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「愛と勇気の戦士、ロビン様参上っ! さあ、みんな俺がいるからには大船に乗ったつもりでGOだ!」 遺跡の入り口を前に、ロビンが高らかに宣言する。…が、聞いている人間はいない。 「うるせえよ、馬鹿」 「…泥船の間違いじゃないのか?」 …ああ、いたいた。蹴りを入れたラスと肩をすくめたレド。 昨日の朝、待ち合わせ場所にしていたオランの北門を旅立ってから、まる1日半。そろそろ日は中天に差し掛かろうとしている。最初はカオスだったはずの人間がレドに戻ったのは、昨日の夜だ。 『私がオランに戻ってることが知れるといろいろと面倒なんでな。魔法で姿を変えていたが…ま、いつもの姿のほうがしっくりくるしな。……他言無用にしてくれるとありがたいが?』 そう言って、元カオス現レドは微笑んだのだった。 とまあ、そんなこんなで(…何が?)一行は遺跡の前にいた。 巻物を持ち込んだ張本人アレク。それにくっついてきたレイシャルム。解読させられたレド。たまたま酒場にいて参加したラス、ディック、ロビン。そしてそれぞれにくっついてきたカイとケイ。そして何故かエーベン。 蹴りの入った尻を押さえたままのロビンには誰も構わず、一行は遺跡の入り口を見上げた。アレクが傍らに立つレドを見る。 「で? どういう順序で入るの? 私、遺跡は初めてだから」 「そうだな…。普通は盗賊が先頭に立つな。罠も警戒しないといけないし。で、戦士で魔法使いをはさむのが普通だな。今日のメンバーなら…」 と、レドがざっとメンバーの顔を見渡した。ちなみにうずくまってるロビンは視界の外。 「私と…ラス。で、アレクが次。カイ、ケイ、エーベンをはさんで、レイとディックがしんがり…ってところか。…ん? 1人…足りないような…9人いなかったか?」 「全員言ったと思うけど……」 アレクが首をかしげる。そこへ、エーベンの声が響き渡った。 「ロビンさ〜〜んっ! 大丈夫ですかっ!」 「うるせえ! こっちに来るなぁ!」 駆け寄るエーベンと逃げるロビン。それを見て、アレクがぽんと手を打つ。 「ああ、ロビンだよ、レド」 「おいおい…忘れてたのか? そりゃひどいな」 レイシャルムが苦笑する。でも、そう言う自分だって、エーベンの声を聞いてぽんと手を打っていたくせに。 「ロビンは……適当に入れ。どこでも一緒だ」 さらりと答えてレドが遺跡へと足を踏み入れる。一行もそれに続いた。 木々の合間で草と苔に覆われた入り口は、確かに地図がないと見つけにくかっただろう。高さは身長の2倍ほど、幅は人間2人が手を広げたくらい。石造りの扉の表面には古代語らしき文字が刻まれている。 「入り口は…ここか。罠でも調べるか…」 「…手伝うか?」 「ああ、反対側を頼む」 レドとラスが苔むした大きな扉に足を進める。 「よっしゃ! 俺も手伝うぜっ!」 エーベンから逃れたロビンが走り寄ってくる。が、扉にたどり着く前に、レドとラスが立ち上がる。 「ないようだな」 「こっちもだ。…ただ、このままじゃ開きそうもないな。古代語はあんたの専門だろ? 上位古代語みたいだし」 ラスの言葉にうなずいて、レドが扉に刻まれた文字に目を向ける。 「あう…間に合わなかったか…。いや、俺の勇姿はこれからさっ! みんな、楽しみにしててくれ!」 レドが文字を読んでいる隙に、ロビンが叫ぶ。が、やはり聞いている者はいない。先刻ツッコミを入れた人間たちはただいま扉に夢中だし。 「ディックさん…私、遺跡なんて初めて…」 「ケイさん、大丈夫ですよ。みなさんが一緒ですから」 「レイは経験あるんでしょ?」 「ああ、昔な。大丈夫だよ。…無茶さえしなきゃな」 「……大きな…扉ですねぇ…」 「ロビンさんっ! あなたの勇姿、楽しみにしておりますとも!」 …ああ、1人聞いていたらしい。 そんな会話には構わず、レドが古代語を読み上げる。 「…汝、我らが夢を覚ます者。我らが眠りを妨げる者。ならば、汝が運ぶは何ぞ。………なんだ? ああ…そういえば、地図に書き込みがしてあったな。たしか……“更なる永遠を”」 レドの口から上位古代語が紡がれる。 扉が動いた。 年月によるかすかな軋み以外は、さして抵抗もなく大きな扉が開く。そして、そこから石造りの廊下が始まっている。かすかに鼻をつく匂いは、年代の古さを物語っているが、しっかりと封印されていたせいか、埃などは思ったほど溜まっていない。 「あ、開いた。よし、じゃ行こうよ」 そう言って、アレクが後ろにいた人々を手招きで呼び寄せる。 「各自、武器の確認。遺跡を守るモンスターの可能性は高いからな。それと、どこに罠があるかわからん。不用意な行動はしないように」 まるで引率者のように、レドが注意事項を申し渡す。全員がそれにうなずいたのを見て、レドは廊下に足を踏み入れた。先刻決めた順番通りに、後ろが続く。 好きにしろと言われたロビンはアレクのすぐ隣に陣取った。そこが一番安全と思ったかどうかは定かではないが。 さて、遺跡内部。石造りの堅牢な廊下が9人を出迎える。 真っ直ぐな廊下を数十歩進んだ頃、レドが突然立ち止まった。 「どうしたの? いきなり立ち止まったりして」 すぐ後ろを歩いていたアレクが声を掛ける。振り向かずにレドが答えた。 「いや…何か…いやな感じがしたんだが」 「……言われてみれば…少し調べてみるか?」 レドの隣でラスがあたりを見回す。その後ろにはロビン。 「ほえ〜〜、高い天井だなぁ〜。あ、彫刻もしてあるみたい」 上を見上げてきょろきょろしつつ、ロビンが歩いている。前の2人と隣の1人が立ち止まっても、その足は止まらない。 「…うわっ!」 「あいたっ!!」 ロビンが掲げていたカンテラが、ちょうど振り向いたラスの額にヒットする。そしてロビン自身も体当たり。 「…ってぇ〜……てめえ! このクソ馬鹿野郎!」 「な、なんだよ! 急に立ち止まるなよ!」 赤くなった額をさすりつつ迫ってくるラスから逃れようと、ロビンが後ずさりした。壁に手をつく。 ……かち。 「……あれ?」 「おい…今の音、何だよ。……てめえ、何触りやがった!」 「え? し、知らないってば! 俺は何も……!」 後ずさりするロビンの後ろからカイが顔を出す。 「あ…あの、お二人とも…。ラスさんもロビンさんも落ち着いて下さい…」 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、かすかな音が響き始めた。 「……今…『ごごご…』って言わなかったか?」 ラスが誰にともなく呟く。レドが溜め息をついた。 「まずいな。何かが作動したようだ。さっきの感覚から言って、近くに罠がありそうだな。どちらかというと…ここから離れたほうがよさそうだ」 その言葉を、アレクが後ろのメンバーに伝える。 「みんな! ここから離れるよ! 急いで進もう!」 次の瞬間。 床が落ちた。…いや、落ちたというのは正確ではない。より正確に言うなら、傾いた。入り口と、レドたちが立っていたあたりを支点にして、ぱこーんと斜めに。つまり、通路そのものがV字型にへこんだのだ。当然、そこに立っていた人間たちは、真ん中へむかって落ちてゆく。 一番端にいたレドは、とっさに縁に手を掛け、難を逃れた。ほぼ同じ位置にいたラスも同じように縁に手を掛けたが、その瞬間にカイの姿が目に入る。そっちへと手を伸ばした瞬間、バランスを崩した。隣ではロビンがあわてて、事もあろうにアレクにつかまっている。結局はアレクも巻き添えを食った。 「ロビンさ〜〜んっ!」 エーベンの叫び。愛の力か執念か、V字の底に落ちた時に、エーベンはロビンの片袖を掴むことに成功した。が、ロビンの意志か偶然か、その片袖は付け根からほつれてしまう。 「ああっっ! ロビンさ〜〜んっ!」 エーベンの悲痛な叫びが響き渡るなか、うまいことやっちゃってる2人もいる。 「ディックさん!」 「ケイさん! こちらへっ!」 …いや、2人とも落ちてることに変わりはないんだが。 「アレク! どこだ!」 後ろのほうから、レイシャルムの声が聞こえる。が、アレクはただいま取り込み中だ。 「うわ〜〜! ちょっと…誰か〜〜っ!」 「離せ! 馬鹿!」 叫ぶロビンが、アレクにすがっている。それをアレクが蹴落とそうとしている。 「…あ…ラスさんっ! ……きゃぅっ!」 ラスが伸ばした手がカイに届く寸前、ロビンをとらえようと再び伸ばしたエーベンの手に遮られる。が、その手は届かず。ラスとカイを邪魔しただけにとどまった。何がしたかったんだ、エーベン。 「…おいおい…何も全員落ちんでもよかろう」 もとの廊下に、ただ1人無事で這い上がりながら、レドが呟いた。 V字の底は、当然それだけでは済まない。そこから更に下にも落とし穴は続いている。ま、それだけならつまらないし。 …というわけで。レドをのぞく8人はどんどん下へと落ちていくのであった。ところどころ、分岐点なんかもある。ただひとつの救いは、真っ逆さまに落ちてゆくのではなく、滑り台のように斜めに滑っていくことだろう。さほど身軽とは言えない人間でも、あまり怪我をすることはなさそうだ。 V字の底に吸い込まれていく8人を見送って、レドが溜め息をつく。 「まあ…死ぬことはなさそうだし。縁があればまた会えるだろう」 そうしてとりあえず……先に進むことにした。 そして、落ちた人たち。 「うげ」 どべちゃ、と、かなり素敵な音とともに、滑り台からロビンが落ちてきた。その上に、重なるようにラスが落ちてくる。とりあえず、受け身はとった。が、直後にアレクが上に落下。受け身の意味はあまりなかった。 「いてっ! アレク! 狙って落ちてくるな!」 「だって、ラスがそこにいるから悪いんじゃないか。早くよけてればいいのに…」 「おまえら、いいから早くどけろ〜〜っ!」 ロビンの叫び。 とにかく、立ち上がって、3人はあたりをみまわした。 「…ロビン、カンテラは?」 アレクの問いにロビンは肩をすくめた。ちなみに、エーベンに引きちぎられて、左袖はなくなっている。なんとも…ナサケナイ格好だ。 「…ふっ…いかにこの俺様といえども、あの混乱の中から彼女を助け出すことは不可能だった……」 「なくしたとか壊したとか、素直に言えよ、馬鹿」 ロビンを蹴りつつ、ラスは精霊語を唱えた。それに応えて、光の精霊が姿を表す。 その光であたりをあらためて見回す3人。落ちてきた場所は…簡単に言えば洞窟のような場所だった。おそらく、遺跡の真下にあたる場所だろうと見当を付ける。 「…で、他の人が落ちてこないね」 滑り台の出口をのぞきこみながらアレクが言う。ラスがうなずいた。 「多分、途中の分岐点で別れたんだろ。ま、なんにしろ、ここからどこかに出ないことにはな。…どうやら、ここは突き当たりみたいだから、選べる方向は限られてる。…行くしかねえだろ」 先刻までとは違い、ごつごつとした岩肌が続いている。落ちてきた場所は、かなりな急斜面の上、表面がつるつると滑るので、とてもじゃないが登れない。他の入り口を探すしかないようだ。 事故とは言え、スイッチを押してしまったロビンをからかい半分に責めつつ、3人は歩き続けた。 しばらくののち、わずかな明かりが見えた。 「あ、明かりだ! きっと出口じゃないか?」 ロビンが駆け出す。そして、たどり着いた先には、先刻の遺跡内部と同じような壁があった。そこから短い廊下のようなものにつながり、幅の広い両開きの扉へと続いている。 「やった! ほら、出口だぞ、2人とも! 早く来いよ!」 いや、出口と言うよりも、入り口と言ったほうが近いとは思われるが。 何はともあれ、それに向かって走り出しつつ、後ろの2人をロビンが呼ぶ。が、2人はそこで立ち止まった。 「…なあ、アレク。あれ、何に見える?」 「……石像」 扉の両脇には、石像が2つ立っている。台座の上に鎮座ましましてるのは翼のある爬虫類めいたもの。キュートな笑顔で、前を通り過ぎるロビンに微笑みかけている。 「あれってさ……ガーゴイルじゃねえ?」 「あ、そうなの? うん、聞いたことはある」 2人の会話はロビンの耳には届かない。そのまま、足を進めたロビンが扉に手を掛けた。 「あ、そっか。罠とか調べたほうがいいのかな?」 言いながらも、すでに扉を開けかけているあたりがロビン。だが、扉が開く前に、石像が動いた。石で出来ているはずの翼が動く。閉じていた目がぎょろりと動く。ウィンクしなかったのがせめてもだ。 「あ〜あ、やっぱりだ。アレク、右頼む。俺は左いくから」 「了解。ロビンの馬鹿は?」 「…ほっとけ」 剣を抜いた2人が同時に駆け出す。そのまま突っ込むアレクの隣で、ラスが立ち止まって精霊語を唱える。 「……あれ? 2人とも? ……おわぁ〜〜〜〜〜っっ!!!!」 振り向いたロビンの目に、2体のガーゴイルが映った。 ややしばらくのち、2体のガーゴイルは崩れ去っていた。その残骸を前に、ロビンは座り込んでいる。 「お〜い、どうした? まさかこれっくらいでびびってんじゃねえだろ?」 にやにやと笑いながらラスが言う。その隣でアレクも肩をすくめていた。 「まったく、使えないにもほどがあるね」 「ち、ちがわい! ちょっとびっくりしただけだ。…いきなりだったから! ええい! 次行くぞ、次!」 そして扉に手を掛ける。それを見て、ラスが1歩さがった。 「アレク…下がったほうがいい。……嫌な予感がする」 「そうだね。……私もそう思うよ」 1歩どころか、2歩3歩と2人は離れる。それには気づかず、ロビンが扉を開ける。が、開かない。 「あれ? あ、そっか鍵がかかってるんだ。よーっし! 本領発揮!」 鍵開けの道具を取り出して、ロビンは鍵穴にそれを差し込んだ。直後。鍵穴から針が飛び出す。手元を覗きこんでいたロビンの耳の上の髪をかすめて、針は飛んでいった。 「……え? 今のって……」 さすがに青ざめた顔でロビンが振り向く。ラスがにやりと笑う。 「毒針…かな?」 「ひょっとして…」 「ワ・ナ♪」 「おまえ…知ってたのか?」 ロビンが聞く。ラスは肩をすくめた。 「…いや? 知ってはいなかったけど。あるかなとは思ってた。…ま、ガスじゃなくてよかったな。当たらなかったみたいだし?」 「ロビンって…妙に悪運強いよね。っていうか、運だけだよね」 しごくまじめな顔でアレクがうなずいている。 さて、一方その頃。 ディックとケイは、しっかりと手をつないだまま、滑り台の終点を迎えていた。落ちる寸前、とっさにディックがケイをかばう。 「ケイさん、大丈夫ですか?」 「ええ☆ ディックさんこそ」 2人が立ち上がる。そこは、遺跡のどこからしい小さな部屋だった。とりあえず、明かりを確保しようと、ディックが光の精霊を呼び出す。精霊に照らされた室内は、殺風景なものだった。壁や天井などの彫刻は、先刻の廊下と変わらないが、家具も何もない小さな部屋。落ちてきた距離を考えると地下であることは間違いないので、物置のひとつだと思われる。 「何も…ないですねぇ…」 きょろきょろとケイがあたりを見回す。めぼしいものは…というか、本当に何もないのだ。めぼしいものもめぼしくないものも。 「ケイさん、あまりうろうろしないで下さいね。私の後ろにいて下さい」 「はい。よろしくお願いします」 にっこりと笑って、ケイがぺこりと頭を下げる。途端に、ディックが赤面する。 「い…いえ…あの、そう改まられると…ちょっと…」 「あら、どうしたんですか?」 「あ…なんでも…ないです」 「…ディックさんたら☆」 ……やってなさい、あんたたちは。 「あ…あの、とりあえずここを出ましょう。盗賊の技を持った方々が、どうやら私たちとは違う場所に落ちたらしいですし。あまりうかつな動きはしないほうがいいんですが…」 ディックが、出入り口らしき扉を指さす。ケイがうなずいた。 「そうですね。でも、ここでじっとしてても…意味なさそうだし。行っちゃいましょ☆」 「ええ。落ちてきたことを考えると、上に向かうのがいいと思いますが」 「そうね♪」 「…ケイさん…楽しそうですね?」 にこにこと微笑んでいるケイに、ディックが問いかける。ふと、ケイが頬を染めた。 「え…だって…こんな時だけど……ディックさんと2人きりだし……♪」 「あ、あ…いえ…あの…ケイさん?」 「ディックさんは? ……楽しくない?」 小首を傾げて、ケイがディックを見上げる。ディックが耳まで赤くなる。 「あ……あの……嬉しい…です…」 ……よかったね、2人とも。 そんな幸せな2人がいるかと思えば、不幸な人間もいる。言わずとしれたロビンである。 「でぇ〜〜〜っ! 何だ、これぇっ!」 …騒がしい。見ると、扉を開けようと握った取っ手がそのまま左手に張り付いている。 「また…ずいぶんと強い……膠(にかわ)か?」 ロビンの手にも取っ手にも触れずに、ラスが首をかしげる。ロビンの手にくっついて、取っ手は肝心の扉から外れてしまっている。それをアレクが蹴り開けた。 「なんだ、取っ手がなくてもあくじゃないか」 「珍しく罠もなくって、鍵も簡単に開いたと思ったら、こういうことかよ」 変わった仕掛けだな、とラスが苦笑を漏らす。 「どうでもいいから、どうにかしてくれよ!」 「どうにもなんないよ。無理矢理はがしてもいいけど…?」 そう言うアレクをロビンが止めた。 「いやだ! おまえなら絶対に手の皮ごとはがす!」 「ま、しばらくそのままだな。レドに聞けば何かわかるだろ」 こともなげにラスが言う。ま、他人事だし。 ガーゴイルが守っていた扉から、少し進んだ先にその扉はあった。そこへ至る廊下の壁は、ひどく崩れかかっている。どうやら、古代の魔法の影響が少ないらしい。それとも、地盤が崩れかかっているのかもしれない。 取っ手のとれた扉を開けた先は、もっと崩れていた。かろうじて廊下の形はしているが、どちらかというと、洞窟に近いイメージではある。岩肌がかなり露出しているのだ。 「とりあえず、進もうよ」 アレクが歩き出した。ラスとロビンもそれに続く。岩肌の露出した、廊下(洞窟?)はゆるやかな上り勾配である。 「どうやら上に向かってるな」 そう、確かに上に向かっている。が、ところどころ崩れているために、真っ直ぐには登れない。岩を乗り越えてみたり、迂回してみたり。上に進むにつれて、勾配はさらに急になっていく。 しばらくののち。 「……なあ……ちょっと…休憩しないか?」 肩で息をしつつ、ラスが言う。アレクが振り向いた。 「なーに、もう疲れたの? 年寄り」 「…うるせぇ。…肉体労働は…専門外だ」 その意見を採り入れて、3人は坂の途中で休憩することにした。とりあえず体力があまってるらしいロビンが立ち上がる。 「よっし! この先をちょっと偵察してくる!」 「言っても無駄だと思うけど、気を付けて」 アレクが感情のこもらない台詞を言う。ラスはその隣でただ、ひらひらと手を振っていた。2人の見送りにはあえて応えず、ロビンは坂を上っていく。 ゆるやかなカーブを描く廊下の先に、ロビンの姿が消えていった頃、ラスがふと顔をあげた。 「…今、何か聞こえたよな?」 「え? 別に?」 「いや、聞こえた」 そう言って立ち上がる。きょろきょろとあたりを見回して、不満そうに溜め息をつく。 「…逃げられる場所はねえな。せっかく登ってきたのに、降りるのはごめんだし」 「ね、何が……」 あったの、と続くはずだった言葉は、そこで止まった。アレクの耳にも聞こえたのだ。『ごろごろごろ…』という重低音と、それに重なるロビンの悲鳴が。 「んぎゃ〜〜〜〜〜っっっ!!!」 ついでに地響き。 カーブの先からロビンの姿が再び見える。走っている。全力で。そして、ロビンのすぐ後ろには、廊下の幅いっぱいの巨大な丸い岩。 「…ちっ! しょうがねえ!」 逃げ場がないと見て、ラスが精霊語を唱える。それに応えて、岩肌がむき出していた壁に、穴が開く。 「アレク! 中に入れ!」 アレクの手を引いて、自分もその中に入る。 「ロビン! こっち!」 アレクが声をかける。が、その声はどうやら一瞬遅かったようだ。それを聞き取る前に、ロビンが穴の前を全力で駆け抜けていった。 「た〜〜す〜〜け〜〜てぇ〜〜〜っっ!」 悲痛な色の尾を引くロビンの声はやがて聞こえなくなった。どうやらかなり下まで駆け下りたらしい。下を見ると、どうやら、崩れた岩の一部にぶつかって岩は止まっている。へろへろになりながら、巨大な丸い岩を乗り越えてくるロビンの姿が見えた。 「……ありがと、ラス。助かったよ」 「いや…お互い様だ。ガーゴイルの時は助けてもらったしな」 それよりも少し前。水路らしき場所にたどりついている人間たちもいた。 「ロビンさ〜〜ん! どこですかぁ〜〜!」 エーベンが声を張り上げる。その横で、レイシャルムも叫んでいた。 「アレク! 聞こえるか! どこにいる!?」 その2人について歩きながら、カイが溜め息をつく。 (あまり…うろうろしないほうが……いいと思うんだけど……。でも、ラスさんも心配…あ…違う、ラスさんのほうがわたしを心配してるかも……) 滑り台から落ちた場所は狭い廊下だった。そこから目に入った細い階段を下りてみた。すると、ここにたどり着いたのだ。どうやら、地下水路のようである。時折現れる巨大なドブネズミやら蛇やらはレイシャルムが一刀のもとに切って捨てる。 そして、2人は先ほどから叫んでいるのである。愛しい者の名前を。ちなみに、『迷う危険性もあるから』というカイの意見はきれいに無視されている。 カイの呼び出した光の精霊があたりを照らしてはいるが、見える限りでは脇道も上に登れるような場所もない。 (迷う危険性は少なそうだけど……それだけ、選択肢が少ないってことですよねぇ…) カイがもう一度溜め息をついた。それを聞きつけて、エーベンが振り向く。 「わかります! 貴女も愛する人が心配なのですね! ええ、私も同じですとも。ロビンさんと引き裂かれた哀しみに、この胸は張り裂けんばかりっ!」 「あ…いえ……そうじゃなくって……」 「うんうん、確かに心配だな。…アレクのやつ、無茶してなきゃいいけど…。いや! ひょっとして怪我をしていたりなんかは……」 レイシャルムの言葉にエーベンが青ざめた。 「ああ、そうです! そういう可能性も……。ああ…ロビンさん、私がついていれば、愛の力で怪我など瞬く間に治して差し上げますのに…!」 そんなわけで、2人はまた叫び始めるのだった。 「ロビンさ〜〜ん!」 「アレク!」 そして、その後ろでは、カイが3度目の溜め息をついていた。 一方、1人きりになってしまった男もいる。 「…まったく。私1人でどうしろと言うんだ……」 ぶつぶつと文句を言いながらも、襲ってきた吸血コウモリの一団を剣で叩っ切り、鍵と罠満載の扉も、道具ひとつでちょちょいと開けて、さらに部屋の床に隠れていたイミテーターを魔法でぶっ飛ばす。……1人で充分だって。 「……ふん…この先に…部屋がこことここ。……なるほど」 アレクから預かっていた地図を見ながら、独り言を言う。 「こう行って…こう。で…突き当たりが…やけに広いな。まあ、行ってみればわかることだが。どうやらそこには仕掛けもありそうだ。つまり、大事なものはそこにあるというわけだな」 にやり、と口の端を上げて、レドは廊下を進んでいった。 とは言え、せっかくこうして遺跡に潜っているのだ。大事じゃないものも見逃すつもりはない。扉を見つけると、手早く罠を調べて鍵を開ける。価値がありそうなものをざっと見極めて、背中の袋に入れていく。 「…しかし…荷物持ちがいないとはな……。ロビンの馬鹿でもいればよかったんだが」 そんなところで名前を呟かれているとは思いもよらず、ロビンはまたしても悲鳴を上げていた。岩肌の露出した坂がようやく終わって、歩きやすい廊下にたどり着いたと思ったら、いきなりその廊下の床が抜けたのである。 「…だから、言ったろ。そこはヤバそうだって」 「そうだよ。人の言うことは素直に聞かなきゃ」 ラスとアレクが同時に肩をすくめる。その足下で、ロビンは落とし穴の縁に手をかけて、足をばたつかせていた。が、左手には扉の取っ手が張り付いているため、右手1本である。 「早く助けろ! 下には槍がたくさんあるんだぞっ! 俺様が落ちて怪我でもしたらどうしてくれるんだ!」 「……そう出るわけか」 「ふ〜〜ん、命令形なんだ」 妙に気があっているラスとアレク。そっぽをむきかけた2人に、ロビンが慌てて言った。 「あ、嘘です、嘘。すみませんでした。反省してます。……助けて下さい、お願いします」 「そう、素直が一番だぜ?」 「人にものを頼む時には、言葉遣いが大事だよね」 にっこりと微笑んだ2人に引き上げられて、ロビンが大きく息をつく。 「…はぁ……助かった…」 「さあ、次行ってみよう!」 アレクが声をあげる。…なんだか楽しそうだ。 しばらく進んだ先には、何やら奇妙な仕掛けがあった。廊下の奥に部屋がある。その入り口は扉ではなく、門のような形をしている。そして、今3人が立っている場所には石と金属を組み合わせた操作盤のようなもの。その上の壁には、小さな石版が掛かっていた。 「ん? なんだろ、これ? ……ちくしょう、読めないや」 ロビンが腕を組む。取っ手がはりついたまま。片袖が破れたまま。…ついでに言えば、いろいろとすりむいたり、服に穴が開いてたり…。 「なんだ? …ああ、古代語か。下位古代語だな。読めるぜ?」 ラスがロビンの後ろから顔を出す。しばらく石版に目を走らせて、うなずく。 「なるほど。この操作盤とあの門の関係が書かれてるな。たとえば…ロビン、あの門まで進んでみろよ」 言われて素直にロビンが従う。門に足を踏み入れた瞬間、両脇から炎が吹き出した。 「どわっっ! ラス! なんだ、これ!」 慌ててロビンが駆け戻ってくる。 「…何も操作しないで、あそこを通ればこうなるってことだ。だから……ここをこうして…」 操作盤の上に置かれた宝石をいくつか、入れ替える。そして最後に真ん中にある石に手をのせた。 「こうすると、炎は出ないってわけだな。…ロビン、ちょっと手ぇ貸せ」 「なんだよ?」 取っ手が張り付いていない方の手をロビンが差し出す。ラスがそれを掴んで、石の上に置く。 「よし、アレク行くぞ」 「了解」 歩き出した2人の背中に、ロビンが声をかける。 「…で、俺が行くときはどうすればいいんだ?」 「走れよ。全力で」 にべもない返答。何だと、と怒りかけたロビンにアレクが微笑みかける。 「しんがりをつとめるのは、責任感と実力のある立派な戦士にしかできないんだよ? …いやぁ、さすがロビンだね」 この台詞にのらなければロビンではない。 「そ、そう? いやぁ、そうか。そうだよな、よし、2人とも俺にまかせろ!」 ロビンの犠牲のおかげで、何事もなく門の向こう側にたどり着いて、ラスとアレクが溜め息をつく。 「あいつ…単純だよな」 「ほんと。あそこまでのせやすいとは思わなかったよ」 「けど…間に合うかな? 俺のほうが足は速いんだから、俺が残ったほうがよかったか」 「…残る気なかったくせに。大丈夫だよ、ロビンは運だけで生きてるから」 2人が通り過ぎたのを見計らって、ロビンが石から手を離す。そして、全力疾走開始。 「ぬお〜〜〜っっ!」 妙な雄叫びとともに、ロビンが門に飛び込む。間に合った…かに見えた。が、通り過ぎる寸前、炎が吹き出す。 「うわちちちちっっっ!」 尻から炎と煙をあげながらロビンが走り回る。 「馬鹿、転がれよ」 言いながら、ラスがロビンの足をひっかける。ロビンが見事に転んだ。 「たたけば消えるんじゃないか?」 アレクが転がったロビンの尻を叩こうとする。が、手で叩くのは熱そうだと思い直す。で、足で踏みつけることにした。 「うわっ! やめろアレク! もう火は消えたって!」 転がったままロビンが逃げ回る。壁が目の前に迫っているのにも気づかずに転がり続ける。そして、予想通り、壁にぶち当たった。 「あいててっ! うげっ! 崩れてきたぁっ!」 予想外にもろくなっていた壁がロビンの体当たりで崩れてくる。慌てて立ち上がろうとするロビンの背中にも崩れた壁は降ってきた。 「なんだ…そこだけ壁薄いのか」 「意外と器用だよね、転がってって壁崩すなんてさ」 冷静な感想を漏らす2人。 そして、いちゃついてる(ように見える)2人。 「きゃ☆」 「ケイさん、下がって!」 突然、壁に響いた物音に、ケイが後ずさる。それを庇うようにディックが前に出た。 「…何か…危険なものかもしれないわ。…ディックさん、気を付けて…!」 「大丈夫です!」 先刻襲いかかってきたガーゴイルを1匹倒したばかりだ。警戒心はいやでも強くなる。 壁の奥の物音はますます異様さをましてくる。そして、それが最高潮に達した瞬間、突然、壁が崩れ始めた。 「きゃぁっ!」 「ケイさん!」 ディックにしがみつくケイ。それを守ろうとするディック。 その2人と一番最初に目があったのは、アレクだった。 「あれぇ? ディック、ケイ。……どしたの、そんなとこで」 「……邪魔してわりいな」 抱き合っている(ように見える)2人に、ラスも声をかける。ケイが慌ててディックから離れた。 「……アレクさん? ラスさんも。どうしたんですか?」 ディックが少し赤面しつつも問い返す。その問いには、壁の残骸の下からロビンが応えた。だが、悲惨な状態の上に、尻部分が焦げて穴が開きかかっているのでは、かっこつけも何もあったものではない。 「愛と勇気の戦士、ロビン様の活躍によって、無事に仲間との再会を……って…あれ? ディックにいさんっ!」 救いの神を見つけたかのように、ロビンが顔を輝かせる。 ……とりあえず、2人と3人は5人になった。 一方。地下水路の面々。 「ロビンさ〜〜んっ!」 「アレク!」 「……はぁ……」 ……変化ナシ。 3人はひたすら薄暗い地下水路を歩き続けていた。もとより他に道はない。止まるか進むかしかないのだ。そして、レイシャルムとエーベンには立ち止まって仲間の救援を待つという思考は存在しない。 「ああ…ロビンさん…愛しいあなたと離ればなれとは…何という運命のいたずら! ですが、この試練を乗り越えてこそ2人の愛はよりいっそう、深まるというもの! 見事再会を果たした暁には、熱い抱擁を……!」 「アレク…ああ…心配だ。なんだかものすごく心配だ。…今頃、罠にかかっていやしないだろうか…。モンスターの群に1人で突っ込んでいったりしていないだろうか…。ああ、頼む、無茶はしないでいてくれ…」 (…ところで…いつになったら出口があるんだろ…。…はぁ…) そして、レド。 「まったく! 戦士どもはどこに行ったんだ!」 首輪の外れた黒曜石の犬。部屋に足を踏み入れた瞬間、飛びかかってきたそれを、持っていた広刃の剣で叩き落として、ついでにとどめをさしながら、レドは毒づいていた。 ゴーレムの一種らしい、その犬の残骸を足で蹴り飛ばしながら、あたりを見回す。持っていた地図と照らし合わせて小さくうなずいた。 「…ふん。なるほどな。そろそろ最終地点か」 呟きながら、突き当たりの扉を開ける。そして、その向こうに見えたものに、ごく小さな溜め息をついた。 「……まったく……本当にどこに行ったんだ、戦士どもは。…これを私に片付けろと? 馬鹿にするにもほどがあるぞ。それにしても…先刻のオブシディアンドッグといい…ここの住人は犬好きなのか?」 目の前の巨大な黒犬を見ながら、呟く。 「本来なら…肉体労働は専門の奴らに任せるところだが…いないのでは仕方がない」 黒い大型犬……通称・地獄の番犬。正式にはヘルハウンド。口から吐く炎はなかなか強力との噂もある。…が、レドは気にしない。だってレドだし。 「さてと…片付けるとするか」 まず、眠りの雲。レドの口から紡ぎ出された上位古代語の呪文によって、あっさりと地獄の番犬が眠りこける。そして、足音を殺して、犬の頭の位置まで走り寄る。充分に見定めて、急所狙いの一撃。 「…おっと。さすがに一撃では無理だったか…」 目を覚ましたヘルハウンドがレドに牙をむく。が、かわす。そして、レドが再び剣を振り上げる。 「……つまらんな。終わってしまった」 動きを止めた犬の体を見やりながらレドが溜め息をつく。…もっと遊んでてもよかったのに。 「番犬がここにいるということは…やはりこの奥だな」 ヘルハウンドの体を乗り越えて、壁際に近づく。 「隠し扉…か? おっと、この文字は……」 流麗な書体で書かれた、上位古代語の文字。それは、巻物の最後に記されていた詩と同じ文面であるらしい。 全てを越えるもの 夢つなぐもの 喜びとともにあるもの 哀しみとともにあるもの 失うは必然 残るも必然 取り合いし手 閉じられし瞼 寄り添いし心 「…ふ〜〜ん」 戦士どもはどこに行ったのか? とりあえず、戦士のうちの2人はここにいる。…ロビンも含めるなら、3人がここにいる。 「ロ、ロビンさ〜ん☆ 危ないんじゃないですか?」 部屋の入り口でケイがおろおろしている。その隣で、ディックがケイに囁く。 「ええ、危なそうです。…ケイさんはこちらへ」 「がんばれよ〜〜、俺たちはおまえを信じてるぞ、ロビン!」 「私も〜〜。がんばってね〜」 ラスとアレクの言葉には、真実味は感じられない。何と言っても、2人とも部屋そのものに足を踏み入れていないのだ。そんなところから、信じてると言われても困るだろう。まあ、それを言えば、ディックとケイも同様なのだが。 つまり、ロビンは1人きりで部屋のなかにいた。 先刻、この部屋の罠と鍵をラスが解除したのを見て、ライバル心を燃やしたらしい。『次は俺がやるぞ!』と。そして部屋の中央に人間1人が入れるくらいのチェストが置かれているのを見て、ロビンはそこに駆けだしたのである。 罠を調べ、鍵を外しにかかる。 「ロビンさん、何かお手伝いを……」 そう言って、部屋に入ろうとしたディックをラスが止めた。 「やめとけ」 「…どうしてですか?」 「嫌な感じがする。…考えてもみろ。だだっ広い部屋の真ん中に宝箱。他には何もねえんだぞ? 家具も何も」 「ですが先ほど、罠はないと貴方が…」 「入り口にはないって言っただけだ。…部屋ん中までは知らねえよ」 その言葉を聞いて、ケイが目を輝かせる。 「え☆ じゃあ、ひょっとして宝箱自体が罠ってこともあり得るのよね?」 「ケイ…どうして喜んでるの?」 アレクの言葉にケイが照れくさそうに笑った。 「だって…古代遺跡なんて初めてだし……罠が作動するところなんて、見たことなくって♪」 「う〜ん…分かるよ、その気持ち」 アレクが微笑む。ディックが囁くように口を開く。 「それ…誰か、ロビンさんに言ってあげてください」 「おまえが言えよ」 さらりと言ったラスに、ディックはそっと拳を固める。 「……ロビンさんが1人でやると決めた以上は、これもロビンさんの試練ですから…」 「そう、実戦に勝る経験ナシってな」 ラスのその言葉が終わった瞬間、ロビンの悲鳴が響き渡った。 「どひ〜〜っっ!!」 「ロビンさん!?」 駆け出そうとしたディックをアレクとラスが止める。 「まだ…だな」 「そうだね。もうちょっとありそうじゃない?」 その言葉に思わず足を止めるディック。 部屋の中には、鍵穴から飛び出したいくつもの針を皮鎧からそっと引き抜いているロビンが見える。 「う゛〜〜〜罠はないと思ったのにぃ〜〜…。ああ、よかった、鎧で止まってる…」 あらためて鍵を開ける。今度は成功した。 「やったね♪」 喜びいさんで、宝箱を開けるロビン。が、その声はすぐに落胆の色に染まった。 「あれぇ? ……ちぇっ…これだけかぁ」 箱のなかに無造作に手を突っ込む。その手が出てきたときには、小さなワンドを握っていた。 「いや…二重底ということもある。調べてみなくちゃな!」 左手には相変わらず取っ手が張り付いたままなので、右手にワンドを持つと、両手がふさがる。ということで、ロビンはワンドを腰のベルトに挟み込んで、再び箱の底を探り始めた。 ……かち。 「……あれ? ……聞いたことある音が…」 ロビンの額に汗が伝う。『ごごごご…』と言う響きを聞き取って、汗の量が増える。 がこん。がらがらがら……。 続く音を耳にして、さすがに危険を感じ取ったか、ロビンが立ち上がった。その次の瞬間である。…天井が落ちてきた。それも、ただの天井ではない。ちょっとしたサービスが付け加えられている。先端のとがった円錐状の石が幾本も取り付けられているのである。 「げぇ〜〜〜っ! さっきまではあんなものなかったのにぃっ!」 当たり前だ。さっきの「かち」でスイッチが入って、「がこん」で円錐の石が生えたのだから。そして、「がらがら」と天井を支えていた仕掛けが引き上げられ、天井が落ちてきた。…そういうわけである。 ずしーっん! と最後の音が響く。天井が落ちきった音が。 「ロビンさん?」 「きゃぁっ☆」 「愛と勇気の戦士、ここに眠る…でいいか?」 「もう少しひねりが欲しいところだね」 ディック、ケイ、ラス、アレクの順で、呟く。 「……お〜ま〜え〜ら〜っ!」 かろうじて残った、巨大な針の隙間から、ロビンが這い出してくる。服に穴は増えているが、怪我をした様子はない。…多分。 「あ…生きてた」 これは4人同時の台詞。 「気を取り直して行ってみよう!」 と明るく叫んだアレクに続いて、5人は廊下を進む。そして、突き当たりには両開きの扉が見える。扉の脇には見覚えのある石像。5人全員が見覚えあった。しかも、ごく最近。 「出たな、ガーゴイルめっ! もう、その手はくわんぞ! 愛と勇気の戦士、ロビン様が成敗してくれる!!」 片手に取っ手が張り付いたままで、無理矢理シャムシールを握ってロビンが駆け出す。槍を構えたディックとバスタードソードを抜いたアレクがそれに続こうとする。その2人にラスが声をかけた。 「…知ってるか? ガーゴイル型の罠もあるって話だぜ?」 「え?」 「…知りませんが…」 2人が足を止める。そこへロビンの雄叫びが届く。 「どりゃぁ〜〜! 受けてみろ、正義の剣!」 不自然な形で握ったままのシャムシールで石像を斬りつける。その瞬間、石像の台座からガスが吹き出した。 「うごがぁっ! 何じゃ、こりゃぁっ!」 ガスに巻かれたロビンが慌てて逃げ出す。ガスの噴出はすぐにおさまった。量もたいしたことはなかったらしく、被害を受けたのはロビンだけである。 「あ…やべ…吸い込んじゃった……? ……うひゃ? ひゃ? あれ…ひゃははひゃ…?」 不可思議な声をあげるロビンを一行が見つめる。 「様子が…おかしいですね」 「あ☆ さっきのガスじゃないですか?」 ディックとケイが心配そうな声を漏らすなか、ロビンの笑い声が響く。 「うひゃははははははっ! ひゃ〜ほほほっ!」 この上もなく緊張感がない。アレクが首をかしげた。 「なんだっけ。…聞いたことあるな。ん〜〜っと……」 「…バッド・ジョーク」 「ああ、それそれ! ラス、意外と物知りだね!」 「“意外と”は余計だ」 ロビンが笑っている隙に、ラスがさっさと扉の鍵を開ける。 「…ふん…なるほど、そういうことか」 詩の前で、レドがうなずく。そして、もう一度口を開こうとした瞬間、部屋の反対側の扉が開いた。 「……ん?」 そっちに顔を向けたレドに、明るい声がかかる。 「あっれぇ、レド! どうしたの、こんなとこで!」 女性用の下着を買いに行ったらレドがいた、そんなニュアンスでアレクが叫ぶ。 「……こんなも何も…おまえらこそ何をしていたんだ?」 何を、と問われて扉から顔を出した5人が顔を見合わせる。ぽりぽりと頭をかきながらラスが答える。 「え〜っと……遺跡罠巡りツアー…かな? ロビンが添乗員で」 「違うっ! 愛と勇気の戦士、ロビン様が、あらゆる苦難に挑んで乗り越えてゆくさまをおまえらがのほほんと観戦していただけだ!」 ロビンの反論。それに肩をすくめる4人。 「ところで、レドは何やってたの?」 アレクの問いに答える気にもならずに、レドはさっきまで読んでいた詩が書かれている壁を指さした。 「…これだ。最後の謎解きらしい」 「答えは? わかった?」 「多分な。…おまえらの前で口にするのも腹立たしい限りだが…」 そうして、あらためてレドが壁を見つめる。にやりと笑って、そっと呟いた。 「愛」 上位古代語で紡がれたその言葉は、そこにいた5人には理解できない。が、『扉』はそれに反応する。 わずかな音を響かせて、たった今まで壁だった場所が、左右に開かれていく。 「…開いたな」 レドが満足げに呟いた。 扉の先には、豪奢な棺が1つ。通常のものよりもかなり幅の広いその棺には、寄り添うように1組の男女が永遠の眠りについていた。 豪華な調度に埋め尽くされた室内。そのなかから、一冊の本を見つけだしてレドが目を走らせる。納得したようにうなずいた。 「この2人は…両親に反対されて駆け落ちしたようだな。そして、ひっそりとここで2人きりで暮らしていたらしい。死ぬときはともに、と、片方が不治の病を得たときに、2人そろって毒を飲んだようだ。……ふん、馬鹿らしい」 軽く鼻をならして、日記らしきその本を棺の上に放り投げる。 「じゃあ、めぼしいものをさらっていくことにしよう」 ケイは棺の前で、手を組み合わせて神への祈りを捧げている。それ以外の人間は棺に向けて複雑な表情で視線を投げたが、やがて、レドに続く。 それぞれの胸中を何が過ぎ去ったかは、自分自身だけが知っている。 …そして、この物語はここで……… 「ロビンさ〜〜んっ!」 「アレクーっ!」 (……はぁ……) …しまった、終わっていなかった。 エーベンとレイシャルムの声がかれ始め、カイの溜め息も数え切れなくなった頃、3人は地下水路の出口にたどり着いた。 「…ここは…どこでしょうか?」 カイの呟きに、レイシャルムが首をかしげる。 「さて…どうやら、少し行けば川があるらしいが……お? あの木は見覚えがあるぞ」 そう言って、目の前にある土手の上を指さす。その言葉にエーベンもうなずいた。 「ええ、確かに。……来るときに通りませんでしたか?」 「…あ…じゃあ、最初の入り口の近く…ということでしょうか…?」 うなずきあって土手を上った3人が、戦利品を抱えて扉から出てくる6人と出会うのはもう少し先になる。 出会ってから、『熱い抱擁』がなされたかどうかは…あとで本人たちに聞こう。 |
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