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(※このエピソードは過去エピソードのひとつです。時期的には「子守歌」の後になります) 「……ったく…あのじじい、何考えてやがる!」 ほぼ垂直に切り立った崖を命綱もなしで登りながら、ラスが毒づく。高さは身長の約7倍強というところか。さほど高くはないし、ざらついた岩壁の表面にも手がかりや足がかりはたくさんある。それが幸いと言えば幸いだが、登ってきた距離を考えると、もしも落ちたなら無傷と言うわけにもいかない。 「卒業試験だとか何とか……ふざけんじゃねえぞ。…こんなとこ登らせやがって…もし落ちたら……っと! やべっ!」 体重をかけた足の下で、岩が崩れる。もう片方の足と両手で崩れかけたバランスを立て直して、安堵の息をつく。 頂上は間近だ。そこでは、今まで自分に盗賊の技を仕込んでくれた人物が待っている。 冒険者だった母親が生前親しくしていた人物を訪ねて、タラントに来たのは3年前だ。ギルドの構成員だったその人物…ハラトゥという男に会うのは20年ぶりほどか。 「おお、ミリアの息子か。…大きくなったな、ミリアに似てきた」 母親のミリアとは、彼女の死の直前まで親しくしていたらしい。エルフの住む村を出てから、一番先に思い浮かんだのはハラトゥの名前だった。盗賊の技を教えて欲しい、と言うと、彼は苦笑しつつ答えた。 「わしももう年で、ギルドは引退したがな。…ま、教えられんこともないが。だが…どうしてだ? おまえはエルフ達のもとで精霊魔法を学んだのだろう? 冒険者になるならそれでよかろうに」 「…それだけじゃ足りない。こないだ…酒場で誘われて初めて仕事したんだけど…。精霊使いだってことで、前後は固めてくれたし、出てきたゴブリンたちと戦った時も後ろに下がってた。…けど、いやなんだ、守られてるだけってのは」 「……ミリアと同じ事を言う。しかたがなかろう。…こんなことを言うのも何だが…ミリアもおまえもハーフエルフだ。人間よりは体力がないのはしかたのないことだ」 「…だから、技を覚えたい。目の前で仲間が自分を庇って傷を負うのはいやだ。…俺は男だから…精霊魔法をいくら学んでも、生命の精霊と触れあうことはできないから…」 ハラトゥは…かすかに微笑んだようだった。そして、こう告げた。 「わかった。教えてやろう。…ついでだ。わしの家に住め。ばあさんが一昨年くたばってな、身の回りの世話をするやつがおらん。…おまえ、食事は作れるのだろう? それなら充分だ」 何とか崖を登り切って、頂上にたどり着く。高台になったそこは、柔らかい青草に覆われた、小さな平地になっていた。 「はぁ……やっと…着いた…」 そこに座り込もうとした瞬間、何かが空(くう)を裂く音と、それよりも濃密な気配が届く。 「……!」 慌てて横に跳ぶ。さっきまでいた場所にダガーが突き刺さった。地面からそれを抜いて叫ぶ。 「てめえ、くそじじいっ! ホンモノ使うなって言ってんだろ!」 「はっはっはっ! 気を抜くなといつも言っておろうが。今のが避けられなかったら晩飯を抜きにするところだったがな。…ま、よしとしようか。一休みするか? ちょうど弁当もあることだし」 年に似合わず、悪戯っぽい表情をその目に浮かばせてハラトゥが笑う。 「弁当って…俺が作ったやつじゃねえか……。こんなところで食うために作らせたのか…」 「まあ、そう言うでない。景色はなかなかのもんだ。…見ろ、タラントの街が見える」 ハラトゥの指さした方向を目で追う。“空に近い街”と謳われるタラント。その街並みが眼下に広がっていた。たなびく煙がそれぞれの生活を窺わせる。そのまわりには、街を守る急峻な岩の壁。目の前に覆い被さるかのような、高い山並み。その上は…空だ。もともと、タラントの街そのものも、山の上に築かれている。街よりも高台に位置するこの丘の上に寝転がれば、見えるものは空しかない。 「街よりも…空のほうがいいや。……ここは緑の匂いがするし」 そう言って、弁当を広げ始めるハラトゥの横でラスが寝転がる。 「ここは…精霊使いにとっては居心地のいい場所か?」 笑いながハラトゥが尋ねる。ふと目を閉じて、ラスがうなずいた。 「ああ。そうだな。…今日はドライアードの機嫌もいいらしい。シルフも」 その言葉に応えるかのように、涼やかな風がそよぐ。もうすぐ夏を迎えようとしている季節、崖を登ってうっすらと汗ばんだ肌には心地よい風だ。 「何度か聞いたが…やはり、わしにはわからんな。精霊を感じるというのは…どういうことなんだ? こう…目に見えるものではないのだろう?」 「いや、目に見えることもあるさ。なんて言うか…現実のものとはちょっと違う見え方だけどな」 …なんて説明すればいいのか、とラスが苦笑する。起きあがって、ハラトゥが広げた弁当からパンをつまみ上げながら、なんとか言葉をつなぐ。 「普段は…実際には気配っていうか…こう…“力”の存在そのものを感じることのほうが多い。呪文を使おうとしたり、精霊の力が強いところだと、姿も見えるけどな。言葉を交わすこともできるし。感覚としては…多分、理解も説明も難しいよ。自分が今いる現実の世界の他に、違う世界が…半透明な世界が重なってる感じってのが一番近いか」 「やっぱり……ようわからんな」 持参したワインを開けながら、ハラトゥが苦笑する。そうだろうな、とラスも同じ表情で返した。 「俺も、最初はそうだったさ。まあ…精霊の存在そのものは、もっと理解しやすかった。…多分、ある程度は生まれついたものもあったんだろうけど」 エルフの村に住み始めた当初から、精霊使いになることは半ば義務のように思えていた。多分、周りの影響もあっただろう。精霊使いであった父とともに住んでいたこともその影響の1つになっていたはずだ。 「まず、エルフ語を覚えることだろうね。精霊語そのものは、エルフ語に似たところがある。…感覚的に、と言う意味だけどね」 父はそう言った。 だが、いくらエルフ語を覚えても精霊語を覚えても、そこにあるはずの精霊の力は感じ取れない。…いや、感じ取れそうな気配だけはする。が、それきりだ。 「これは、言葉で説明するのはとても難しいんだよ」 他のエルフたちに馬鹿にされ、すねて帰ってきた子供に父は苦笑しながらそう告げた。 「いいかい、ラストールド。ありのままを感じてごらん? 精霊達はいつだってそこにいるから。大丈夫、急ぐ必要なんてない。ただ、ゆっくり深呼吸をするように、精霊の存在を信じればいい」 10才にもならない子供に、父はそう言い聞かせた。 自分でもそれはわかっていた。精霊の存在をうっすらと感じることはあるからだ。ただ、個々の精霊力として感知することが出来ない。周りのエルフたちの冷たい視線に負けまいと、自分は役立たずの出来損ないなどではないと、そう思う気持ちが焦りを生み出していることには気づいていなかったが。 あせるな、と父は言った。急ぐ必要はないと。わかってはいる。だがそれでも、父を含めたエルフたちと同じ感覚で時間を過ごす気にはなれなかった。自分が純粋なエルフではない以上、寿命の差は歴然としてそこにある。不必要に焦るつもりはないが、のんびりしている気もない。寿命の差をはっきりと意識したわけではなかっただろうが、半ば本能的に感じ取ってはいた。彼らと同じ感覚でものを考えてはいけないと。 風がそよぐ森のなかで、腰を下ろして目を閉じる。まわりの全てをその状態で感じ取ろうとした。年端もいかぬ子供に出来る精一杯の集中力で。 ……風が吹きぬける。周りを囲む木々も、シルフ達の妨げにはならない。風はわずかな停滞すらなく通り抜けていった。…まわりには柔らかな青草がある。吹き抜ける風に小さくその身を揺らしている。生い茂る木々もそうだ。枝を彩る幾つもの葉を揺らして、風に応えている。シルフとドライアードの交流がそこにある。 そして、はるか空から降り注ぐ暖かい日射し。光あるところには影も生まれる。…ウィスプとシェイド。森を分け入った先には、ここからさほど遠くない場所に泉も湧きだしている。ウンディーネがそこにいるはずだ。そして、それらを受け止め、慈しむ大地。ノーム。 父や、まわりのエルフ達から教わったいくつかの精霊語が脳裏に浮かぶ。精霊に語りかけ、心をかわすための言葉。だが、その発音をなぞることは出来ても、本当の意味で精霊との接触を果たしていない自分には、ただの音でしかない。精霊には決して伝わることのない音。 「…………」 呟いてはみるが、当然、それに応ずるものはない。 「…はぁ…」 溜め息をつく。諦めるわけにはいかないし、諦めるつもりもない。ただ、もどかしかった。存在はわかる。頭では理解できるのだ。感覚的にも理解は及ぶ。おぼろげながらも、その存在を感じ取ることはできる。なのに、その力の源をつかめない。 「あ〜あ…」 呟いて、その場に寝ころんだ。生い茂る木々の枝の向こうに、深く青い空が広がっている。立ちこめる緑の匂い。降り注ぐ柔らかな日射し。…そして、唐突にそれはやってきた。 ふわり、と風が動く。その、ひどくはっきりとした気配に思わず、ラスは閉じかけていた瞼を開けた。そして、その目にうつったものに、呆然と…いや、陶然と見とれた。 豊かな長い髪の他は、その身に何もまとっていないエルフの女性。だが、それは決してエルフではあり得ない。微笑んだ瞳がアーモンド型をしていても、豊かな髪からかいま見える耳が長く尖っていても。その全身は半透明で、重さなどまるでないかのように風にのっている。いや、実際重さなどないのだろう。それは紛れもなく、風の精霊であった。 「……まさか…シルフ?」 かすれる声で、ようやくそれだけを口にする。口に出してから、自分がエルフ語でそれを言ったと気づき、精霊語で言い直す。 「あなたが…風の精霊?」 精霊がそっとうなずく。こぼれるような笑みとともに。そして、つ、とそのたおやかな腕を動かして周りをゆっくりと指し示す。 「私だけじゃないわ。…周りを見てごらんなさいな」 それに従って、ゆっくりと周りを見渡す。……見えた。目の前の彼女ほどはっきりとした姿は保っていないが、シルフらしき姿が木々の合間をすり抜けていく。 「さっきまで見えなかったのに…。今、何か…?」 「私は何もしていない。…あなたが精霊の存在を受け容れた。それだけ」 「だって…今までは…」 「私たちはとっくにあなたを認めてた。あなたが私たちの言葉を覚えるよりも前から。いつだって、触れていた」 そう微笑むと、彼女は風にのってゆるやかに移動し始めた。その姿を目で追う。その先には、父が立っていた。 「…見えたようだね」 微笑みとともに告げる言葉は、質問ではない。それに、ラスがうなずく。 「うん、見えた。……あれが…シルフ…」 見ると、先刻の精霊は、父が手に持っていた横笛に吸い込まれるようにして姿を消した。それを見届けて、父に目で尋ねる。それを受けて父が照れたように微笑んだ。 「…これかい? いや…さっきのシルフは私が支配していたものだよ。少しは見えやすいかと思ってね」 「そっか……」 「ああ、誤解はしないで欲しい。いくら支配した精霊といえども、精霊使い以外の目には見えないものなんだからね。…今、ラストールドは精霊を見るのに、とてもいい状態だったんだろう。どんなふうだった?」 問われて、ふと考え込む。 …あのときは…見よう、感じようとしていた集中力も限界で、ふと寝転がった時だった。木々の合間からのぞく青い空が綺麗で、吸い込まれそうになって…ふと目を閉じようとしていた。 それを告げると、父は微笑みを深くした。 「それでいいんだよ。集中力の問題じゃないんだ。あるがままを受け容れる、それだけなんだから。逆に、精一杯見ようとしていると、その思考に邪魔されて、精霊の力は感じ取れない。……言っている意味がわかるかい?」 なんとなく…わかるような気がする。曖昧にうなずく。それにうなずき返して、父は話を続けた。 「あるがままを受け容れる、というのは、心を無垢な状態にするということだ。余計なものがあっては、それに邪魔されてしまうからね。見ようとする心、焦る気持ち。それは心に壁を作る。…この世界はいろいろなもので出来ているんだよ。今見えている世界もその1つだ。そして、精霊たちの住む世界も。それらは微妙に重なりあっている。お互いに少しずつ干渉しあっている。…お互いの接点を感じ取って、意志を疎通させられるのが精霊使いだ。…わかるかい? 私たち精霊使いは、精霊の力を借りることができる。けど、それは決して命令じゃないんだよ。精霊たちは、自らが友人と認めた者に対して、力を貸してくれるに過ぎない。彼らに頼らないように、甘えないように…彼らの意志を充分に汲み取ってあげることだ。私たちには、それができるのだから」 多分…わかると思う。シルフを目にした瞬間に、それを理解した。世界の重なりを感じ取った。 「うん。…わかったと思う。ありがとう、父さん。…今まで気づかなかった。目に見える世界だけじゃないんだね。……もう1つの世界が、そこにあったと思う」 そう呟くラスの頭に、父が手をのせた。 「…大丈夫、それがわかればもう大丈夫だ。でも、いいかい? あせることなんてないんだ。…それと…精霊使いになることが義務だとは思わないでくれよ? エルルークはああ言ったが…私がここを出たことの責任をおまえがとる必要はないんだから」 自分の友人であり、ラスを指導しているエルフの名を挙げて、父が囁く。それはわかっていた。自分が義務としてそれをするなら、父が負い目に感じるであろうことも。…確かに、少し前までならそう思っていただろう。自分が力をつけることは義務だと。エルフのことを学び、精霊のことを学び、誰にも文句を言わせないほどの力を身につけることが義務だと。 だが、実際に精霊をこの目で見たあとでは…全てが違った。自分が力を身につけるかどうかはどうでもいい。義務であろうとなかろうと、それもどうでもいい。ただ…あの世界をもっと知りたかった。 もう一度、目を閉じる。深呼吸をする。深く吸った息を吐き出した瞬間に、“世界”が降ってきた。一瞬、怯えに似た感情が走る。が、思い直す。怯えるべきものではないことに気がついたからだ。 更に深く息を吸い込む。降ってきた世界が、そこでゆるやかに広がっていった。 …今ならわかる。精霊の存在そのものが力だと。肉体を持たない彼らが存在することの意味。魂そのものとも言えるような意志。風に宿り水に宿り…あらゆる自然に宿り、その意志と力をそこに存在させるもの。今まで気づかなかったのが不思議に思えるほど、精霊の意志と力はそこにあふれていた。 ありとあらゆるものに精霊は宿る。そして、それは生き物も例外ではないのだ。自身の血、肉、そして心。深く柔らかく、美しい世界がそこにあった。 「まぁ…その後は結構、楽だったかな。一度触れてしまえば、コツもわかるし」 自分が作った弁当に手を伸ばしながら、ラスが呟く。それを聞いてハラトゥが微笑む。 「精霊がどうのという話はわからんが…おまえが負けず嫌いだってのはよくわかった。子供の頃から変わらんのだな。…そういえば、ミリアとともに遊びに来たのは、その頃だったか?」 「…いや、それより前だな。その後は、精霊魔法の修行で忙しかったから」 思い出しつつ、かすかに苦笑するラスを見つめて、ハラトゥが尋ねる。 「おまえは…エルフ達のことを話す時も、あまり冷たい顔にはならんな。……前から不思議に思っていた。タラントは…この街は、他の街に比べてエルフもハーフエルフも少なくはない。ハーフエルフは、人間やエルフを嫌ってる場合も多い。…なのに、おまえはそういったことに無頓着のように見えるが?」 違うか?と尋ねるハラトゥにラスが苦笑してうなずいた。 「まあな。…っていうか……人間には、それほど恨みみたいなもんもねえし。エルフは…確かに気に入らないやつも多いけど…ただ、親父もその従姉妹も優しかったから…。だから、エルフっていうひとくくりで全てを嫌う気にはなれないだけだ。…強いて言えば、一番苦手なのはハーフエルフかもしれねえな」 「…ハーフがか?」 「ああ、だってさ、素直じゃねえやつらが多すぎるよ」 そう言ってラスが笑う。それにつられたようにハラトゥも声を上げて笑った。 「素直じゃない、か。それをおまえに言われるとはな。だが…そうか。おまえがそういうふうにいられるのは…両親とその従姉妹のおかげなのだろうな。……愛されて育ってきた証拠だ」 「……多分な。ありがたいと思ってるし、尊敬もしてる。…俺には真似できねえからな」 食べ終えた弁当を片付けつつ、ラスが呟く。その手元を見ながら、ハラトゥは小さく溜め息をついた。 その溜め息には気づかず、ラスが問いかける。 「なあ、じいさん? 今日の崖登りが卒業試験ってことは…もう終わりってことなのか?」 「ああ、だって一通りは教えたろう? 鍵のことも罠のことも教えたし、剣の使い方や体さばきも教えた。…おまえはなかなか覚えが早かったよ。ミリアに似て素質があるんだろう。…あとはもう少し、おっちょこちょいなところをなくせばいい」 「最後のは余計だ。……でも、全部は教わってないぜ?」 「ん? あと何がある?」 返されて、ラスは迷いつつ口を開いた。 「……暗殺技術。ギルドでなら、それも教えるんだろ?」 その問いに、ハラトゥが真顔になる。 「…覚えたいか?」 「そう聞かれると……困るな」 技を身につけたい気持ちは確かにある。だが、暗殺技術となると話は違う。それは自身を守るための力ではなく、人を殺すための力だ。実際、今まで教わったことでも人は殺せる。仕込まれた剣の使い方は、相手の急所を狙うやり方だ。だが、相手の戦闘意欲を削いだり、戦闘不能に陥らせたりするための技術と、毒を使ったり、最初から殺すことのみを目的とした技術とでは、やはり違う。 「わしは…教えたくない。…それに、わしが教えなくても、要は応用だ。剣の使い方、気配の殺し方、毒の知識。…それだけのことだ」 「一番重要なのは……心構えだろ?」 「ははっ! それこそ、教えるもんじゃなかろうよ。自分で決めることだ。……教えなかったのは…いや、教えられなかったのは…おまえが優しいからだろうな、きっと。だから教える気にならんかった」 囁くように告げた最後の言葉に、ラスが首をかしげる。 「……優しい? 誰の話してんだ、じいさん」 「おまえだよ。……口も悪いしケンカっ早いが、おまえには、他人を許す優しさがあるだろう。エルフにも人間にも、恨みを抱かず許す気持ちが。そして、それを当然のことと認める。それは愛されて育った者に特有の優しさだ。そんな者が…暗殺技術など覚えなくともよい。……まあ…優しいと言うよりは…馬鹿正直なのかもしれんがな。向き不向きと言うものがあるさ。…第一、おまえの外見は目立つ。いくら変装したとて、隠しきれないものもあろう。だからな」 「だから…もう卒業なのか?」 「そうだ。あとは、自分の力で、自らの技を磨き上げればよい。経験は何よりも強いからな。…ただ、言っておく。忘れるな。…いつでも、冷静でいることだ。全ての事柄に疑念を抱くのを忘れるな。頭から信じ込んでしまっては、そこから先に進めなくなるからな。ありとあらゆる可能性を考えろ。…それが、盗賊たるものの義務だ。先に進んで、仲間を巻き込まんためのな」 真剣な眼差しで告げられた言葉に、ラスは深くうなずいた。 ふと、表情を和らげて、ハラトゥが続ける。 「そして…何よりも大事なのは、おまえが精霊と意志を通じ合えることだ。わしらには真似のできんことだが…闇の中でもおまえは視力を失わない。それは強い助けになるだろう。……正直、うらやましい」 「ああ、それは自分でもわかってるよ。……これで、少しは生き残るチャンスが増えるかな?」 肩をすくめて笑ったラスに、ハラトゥも微笑んだ。 「だといいがな。…腕試しだ。冒険者の店に行って、仕事でも探してこい。盗賊ギルドへの登録はわしがしといてやる。卒業祝いにな」 「了解、お師匠さま」 2人で笑い合う声が、風にとけてゆく。 シルフの笑い声が聞こえるような風だった。 |
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