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No. 00164
DATE: 1999/10/31 04:39:48
NAME: ラーズ&レイファ
SUBJECT: 闇の彼方の好敵手
注、この話は「森の妖魔の倒し方」の続きです
「・・・マンティコア・・・」
通路をしばらく歩く内、行き着いた1つの玄室。そこに、それはいた。
ゆるりとマンティコアがその巨体を起こす。
「・・・ここを誰かが訪れるとは・・・」
流暢な下位古代語。
・・・なんて、邪悪な姿なの・・・
レイファは、思う。
ちらり、とラーズの方を確認すると、不敵な笑みを浮かべているだけで、その内心を推し量る事は出来ない。
「・・・我は、宝物の守護者・・・
妖精と蛮族よ・・・汝ら、宝物を求むなら、我が問いに答えるがよい」
「なぞなぞ?」
レイファが小さく言う。
てっきり、戦闘になる物と思っていたのだろう。
「・・・止まった時計と、1日に1時間遅れる時計・・・
果たして、そのいずれかがより正確か?」
「ふっ」
と、ラーズが笑う。
「レイファ。お前判るか?」
問う。
「えっ!? 止まってる時計が正確な訳ないじゃない。
だから答えは、1日に1時間遅れる時計じゃないの?」
「まあ、正確じゃないってのは、正解だけどな・・・」
ここで、ラーズは下位古代語に切り替える。
「・・・回答だ。邪悪な知識の守護者よ。
1日に1時間遅れる時計は、12日に1度しか正確な時間を示さない。
しかし、止まった時計は1日に2回正確な時間を示す。
どちらも、正確じゃないし、比べる意味もない」
ラーズの回答を聞くと、マンティコアはその表情を変える。
それが、笑っているのだと、レイファが理解するのには、暫しの時間を要した。
「・・・汝が知識。聞き届けた・・・
・・・次は、汝が強さ、確かめさせて貰おう」
「ちぃっ!」
マンティコアの言葉に、ラーズの舌打ちが重なる。
「レイファ! 離れろ!」
言い捨て、ラーズは呪文を唱え始める。
先攻はラーズ。
「行っけぇ!」
声と共に、<戦乙女の槍>がマンティコア目がけて突き進む。
しかし、それは本来の効果を上げることなく、マンティコアの体毛を焦がし、はじけ飛ぶ。
「・・・抵抗されたか」
苦々しく、ラーズが呻く。
一方、マンティコアも<気弾>の魔法をラーズ目がけて放つ。
対するラーズは、一動作で背負った剣を引き抜くと、<気弾>を斬って捨てる。
<気弾>の余波が、手足に無数の傷を残すが、ラーズは大して気にした様子はない。
こちらも、抵抗したのだろう。
「甘く見んなよ」
「汝の力はその程度か?」
マンティコアが挑発した。
ラーズが剣を片手に走る。
ラーズの横凪の一撃。
身を沈めてこれをやり過ごす、マンティコア。
続いてマンティコアの反撃。
低い姿勢から、伸び上がるように牙でラーズの大腿部を狙う。
しかし、ラーズは剣でこれを防ぎ、続く尻尾の毒針は左の靴の裏で受け止める。
さらに、そこから踵落としに移行した。
これは命中。マンティコアが大きく後ろに下がって間合いを取る。
「・・・偉大なるファラリスの加護により、我が傷は汝が傷なり・・・」
<生命力奪取>の魔法が発動する。
「くっ!」
マンティコアの呪文が発動すると同時に、ラーズが片膝を付いて、その場にじゃがみ込む。
「ラーズっ!」
叫んでレイファは回復呪文を唱え始める。
が。
片手でそれを制してラーズが立ち上がった。
ぺっ! と血の混ざったツバを吐き。
「手出しすんなレイファ。2対1じゃあ、礼儀に反する。
さあ、続けようぜ」
言って、ラーズは再び剣を構え、呪文を唱え始める。
「・・・古の契約に基づきヴァルハラより来たれ勇気の精霊・・・」
再び<戦乙女の槍>が炸裂する。
光り輝く槍は、マンティコア脇腹の肉を大きくえぐり取った。
マンティコアの絶叫。
「・・・偉大なるファラリスの加護により、我が傷は汝が傷なり・・・」
<生命力奪取>をもう一度マンティコアが唱えた。
構わず、突っ込むラーズ。
「おおおっ!」
今度は、<生命力奪取>に抵抗し、すれ違いざまマンティコアの脇腹をなぎ払う。
再びマンティコアの絶叫。
三度、マンティコアは<生命力奪取>を唱えるが、やはり効果は上がらない。
「はあっ!」
そして、気合いの声と共に、マンティコアの背に向かってラーズは剣を振り下ろした。
「やったぁ」
思わず、レイファが声を上げた。
しかし、ラーズの剣はマンティコアにトドメをさしてはいなかった。
「?」
剣は、マンティコアの寸前で止められている。
「なんで・・・?」
「ちょっと気になることがあってな」
レイファの問いにラーズが答え、剣を退く。
「・・・オレの勝ち。文句はねえな?」
「確かに、汝の勝ちだ」
「聞きたいことがある。
なんでさっき、オレとレイファが一瞬会話したとき、襲ってこなかった?」
「・・・くくく」
マンティコアが笑う。
「・・・妖精よ、汝は本当に頭が良いな・・・宝物は汝らに渡そう。
ただ、その前に我が願い、聞き届けてくれるか?」
「条件によるな」
「ある亡霊を、浄化して貰いたい」
「亡霊の浄化? おかしな事を言うな。<生命力奪取>を使うほどのファラリスの闇司祭が」
ラーズが言う。
確かに、ファラリスの信者らしからぬ発言だ。とレイファは思った。
「彼の亡霊は、自らの意思により、成った者にあらず。
自由意思あらざる者を束縛より解放するのもまた、司祭の役目」
「そう、言われるとなんか正当っぽいな・・・
まあ、オレとしては亡霊退治は別に問題ねえが・・・」
ラーズはレイファの方を向いた。
「わたしも、異存はないわ」
「じゃあ、決まりだ・・・レイファ、回復してくれ」
「亡霊って具体的には?」
通路をマンティコアに連れられて歩きながら、問うラーズ。
「我が知識にはない、亡霊だ。
異常に青白い肌、姿は生前の姿を止めている」
マンティコアの答えに、ラーズは首を傾げてみる。
「それだけじゃ、わかんねえな・・・お前は、どう思う? レイファ」
「う〜。わかんない」
先ほど、ラーズとマンティコアの傷を治した上に、<気力移し>まで使ったレイファは既に、物事を考えている余裕がない。油断すると眠ってしまいそうだ。
「まっ、見りゃわかるか」
「ここだ」
マンティコアが示したのは、なんの変哲もない、金属製の扉。
「罠は?」
「ない」
「じゃあ、ショータイムと行くか」
ラーズは扉を開けた。
そこは、何かの実験室のようだった。
そして、そこに人影が1つ。
異常に青白い顔。虚ろな瞳。ボロボロのローブを着た男。
「・・・儂の研究を奪う気か・・・」
下位古代語で亡霊は言う。
「儂の研究は誰にも渡さん。誰にも渡さんぞぉぉぉ」
凄まじい殺気を放ちながら、亡霊が動き出す。
マンティコアとレイファが左右に散る。
ラーズは動かない。
剣を抜き、真っ向から亡霊を迎え撃つ。
ぞっ! そんな音を立て、亡霊は切り飛ばされた。
しかし、再び起きあがる。
「決して、儂の研究は・・・」
跳び上がる。
「渡さん!」
凄まじい執着。レイファは戦慄を覚えた。
再び襲い来る亡霊を、ラーズは軽いステップでかわす。
「てめえなんざ、オレの敵じゃねえ!」
叫びながら、亡霊を左手で掴み壁に向かって叩き付けるラーズ。
「くたばれ!」
壁に亡霊を押しつける形から、完全密着状態で<炎の矢>を連射する。
程なく、亡霊は成仏した。
「これ全部貰っていいのか?」
ラーズは言った。
マンティコアに案内された玄室。
堆く、とは言わないが、相当量の宝物がそこには置かれていた。
宝物のメインは金や白金、ミスリルのフレーク。
おそらく、魔術の研究に使う触媒だろう。
・・・十万ガメルは下らないか・・・
「ガードグラブがあるな。
・・・これ、魔剣じゃねえのか?」
鞘に収まったシミターを手に取り、ラーズが問う。
「左様」
マンティコアに確認してから、鞘を払ってみる。
重さは丁度いい。刀身は強烈な赤紫の光を放つミスリル製。一目見て良い銘だと判る一品である。
「あれ、お前のご主人様だったんだろ?」
他の魔法のアイテムを品定めしながら、ラーズは言う。
もちろん、先ほどの亡霊の事である。
「全てお見通しなのだな、汝は」
「ああ。あの亡霊の戦闘能力から考えると、お前が自分で浄化すればよかったはずだろ・・・闇司祭だって、司祭は司祭だからな」
マンティコアの方を振り返って、ラーズは言う。
「なら答えは簡単だ。お前はあの亡霊と戦えない理由があった。
あの亡霊の居た部屋の感じだと、アレは魔術師のなれの果てみたいだからな。
そこまで考えれば、答えは自ずと出る」
マンティコアは苦笑した。
「願わくば、汝にはもう一つやって貰うことがある」
「やって貰うこと? まだなんかあんのか?」
ラーズの言葉に答えるように、マンティコアが伸び上がった。
後ろ足だけで立ち上がり、ラーズに覆い被さる。
「ラーズっ!」
じゃっ! という濡れた音にレイファの悲鳴が重なる。
ラーズの周囲に血が流れ、広がる。
魔晶石を握り<気弾>を唱えようとして、レイファは気づいた。
マンティコアの背から、赤紫に輝く刀身が除いていることを。
間もなく、血塗れになったラーズがマンティコアの下から這い出してくる。
「馬鹿野郎!」
ラーズがエルフ語で言った。
やはり、咄嗟にはマザータングが出る。
マンティコアは動かない。
ミスリル製の魔剣で、胴を貫かれたのである。
一撃で絶命していても不思議ではない。
「なにやってやがる! さっさと<癒し>使え!」
今度は下位古代語。
「・・・ふ。妖精よ。汝もやはり愚かな様だ。
消えゆく魂を再び戻すことなど出来ない」
マンティコアは辛うじて聞き取れる程度の声で、答える。
「くそっ。レイファ!」
ラーズに呼ばれ、レイファが呪文を唱え、魔晶石を握り<癒し>を行使する。
「・・・ダメ。もう手遅れよ・・・」
「とてつもなく後味の悪い話だったぜ」
森の中に仕掛けたトラップ類を回収後、村長から報酬を受け取り、細い道を馬車でオランに向かう。
「・・・うん・・・そうね・・・
でも、なんでそんなにマンティコアの死に拘ったの?
ゴブリンの死体の山を作っても平気な顔してたのに」
「オレ言わなかったか? 敵は殺す、ってな。
マンティコアはオレに敵対してなかっただろ?
敵じゃ無い奴の命はなるべく助ける方向で、オレは動いてるからな」
「・・・なるほど、ね」
呟いて、レイファはラーズの腰に吊られた一本の剣を見た。
マンティコアの命を奪った魔剣。後にラーズによって<魔剣マンティコア>の銘が与えられた剣を。
「まっ。そう言うこともあるさ。冒険者ってのは本来汚いモンだからな」
古代王国の迷宮の中、静かに眠る魔獣がいる。
魔獣は、一人のエルフと一時、その持てる知恵と力をぶつけ合った。
あるいは、それは一時的なものとは言え、好敵手どうしの戦いだったのかも知れない。
〜Reipha=“R”Clarse
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