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No. 00165
DATE: 1999/11/01 06:53:22
NAME: カオス他
SUBJECT: 牧場岩巨人退治(トロール掃討〜帰結編)
<登場人物>
カオス・・・少年の姿をした、年に不相応の古代語魔法の腕と、達観したひねた目を持つ魔術師。レドウィック・アウグストの変身した姿。
レイシャルム・・・実直で正義感あふれる吟遊詩人。剣士としての腕のほうが、評価されている模様。
アレク・・・傭兵出身。まっすぐな性格の女戦士。
ナヴァル・・・不必要によく喋る、偉丈夫の馬好きの戦士。
リーフ・・・暗黒神の神官。レドの旧友。
ファズ・・・片目を失った魔術師。
★★★
トロール退治を引き受けた冒険者たち、4人。途中、商人と一緒になり、護衛を引き受けた。護衛の行き先の村で、そのトロールを引き連れたダークエルフが、食料としての牛を要求していた上、村の子供をさらっていた。村人たちから、その問題をどうにかしてくれと頼み込まれる。お人よしアレクと正義の味方レイシャルムは言うに及ばず、断るに断れなくなり、危険度の増した仕事を引き受けた一行であった。
そして、翌日にそのダークエルフのいるという洞窟へ攻め込もうかとする夜。
「首領の方はまかせろ、力仕事は3人でやってくれ」
そう、含み笑いをしながら、魔術師はいった。洞窟の外側にいる、トロールたちを、戦士だけでどうにかしろ、という。
それに異を唱えたのは、ナヴァルだった。正体の知れぬ巨人を、しかも自分たちより大いに上回る数を相手にしようというのだ。魔法の援護なしでは、自分たちの戦闘力が大いに落ちる。
しかし、自分の力に自信があるのか、カオスを信頼しているのか、あるいは何も考えてないだけなのか、レイシャルムはそれに同意した。夜のうちに、カオスにトロールの姿を実際にみせてもらった後、村人を交えて、これからの策について討論した。
まず、人命第一ということで、ダークエルフにさらわれた子供たちを最優先に考えるということに念が押されるが、これは結局、カオスに任されることになった。
圧倒的に数に勝るトロールを相手にするために、朝方、トロールが眠りについたころに、牧場の出口付近の岩場に、いくつかの罠を仕掛けることにした。時間がないので、落とし穴のような大規模なものはできない。足をすくうためのロープを張ったり、仕掛け矢を設置したりと、子供だましな、気休め程度のものであった。
あとは、実際にまみえるのみ。あまり頭を使うことはないな、とやや不満げにナヴァルはもらした。何か期待してるのか、とアレクは苦笑した。どうもこの草原の戦士は、物事を不必要にややこしく考えるけらいがあるらしい。
牧場の手前は、所々、岩の浮き出た草原になっている。
罠は村人に任せて、かつかつ、と、ナヴァルは、村から持ってきた先の尖ったピックで周辺の岩を穿っていた。
「何をやってるの?」
アレクが尋ねる。
「この辺りの岩を調べている。たとえば・・・」
ナヴァルは岩の表面の、風化してた土に覆われた部分を鉤ぎ取った。
「白くて多孔質。凝灰岩。要するに軽石だ。この辺りに、大昔に、それこそ神が戦争していたあたりの時代に、どこか遠くで火山があったのだろう。大地と炎の精霊の爆発から、飛んできた灰が降り積もったのが、ここだ。」
白い粉を、アレクに見せる。
「それがどうしたの?」
「つまり、よく見ると小さい穴の多い、白っぽい岩が、ここ本来の岩ということになる。トロールとやらがもともとこの辺りの生き物でなかったとすると、細かいところで見分ける手がかりになる。大体、あたらしい岩は、砂質の堆積岩だからな。」
そんなものなのか、とアレクは首をかしげた。
一見同じようなものでも、よく見ると、いろんな表情を持っている。精霊力のバランスは、常に微妙であり、多くの外乱要因に刺激され、岩の模様一つをとっても、さまざまな様相になる。それを見分け、自然から情報を読み取り活用するのも、知恵の一つである。
「でも、そんなのいちいち見てられないよ。それに、岩が動いたら間違いなくトロール、でいいじゃない。」
アレクのその一言で、ナヴァルの薀蓄の価値は瓦解した。
「大体、カンに従えばなんとかなるものさ。」
苦笑しながら、レイシャルムは言った。
それに対し、ナヴァルは何も言わなかった。勘というものは、本能やインスピレーションや神の啓示といった、本質的なものが全てではない。それまでに培われた経験や得られた情報を統合して、その状況ではどの手段をとるのかが最も良いか、瞬時に判断する。それらを意識せずに行うことである。なんとなく、と感じるものには、その所以がある。彼はそう考えていた。レイシャルムが、ただの楽観主義者なのか、それとも、全ての状況を把握し行動に移せる能力の持ち主であるのか、見ものだな、と思った。
日が昇る。太陽を背にし、3人は岩場に身を潜めた。
トロールの姿は、たしかによく見ると、判別がついた。周囲の白っぽい岩に対比して、トロールの苔の浮いた肌は、土気色であり砂質が細かい。それとして気をつけてみると、はじめて分かる。
おとりの牛を、トロールの眠る草原に一頭ずつ放つ。牛の鳴き声を聞きつけた岩巨人が、目を覚ます。
ガラン、ガランと、アレクは岩場で鐘を鳴らした。牛を戻す合図である。
獲物により、トロールを罠の個所におびき寄せられればと目論んだが、緩慢な動作の牛は、すぐにトロールに捕まる。距離をおいて放した牛に、別のトロールが近づく。そしてまた、自分たちにより近いところに、牛を放す。そういうことを繰り返して、トロールを分散させた。
良い具合に10匹がはぐれた、岩場の狭くなっている個所に、3人は姿を表した。
新たな獲物ではなく、自分たちの捕食を邪魔する存在に気がつき、列の先端にいたトロールは冒険者に襲い掛かった。仕掛けておいた矢は、トロールの肌に突き立ちもしない。
太く長い豪腕が、振り下ろされる。身を竦めて、アレクは間一髪でそれを交わした。軽い髪の毛が、舞い上がる。振り切られた腕が、背後の岩を砕いた。それを見て、背筋に汗が流れる。
「一人で相手しようとするな。」
ナヴァルがけん制し、背後からたたきつけるように切りかかる。しかし、片刃の曲刀は、あっさりと弾かれた。刃がこぼれる、と文句をいう。
その脇から、レイシャルムの長剣は、的確に、トロールの防御の薄いところをい抜く。しかし、反撃の豪腕を気にして、攻撃に対して果敢になりきれない。相手の一撃が当たれば、それだけで致命傷になりかねなかった。
他のトロールたちが捕食に夢中になっているうちに、3人は連携して、トロールに一体づつ仕掛けていった。アレクがすばやい動きで、トロールの注意をひきつける。大ぶりの腕の攻撃がかわされると、巨体が流れる。その隙に、レイシャルムとナヴァルが、防御の弱いところを攻撃した。
その戦法で、3体まで倒すが、各々の疲労が募ってくる。
牛に気を取られていたトロールたちが、大挙して押し寄せてくるようになる。3人は背中合わせになり、背を取られぬようにした。
一体を相手にしていたアレクが、バランスを崩してつんのめる。
「危ない!」
その隙に、岩巨人の長い手が棍棒のように襲い掛かる。そこに、レイシャルムが割って入った。剣で腕を防ぎきれず、レイシャルムの身体が吹き飛ぶ。
アレクが蒼白になり、それを追う。レイシャルムは何事もなかったかのように起き上がったが、隊列が崩れた。戦士たちは、二体、三体の岩巨人を同時に相手にせねばならぬようになり、形成が一挙に不利になる。
再びトロールの豪腕がアレクを打つ。それを、剣で押さえ込めるが、力の差は歴然である。アレクの腕がきしみ、顔をゆがませる。怪力に屈しようとした瞬間。
不意に、アレクの剣に炎がともった。
カオスの魔法。彼女は盗賊退治のときにすでに一度、それを体験していた。
炎に包まれたそれに、トロールは一瞬ひるむ。その隙をついて、アレクは剣を叩き込む。トロールの肌に一体化した硬い岩盤を、炎に包まれた剣で裂いた。
更に、魔術師から、眠りの魔法が飛ぶ。それで、形勢は逆転した。固い岩肌を避け、防御の弱い個所を切り裂くコツを見切り始めた戦士たちは、一対一では岩巨人と互角以上に渡りあえる。魔法の援護はそれきりであったが、疲弊した戦士達の意気は上がった。
カオスの魔法が決定点となった。しばらくせぬうちに、戦士達の剣により、白い岩の浮き出た叢に、トロールの土気色の石の塊が、動かぬ骸となって横たわっていった。
じきに、岩場は静かになった。
戦士たちには、口も聞けぬほど息を荒げて岩場に座り込んだが、最終的に、誰が最も活躍したかと、軽口を叩く余裕まで、生まれていた。
一人ダークエルフを倒した上に、戦士達の支援に魔法を多用したカオスは、口を出すでもなく、あくびをしていた。
「まぁ、一人だと暴走しがちな子も、ちゃんと守れたしな。よかったよかった。」
不発の罠を回収し、残存の敵がいないか確認するなど、撤収の準備をしながら、レイシャルムがアレクに、冗談めかしていった。不満めいた抗議の声が予想された。
しかし、アレクは、ただ、うつむいて黙っているだけだった。
(そんなんじゃない。ただ、守られたいわけじゃ・・・。)
アレクは、レイシャルムとの付き合いのなかに、違和感を感じるようになっていた。レイシャルムがアレクに求めていることと、自分が望ましいと思っている姿。それに、行き違いがあるように思われていた。
疲れているのかな、と、レイシャルムは深くは考えなかった。
ナヴァルは、岩場に大の字に寝転がっていた。撲られて怪我でもしたか、とカオスが覗き込む。
「いや、楽しかった!」
彼は子供のように、言った。
岩巨人といえど生きる者に違いないのだが、そういう道徳はないのか、と聞く。
苦笑するように、ナヴァルは笑っただけだった。
洞窟にとらわれていた子供は、ひとまず無事だった。眠らされていた者もいたが、休養を取ったカオスやナヴァルの魔法により、回復された。
村に戻ると、英雄たちの光臨とばかりに、村人たちはもろ手をあげて歓迎した。が、誰もにとって満足の行く結果であったというわけではなかった。自分たちの育てていた牛を殺された家は、この冬をどうやって越そうか、と悲嘆に暮れていた。
アレクは、ダークエルフの持っていた剣を、カオスから受け取った。思わぬところで、魔法のかかった武器を手に入れることが出来て、彼女はすぐに上機嫌になった。
日々の糧であり、数少ない交易に用いられる家畜の多数をトロールに食われた貧しい村から、報酬を搾り取るのは気の毒に過ぎた。今年の収穫が良く、牛の子が余分に生まれたときは、今回の不足分について払う、という口約束を、当てにしないでいるしかなかった。
まぁ金が足りなくなればまた、畑の番人でもするさと、レイシャルムは達観していた。彼にとっては、自分の食扶持よりは、目の前の村人の生活の安定のほうが、大切に思われているようだ。
その分、商人のレベックから、危険手当として、護衛料を上乗せさせようとした。交渉に当たったのは、ナヴァルだった。案外世知辛いな、この男、と、カオスは評した。妻の治療費のためなのだと、至極正統に聞こえる反論が、むなしく宙を舞った。
「そもそも、なぜトロールが、ダークエルフにつれられていたのだ?」
ナヴァルが問うた。
そのダークエルフが既知の者であったカオスは、それに対して、苦い笑いを浮かべた。その理由を、直接彼は知らない。しかし、思い当たることがあり、おそらくそれは事実であると思われた。元仲間であった者のたくらみを妨害したことに対して、彼は後ろめたさというよりは、むしろ、これからどうなるか、という楽しさを感じていた。表情を読み、何かと問い掛けてくる詮索好きの戦士に、彼は、さぁな、とそっけなく返した。
「子供は単なる、人質だったようだがな。なんにせよ、被害者が出なくて良かったよ。」
無難な意見を、レイシャルムは言った。
そうね、とアレクは頷いた。この件に関しての疑問は、ひとまず凍結された。
ナヴァルはひとり、釈然としない顔で、考え込んでいる様子だった。
街に戻ると、さっそくナヴァルは女房と呼ぶ愛馬のいる厩に飛び込んだ。疲労で折れていた馬の足は、まだもとの通り動くことは叶わなかった。今回の報酬では、馬の治療費に当てるのが精一杯だった。旅費を稼ぐには、もう暫く、オランで仕事を探さねばならなかった。
カオスは、いつも不機嫌そうな仏頂面をしていた、旅に出ていた友人が、帰ってきているのを知った。ほったらかしにしてある弟子のこと、変装の原因となっている、自分の身の回りの厄介ごと。ほうっておくと、その者にどういう口を叩かれるかわからない。それを聞くのもまた愉しい事ではある。が、いつまでも、状況を放置しているわけにはいかんかと、彼は、頭を廻らせ始めた。
★★★
「来ませんか・・・。」
大都市オランの、地下。
濡れた灰色のネズミが走り回る下水道の一角に、石畳に覆われた空間があった。汚水から立つ悪臭も、ここまでは届いて来ない。闇に囲まれていることを除けば、むしろ、地上の建物と比べても、清浄な雰囲気すら醸し出している。
その中で、リーフは、ひとりごちた。目の前には、暗黒神の紋章の刻まれた黒い祭壇が立っている。
オランにたどり着くはずだった、トロールの兵力。それを彼は、旧友であるダークエルフに依頼していた。岩の肌を持つ巨人は、間違いなく彼の野望を達成する力となるはずだった。途中で、何があったのか。それを調べるために、彼は、腰を上げた。
ふと、祭壇の裏側に眠らせたままの、彼の手駒の一つを思い出した。
たまたま知り合った、乱闘により片目を失った魔術師に、リーフは呪いをかけた。
光を得た瞳で、最初に見た10人を、ファラリスのために殺せ、と。
暗黒神がそれを尊ぶのか。神の真意はわからない。ただ、暗黒神の加護を受けた異界の悪魔どもは、この類のやり方を好み、結果、力を得ている。自分はそれにあやかろうとしているわけだ。
魔術師の青年、ファズは、その呪いのために、スラムに火球の魔法を放り込み、多数の者を殺した。その行動力は感嘆すべきものであった。
その後、彼は暗黒神の声を聞いたといい、リーフの陣営に接近した。しかしそれはファズの策であった。リーフの疑いを削ぎ、仲間たちを関わらせぬよう、邪悪に振舞った。そして、仲間になったとみせかけて、暗黒神官の袂にもぐりこむと、彼は一人、リーフを殺そうと向かった。しかし、リーフの目は、それを見抜いていた。ファズ単独では叶うべくも無く、おりしも居合わせたダークエルフが、眠りの魔法を彼にかけた。
リーフはそのまま彼を殺そうとしたが、思い直した。
道具を使うにも、時期がある。むしろ、自分の目的を邪魔しようという者たちに対しての、切り札となるかもしれない。
なおも、青年は、眠りの中にある。
ファラリスよ。見守りたまえ。
薄い笑みを浮かべた後、暗黒神の司祭は、これからの動向について、闇の中で、考えに沈んだ。
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