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No. 00153
DATE: 1999/10/18 04:15:33
NAME: ヤンター・ジニア
SUBJECT: 奪われた護送車
ヤンター・ジニア:ファリス神官。リックを罪人として、エレミアへ護送中。
フレデリック:ファリス神官。ヤンターの友人として護送に参加。
ヴェイラ:ミルディンを探しが目的。街道の危険性から、ミルディンを見つけるまでだが、無報酬で護衛を手伝う約束で同行している。
スナイプ:護衛に雇われた冒険者。
フールールー:護衛に雇われた冒険者。
リュイン:護衛に雇われた冒険者。
リック:殺人容疑者。エレミアへ護送されている。馬車の中にいる。
「大層な集団じゃねえか……」
「いただくか」
「?」
ヴェイラは街道沿いに生い茂る木々に目を向けた。木の葉が擦れ合う音を聞いた気がしたのだが……
「どうしたの?」
彼女の様子に気付いて、側を歩くリュインが声を掛ける。
「ん……なんでもないよ♪」
風か何かだろう。そう思って気にしないことにした。
一行は一台の馬車を囲んで街道を進んでいた。神官であるヤンターが先頭を、もう一人の神官フレデリックは馬車と並ぶような位置を歩いている。馬車の御者には神官見習いの姿があり、その他に4人、思い思いの格好をした者たちが馬車の周りを歩く。護衛の冒険者たちである。その警備の厳重さに、馬車のゆっくりと進む様に、街道を荒らす盗賊の一味であるこの二人がこの一行は何か価値のあるものを運んでいると思ったとしても、仕方のないことだろう。
先頭を歩くヤンターの足が止まった。つられて全員の足が止まる。一行の前に、街道を塞ぐように数人の男たちが立っていた。それぞれが革鎧を着込み、手に獲物をぶらさげ、にやにやと笑いながら一行を見ていた。
「……道を開けて頂きたい」
道を塞ぐ不届きな輩に対し、ヤンターは押さえた声で告げた。本当なら怒鳴りつけたいところだろう。しかし、男たちは笑みを浮かべたまま道を譲ろうとしない。
「ねえ、今ってここ、盗賊団が出るんだよね」
馬車の横でその様子を見ながら、リュインはヴェイラに耳打ちする。
「うん。……気をつけたほうがいいよ」
答えるヴェイラは、さりげなく街道の横の茂みを伺いながら、いつでも構えられるよう、弓に手を伸ばす。少し離れたところでは、スナイプが暇つぶしとばかりにダガーを手に弄んでいる。リュインも腰に差したショートソードを確かめた。あとの一人、フールールーだけはただ立っているだけのようにしか見えない……
「ここを通りたければ、その荷物を置いてってもらおうか」
道を塞ぐ男の一人が、お決まりの台詞を口にした。同時に、周りの男共々、どっと笑い出す。その様子に馬車の側に控えていたフレデリックが護衛の冒険者たちを振り返った。
「役目を果たしてもらう時が来たようです。あの盗賊たちを穏便に追い払って……」
そこまで言って、ふと気づく。彼ら四人のうち三人は女性で、さらにそのうち二人は、まだ少女と言っていい年頃にしか見えない。彼女たちではとてもフレデリックの言う「穏便に追い払う」を実行できないだろう。
「分かった、俺が行く」
フレデリックのそんな考えを察したスナイプが自ら進み出た。そのまま彼の横をすり抜けてヤンターたちのほうへ行く。他の人間は使えない。仕方なくフレデリックは、御者の神官見習いにも行くように命じた。
ヤンターは怒りに身を震わせながら、声を絞り出した。
「そうか……貴様らが世間を騒がす盗賊団か」
「俺達も有名になっちまったな。さあ、素直に荷物を差し出すか? それとも痛い目に遭いたいか?」
言いながら男は手に持った剣を軽く振って見せる。その剣は、盗賊風情が持つには似つかわしくない質を持っているのが見受けられる。もしかすると、脅しのつもりなのかもしれない。しかし、その態度はヤンターを挑発するだけだった。
「あいにく、この馬車は財宝を運ぶためのものではない。貴様らの同類を運んでいるのだ。それに、私のこの格好が分からぬか? ファリスの護送車を襲うとは何を考えている?」
「そのファリスの神官さまがそれだけ大事そうに運んでんだ。さぞ価値のあるもんなんだろう?」
普通の盗賊団は神殿関係のものなど襲わないだろう。キャラバンなどと違って、それほどの価値がないからだ。しかし、彼らはそんなもの関係なしに、見境なく襲っている。その結果、旅人たちは彼らを恐れ、チャ=ザ神殿がその討伐に多額の賞金をかけることとなったのだ。
ヤンターの横にすっとスナイプが進み出た。ひょろっとした長身に皮肉げな笑みを浮かべた男。しかし雰囲気の違いを感じ取ったのか、盗賊たちの顔からへらへらした表情が消える。
「道を開けた方が良いぜ? あの馬車には護送中の犯罪者が一人乗ってるだけだぞ」
「そんな話……」
「本当の話だ。罪人なんか争ってまで奪う価値なんかないだろう? 痛い思いをするだけ損だぞ」
盗賊たちの顔に、迷いの色が浮かんでいる。
「……確かめれば分かることだ」
そんな中、盗賊の一人が剣を構えながら言った。おそらく、この中でリーダー各なのだろう。その言葉に促され、他の盗賊たちも獲物を構える。
「力ずくで来るなら構わんが……てめぇ等の腕じゃ痛い目見だけだぜ」
「そうは思えんな」
この面子じゃはったりは無理か……。スナイプはダガーを取り出した。その横にヤンターと神官見習いが、それぞれ武器を手に並ぶ。スナイプはヤンターに小声で言った。
「穏便には済まねぇようだな」
「仕方ありませんな。それに……このような罪人を野放しにはできん」
そして大声で盗賊たちに向かって叫んだ。
「貴様らにファリスの裁きを下してくれる!」
「あ〜あ……」
戦いを避けるのが無理なこととはいえ、ヤンターの様にヴェイラは溜息をついた。ゆっくりと弓に矢をつがえる。
「仕方ないよ。あいつはあれが生きがいだから」
リュインが苦笑いを浮かべながらヴェイラの肩をぽんぽんと叩いた。その様子にフレデリックが苛立った声を上げる。
「何をのんびりとしているのです! 早く援護に行きなさい!」
「待って!」
止めたのはヴェイラだった。
「あっちは大丈夫だよ。それより馬車を守らないと」
ヴェイラは戦いの場を見やりながら言った。盗賊たちの方は数が少し多いだけで、実力はヤンターたちの方が勝る。結果として形成互角となっている。それにこちらには神官がいるので、放っておいても負けることはないだろう。
「あなた方はご自分の役割を分かっているのですか? ここに残るのは私ともう一人くらいで十分です」
「でしたら、わたくしが残りますわ。わたくし、争いは好みませんのぉ」
そう言ってにまぁっと笑う。
「あなたは、護衛で来たのではないのですか?」
思わず疑問の言葉がフレデリックの口から漏れる。
「わたくしは魔術師ですの」
「それなら、ここからでも援護が……」
「向こうは彼らに任せて、こっちだよ」
ヴェイラは弓に矢をあてがうと、それをヤンターの方にいる盗賊たちではなく、馬車の横合いの茂みに向けた。
「いるんでしょ? 分かってるんだから、出てきたら?」
「へ……?」
一同の目がそっちに向かう。茂みの中からさっきの盗賊たちと似たような格好をした男たちが現れた。その数はこちらの倍以上はいる。
「よく分かったな」
盗賊の一人が剣を構えながらヴェイラに尋ねた。
「さっきから、草や木の葉の音が不自然だったからね」
弓を向けたままヴェイラは答える。盗賊たちは、あらかじめ茂みの向こうの地面を掘り下げ、潜むのに適した場所にしていた。ここは、彼らの用意した絶好の襲撃ポイントだったのだ。レンジャーとしての経験を持つヴェイラだからこそ気づいたのだが、ここまでたくさんの人間が潜んでいるのには気づかなかった。焦りを顔に出さないように、多少の努力を必要とする。
「あっちは囮か……」
「絶対に守る……」
フレデリックとリュインも、それぞれに武器を構えて新手の盗賊たちに向かう。
「積荷はもらっていくぞ」
盗賊たちが一斉に茂みから飛び出してくる。ヴェイラは最初に声をかけてきた盗賊に対して矢を放った。リュインも盗賊たちが近づけまいとダガーを投げる。それで何人かは足止めしたものの、数では圧倒的に相手のほうが多い。たちまち乱戦となった。白兵戦となると、盗賊たちは何人かが護衛に正面から当たって足を止め、残りが馬車へ向かえばよい。三人とも、一人でも多くを足止めしようとするが、それでも全部を防ぎきれるわけではない。彼らの横をすり抜け、盗賊たちは馬車に殺到した。
「……力よ 光となって……」
馬車にたどり着く直前、彼らを数条の光の矢が襲った。
「うわぁぁぁ……」
何人かが直撃を受け、もんどりうって倒れる。
「ふぅ……魔法なんて野蛮ですわぁ」
光の矢が飛んできたほうを見ると、いつの間にか馬車から離れた場所に逃げていたフールールーが悲しげに呟いていた。
しかし、それでも全員を止めることはできない。馬車にたどり着いた盗賊が、乗り込むなり鞭を振るう。馬のの嘶きが辺りに響いた。
「引き上げだ!」
その声を合図に、盗賊たちは一斉に街道の外の森の中に逃げ込み始める。だが、盗賊たちを追っている場合ではない。走り出した馬車にフレデリックは駆け寄った。リュインはすばやくダガーを投げるが、馬車のほろを貫いただけだ。
「ヴェイラ、弓で!」
言われるまでもなく、ヴェイラは乱戦になった時に投げ捨てた弓に走っている。しかし、拾ったころには、馬車はすでに弓の届かない場所まで遠ざかっていた。
「な!?」
ヤンターたちは、馬車をよけるために慌てて道の端に飛んだ。盗賊たちが急に引き上げたところに、突然突っ込んできたのだ。何が起きたのか分からず呆然としているところに、フレデリックと冒険者たちが駆け寄ってきた。
「何があったのだ!?」
「ごめん、あいつらに……盗賊団に……」
「道の横の茂みに潜んでたんだよ……」
ヤンターに事情を話す。話を聞いたヤンターはじっと押し黙って考えていた。
「これからどうするの?」
リュインが恐る恐るというふうに声をかける。
「もちろん、追います。罪人といえども、放っておくわけにはいきませんからな」
さらに続ける。
「それに、あの者どもがあの罪人の仲間ではないと言いきれませんからな」
「どういう意味だい」
「あの盗賊たちがリックを助けたって言いたいらしいよ」
とたんに冷たくなったリュインの視線をさえぎるように、ヴェイラが彼女の前に進み出た。
「だけど、そんなことは絶対にないからね」
ヴェイラはヤンターを睨むように見据えて言った。フレデリックが冒険者たちに告げる。
「あなた方には協力していただく。これも仕事のうちですからな」
「言われなくたって行くよ! リックがあいつらの仲間じゃないって証明しないといけないからね」
「ボクも行くよ」
「失敗は失敗だからな……後始末はするさ」
「仕事でしたら、わたしくも参りますわ」
一行は馬車と共に消えたリックを探し、馬車の走り去った方角へ向かう。
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