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No. 00193
DATE: 1999/12/01 20:11:11
NAME: スナイプ
SUBJECT: for good
スナイプ:盗賊ギルドの暗殺者見習い。この時12歳。
リファ:薪売りの少女。スナイプの最初の相棒となる。
ローラッド:スナイプに暗殺の技術を教える男。盗賊ギルドの幹部候補。
薄暗い屋敷の中・・・狂気の瞳を浮かべる屋敷の主・・・悲鳴を上げる気力すら無くし、ただ苦しみに耐える人々・・・次々と物言わぬ肉塊に変わって行く隣人・・・阿鼻叫喚と言う言葉すら生温い地獄の中、自分だけが光の見えるドアへ走って行く。今まで必死に自分を守ってきた人達を見捨てて・・・
階段を上りドアに手を伸ばした瞬間・・・不意に身体が重くなる。振り向けば遠くに居た筈の人々が自分の足を掴んでいる。限りない絶望と恐怖を味わい・・・自分はまた暗闇に引きずり込まれて行く。
「・・・・・・・・・・・・」
スナイプはゆっくりと目を覚ました。御世辞にも居心地が良いとは言えない安宿の固いベッドから起き上がる。
頬を伝う涙を拭うと顔を洗う為外へと出ていった。
現実に逃げ出してから7年間・・・この悪夢にもいい加減慣れてきた。今は悲鳴を上げるどころか魘される事すら無い。ただ、何故か・・・涙だけは止める事は出来なかった。
顔を洗い、宿で出される不味い食事を口にすると盗賊ギルドへと向かう。
また、何時ものように何時もの訓練に明け暮れ、指導役のローラッドに5度程殴られた。
ローラッドは優秀なシーフだとは思うが、人に物事を教えるのには向かないのでは無いだろうか?
その日の機嫌によって厳しさがまるで違う、不平も平気でやる。すぐに暴力を振るう。彼に殴られて骨折にまで及んだ者は1人や2人では無いだろう。幸いにして自分は今までそんな事は無かったが・・・
「5度か・・・ちっ・・・どうせまた賭博で負けたんだろ」
帰り道に1人で悪態を吐いて居るとふとこちらへの視線に気づくき、振り向く。
薪を持った少女が立っていた・・・自分より幾分年下だ、まだ10には満てないだろう。
「何か用か、お嬢ちゃん・・・?」
何か喋るのかと暫く待ってみたがオドオドと薪を抱えているだけなので自分から声を掛ける。
「あ、あの・・・薪を買ってくれないでしょうか・・・?」
絞り出すような掠れた声はかなり聞き取り難かったが、概ね予想通りの用件だったので理解出来た。
「要らね」
即答して歩き去ろうとすると、少女は慌てて先程より少し大きな声を上げる。
「あ、あの・・・今日も食べる物が無くて・・・お金が無いと・・・」
「あのな、そう言って何か売りつけようとする奴が今までに居なかったと思うか?」
居るのだ、同情を買って人に物を売り付けようとする輩が。子供だと思って甘く見ていると手痛い目に会うのは実証済みである。力の無い子供が生きる為に出来る事等それくらいしかないのだろうがだからと言って自分が引っかかってやる義理は無い。
しかし、改めて少女を見定めるとスナイプは先程の考えを消した。
元は良いのだろうが少女の頬は痩せこけ見れた物ではない、手には幾つものマメが潰れた後・・・恐らく薪を割った時の物だろう・・・が有る。
演じているだけならここまで酷くはやらない。この少女は本当に困っているのだ。
「仮に・・・お前の言う事が本当だとして、お前には俺が食うのに困っている可哀想な少女の為に薪を買ってやるような裕福な坊ちゃまに見えるって訳か?」
肩を竦めて続ける。別に意地悪をしている訳ではない。自分も今は生きて行くだけで精一杯なのだ。今の手持ちの銀貨にはどう考えても薪を買うのに使っているような余裕はない。一度くらいなら買えるだろう。だが、それでどうなると言うのだろうか?今、薪を買って少女が今日の糧を得た所で明日飢えるだけの違いだ。何の意味が有る?
しかし、そんな理性とは裏腹に彼の感情には哀れみの情が浮かんで居た。
彼女の境遇が服従か死かの選択を余儀なくされた自分に重なる。
「食い物が欲しいなら・・・薪を売るより良い方法が有るぜ」
スナイプは俯いたまま去ろうとする少女に声を掛ける。ほとんど無意識に一つの考えが頭に浮かんで居た。
「あの・・・本当にやるんですか?」
「裏通りで薪売ってる根性が有るなら出来る。失敗したらただじゃ済まないぜ、腹括れよ」
比較的表通りに有る食料品店。遠くからそれをスナイプとその少女・・・リファは見詰めていた。
リファは先程までとは打って変わって上品な身なりをしていた。スナイプが仲間のシーフから借金の担保と称して借りてきたのである。何か大事な物らしく念入りに汚すなと言われたが知った事では無い。
他の連中からは「マセガキが彼女でも作ったか?」やら「女装の趣味でも有るんじゃねぇか?」やらと野次を飛ばされたがこの際無視する。
次はリファに水浴びをさせ服を着せる。手には手袋を嵌めてマメを隠す。痩せた頬はどうしようも無いので軽く化粧して(これもついでに借りてきた)誤魔化す。元が良い為、病弱な令嬢に見えるようになった。
「良いな・・・店に入ったら上品な仕種で迷子のフリをしろ。心配するな。ここの親父は本物の貴族なんか見た事はねぇ。適当にやってりゃバレやしない」
「それで、どうするんでしょう?」
「後は一緒に捜してくれるように頼めば良いのさ、さっき薪を売ったみたいにな。アイツは権力に弱い。貴族だと思えば恩を売ろうとすぐに言う事を聞く筈だ。その間に俺が盗む」
「そんなに上手くいくでしょうか?」
「別にお前が失敗しても被害はねぇだろ?上品な格好で迷子になる事は犯罪じゃねぇ」
「そうですね、やってみます」
割と簡単に言いくるめられた。彼女も形振り構ってられないのだろう。
ギルド関係者以外を盗みに巻込む事に懸念は有ったが所詮は子供だ。命まで取られはしないだろう。
そう思い、自分は裏口に回ると合図を送った。
リファが入って程なくすると店主が愛想を振り撒きながら出て来る。
(ほう・・・上手いもんだな・・・)
内心で感嘆の声を上げる。実際彼女の演技はかなりの物で事情を知らなければ自分でも騙されてしまう程だった。
(詐欺師の才能でも有るんじゃねぇのか・・・アイツ)
苦笑して自分は裏口から店に入る。
この店には何度か来ている。やたら厳しく目を光らせる店長とやる気の無い店員の2人。
スナイプは適当に安いパンを買うとこっそりと他の食料を袋に入れた。
店員は案の定こっちを見ていない。内心ほくそ笑んで買い物を済ませる。
結果買った物の3倍近い食料を手にして店を出ていった。
落ち合う場所で少し待っているとリファが小走りで駆け寄って来る。
「上手く行ったんでしょうか?」
スナイプは笑みを浮かべると食料を半分放った。
リファは複雑な表情でそれを受け取る。犯罪に手を染めて手に入れた事に多少抵抗が有るのだろう。
「中々やるじゃねぇか・・・俺と組まないか?」
「え?」
意味が分からず聞き返す少女にスナイプは軽く笑って答える。
「これからも食っていきたいんだろ?」
こうして、リファはスナイプの最初のパートナーとなった。
彼等は何度も趣を変え、場所を変え、盗みを行った。スナイプは頭を捻り尻尾を出さないように慎重に慎重を重ね、リファも段々と手際が良くなって来た。
次第に2人は仕事以外でも会うようになった。無論恋愛感情が生まれるほどマセては居なかったようだが。
後で思ったのだがリファは演技が得意だったのではなく地が何処と無く上品なのだ。詳しくは聞いていないが、案外生まれは良いのかも知れない。
ある日ふと、尋ねて来た。
「私達こんな事やって大丈夫なんでしょうか?」
スナイプは気楽に答える。
「平気だろ?ガキのやる事だ。ギルドも目くじら立てたりしねぇよ」
しかしスナイプはその考えが完全に甘かった事にすぐに気づく事になる。
最初の盗みから半年程経った頃・・・スナイプはローラッドに呼び出された。
スナイプは部屋まで来ると固い口調で話し掛ける。
「朝っぱらから何の用だ?」
ローラッドは下品にニヤニヤとしながら言った。嫌な予感がする。ローラッドがこの笑みを浮かべる時は、大抵自分に何か悪い知らせが有る時だ。
「喜べよ。お前の暗殺者としての初仕事が入ったぜ」
スナイプは驚愕したが極力平静を保ち答える。死んでもこの男に弱みを見せたくなかった。
「何をトチ狂ってるんだ?俺はまだ12だぞ。出来る訳無いだろうが」
確かにこの4年で盗賊としての一通りの技術は学んだ。以前の師に教えてもらった精霊魔法も僅かだが使える。しかし、所詮は子供だ。喧嘩以外の実戦経験もほぼ皆無である。曲がりなりとも大の大人でしかも盗賊ギルドに目の仇にされるような相手と命のやり取りなど出来る訳が無い。
だが、続く言葉は更に無情な物だった。
「心配するなよ・・・相手はお前以上のガキなんだからな・・・」
「何だと?」
「随分前から盗みの常習犯が居てな、狡猾で中々尻尾を出さなかったんだがついに顔と塒が分かったらしい。そいつを消してこい」
嫌な予感は確実に膨らみつつ有った。
「ちょ、ちょっと待てよ・・・ガキだぜ?何も殺さなくても・・・」
ローラッドは相変わらず笑みを浮かべ、必死で抗弁するスナイプを楽しそうに見る。
「最初はガキの悪戯に構ってる暇もねぇんで無視してたが・・・余りにも数が多いんでな。そしてそれに乗じてガキの犯罪が最近増えて来てる・・・ガキなら許すのかって上の連中も五月蝿ぇしこのまま続くと流石にギルドの評判に傷が付くんでな・・・見過ごす訳には行かなくなったって訳だ。他のガキ共への見せしめの為、そしてギルドの連中を納得させる意味でも1人殺っとかなくちゃいけねぇ」
スナイプはもう確信を持っていた・・・狙われているのはリファだ。誰かに顔を見られて居たのだ。
「それに・・・あんまり手際が良いんでギルドの関係者が絡んでるなんて馬鹿な噂が立ってるからな・・・俺としてはそー言う噂は摘み取らねぇとな」
ローラッドが今まで最高の笑みを見せる。スナイプには分かった。この男は自分が盗みの片棒を担いでいる事に気づいている。その始末を自分でつけろと言っているのだ。
「出来るよな?優秀な暗殺者になりたいんだろ?」
スナイプは頷くしかなかった。
ドクンと心臓が一度鳴った。リファと何時もの場所で会うと彼女は屈託無く笑いかけて来る。
「どうしたんですか、スナイプ?こんな夜中に」
夜が暗くて良かったと馬鹿な事を考える。顔色が悪い理由を聞かれなくて済むからだ。
「ああ・・・新しい仕事で準備が要るんだ・・・来てくれ」
スナイプはリファを連れて裏路地へと入って行く。リファは完全にスナイプを信用して居るのか別段心配した様子も無く付いて来る。その信頼が辛かった。
奥の方まで来てスナイプが振り返るとリファは流石に疑問を口にする。
「こんな所で何をするんですか?」
月が雲に隠れると同時に・・・スナイプはリファの腹に深々とダガーを突き立てた。
ドクンともう一度心臓のなる音が聞こえる。月が出て来てリファの表情が見えた。その顔には憎しみも恐怖も無く・・・ただ驚愕が浮かぶだけだった。
暗さの為か動揺の為か・・・スナイプのダガーは一瞬で少女の命を奪う事は出来なかったらしい。
やがて麻痺していた苦痛が襲って来たのかリファは死の涙を流す。
スナイプも涙を流していた。それを見て、リファの表情が変わる。最後の力で手を伸ばし、スナイプの肩の上に置くと・・・そのまま動かなくなった。
見開かれたままの瞳は何故か自分を見ているような気がした。
スナイプは悲しみを打ち消すように声にならない叫びを上げ、既に魂の無い少女の骸に狂ったようにダガーを突き立てる。何度も何度も、まるで誰かへの憎しみをぶつけるように・・・
ドクンとまた一度心臓が鳴った。
帰って来たスナイプをローラッドは笑顔で迎えた。
「どうだった?」
「殺ったよ・・・死体も始末した・・・」
何処か虚ろにスナイプが答える。
ローラッドは満足げに銀貨の入った袋を置いた。
「初仕事の祝いも含めて多少奮発しといたぜ?」
スナイプは無言で袋を引っ手繰ると踵を返して出て行った。
「良いのですか?」
奥で本を読んでいる若い男が無表情に告げて来る。
「クックック・・・半年もママゴトに目を瞑ってやった甲斐が有ったな・・・」
ローラッドが笑うと奥の男は鉄面皮に疑問を浮かべる。
「どう言う事です?」
「最初に大事なモンを殺した暗殺者はな・・・優秀になれるんだよ」
それだけ言うとローラッドはまた笑い出した。
近所迷惑だな、と男は思った。
名前も無い墓が誰も気が付かないような場所にひっそりと有った。スナイプはその前に座っていた。流れる涙を拭おうともせずに。ずっと此処で泣いて居たかった。だが、腹も減るし眠くもなる。それに耐えられないだけの理性が残って居る事を忌々しく思った。
どれだけの時間が過ぎただろうか・・・スナイプは立ち上がり背を向けた。涙はもう流れて居ない。誰かを殺して流す涙はこれが最後だろうと漠然と感じていた。
その日何時もの悪夢を見た。頬は濡れて居なかった。もう悪夢に涙を流す事も無いだろう。この現実はどんな悪夢よりも残酷なのだから・・・
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