No. 00160
DATE: 1999/10/28 03:20:14
NAME: リヴァース マスター
SUBJECT: 秋の夜長(其の五)回想
マックスは弓の腕が立つ青年を四人連れて山に入った。
今から駆けつけても間に合うはずはない。
出発前に、念のために残る子供たちに罠の使い方、誘い方などを説明し直す。 その輪の中に、子供の親たちが入ってくる。罠の実物を見て、考えを改めたらしい。熊やオオカミなどを捕らえるよりも強力とも凶悪とも言えるように罠が村と山の間に設置されたのである。
それほどまでマックスは警戒をしていた。その思いが伝わったのである。
村を後にしてから、道すがら作戦とも呼べぬ作戦を伝える。
彼の頭の中には騎士たちが敗れて敗走してくると決めつけていたのだ。
マックスより早く青年の一人が村人が山を駆け下りてくるのを見つける。距離はまだあるが、すぐに二人、三人とその数は増えていった。
そして後を追うように駆けてくる影があった。ゴブリンである。
うろたえる青年を叱咤し、一人は案内、残りは茂みに隠れる。
逃げてきた村人を罠にかからないように一人の青年が案内役についていく。それを追って妖魔が迫り来る。
隠れる前に見た数は2匹であったが……一丸になって駆け下りてきたら勝負どころの話しではない。そんな不吉な予想をしながらマックスたちはじっと過ぎ去るのを待った。
足音は4つ。「これなら行ける」そう判断を下し立ち上がる。
「いまだ!」
過ぎ去った瞬間に声を張り上げ合図する。青年たちが茂みから立ち上がり矢を放つ。突然の矢の襲来にゴブリンたちは慌てたが、2匹が気がつかないのかそのまま村人を追っていく。
(ちっ、タイミングが遅れた)
悔やんでも仕方がない。慌てふためくゴブリンたちを矢の的にしていく。青年たちの矢は強力な援護となった。
村へ向かったゴブリンを追いかけ、マックスたちは山を駆け下りた。いくら罠があるからといって、万全ではない。全力で駆け下りる。
しかし、気になるのは村の方ばかりではない、退治にかり出された村人は20人。先ほど通り過ぎたのは4人であった。負けると判っていてもそこまで酷くはないだろうと思っていたのだが……。
息を切らして村に戻ってみると、串刺しになったゴブリンが2匹倒れていた。見事に一つ目の罠に引っかかってくれたのである。
倒したゴブリンを見て歓声を上げる者と、4人しか戻らぬ連中を嘆き悲しむ者と別れた。戻らぬ父親を思い泣きじゃくる子供たち。
つまらぬプライドを捨てさえいればと、マックスは後悔に押しつぶされそうになる。
しかし、一時間も経たぬうちに退治に出かけた者が一人、また一人戻ってきた。散り散りに逃げ出したために戻るのが遅くなったのだ。
退治に出かけた者たちから、状況を聞き出す。
最初の攻め込みは巧くいったが、黒い塊が飛んできてから事態は逆転したという。より詳しく聞くと、どうやらその塊は闇の精霊のようだった。
マックスは精霊使いの存在を見落としていたことに気がついた。これではいくら神官がこちらについていようとも、有利とは言えない。
情報の不確かさが、敗戦を招いたとも言える。三時間ほどしてから騎士たちが最後に戻ってきて、追い打ちをかけるように五人の死が報告された。
惨敗である。
それから村は騒然となった。騎士は、マックスの情報の誤差は責めこそしなかったが、まったく相手にしなくなった。騎士は「今がチャンス」とばかり再び退治に出かけようと声をあげる。神官も同調するように「勇気を示すとき」とばかり強調し、哀しみに捕らわれかけている村人たちを励ましていた。
だが、それを黙って聞く村人たちではなかった。5人もの死者を出した戦いに、再び出ようなどと思う人はいない。5人出かければ1人は帰ってこない計算である。あまりにも勝機薄い。
「ならば攻められ全滅するだけだ」
抗議の声に、騎士はあくまで強引に引っ張っていこうとする。しかし、例え人数を追加することができたとしても、成人に成り立ての者や足腰の自由が利かなくなりつつある老人を加えてのことだ。
援軍を待つという案も出るが、「弱腰ではダメだ」「今が勝機」と唱えるだけで、耳を貸そうとしない。
同室することも許されなかったマックスは、そのやりとりを外で聞いていた。
死者の中に罠作りを率先して手伝ってくれた青年が一人含まれていたことを思い出し、胸が締め付けられる。
一人では何もできないと知り、仲間を作る。その仲間を失うことで一人に戻る。哀しみはイヤだと一人のままでいるが、一人では何もできないと気がつき、また仲間を作る。死別を恐れ再び一人になる。そんな生き方をして知人の死から逃げてきた。それでも死別に直面する。今度は仲間にならなかったがために、下手なプライドのためにその場に居合わせなかった為に。
居合わせたところで救える保証などないのだが、逃げてきた問題に直面することになった。
「こんな生き方をしているからいつまでもこんな思いをするのかな」
星空に仰ぎながら、呟く。
「悲しんでいたところで事態が好転するわけでもないしな……」
集会が開かれている後ろの家からは騎士と村人の言い合いが続いていた。
土を払い立ち上がる。
「大将を倒せば何とかなるだろう」
うだうだ考えていても始まらない。動かないことには結果はついてこないのだ。それにこのままでは、動ける者総出で妖魔退治にかり出され兼ねない。権力には逆らえないものなのだ。例えそうなったとしても、ゴブリンの親玉だけでも倒していればどうにでもなると思えた。
気がかりなのは精霊使いのことであったが、それを深く考えても行動が鈍るだけと、諦め思考を統一させる。
従者の一人から聞いたことが正確であれば、妖魔たちも手ひどい状態だと言えた。騎士と神官が要ればこその戦果と言えよう。
おそらく、妖魔たちも傷の手当なり、なんなりとまともな動きは取れぬだろうと考えた。それで単身乗り込むことに決めたのである。
連日の罠張りで疲労が蓄積されていたはずだが、ここぞと思うと気が高ぶり、疲労を感じずにいられた。
意を決したマックスは再び山間へと入っていった。
彼の予想は大きく裏切られ、今命を落とさんといわんばかりの状況に追いやられていた。
妖魔たちが攻めてきていたのであった。
当たり前といえば当たり前のことであった。昼間は人間が妖魔を襲撃し、夜となれば妖魔の活動の時間帯である。襲撃してこない理由はない。こうしてマックスが一人の青年の死を悔やみ、一人敵地に乗り込むように、上位種のゴブリンならば仲間の死を嘆き総攻撃に転ずることを考えても不思議ではなかったのだ。
ただ今の彼にはそんなことに思いを巡らしている暇はなかった。
ひたすら逃げるのみである。
夜目が効く方といっても、精霊使いの視界より悪い。特に遠くのものほど分が悪い。頼みの綱の感よりも早く、妖魔に発見されてしまったのだ。
10匹以上はいる。それ以上は判断できない。
振り返って弓を構えようかと試みるが、思った以上に追撃が速く矢を射るどころではなかった。再び全速力で山を駆け下りる。
「村に逃げたら、また死人が出る……」
そんなことを危惧するが、今は自分の命の方が大事に思えた。
全力で走るとさすがに距離が開いていく。妖魔たちも疲れたのか耳障りな声が小さくなる。
一度立ち止まり、息を整える。後ろを確認して、ひとまず無事であることに安堵する。
一端、安全圏に逃れれば思考も働き出す。妖魔たちがこのまま村を攻めてくることは避けようがないことである。それならば覚悟を決めねばならない。どう迎え撃つのが得策なのか。
「誰だっ!」
下山する最中、前方に人の気配を感じて声をあげる。
「マックスさんっ」
「よかった」
「待っててくれたんですか?」
親しみを込めた声が返ってくる。昼間つれてきた4人の青年たちであった。
「どうしておまえたち……」
その言葉を口にして後悔をする。頼りになると言っておきながら、置いていったのは彼の方であった。昔から一人で背負い込もうとする性格で、彼らを足手まといと思っていたわけではなかった。
説明を求める青年たちの言葉を遮り、下山を促す。
「妖魔たちが迫ってきている。話しは後だ」
その言葉にどよめきが起きるが、彼らも意を決してきた男である。その意味を理解し来た道を戻り始める。
星明かりで妖魔を視認すると、マックスたちは所定の場所より弓を放った。当たるかどうかは運次第である。
突如現れた人を見て、怒り狂うように妖魔たちが駆けてくる。うるさく後方で叫んでいるゴブリン見て、マックスは精霊使いだと判断した。しかし、その妖魔が動き出す気配はない。
星明かりの視認といってもたかが知れている。途中からはほとんど当てずっぽうで射っていた。
示し合わせたとおりに妖魔たちを引きつけた後、思い思いの方へ散っていく。「村を危険にさらすが、仕方あるまい……にしてもゴブリンの数が多いな」
従者の話と違うように思えた。が、よく見るとコボルドがいない。
「やってくれるぜ、っと危ない危ない」
ゴブリンが石を投げてきて慌てて走るスピードを上げる。
マックスと青年の三人は、村の前に仕掛けた罠の地帯へと走っていった。
その後は面白いような展開が続いた。
先に罠にやられた妖魔を見ても、後続がそれに対処できるほどの数が存在していなかった。四人で逃げた理由は、四つの隊に分断し、それぞれが罠に陥ることを視認しづらくすることと、罠をまんべんなく発動させるためであった。
罠にハマってもがき苦しんでいる妖魔に、村の中から矢が飛び出す。先に村に知らせに行った青年が準備させていたのだ。火矢が放たれ、明かりが十分なほどになると、妖魔たちの全貌があらわになる。その数、20は下らなかった。ホブゴブリンは1体は罠にはまり、2体はそのまま生きている。
簡易的なバリケードを盾に村人は必死に矢を射る。罠にかかった妖魔を倒すには十分であったが、動き回る妖魔に対してはほとんど効果を上げなかった。
頃合いを見計らって騎士と神官、従者が出てくる。それと同時期に上位種のゴブリンが動き出す。
木に刺さっていた火矢から火線が走り、従者の一人が炎に包まれる。それを見た村人たちの手が止まる。どよめきが走る。逆に妖魔たちは喜びの声を上げ、士気を高める。
「うろたえるなぁ」
気配を感じ取り、騎士が叫ぶ。
数的にはすでに人間側の方が有利であったが、強敵であるホブゴブリンと上位ゴブリンは無傷のままだった。
精霊魔法が使われるたびに、騎士たちが押される。それを見て、傷ついたゴブリンまでが戦闘に加わり出す。
従者の三人は大した腕ではないようで、二体のホブゴブリンに押されていた。神官がかろうじてゴブリンの行く手を阻むが、とても神聖魔法の援護が出せる状態ではなくなる。上位種のゴブリンは騎士と戦っていた。
動きを封じていないゴブリンシャーマンだけが好き勝手に呪文を唱えていた。 混戦になると弓は使えず、かといって村を飛び出して騎士を助けに行く者もいなかった。戦局は転覆しつつあった。
騎士と上位種の戦いは同レベルと思えた。
しかし、その戦いに精霊使いが加勢する。何度目かの火線が騎士を捉える。耐火しようとした瞬間にスキが生まれたのか、上位種の斧をまともに受けることになった。プレートに包まれた体がはじけ飛ぶ。
そのときであった。精霊魔法の効果が上がるたびに喜んでいたゴブリンシャーマンの背に矢が刺さったのは。
「一足遅かったか?」
矢を放ったのは後ろに回り込んでいたマックスのものであった。
妖魔たちは村の方に寄っているため、彼をすぐに倒しに向かえるものはいなかった。ゴブリンシャーマンも精霊魔法を唱えようとするが距離を感じ駆けだしてくる。
弓と魔法の優位性は距離であった。
時間をかけて背後を突いたのは距離を稼ぐこともあったからだ。
ゴブリンが魔法の届く距離までもう一射できる。
命中するが、まだ倒れない。上位種の生命力を感じさせる。
魔法の射程に入った途端、ゴブリンの体が宙に舞う。
そこへもう一射放つ。
罠によって宙づりにされたゴブリンの体に命中し、その動きを止める。
神官の捨て身の回復魔法により、騎士は意識を取り戻し戦線に復帰する。
ゴブリンシャーマンの死は士気を落とさせるに十分な効果を上げた。
それからの戦闘は再び一方的に変わる。
負けを悟った上位種が逃げ出すと、ホブゴブリンたちも逃げだし、その背後を狙って村から矢が掃射された。その攻撃を逃れたのはタフな上位種だけであった。
この戦いで、命を失ったのは従者の一人だけであった。村は妖魔の襲撃を撃退したのである。
騎士やマックスを村に迎え入れると最初は静かであった村も、勝てた実感が沸いてきたのか、ざわめきだした。そして一人の雄叫びを合図に、歓声に包まれた。
「こんな作戦があったとはな」
騎士がマックスに握手を求めてきた。
どうやら、妖魔たちを誘き出したと勘違いしているらしい。村前に配置した罠もこのときの為だと思っているようで、しきりに誉めてくれる。
とても先ほどの集会で部屋に入れなかった人間の言葉とは思えない。
適当に相づちをうって、騎士から逃げ出す。すると次に神官がついて回ってきた。青年や村人までも取り囲む。特に手伝ってくれた青年たちまでも誘い出してきたと勘違いしており、広告塔の役目を果たして触れ回りだした。
緊張が解けると堰を切ったように疲労感が全身に行き渡り、もみくちゃにされつつマックスの意識はそこで途切れることになった。
「ま、そんなわけでな。あの村では英雄扱いされてしまうんだよ」
マスターの話が終わる頃、ちょうど村に戻ってきたところであった。
十二分に温まったお陰で、まだ体の中からポカポカしており、脈打つ鼓動が心地よく感じられる。
「ただいまっと」
長老の家に戻ると、先ほどの雰囲気はなくなっており、明るく二人を招き入れてくれた。
風呂上がりに出されたワインが格別であった。
その酒に酔いに乗じてマスターの自慢の語りが披露され、村人の笑いを誘う。
ときより、リヴァースも会話に加わりながら、一時の安らぎを楽しむ。
(まったく、この男はよくしゃべる)
そう思ったときであった。この雰囲気どこかで感じたことがあることに気がついた。「どこでだ?」と考えるが、判りそうで判らない。
そして再びマスターを見ると、クセのようにして右手で顎をさすっていた。
(そうか、なにかペースを崩されているかと思えば……。この男、どんなときでも店の雰囲気ごと出歩いていやがったのか)
一歩外に出れば、スリや盗賊などの危険がついて回る世界である。そんな中で絶えずマイペースに自分の雰囲気を連れて回っているのだ。緊張を保っているがため、この男のペースが読めず調子を狂わされてしまっていたのだ。なんとも脳天気な男だと思うが、先の話しからではこの振る舞いにたどり着くまでどれほどの経験を重ねてきたか判らない。
美味いワインを口にしながら、オランでなければ味わえぬと思っていた安らぎに身を任せるリヴァースであった。
(今夜はよく眠れそうだな)
つづく
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