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No. 00156
DATE: 1999/10/19 21:35:34
NAME: ウォレス
SUBJECT: 希望を見つけた日
私がその酒場に入ったのはまったくの偶然だった。常闇通りをさ迷い歩き、たまたま目に付いた
酒場がそこだった。私は躊躇なく店内に入るとテーブルの上に銀貨を数枚、放る。
ここ2,3日の間に場末の酒場の礼儀を私は身を持って学んでいた。しばらくすると、かつては
清潔だったのだろう白いエプロンに油染みを滲ませた給仕娘がエールをジョッキに1杯、持って来て
そのまま立ち去る。私は迷う事無く一気にエールを飲み干した。
たちまち、朝から空っぽの胃が抗議の疼きを返す。私はそんな抗議の声に耳も貸さずエールを
飲みつづける。
どの位の時間が立ったのだろう?私の意識は途絶えがちになり、やがて闇の奥から声が聞こえ出した。
小柄な元気の塊のような女盗賊の声が聞える・・・・・「君がそんな弱虫だったなんて、見損なったよ!」
”そんなに怒鳴らなくても聞えますよ、リュイン・・・・私は所詮、その程度の人間だったんですよ”
リスを連れた油断の無い鋭い目付きをした青年が語り掛ける・・・・・「お前さん、こんな所でくたばっちまって
それで、満足か?」
”リックさん・・・・これが私の本当の姿ですよ。失望しましたか?”
今はもう居ない解散したパーティーの仲間が私に語り掛けていた・・・・・・。
そして、もう一人、紅い鎧を着けた寂しそうな瞳の女性が何かを語り掛けてくる・・・・・。
”姉さん、何も聞えないよ・・・・僕は姉さんみたいに強い人間になんかなれないよ!!”
夢だったのだろうか?気が付くと私の頬は涙で濡れ、口からは鳴咽が漏れていた。
ここが場末の酒場で本当によかった・・・・お人好しの冒険者が集まるあの酒場だったらと考えると
羞恥心で顔が赤く染まった・・・・”羞恥心?なにを馬鹿な事を私にはもう失うべき物は何も無いと言うのに・・・”
不意に、こんな酒場には不釣り合いな楽の音と柔らかい歌声が聞えてきた。歌っているのはヴェールで顔を隠した
女性吟遊詩人だ。「今宵、お届けするは恋の歌・・・・深い森の王国に・・・・・」
歌が始まったが、私は恋の歌を聴く気分どころでは無かった、これからの事、姉さんの事を考えるとまた酒が
欲しくなる。エールのお代わりを頼もうと手を上げかけた所で私の動きは止まった。
女性吟遊詩人の歌が私の動きを止めたのだ。「・・・・女王の祈りに神は応えず、王の手足は失われたまま・・・・」
私は続きを聞こうと吟遊詩人の方に向き直る。その歌の続きは要約すると『さまざまな試練を乗り越え魔法の手足を
手に入れて末永く幸せに暮らす』という、ありきたりな物だったが、私には何か引っかかるものがあった。
歌が終わると思い切って吟遊詩人に話し掛けてみる。最初は警戒されていたようだが私が、ただその歌の出所が
知りたいだけだと告げると警戒心を解いたようだ。警戒されても仕方がないだろう、私は3日も風呂に入って無い
だけではなく、かつては仕立てが良かった服もここ数日の浮浪者生活でボロボロになっていたのだから。
「その歌は貴方の創作なのですか?それとも古い伝承でしょうか?」期待を込めて聞く。
「この歌は私の家に伝わる古い古い、言い伝えを元に私がつくりましたの・・・」控えめに語を継ぐ。
「貴方の家系はもしかして、古代王国期の魔術師の子孫なのですか?」
「さあ?私にはよくわかりません・・・・ただラムリアースに先祖が住んでいたようですわ」
それだけ聞けば十分だった。おそらくカストゥール王国期の魔術師の伝承に違いなかった。
私は吟遊詩人に礼を言い最後に残っていた銀貨の1枚を渡すとそのまま酒場を飛び出して行った。
もう、二度と魔術は使えないものと諦めていたが希望はあったのだ!!学院で文献を漁れば似たような
話が見つかるかもしれない。私は酒の所為ではない感情の高まりを胸に家路を急いだ。
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