 |
No. 00194
DATE: 1999/12/02 00:53:51
NAME: フルゴール&シータ他
SUBJECT: 子供たちがさらわれた村で
フルゴール:ハーフエルフの精霊使いの青年。
シータ:ハーフエルフの少女。フルゴールの旅の連れ。
リック:シーフ。逃亡中の犯罪者。フルゴールたちに同行。
ヤンター:ファリス神官。護送中に盗賊にさらわれ、消えたリックを探している。
フレデリック:ヤンターの友人。ファリス神官。
スナイプ:リック護送の護衛。シーフ。
ヴェイラ:ミルディンを探すために、リック護送の護衛に同行した探偵助手。
フールールー:リック護送の護衛。錬金術師。
リュイン:リック護送の護衛。シーフ。
ミルディン:ヴェイラに同行してヤンターたちに加わる。探偵。
シータは村の外れに位置するその家の一室で、窓際に椅子を置き、そこに座って外の景色を眺めていた。そこからは村の外一面に広がる田園風景、もっとも収穫期の過ぎた今では剥き出しの地面がさらされているだけだが、が望める。そしてその向こうに見える森の始まり……、今朝、フルゴールたちがあそこへ入っていった。
「フルゴールさん……」
「危険だから」という理由でシータは残されている。フルゴールの配慮だった。彼女はもともと冒険者ではないのだから。
シータが今いる家は、彼女たちに宿としてあてがわれたものである。この家にはつい最近まで人が住んでいた。父親と子供二人の三人家族だったそうだが、今年の収穫物を街まで運ぶ馬車が盗賊に襲われ、それに参加していた父親が殺されたらしい。残った子供たちは、今は領主の屋敷で養われている。先代の領主から、孤児となった子供たちの面倒をみるようになったのだ。今回さらわれた子供たちというのがその孤児たちである。子供たちが世話している畑に、みんなで行こうとしたところを盗賊に襲われたらしい。一緒に他の子供たちや世話役の大人もいたのだが、彼らは運良く逃げ延びている。
誰かが家に入ってくる気配がした。そして乱暴に廊下を歩く足音、それも一人や二人ではない。シータが椅子から立ち上がりドアを振りかえるのと、そのドアが勢い良く開かれたのは同時だった。部屋の中に数人の男たちが入って来る。村の若者たちだった。彼らのシータを見る目は、決して友好的なものではない。
「何かご用ですか?」
シータはそんな彼らの態度に臆した様子もなく、不思議そうに尋ねた。
「とぼけても無駄だ。もう分かってるんだぞ!」
「いったい何が目的だ!?」
大声で次々を訳のわからない事を並べる男たちに、さすがに怯えを見せるシータ。そこへ一人の男が、若者たちを抑えるように前に進み出た。シータには見覚えのある顔である。昨日、この村に付いた時に挨拶を交わした人物の一人で、この村の領主だと名乗った男だ。
「何があったんですか?」
不安げなシータに、領主は厳しい表情のまま告げた。
「村の者が、あなたの仲間の方たちが森の中で盗賊たちと連絡を取っているところを見ました。あなた方がやつらの仲間だということは分かっているのです」
シータは領主の言った事をすぐには理解できなかった。
「……どういうことですか?」
「まだしらを切るつもりか!」
「おまえも盗賊なんだろうが!」
若者たちが再び、口々に怒鳴り始める。自分たちが盗賊の仲間だと思われている。シータは何が何だか分からなくなっていた。放っておけば今にもシータに飛びかかりそうな雰囲気の若者たちを、領主は再び抑える。
「私もフルゴールさんも、それに……」
「言いたい事があるのなら、村人全員で聞こう」
領主はシータの言葉を遮り、それを告げた。そして若者の二人に指示を出し、シータを連衡させる。シータは力なく、促されるままに連れ出されていった。
朝に町を出たヤンターたちがその村に着いたのは、ちょうど太陽が天頂から西へ傾き始めたころだった。道案内の青年が先頭を歩き、続いてヤンターとフレデリック、雇われの冒険者であるリュイン、スナイプ、フールールー、そして、ミルディンとヴェイラの姿まであった。
ミルディンとヴェイラがこの一行と行動を共にする義務などない。それ故ミルディンは町に着くとすぐにでも一行と別れるつもりだった。だが、ヴェイラはそれに反対した。リックが盗賊に捕らえられているなら、絶対に助けるのを手伝うと言うのだ。助けた所でそのまま投獄されるのだから同じ事だと諭すミルディンに対し、ヴェイラはそれでも知り合いを見捨てられないと言い張った。ついには、ミルディンを薄情者呼ばわりするほどだ。最後の手段としてミルディンはヴェイラに給料を減らすと脅したが、ヴェイラは「それでもいい!」の一言で話を打ち切った。結局、ミルディンも同行することとなる。ミルディンの唯一の弱点だ。もっとも彼の目的はヴェイラを危険にさらさないようにすることのみ、リックを助ける云々はおろか、他の人間の事さえどうでも良かった。
一行がこの村に来たのは「盗賊にさらわれた子供たちを助け出して欲しい」という依頼がこの村から来ていたからである。つまり、この村には盗賊団に関する手掛かりがあるということだ。リックが盗賊団とともにある可能性を考えれば無視は出来ない。それに、この依頼自体も放っておけないとヤンターは判断したのである。リックが逃亡中の可能性もあるが、その対策として、町に同行していた神官見習を残してきた。町の衛兵たちの協力も仰いでいるので、一人でも大丈夫だろう。
村に着いて一行が最初に目にしたもの、それは奇妙な光景だった。村人たちが広場に集まって、何かを取り囲むように輪を描いている。そしてそこには何やら殺気立った雰囲気が伺えた。道案内であり、依頼人の青年が様子を見に行く間、一行は広場から少し離れた場所で様子を見ていた。やがて青年は、困惑の表情が浮かべながら戻ってきた。
「先に雇った冒険者が盗賊の仲間だったようで……」
「あの場所にその盗賊がいるのですな?」
事情を聞いたヤンターは、おもむろに村人の輪に近づく。
「あなたたちも行ってください」
フレデリックに促され、スナイプとヴェイラの二人がヤンターに続いた。当然、ミルディンもそれに付いて行く。
突然現れたファリスの神官に驚きながら、村人たちはヤンターに道を開いていく。ヤンターと他三人が輪の中に入ると、とたんに村人たちは静まり返った。全員の視線が彼らに向かう。ヤンターはそんなものなど意に介する事なく、輪の中心にいた人物を観察した。やわらかな金髪のハーフエルフの少女、シータを。
「あ、あなた方は……?」
そう問いかけたのは、村人たちの輪から一歩進み出てシータと向き合う位置に立っていた男、この村の領主だった。彼は激しい動揺を露わにしていた。
「この者が盗賊の仲間なのですな?」
無視して、ヤンターが逆に領主に問い掛ける。領主は慌てて答えを返した。
「そ、そうです。こいつの仲間が盗賊たちと連絡を取っているの見た者がいて……」
「そうだ、そいつは盗賊だ!」
村人たちの輪の中から声が上がる。それが引きがねとなり、再び村人たちが殺気立ち始めた。
「盗賊どもは俺たちの収穫物を奪った!」
「子供たちも奪った!」
「これ以上、いったい何を企んでいる!」
シータに次々と罵声が浴びせられる。静める事は不可能と思われたその騒ぎは、しかし、突然に収束した。
「この方は盗賊ではありませんよ」
その言葉は意外なところから発せられた。声の主はヤンターの隣に進み出てシータの顔を確かめる。
「やっぱり……、この方とは何度かお会いしたことがあります。シータさん……でしたね?」
俯いていたシータは顔を上げてその人物の顔を見た。
「ミルディンさん……?」
「覚えていてもらえましたか。お久しぶりです」
ミルディンだった。彼らは以前にオランのある冒険者の店で、顔を合わせた事があったのである。
「その者が盗賊ではないというのは間違いない、と言うのですな?」
ヤンターがそう尋ねると、ミルディンは首を縦に振った。ヤンターは彼の言葉を疑わなかった。それはミルディンがヤンターにとって、フレデリックは別として、護衛の冒険者たちの中で唯一身分が確かで信用の置ける人物であったからである。次にヤンターは領主の方を振り返った。
「この者の仲間というのは今どこにいるのですかな?」
「子供を捜すためと言って今朝、村を出ました。その先の森のところで盗賊と……」
突然、村人たちがざわめき始める。そして何かを恐れるように村人たちの輪に道が開き、そこから二人の男が姿を現した。
「フルゴールさん!」
彼らを見るなり、シータが駆け寄っていく。
村人たちがフルゴールと子供の元に駆け寄った。あっと言う間にフルゴールは、村人たちに囲まれてしまった。
「待って! ……ちょっと、道を開けて。まだなんだ!」
離れた場所で待機していたフレデリックたちも、騒ぎが気になりヤンターのところまで来ていた。彼らの姿を認めたフルゴールは、村人たちを掻き分けてそちらへ向かう。シータがそれに寄り添った。フルゴールの服はところどころ裂けて、血が滲んでいるところもある。それを見て、シータは微かに顔色を悪くした。
「依頼を受けた人たちだね?」
フルゴールは、冒険者たちの一歩前に立っているヤンターに尋ねた。
「そうですが……」
「それなら、悪いけどすぐに来てよ! 森の中に……」
「その前に」
急ごうとするフルゴールの言葉を、ヤンターは遮る。
「あなたが盗賊の仲間だという疑いがありましてな」
そう言って別の方を向く。ヤンターが向いたその方向では、領主が明らかに動揺と分かる態度を露わにしていた。
「どういう事だよ!」
焦りから来る苛立ちに、フルゴールは荒げた声を領主にぶつける。領主が何も言い返そうとしないのを見て、ヤンターは決めた。
「ですが、何かの間違いだったのでしょう。子供を連れてきたのですから、奇跡を用いて確かめる必要もありませんな」
ヤンターはフルゴールに説明を促した。フルゴールは一行にこれまでのいきさつを話す。
フルゴールとリックの二人はその日の朝、森に入り、この村からそれほど離れてもいない場所で一軒の建物を見つけた。木こりや狩人が使う小屋がいくつかあるとは聞かされていたが、まさかこんな近い場所を隠れ家にするとは思えない。しかし、だからと言って可能性が少しでもあるものを捨て置くわけにはいかなかった。
盗賊団騒ぎのために森に入る者はいない、と聞いていたのだが、そこには人の姿があった。
「見張り……かな?」
「当たりか?」
「まだ分からないけど……少なくともまっとうな連中じゃあないみたいだね」
二人は茂みに身を潜めて様子を探っていた。それほど大きくなはない二階建ての建物。その横には小さな納屋がある。見張りはその正面の入り口の側に壁に寄りかかって座っているのが一人、そして何故か、納屋の前にも一人座っていた。どちらも、いかにも盗賊然とした格好、だが、リックはそれに違和感を覚えた。
「どうしたんだい?」
リックの表情の変化を読みとって、フルゴールは訪ねた。
「ああ……あいつら、盗賊団の連中とは違うような気がすんだが……」
その言葉にフルゴールは怪訝な表情をになる。
「どうして?」
リックはフルゴールに自分が見た盗賊たちが何故か皆、質の良い武器や鎧を持っていた事を話した。それに比べ、見張りたちの着けているものは、遠目にも質の悪さが見て取れる。
「全員が持ってるってわけじゃないんじゃないの?」
「そうかもしれねえが……ちょっと気になっただけさ」
リックは苦笑いしながらフルゴールを見て、再び目を建物に向けた。
「さて、どうするか……」
子供たちがここにいるかどうかはともかく、この建物にまっとうじゃない連中がいることは想像できる。可能性がある以上、調べてみないわけにはいかない。見張りくらいならなんとか出来そうだが、まだ、中に何人いるか分からないのだから、慎重に動かなければならない。中に気取られる前に見張りをなんとかするか、それとも裏手に回ってみるか……。
二人の考えが急に中断させられた。彼らの見ている先で正面入り口の扉が開いたのだ。
「よう、飯か?」
見張り役の盗賊の一人が、建物の中から出てきた男に声をかける。男は両手でお盆を抱え、その上にはシチューか何かで満たされた器がいくつかのせられていた。
「おまえらのは後、これは大事な商品どもの分だ」
男はそっけなく答えると、そのまま建物の横手、小さな納屋の方へ歩いて行った。
「開けれくれ」
納屋の前まで行き、男は見張りに声をかける。見張りは、不似合いに頑丈そうな納屋の扉を開いた。そこには……
「子供たちだ」
フルゴールは思わず声に出してしまい、慌てて口元に手をやる。扉が開いた刹那に見えた納屋の中の様子、そこには子供たちとおぼしき影が見て取れた。恐らく、さらわれた子供たちだろう。どうする? フルゴールは考えた。今なら見張りの二人と建物の中から出てきた男の三人だけだ。だが、まだ建物の中に何人いるか分からない。子供たちを連れて行かなければならないのだから、他のやつらが出てくる前に逃げるというのも不可能だろう。場所は付き止めたのだから、後から来る応援を待ってから改めて子供たちを助けに来た方が確実だ。だが、その前に子供たちが別の場所に移される可能性もないわけではない。今は様子を見て……。
突然、茂みを激しく揺する音と共に、リックが飛び出した。
「なっ!?」
驚いた顔のフルゴールを後に、リックは真っ直ぐに納屋に向かって駆け出す。
「無茶なことを!」
毒づきながら、フルゴールは地面に手をつくと精神を集中させた。リックを迎え撃つべく駆け寄っていた見張りの一人が派手に地面に倒れ込む。その足元で、ちょうど隆起していた地面が元に戻ろうとしていた。
今さら引き返したところで、次に来た時には逃げられた後かもしれない。こうなった以上、フルゴールもリックを援護して、子供を助けるために動くしかなかった。
そして、何とか子供たちを解き放ったものの、盗賊たちの追っ手をどうにもできなかったこと。自分は何人かの子供を連れて逃げてきたが、まだ森には他の子供たち、それにリックが残っていることを話した。この時に用いたリックの名は、彼がフルゴールに名乗った偽名だったので、ヤンターたちはそれがリックだとは気付いていない。
フルゴールには子供たちもそうだが、無茶をしたとはいえ、リックのことも心配だった。最初は怪しいやつだと思っていたが、今ではその考えは改まっている。フルゴールたちが貸した金で装備を整えたリックと共に町を出た時、フルゴールはリックがそのまま逃げるかもしれないとも考えていた。そして、その時はそのまま逃がすつもりだった。無理に引き止めたところで、そんなやつでは安心して一緒に仕事などできない。貸した金の持ち逃げだけで済むなら安いものだし、シータのお人好し加減を諌めるいい機会にもなる。だが、リックが逃げることはなかった。前金を受け取ると、フルゴールたちに金を返し、依頼人である村人たちの説明も詳しく聞いていた。本気で仕事をするつもりらしい。その態度がフルゴールの考えを改めさせたのである。
「盗賊たちの数は多くなかった……10人もいないはずだよ。僕らは二人だけだったから、逃げるので精一杯だったけど……」
「分かりました。すぐに出発しましょう」
ヤンターは冒険者たちに指示を出す。そしてフレデリックを呼び寄せる。
「フレデリック殿にはあの男を見ていて頂きたい」
そう言って領主を見る。ヤンターのいつもの思い込みだとは思うが、フレデリックも領主には不審なものを感じていた。
「分かっりました」
フレデリックが近づくと、領主ははっきりと怯えを見せる。
「あなたにはお聞きしたい事があります……」
子供を連れて返ったことで、村人たちの誤解は解けた。村の護衛にフレデリック、シータの二人が残る。フレデリックは領主の尋問のためでもあり、シータはフルゴールの指示である。
他の者はフルゴールの案内で、直ちに森に向かった。子供たちと、フルゴールの仲間を助けるために……、それがリックだという事を知らぬままに。
 |