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No. 00169
DATE: 1999/11/11 00:41:24
NAME: ミルディン
SUBJECT: 空の馬車
ミルディン:探偵。エレミアからオランへの旅の途中、盗賊団に追われるはめになる。
ヴェイラ:ミルディンの助手。なかなかエレミアから戻ってこないミルディンを心配して、彼を探すために護送に同行している。
ヤンター・ジニア:ファリス神官。罪人リックをエレミアへ護送する途中。
リック:護送されているを盗賊に襲われ、馬車ごとさらわれている。
「ふん、何も残ってないじゃないか」
ミルディンは吐き捨てるように言った。ここは街道から外れた間道のうちの一つである。彼は今までずっと森の中、それも木の上にいたのだが、使い魔の鳩、キルルの目を通してここに馬車の荷台部分だけが置き去りになっているのをを見つけて、出てきたのである。手持ちの食料が乏しくなってきていたため、もし残っているならもらっていこうと考えたのである。つまりは、漁りに来たのだ。
ミルディンが森の中にいたのは盗賊たちから身を隠すためだった。数日前、襲ってきた盗賊たちを返り討ちにしたために、彼は盗賊団から追われるはめになったのだ。
(EP「盗賊退治(外伝)」参照)
ミルディンは、盗賊たちが自分を探す本当の目的を知らない。もっとも、知ったところで逃げる事には変わりないだろうが。
いいかげん、木の上の生活にもうんざりしていたところだった。その日も彼はいつものように、盗賊たちから隠れるために街道側の森の中、木の上にいた。不思議な事に朝からずっと、自分を探して毎日のように現れる盗賊たちの姿を一人も見ない。もしかすると自分を油断させるために相手も隠れているのかもしれない。そう考えて半日ばかり様子を見たが、やはりいないようだ。ミルディンは少し奇妙に感じながらも、少しでも先に進む機会とばかりに、使い魔を飛ばして様子を見ながら、オランへ向かって森の中を進み始めることにした。
ミルディンは知らない事だが、その日盗賊たちは一台の馬車を襲っていたのだった。
それからしばらく進んだ所……と言っても、周りの様子を探りながらなのでロクに距離を進んでいないが、そこでミルディンは、使い魔の目を通して、森の中を通る一本の間道とそこに置き去りにされた馬車の荷台を見つけたのである。
それは異様な馬車だった。奥の方はカーテンで仕切られており、その向こうは鉄格子が打ち付けられて牢になっているのである。今はその牢も開け放たれており、中には何も残っていない。ただ、牢の前には大量の血の跡が残っていた。しかもまだ新しいものだ。しかし、彼にはそんなことなどどうでもよかった。ハズレくじを掴まされたことに苛立ちを感じるだけである。そして、もう用はないと馬車を降りたその時だった。
「貴様! 何をしている!」
しまった、盗賊に見つかったか? ミルディンは慌てて声の主を降り返った。だが、そこに立っていたのは盗賊たちではない。ファリスの神官着をまとった男、思い思いの服装をした数人の冒険者たち、そしてその中に……
「ミル?」
「なんでおまえが……?」
驚いた顔のミルディンに駆け寄るヴェイラ。そのままミルディンに体を預けるように抱き着く。
「お、おい!」
ヴェイラを受け止めながら、珍しく慌てた様子を見せるミルディン。その顔が微かに赤くなっている。
「よかった……ミルが無事で……」
ミルディンの胸に顔を埋めたままのヴェイラ。その声がかすれている。ミルディンはそっと彼女の背に手を回して、ぽんぽんと叩いた。
「心配……してたんだから……」
「何を心配するんだ?」
「ミルが……盗賊の仲間になってたりしないか……とか思って……」
ヴェイラの背中を叩いていたミルディンの手がぴたりと止まった。
「おい……おまえ、人のことを何だと思ってる……?」
僅かに怒りを含んだミルディンの声にヴェイラは顔を上げる。その表情から読み取れる感情はただ一つ。
「あれ? もしかして……怒った?」
ヴェイラの無邪気な問いかけに、ミルディンは彼女を乱暴に引き剥がす。
「当たり前だ! 盗賊と一緒にされて怒らん奴がいるか!」
怒鳴りつけられたヴェイラは首を竦めた。
突然始まった二人のやり取りに全員が呆然となった中、真っ先に我に返ったヤンターが二人に近づく。
「……この男はあなたの知り合いなのですかな?」
「あ……そう、ボクが探してるって言ってた……」
「おい、ヴェイラ。なんだ、こいつらは?」
「え〜と……待って、順番に話すよ」
ヴェイラはミルディンに説明する。ミルディンを探すために護衛に加わったこと、途中で盗賊団に襲われ、馬車が奪われたこと、馬車にリックが乗っていたこと、そして、リックが罪人であること……。
「それで馬車を追ってここまで来たんだよ」
ヴェイラが轍から、馬車がこの間道に入ったことを突きとめたのである。
「これがその馬車か。なるほど……だが、リックなんかいないぞ」
「やっぱり?」
ヴェイラは一瞬肩を落とすが、すぐに顔を上げる。
「でね、ミルには会えたんだけど……」
そこで言葉を区切り、ヤンターの方にちらりと目線を走らせる。
「護衛でヘマしちゃったから、リックを連れ戻すまでは手伝わないといけないと思うんだ。それに……」
さらに声を落として続ける。
「リックの事も心配だしね」
「事情は分かりました。よろしければ、私にも手伝わせていただけませんか?」
ミルディンはヤンターに、いつもの作り物の笑顔を向けた。一方のヤンターは彼を胡散臭げに見返している。無理もない。彼はついさっき、自分たちの追っていた馬車から現れたのだから。身なりは盗賊とは違うようだが……
「あなたは何者ですかな?」
ヤンターの遠慮のない尋問口調にも、ミルディンは表情一つ変えない。
「申し遅れました。私はミルディン=テイル、先日までエレミアの街で探偵をやっていた者です。こいつ……ヴェイラは私の助手でして……」
ヤンターは彼の名に聞き覚えがあった。エレミアの街で”リスを連れた魔術師”を探していたころだ。金の亡者との噂はあるが、腕は確かだということで彼の事務所を訪ねたことがあったのである。残念ながら、そのころミルディンはオランの街へ赴いていたために会うことはできなかったのであるが。そういえば、ヴェイラが「自分の探している人があのミルディンだ」と言ったのを聞いたこともあった。
「私はヤンター・ジニア……」
一行にミルディンが加わることとなる。
らしくもなく金にならない事に関わったかのように見えるミルディンだが、実際は打算の上である。ヴェイラは正式の護衛ではないのだから、それを理由に無理矢理一行と別れることはできる。馬車は残されてリックの姿はない。リックがどうなったかは分からないが、最悪、リックを”救う”ために盗賊団のアジトに殴りこむはめになるかもしれないのだから、一緒に行動しても得はないように思える。しかし、ミルディン自身も盗賊に追われる身なのだ。ヴェイラと二人でオランを目指そうにも、まともに進めるわけがない。それならば、この一行と共に近くの宿場町まで行き、そこで別れてもいいわけだ。
まだ彼の他には誰も気づいていないが、馬車には多量の血の跡が残されていた。リックのものか盗賊のものかは分からない。盗賊のものならリックは逃げたのかもしれない。その後捕まったとしても、盗賊の仲間を殺しているならすでに殺されているはずだ。リックのものであるなら、もちろん、すでに死んでいるということだ。どの場合でも、生死はともかくとして、リックが盗賊たちと共にあるわけがない。アジトへの殴り込みだけは絶対にないのである。
ミルディンは一行にこれらの可能性を示すつもりはなかった。リックが殺された可能性を考えるなら、死体を捜してこのあたりを探索するはめになるだろう。それは避けたかった。情報収集のために近くの宿場町を目指すよう提案するつもりである。盗賊団の情報を集めるのはもちろんのこと、リックが逃げている場合でも、情報が手に入るはずだ。盗賊団のおかげでリックには間道を使って逃げるという手は使えないはずなのだから。
ミルディンの目的は町まで行くことだ。盗賊たちも、さすがにそこまでは追って来ないだろうから。
だが、ミルディンがそれらを口にするまでもなく、一行の宿場町行きはあっさりと決まった。食料や野営の道具を馬車に乗せていたために、もともとそれらを手に入れる必要があったのだ。リックが盗賊団に捕らえられたのか、それとも逃げたのか、この場で結論が出されることはなかった。
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