 |
No. 00162
DATE: 1999/10/31 02:10:10
NAME: ウォレス
SUBJECT: 当直の夜
新王国暦511年9月5日オランからパダにのびる街道のすみで、その一団は野営をしていた。
「はぁ〜、いきなり当直なんてついてませんね・・・・ 」
一目で魔術師と分かるいでたちに身を包み、穏やかな表情を浮かべウォレスはそう呟いた。
そして、たき火をかき回して寝ている一団を見回すと
「いい気なものですね」
と、苦笑いを浮かべた。
「ま〜、そうぼやくなよ。向うの茂みは問題無しだ。」
周りを見回ってきたもう1人の当直の戦士はそう言いながら、たき火を挟んだウォレスの向い側に腰を下ろす。
こうする事によってお互いのうしろ側に死角をなくすためだ。
呪文書を読み始めようとしていたウォレスだが、話し相手が帰ってきたので当直の戦士と話し始めた。
ウォレスは当直の戦士にねぎらいの言葉をかけ、「戦いは苦手なんですよ」と苦笑いを浮かべる。
確かに魔導師のひょろひょろとした軟弱な体つきではまともに剣を振るう事もままならないだろう。
しかし、彼らの最大の武器はその豊かなる知恵なのだ。時にそれはどんなに鋭く鍛え上げられた剣(つるぎ)よりも殺傷能力が強く、いかなる大軍であったとしても瞬時に壊滅させるだけの力を持っている。
だが、それを実行するのは戦士の役目だ。
「戦うのならまかしとけ。俺はプロの戦い屋だからな、お前さんは俺の戦うあいてを見つけてくれ」
当直の戦士は笑いながら豪語する。
ウォレスはナイショで持ってきたワインを進めたが、眠くなるという理由で戦士は断わった。が、パダに着いたらとことん飲む事を約束し、その後ウォレスは薪を集めに茂みに入って行った。
『ワオォーーーーーーーーーン』
「野犬!?いや、狼か・・・やけに近かったな。」
当直の戦士は辺りの警戒を強くすると共にウォレスの事を心配していた。
「ふぅ、このくらいで良いだろう。」
両手いっぱいの薪を集めたウォレスはみんなの寝ている方へ戻ろうと思っていたとき、周りの茂みが風も無いのに動いた。
何かいる。とっさに身構え、音のする場所を注意深く識別する。今向いている方向を0時として10時から2時のあいだ全部で6ヶ所、半包囲網体勢が出来上がっている。
動きが止まった。不安と緊張がウォレスの身体を駆け抜ける。そして次の瞬間、茂みから狼達が一斉に飛び出して来た。
目の前にいるのは獲物。目の前に見えるのは食物。目の前にあるのは肉!
狼達は本能の赴くままウォレスに向かって突進する。
敵の数は6匹。走りよる狼を十分に引き寄せ、あと数歩と言う所で持っていた薪を狼めがけてばらまいた。
薪は狼達に直撃したが、たいしたダメージを与えていない。狼達はそのままウォレスに向かって突進するがそこにはさっきまでいたはずの獲物が居ない。そして次に狼達を襲ったものは『眠気』であった。
一度に数匹の狼を相手出来ないと悟ったウォレスは薪を目くらましに使用し、狼達の突撃を見事にかわした。
更に突然の事体に混乱している隙を見計らって、眠りの魔法で数を減らす。あとは文献によって得た狼の知識を元に戦う。
襲い来る狼に杖をふるって退ける。一進一退の攻防が繰り返される。
「こんな事なら、もっと体を鍛えておくんだった。」
狼の動きは手に取るように分かっているのだが、体が全然動かない。
「このままではいけませんね・・・」
渾身の力を込めて振り下ろされた杖は狼の頭蓋骨を叩き潰した。しかしその瞬間、隙をつかれ地面に引きずり倒された。
狼が殺到し、首筋めがけて牙を突き出す。ウォレスも負けじと牙めがけて杖を突き出す。
「もうだめか・・・」
狼に上に乗られたうえに、体力の限界を悟っていたウォレスは死を覚悟した。
『ブン』
ウォレスの視線に冷たい光の筋が一本走った。それと共に上に乗っていた狼の体は生温かい者を撒き散らしながら宙を舞う。
「あんちゃん大丈夫か!」
疲労した体をゆっくり起こすと先ほどまで会話をしていた戦士が狼と戦っていた。
鍛え上げられた筋肉からくりだされる太刀筋は、残像を残さんばかりの勢いと気迫が込められている。これこそプロの戦いかたと言うものだと身を持って現していた。
ほどなくして負けを悟った狼達は森が作る闇の奥深くへと逃げ去った。
「危ない所を助けていただきありがとうございました。」
「な〜に他人行儀なこと言ってんだよ、仲間を助けるのは当たり前だろ。何にしても無事でよかった。」
他人行儀なウォレスに対して無理矢理肩を組むと、仲間がいる事の喜びを神に感謝し思わず笑みがこぼれる。
そして、2人は生きている事を実感し、どちらからとも無く笑っていた。
あの忌まわしき事故の一月前の出来事であった。
 |