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No. 00183
DATE: 1999/11/23 23:31:33
NAME: リティリア
SUBJECT: 振りかえればすぐそこにある後悔
後悔
振りかえれば、それは、すぐそこに
ディオンが出て行って、二ヶ月あまりが経った
目まぐるしい毎日。生きることだけで精一杯だった
その日、いつものように朝食をお盆に乗せ、リティリアはこっそりとアルフィデアの部屋に滑り込む
ベッド脇の台にお盆を置くと、カーテンを開けながら
「アルフィデア様、おはようございます。ご気分はいかがですか?」
「あぁリティ、おはよ。今日はなんだか、とても気分がいいよ」
「よかった」
リティリアはベッドの脇に座り、アルフィデアに食事を食べさせる
気分がいい、との言葉に反し、彼の顔色は青白く、体調のありさまを明確に物語っていた
それを承知しているリティリアの心中は辛く、重い
しかし、そんなことを言ってはいられない
昼は、それなりに忙しい
買い物、掃除、アルフィデアの話相手・・・しかし、それは同時に充実も与えてくれる
夜
リティリアは、アルフィデアのベッドの傍らで、竪琴を奏でていた
蝋燭一つだけが点された部屋の中に、物静かな旋律が満ちる
やがて、一つの曲が終わった。次の曲を爪弾こうとしたリティリアに、アルフィデアは声をかけた
「リティ、今日はもういいよ」
「ですが・・・」
そっと手を止め、リティリアはアルフィデアを見る
アルフィデアは、柔らかな微笑みを浮べ
「今日はゆっくりお休み。リティが倒れたら、私が悲しい」
リティリアは、アルフィデアの、ほっそりとした顔を見
「・・・わかりました。アルフィデア様、おやすみなさい。明日・・・また、明日」
強く願うような口調でそう言うと、静かに部屋を出て行った
後に、この日のことを激しく悔やむことになろうなど、リティリアには知る由もなかった
次の日
その日も、いつもと変わらぬ朝から始まる
「アルフィデア様、おはようございます」
いつもと変わらぬ仕事が行われる
「ご気分はいかがですか?」
その筈であった
・・・・・
返事はなかった
「アルフィデア様?」
リティリアは部屋に入ると、恐る恐るアルフィデアの顔を覗きこんだ
眠っているようであった
不安に駆られたリティリアの手が、そっと伸び、アルフィデアの頬に触れる
その頬は冷たかった
「・・・嘘・・・」
その体から、名もなき命の精霊たちの暖かな奔流が失われ、ていることが、リティリアにはハッキリと分かった
「・・・アルフィデア様・・・」
もはや、応えはない
リティリアは呆然とその穏やかな顔を眺めるだけであった
それからは、慌しかった
どこから聴きつけたのか、アルフィデアの親族連中が、次々に現れた
彼らの顔には、死者を悼む様子もなく、リティリアには、むしろ彼らが喜んでいるようにすら見えた
リティリアがその場に居ることは許されなかった
アルフィデアがただ一人、心を許したリティリアも、親族にしてみれば、彼が気まぐれに拾ってきたどこぞの馬の骨、と言うに過ぎないのだから
その日のうちに、リティリアの姿は邸から消えた
リティリアは、誰にも気付かれぬように、アルフィデアの墓を作った
己のために作った、アルフィデアとの絆の唯一の証の、小さな墓
祈りを捧げ終え、リティリアは空を見た
旅に出よう
心はすでに決まっていた
旅に出て、冒険者となる
そこに、そこだけに、己が生きる道がある
後悔
今も変わる事なくそこにある
なぜ、あの日、アルフィデアに付き添わなかったのか
彼の体のことは、よくわかっていた
わかっていたはずなのに
なぜ、そうしなかったのか
消える事のない悲しみ
尽きる事のない悲しみ
後悔
振りかえれば、それは、すぐそこに・・・
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