシの事をかぎまわっている者・・・その女の方とやりあったらしい。
それをかるく咎めたあと、立ち上がりまたスラム街を歩き始める。
しばらくすると、見ずぼらしい男が横を通り過ぎていった。見たことのあるような顔なのだが・・・思い出せん。
立ち止まり考え込もうとしたが、すぐに近くの家から『神官様!』と声がかかる。
その日は午後からスラムの広場に怪我人を集めて、1人づつ'癒して'いく。
我が野望のためとはいえ・・・根気のいる事だ。だが、人を騙し利用するというのは、なかなか楽しいものだな。
喧騒に包まれながらも1人の者の傷を癒したあと、不意にあの青年が小声で耳打ちする。
「右手の奥、紺のローブの後ろ。茶色のフードの女・・・神官様の事を探っている者の1人です。」
・・・面白い。
急にその女の方に体を向け歩き始める。ざわっと大きくどよめきながらも、道をあける者ども。
このどよめきがワシの口から微かにこぼれる言葉を消す。
そしてその女の所までいくと、肩に手をかけ静かに語り始める。
「汝・・・気分でも悪いのか、先ほどから顔色がすぐれぬ。どこか悪い所があるのではないのか、見てしんぜようぞ。」
「い、いえ。大丈夫です。」
それだけ言うと女はワシに背を向けて走って行ってしまった。
ざわめく者ども。
「・・・あれだけ元気ならば、大丈夫であろう。」
また楽しみが一つ増えた。
ふふふふふ。そろそろいただろう。
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