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No. 00171
DATE: 1999/11/12 00:05:39
NAME: フルゴール&シータ
SUBJECT: とんだ落し物
フルゴール:オランへ向かう冒険者。ハーフエルフの精霊使い。
シータ:フルゴールの旅の連れ。ハーフエルフの精霊使い。
自由人のたち街道をエレミアからオランへ向けて歩く二人の旅人の姿があった。くすんだ黒髪の男と、やわらかな金色の髪を肩のところで切りそろえた女。共に端整な顔立ちに華奢な体、そしてよく見ると、耳の先がわずかにとがっているのが見て取れる。二人は人間とエルフの血を併せ持つ種族ハーフエルフだった。フルゴールとシータの二人である。彼等は旅に出ていた。オランへ戻ってくるのは本当に久しぶりだ。
「フルゴールさん、あれは?」
不意に、シータが隣を歩くフルゴールの服の袖をつかんだ。
「え、なんだい?」
シータの指す方を見る。そこには、街道の端に倒れた……人影?
「行き倒れかな?」
ぽつりと呟くフルゴールの横で、シータはすでに駆け出していた。
「またか……」
フルゴールはため息を一つついて、シータの後を追いかけた。
シータは行き倒れにしきりに声をかけている。少し遅れて来たフルゴールは行き倒れを見るなり、シータを押しのけた。倒れていたのは一人の若い男だった。怪我をしているらしく、左腕を中心に服が血に染まっている。だが、フルゴールがシータを押しのけた理由はそれではなく、男の身なりにあった。やや伸びた黒髪に無精髭を生やし、薄汚れた服に身を包んでいる。とても普通の行き倒れには見えない。近頃、この街道には盗賊団が出るという話だ。これでは、むしろそっちのほうに……
「フルゴールさん?」
フルゴールの思考が止まる。振り返るとシータが不思議そうな表情で彼を見ていた。言いたい事は分かっている。どうして早くこの行き倒れを助けないのか、などと思っているに決まっているのだ。
「分かってるよ」
シータに笑顔を向けた後、行き倒れに向き直ってふたたびため息をついた。彼としては、こんな怪しい行き倒れなんかに関わりたくなどない。だが、自分が放っておきたくても、シータは必ずこの行き倒れを助けようとするだろう。まったくお人好しなんだから……、そう思いながらフルゴールも結局、シータを置いていくことも、無理やり引っ張っていくこともできないのだ。相手によるとはいえ、こっちもいいお人好しである。
フルゴールはうつ伏せに倒れている行き倒れの男の側にしゃがみこみ、怪我の具合を確かめる。怪我は深いようだが、死んでいるわけではない。とりあえず応急処置を施す。
「どうですか?」
心配そうに尋ねてくるシータに、フルゴールは笑顔を作って振り返る。
「うん、意識はないみたいだけど、生きてはいるよ。怪我も大したことないし」
「そうですか」
怪我の具合については嘘である。だが、それも無駄に終わった。安堵の表情を浮かべたシータの次の言葉に、フルゴールは言葉を失う。
「それでは、この方をどこか近くの町までお連れしましょう」
フルゴールは唖然とした表情のままシータを見ていた。これを言わせないために嘘をついたのだ。どうかしましたか、とシータに尋ねられ、ようやく我に返る。さて、どう説得するか。普通に反対したところで、シータは思い直してくれたりはしないだろう。
「えーと、大丈夫だよ。その辺に寝かせておけば……」
「駄目です。怪我をなさってる方を置いて行くわけにはいきません。お医者様に診ていただかないといけません。それに、この街道も盗賊団が出るそうですから、安全ではありませんし……」
そこまで考えて、どうしてこの行き倒れがその盗賊団関係だと考えないのだろうか。だが、もしかすれば逆に、この行き倒れは盗賊の被害者なのかもしれない。無理があるが、そう考えることでフルゴールは自分自信を納得させた。
「分かったよ。進む? 戻る?」
「そうですね……先ほどの町までお運びしましょうか?」
頷いて、フルゴールは男を背負った。二人は元来た道を戻り始める。自分と同じくらいの体格とはいえ、ハーフエルフの彼には十分過ぎるほど重い荷物だ。フルゴールは隣を歩くシータの横顔をちらりと見て、三度目のため息をついた。
外の様子を直接知ることはできなかったものの、争いが起きた様子は伝わってきた。そして今、馬車が激しく音を立てて常ならぬ速度で疾走していることから、リックは自分の乗っている馬車が盗賊団の手に落ちたのを予想できた。
ファリス神殿の用意した、罪人護送用のこの馬車は、荷台の後ろ半分にに鉄格子の牢が打ち付けてある。全体をほろで覆われ、牢と前半分に空けられた荷台のスペースとの間はカーテンで仕切ってある。リックはこの牢の中にいるのである。
盗賊たちは馬車の積荷が何なのかもちろん知らない。馬車を操るこの盗賊は、荷台に食料と野営道具しか積まれていないことにがっかりしながらも、カーテンで仕切られたその奥に期待していた。もしそこに何があるのか知っていれば、彼らは最初からこの馬車を奪おうとはしなかっただろう。
しかし、逃げる機会をうかがっていたリックにとって、これは絶好の機会だった。彼は牢の中でダガーを手にカーテンの隙間ごしに前の様子をうかがっていた。手足の縛めは解いてある。馬車が走り出した時だ。誰かが阻止しようと投げたのだろう。ダガーがほろを突き破って飛びこんできた。運良く牢の中に落ちたそれを使って、リックは自分の手首と足首を縛っていたロープを切った。次はどうやって牢から出るか、だ。
「……ここは……?」
リックが気がついたその場所は、見知らぬ部屋のベッドの上だった。左腕に痛みを感じた。見ると、そこには包帯が巻きつけてある。
「気がつきましたか?」
突然かけられた声に驚き、リックは声のした方へ顔を向けた。そのには見知らぬハーフエルフの少女、シータの姿があった。彼女は微笑みながらリックの方を見ている。そしてその側にもう一人、同じくハーフエルフの青年フルゴールの姿があった。
「あんたらは?」
「私はシータと言います。覚えていますか? あなたは街道の途中に倒れていたんですよ……」
シータはリックが街道に倒れていたこと、それを二人でこの町まで運び、医者に診せたことを話した。フルゴールは温和な表情のまま、心の中でため息をついていた。リックを医者に預けてそのまま終わりだろうと思っていた。しかし、シータがわざわざ宿まで借りてリックの面倒を見ようと言い出したのだ。こうなるともうシータは聞かない。フルゴールが先を急ぎたいと言っても、自分は残って面倒を見るので置いて行けというだろう。怪しいと言っても言い過ぎでないこの男のところにシータを一人残して、先に行けるわけがない。結局、フルゴールも一緒に残るしかなかったのである。
「僕はフルゴール」
シータに促されて愛想良く名乗ったものの、リックに対して警戒心を持っていないわけがない。それを表に出さないのは、シータの前だからである。
どうやら幸運に恵まれたようだ。自分を助けたという二人を見ながらリックは思った。囚人服のままよりマシとはいえ、盗賊から奪った服を着ていたのだ。見捨てられるか、拾われたとしてもそのまま衛視に預けられるのが普通だ。そこでよしんば盗賊団と無関係だと証明できたしても、釈放される前にヤンターたちに見つかるのがオチだろう。
リックは、目の前の二人が自分のことをただの行き倒れと判断したのだろうと考えた。今、自分を見ている二人の温和な表情を見れば……そこでリックは、ふと自分を見るフルゴールの目に気づいた。やっぱりそんな甘い話があるわけないか。リックは心の中で苦笑した。だが、問答無用で衛視に突き出されなかったのだから問題はない。リックは「ただの行き倒れ」であればいいのだ。それが互いにとって最も望まれる事だろう。
「な……!?」
盗賊は驚愕の声を上げた。これだけ離れれば十分だろう。馬を休ませるついでに、馬車の奥に眠るお宝を一目拝んでおこう。そう考え、カーテンに手を伸ばした時だった。カーテンの奥から手が伸びてきて彼の腕を掴んだ。全くの無警戒だった。男は腕を引かれるままにカーテンに倒れこむ。が、その体はすぐにカーテン越しに何かに支えられた。カーテンの向こうの鉄格子だ。そして男が次に見たものは、鉄格子の向こうの暗闇から伸びてくる手、そしてその手に握られた一本のダガーだった。
リックは鉄格子ごしに、崩れ落ちた男の体を引き寄せ、持ち物を探った。一本の針金。今の彼には最も必要なものだ。
リックは馬車から馬を放し、毛布に包んだ盗賊の死体を乗せた。街道の側の森の中なのは違いないだろうが、周りの道は小道と呼ぶにも、馬車が通れるくらいの広さがある。そしてその場所だけぽっかりと道が広がっているのだ。盗賊たちの用意した道である。
この盗賊の死体を顔を潰して残すというのも考えたが、ヤンターであれば偽装を見抜く、実際には偽装だと思いこむのだが、可能性があると考え、馬で逃げる途中、死体をどこかに処分することに決めた。自分が盗賊に捕まった、もしくは殺されたと思わせることは出来ないまでも、逃げたという証拠を残すわけにはいかない。
乗り込もうと手綱を取ったところで、リックは馬の様子に気付いた。耳を澄まして辺りの様子を伺うと、周りの森から草を踏む音が、金属音が微かに聞こえてくる。見逃してもらえないか? リックの願いもむなしく、盗賊たちが馬車を囲むように姿を現す。道を塞ぐように立ちはだかる三人。そして、馬車の左右に一人づつ。リックの武器は盗賊の持っていたものが重すぎて使えなかったため、脱出に使ったのと、盗賊の持っていたものを奪った二本のダガーだけだ。まともに戦っても勝ち目はない。
「なんだ、てめえは? それは俺たちの獲物だぞ」
すでに盗賊の仲間を一人殺しているので交渉の余地がないことは分かっている。リックは無言で手に持った鞭を振り上げた。鞭の音が響くと共に、馬は嘶きを上げて正面の三人に向かって突っ込んでいく。この混乱の隙にリックは道の左右に広がる森に向かって駆け出した。馬車の横にいた盗賊が阻止しようと駆け寄ってくるが、相手をしている暇はない。リックは盗賊の振り回した剣に左腕に傷を負いながらも、なんとか道を塞がれる前に森の中に飛び込んだ。
部屋にはフルゴールとリックの二人だけが残されていた。シータは下の酒場におりている。リックを気遣って、夕食をここに運んでくれるよう頼みに行ったのだ。リックはベッドに横たわり、フルゴールは椅子に座って窓の外を眺めていた。
リックはフルゴールたちに、冒険者だと名乗った。街道を旅する途中を盗賊団に襲われ、命からがら逃げ延びたところを拾われたということだ。矛盾はないものの、疑い出すときりがない。ちなみに、リックが用いた名前はもちろん偽名だ。もしかすると、ヤンターたちは自分がそのまま盗賊団にさらわれた、もしくはそのまま殺されたと勘違いしてくれるかもしれないのだ。自分が逃げ延びた事を宣伝しても何の得にもならないのである。もっとも、顔をさらしておいて今更……、ではあるのだが。
シータがいなくなると、フルゴールとリックの間から急に会話が消えた。フルゴールは一見愛想良く振舞っているものの、心の中ではリックを不審人物として警戒しているし、リックはリックでその気配を察しているので当然と言えば当然なのだが……。
フルゴールは考えていた。シータがいたので突っ込んだ質問は出来なかったのだが、本当かどうかは置くとして、リックがボロを出すことはなかった。また、フルゴールはリックと関わるのを避けたかったが、それはリックも同様だったようだ。怪我が動けないほどではないことを理由に、すぐに出て行こうとした。その時点でフルゴールは余計な詮索をしない事に決めた。このまま別れて済むのならそれが一番なのだ。ただ、シータが「せめて夕食まで」とリックを引き止めたために今も同じ部屋にいるのである。フルゴールはもはや彼女に何も言う気にもならなかった。
リックは考えていた。フルゴールやシータたちのことではない。フルゴールが自分のことを疑っている気配は感じている。そして関わり合いになりたくないと思っていることも。さっさと別れたいのはこっちも同じ事だ。だからそれほど気にする事ではない。それよりも、この二人と別れた後の事だ。とりあえずは、まだこの近くで自分を探しているであろうヤンターたちに見つからないようにしなければならない。
二人とも全く口を開くことはなく、静かな時間が部屋に流れた。やがて、部屋に近づく足音が聞こえてきた。シータかと思ったがその足音は二つ。リックは焦りを感じた。警戒心を持っているのはフルゴールだけだと思っていた。シータの方にその気配は全く感じられなかったからだ。油断だったのかもしれない。夕食に引き止めたのは衛視か何かを連れてくるためだったのか? リックはそっとフルゴールの様子を伺った。意外にもフルゴールも動揺しているようだった。彼はシータが衛視を連れてくるはずがないと知っている。そのため、疑うのはリックに関わったがために何かに巻き込まれた可能性の方だ。
二人が警戒して見る中で扉はゆっくりと開いた。
「お願いします」
シータが連れてきたのは一人の青年だった。服装から見るに、町の人間ではなさそうだ。近くの村から来たのだろう。フルゴールとシータ、そして青年の三人は、向かい合うように椅子に座っている。リックは所在無さげにベッドに座っていた。部屋を出ようとしたのだが、シータに止められたのだ。
青年は仕事の依頼に来たのだ。だが、盗賊団騒ぎのため街道を旅する冒険者は減り、ほとんどはすでに護衛等に借り出されている。青年とマスターのそのやり取りを耳にしたシータがどうするかは分かりきったことだ。
「フルゴールさん……」
「分かってる」
フルゴールは小声でシータを安心させ、青年に向き直る。
「引きうけるよ」
青年は安堵の表情を浮かべ、深々と頭を下げた。
「でも、僕たちだけじゃどれだけやれるか分からないけどね」
その言葉に青年は、自分はしばらくこの町に留まり、他の冒険者を探すつもりだと応える。
「手紙を用意するのであなた方三人は先に……」
「あ、待って。彼は……」
「俺も引き受ける」
突然のリックの言葉。それに一番驚いたのはフルゴールだった。当然だ。彼はリックと関わりたくない、そしてそれはリックも同じだ、そう思っているのである。だが考えてみれば、そう思ったのはリックに何か後ろ暗い所があるという仮定からだ。リックが本当にだたの冒険者であり行き倒れていただけというのなら、盗賊に遭って文無しとなった彼が仕事を受けようとするのは当然だ。
リックにしても最初は関わるつもりなんかなかった。それどころか彼は、さっさと身を隠さなければならないのだ。その彼が依頼を受ける気になったのは、その内容故だった。
「ところで、前金ってのはもらえるのか?」
リックは青年に問い掛けた。
「それは、村に着いてからということに……」
青年は申し訳なさそうな答えにリックは苦笑する。
「だろうな。どうしたもんか……」
「お金が必要なんですか?」
シータが不思議そうにリックに尋ねる。
「あ、ああ、装備とか揃えねえと……全部なくしちまったからな」
「それなら貸しますよ」
そう言ってにっこりと微笑むシータにフルゴールは慌てて言った。
「シータ! いくらなんでもお金を貸すのは……」
「大丈夫ですよ。前金を頂いたら返してもらいますから。それでいいですよね?」
とんでもないお人好しだな。リックにフルゴールに同情したくなってきていた。彼の前では、シータが彼ににっこりとした微笑を向けている。フルゴールはその後ろで、そっとため息をついていた。
翌日、三人は町の北へ、ある村を目指して出発する。そこでは子供たちが盗賊団にさらわれるという事件が起きていた。彼らの受けた依頼は子供たちの救出である。
リックがこの仕事を受けた理由は、盗賊団が子供たちをさらうのは、奴隷として売るためだという噂があったからである。
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