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No. 00188
DATE: 1999/11/28 08:34:27
NAME: スナイプ
SUBJECT: 黒銀貨
オランに来てから数ヶ月・・・少しずつギルドにも彼の名は知れてきた。
彼の通り名は「黒銀貨」
誰が呼び始めたのか何時から呼ばれているのかは本人も知らない。だが理由は分かる。
表の顔で曲芸をやっている彼は滅多にギルドに顔を出さない。彼をギルドに呼ぶ時、彼の上司は黒い銀貨を送るのだ。大抵は曲芸の代金に混ざっているのだが、誰が混ぜたのかは知らないし興味も無い。わざわざ面倒な事をする、そう思うだけだ。
この銀貨はすぐに上司に返すし、特に見せびらかしている訳でも無い。それでも噂と言うのは広まってしまう物らしい。
部屋で今日一日の稼ぎを集計している時、何時ものように黒い銀貨が見付かった。
(またか・・・)
スナイプは小さく溜息を吐く。何か意味でも有るのか単なる趣味なのか、どっちにしろ人一人呼び出すのにご苦労な事だと思う。
何にしろ呼び出されたからには行かなくてはならない。
オランに来て日の浅い自分は現在下っ端に過ぎない。呼ばれた理由が例えギルドの未来を担う依頼だろうが単なる世間話の相手だろうが自分に拒否する権利は無いのだ。
何時ものように上司の部屋に行くとノックもせずに開ける。
この部屋の主がこの程度で不機嫌になる事など無いと確信している・・というよりこの男が不機嫌になった所など見た事が無い。
案の定何時もと同じ反応が帰って来るだけだ。
「・・・遅かったな」
「お前に速いって言われるには何時来りゃ良いんだよ?」
自分も同じように皮肉で返す。
「まぁどうでも良い事だ・・・それより・・・」
心底どうでも良さそうに呟き、男は早速依頼内容を説明する。
これもまた何時も通りの依頼で有る。もっとも自分に取っては何時もの依頼で有ろうと標的にとっては正に死活問題なのだろうが。
「へいへい・・・じゃあ今日も元気に殺ってきますよ」
軽口を叩きながらも表情はすでに笑っていない。
「では、頼んだぞ」
「ちょっと待て」
男が締め括るとスナイプは振り向いて手を差し出した。
流石に意図が読めず黙っているとスナイプは逆の手で黒い銀貨を投げ返しはっきりと告げる。
「ちゃんと銀貨払え」
ある知り合いは自分の事を「奴は皮肉っぽい御人好しだ」と言う。
認めねばなるまい。確かに普段の自分は何だかんだ言って御人好しで有り、御節介だ。
道で困っている老人を助ける程の善人でも無いが、知り合いが困っていれば多少面倒な事でも悪態を吐きながら手伝ってしまう。勿論口では否定しているのだが。
また、別の知り合いは「奴は仕事ならば親でも殺すギルドの歯車だ」と語る。
それもまた、真実である。妙に上司に気に入られている自分にはかなりの数の仕事がやってくる。
ギルドの法を犯した者への粛清・・・その中には自分の良く知る友人のものさえ有った。
だが彼は躊躇わない。そんな時は何時も、自分に暗殺者の技術を教えた男の言葉が頭に響く。
「良いか?お前に仕事が回って来るって事は、そいつはもうどうやっても助からないんだ。忘れるな。お前の代わりは幾らでも居る。お前が殺らなくても誰かが殺るんだ。余計な情を抱けば無駄な死体が一つ増えるだけだ・・・お前のな・・・」
そう、今宵の標的もう逃れる事は出来ない。ギルドに逆らった時点でそいつはすでに死刑宣告を受けているのだ。
黒銀貨が手元に来た時、彼は仮面を被るのだろうか?それとも仮面を外すのだろうか?或いはその両方が仮面なのだろうか?
感情を捨てる事はしない。だが、感情に流される事も無い。
前の2人より彼をもう少し深く知る者はこう語る。
「奴は自分の感情を忘却して行動出来る男だ」と・・・
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