 |
No. 00195
DATE: 1999/12/03 01:35:05
NAME: ヤンター・ジニア他
SUBJECT: 捕縛という名の救出
(この話は「子供たちがさらわれた村で」の続きです)
フルゴールに連れられた一行は、村を出て真っ直ぐに森を目指した。盗賊たちの隠れ家から子供たちを解放したものの、フルゴールとリックの二人では盗賊たちを抑える事も、子供たちを村まで連れかえることもできなかった。まだ、森の中には逃げている子供たちがいるはずだ。そしてそれを追う盗賊たちも。もしかすると、何人かはまた捕まったかもしれない。
一行が森の入り口に差し掛かった時だった。道なきその道を、小さな影が歩き出てきた。小さな男の子だ。盗賊から逃げ延びた子供がちょうど森から出てきたところだった。男の子はフルゴールたちに気付くと、怯えた様子で後ずさった。無理もない、いきなり武器を持った大人たちが現れたのだから。そして震えながら両手を前に突き出す。その手に握られているのは……一本のダガー。フルゴールがどうしようかと戸惑う横を、すっとヴェイラが進み出た。
「怖がらなくていいよ。ボクたちは君を助けに来たんだから」
ヴェイラがゆっくりと近づくのを、男の子はダガーを握り締めたままじっと見ていた。そして彼女は子供の前にしゃがみこんだ。そして震えるほど強くダガーを握る手をそっと押さえてやると、ようやく男の子の手から力が抜ける。
「もう大丈夫だからね」
安心したのか、男の子はとたんに泣きじゃくり始めた。ヴェイラは奪い取ったダガーをリュインに渡し、自分は男の子をあやす。
「これで一人助けたな」
スナイプが何気なくかけた声、しかし、リュインにその声は届いていないように見えた。彼女はヴェイラから受け取った、男の子が持っていたダガーを驚いたような表情で見ている。スナイプは少しだけ不思議に思ったが、気にはしない事にした。
子供が落ち着くのを待っていくつかの質問をしてみる。他の子供のこと、盗賊たちのことについては「知らない」という答えが返ってきた。だが、フルゴールの仲間、つまり、リックのことに関しては……
「壷?」
リックの聞き返す言葉に、男の子はこくりと頷いた。盗賊たちの目から逃れるため、二人は大きな岩の陰に身を潜めているところだ。
リックはもう、盗賊と遣り合えそうにない。ここに逃げるまでに、軽い怪我をいくつか負わされた。だが、それよりも左腕の傷が開いたのが致命的だった。服の袖をちぎってきつく巻きつけてあるが、血が少しずつ染み出してくる。男の子を不安にさせないために痛みを顔に出さないようにはしているが、左腕は痛みで使えそうになかった。
男の子は膝を抱えて座り込み、焦点の合っていない目を前に向けたまま、ぽつり、ぽつりと喋りつづけた。
「僕が割ったんだ……黙ってた……謝らなかった……罰が当たったんだ……」
「だったら後で謝ればいい。大丈夫だ、絶対に帰れるさ」
リックは男の子の頭をわしわしとかき回した。男の子はまだ細かく震えている。泣かないだけマシだな。リックはこれからどうするか考えを巡らせていた。
草木を鳴らしながら近づいてくる足音に、男の子がびくりと身を振るわせた。リックは慌てて男の子の口を塞いだ。足音はだんだんと彼らの隠れている方へ近づいてくる。見つかってからでは駄目だ。リックは男の子に小声で囁く。
「おまえはこれから目を瞑ってゆっくり三百数えろ。それから真っ直ぐに向こうへ走れ。村に帰れるはずだ。一人で……行けるな?」
男の子は目を見開いて、ぶんぶんと首を横に振る。怖いのだろう。リックは苦笑して、腰に差した二本のダガーのうちの一本を取り出した。
「持ってろ、お守りだ」
少しの間じっと見た後、恐る恐る手を伸ばして男の子は両手でダガーを握り締めた。覚悟が出来たのだろう。リックは男の子の口に当てていた手を離し、その手でそのまま目を塞いだ。
「目を瞑ってろ。三百数えるんだぞ」
男の子が再び目を開いた時、そこにリックの姿はなかった。森の中は普段の静寂に包まれている。両手でダガーを抱え込んだまま、男の子はリックに教えられた方向に向かって真っ直ぐ走り出した。
「大丈夫かな……」
フルゴールは表情を曇らす。彼にとって、今は間違いなく、リックは仲間なのだから。
「それ、どっちの方か分からない?」
その質問をしたのはリュインだった。男の子はあっちと指差す。
「僕、行ってくる!」
男の子の答えを聞くや否や、リュインは一方的にそう言い残して、周りが止める前に森の中に駆け込んでいった。
「おい、待て…………俺も行っていいか!?」
スナイプはヤンターを振り返った。ヤンターは少し考え、許可する。どちらにしても、そちらに人を分けなければならなかったのだ。
「頼むよ」
リュインの後を追うスナイプの背中に、フルゴールはそう一言、声を投げかける。心配でも、彼は一行を隠れ家の方へ案内しなければならないのだ。
リュインは森の中を、男の子が指した方へ一直線に走った。男の子が持っていたダガーはリックが持っていた二本のダガーのうちの一本。そしてそれは、彼が馬車を脱出するのに使ったもの。馬車が盗賊に奪われた時にほろを突き破って飛びこんできたもの。つまり、リュインが投げた、彼女のダガーだったのだ。男の子にこのダガーを渡したのが本当にリックなのかどうか、彼女には分からない。だが、少しでも可能性があるのなら、確かめずにはいられなかった……
「おい、一人で行くな!」
スナイプの呼ぶ声に振りかえる事なく、リュインは森の中を真っ直ぐに走り続ける。仕方なくスナイプも走って彼女の後を追った。
リュインが何かにとりつかれたようになった理由は、スナイプには予想が付いた。多分、リックの事だ。どこでどう見つけたかは知らないが、彼女はリックの手掛かりを掴んだのだろう。だからこそ、自分はそれに付いて来なければならなかった。もしこの先にいるのが本当にリックなら、彼女一人ではそのまま逃がしかねないと思ったからだ。リックは犯罪者であり、自分たちはそれを捕らえなければならない。この立場だけは絶対なのだ。リュインがそれに従わないのであれば、彼はそれを止めなければならない。それが、彼がこの一行に加わった理由であり、そのための手段は問われていない。
(参考エピソード「監視」)
領主の館の一室で、フレデリックと領主の男がテーブルを挟んで向き合っていた。二人は食事をしているわけではない。テーブルの上には何も置かれていなかった。本当であれば、この館の主である領主の方が堂々とするものであろうが、今は何故か、目の前のフレデリックに怯えるように小さくなっていた。
「いくつか質問したい事があります。答えてもらえますか?」
フレデリックが先に口を開いた。尋問の始まりである。
「さっさとしろ!」
頭が声を張り上げ、部下たちを叱咤する。冒険者が来て子供たちを逃がしてしまったのだ。追いかけていったやつらがまだ数人帰ってきてないが、捕まえたのは子供二人だけ、他の子供も冒険者どもも取り逃がしてしまったらしい。見つかったからにはいつまでもそいつらを追いかけている場合ではない。さっさとずらからなければ、次が来るかもしれないのだ。頭はちらりと、傍らの子供たちに目をやった。二人とも両手を後ろ手に縛られた状態で座らされ、俯いている。周りの殺気立った雰囲気に、泣くこともできないほど怖がっている様子だ。こいつらも頭にとって悩みの種だった。逃げたのをせっかく捕まえた”商品”とはいえ、逃げるには明らかに足手まといだ。”雇い主”には悪いが自分たちの命の方が大事。それに”来るはずのない”冒険者が来たのだから、もう義務を感じる必要もない。頭はそっとダガーを引き抜く。部下の一人が警告の声と共に駆け込んで来たのは同時だった。
「あれだよ!」
森の中、盗賊たちの隠れ家へ向かうところを盗賊の一人に先に見つけられてしまった。その盗賊は慌てて逃げ出したが、これで警戒されては面倒になる。森の中という事もあり弓で足止めも出来ないからには、彼らも走ってそれを追うしかなかった。盗賊が真っ直ぐ彼らの隠れ家を目指していることを確かめながら、フルゴールが先導して後を追う。やがて見えてきた建物を指して、フルゴールは後ろに続くヤンターたちに伝えた。
警告が間に合ったため、建物の前には数人の盗賊たちが突然の襲撃者を迎え撃つために集まってきている。盗賊たちはさらに建物の中や裏手からも集まってくる様子だ。そして子供が二人、そのうちの一人に盗賊の手が伸びるのが見えた。
「誰か……」
フルゴールは振りかえり、叫んだ。
いくら襲撃者が来る事が予想できたとはいえ、こんなに早く来るとは予想外だった。特に、その中にファリス神官の姿があったことが頭の戦意を喪失させる。冒険者ではない。神殿からの討伐隊が来たのだ。こうなったらガキを人質にして逃げるしかない。
頭は子供の一人を抱え上げた。子供の顔が恐怖に歪み……不意に力が抜けたように眠り込んだ。不思議に思う暇もなく、頭の方も急激な眠気に襲われる。フールールーが放った”眠りの雲”だった。抗しがたい眠気に耐えながら、頭は自分たちがこのまま捕らえられることを覚悟する。ふと彼の目の前に、自分の手から落ちた衝撃で目を覚ました子供が逃げていく姿があった。人質を逃がすわけにはいかない。頭は眠りに落ち行く意識の中で、子供の背に向けてダガーを投じた。
「見つけたぞ」
木の幹に持たれかかったまま、リックは自分を見下ろす盗賊がそう言うのを聞いた。逃げなければと思うが、もう体に力が入らない。
「手間をかけさせやがって……、疲れただろう? 俺が楽にしてやるよ」
盗賊はダガーを手にリックに近づいて来る。左腕の傷が痛んだ。包帯代わりに巻きつけた布は、すでに真っ赤に染まっている。リックは自分に止めを刺す盗賊を焦点の合わない眼で見上げた。生い茂る森の木々が、その隙間から漏れる木漏れ日が、そして盗賊の輪郭が全てぼやけて、だんだんと視界一面が白く染まっていく。そしてそれが一瞬、一面の赤に変わったところでリックの意識は途切れた。
スナイプの投げたナイフが盗賊のダガーを持った手の肩口に突き刺さった。苦痛にうめきながら盗賊は後ろに下がり、ナイフの飛んできた方向、すなわち、スナイプの方へ向き直った。スナイプはナイフを手に悠然と姿を見せる。
「見逃してやってもいいんだぞ?」
その言葉に、盗賊はスナイプを睨みつけるように見る。だが、そのままゆっくりと後ろに下がり、スナイプが全く動きを見せないのを見ると、唐突に身を翻して走り去った。
「行ったな……」
盗賊の姿が見えなくなると、スナイプはそう呟いて振り返った。だが、そこにいるはずのリュインの姿がない。スナイプは苦笑して、ゆっくりとリックの方へ歩き出した。リュインがすでにそこに行っていたのである。
「リック……?」
木の幹に力なく持たれかかり、ぴくりとも動かないリックを前に呼びかけるリュイン。その目に少しずつ涙が浮かび始める。手を伸ばしてリックの両肩を掴み、力なく揺すリ始める。「リック……やだよ……死なないで……」
「おい、どうした?」
リュインの様子に気付いてスナイプが声をかける。リュインは涙をためた目でスナイプを見上げた。
「リックが……」
「……死んでるのか?」
”死”という言葉にびくりと身を震わせ、リュインはリックに向き直り再びその肩を、今度はさっきより激しく揺する。
「リック、起きて、起きてよ」
「おい、落ち着け……」
スナイプがリュインの両手を掴んでリックの肩から引き剥がす。リュインはスナイプの腕を振り解こうともがき始めた。
「離して……」
「落ち着け! こいつをよく見ろ!」
スナイプはリュインの腕を引っ張り、リックの方を向かせる。スナイプはゆっくりと、言い聞かせるように言った。
「よく見てみろ。死人が息をするのか?」
はっとしてリュインは、もがくのを止め、リックをじっと見た。さっきまで気が動転して気付かなかった。リックの肩が微かにだが上下しているのに。
「安心しろ。こいつは生きてる」
呆然とした表情のまま、リュインの目から涙がこぼれた。
「よかった……よかった……」
そのまま下を向き、呟くように繰り返す。その肩が小さく震えていた。スナイプは皮肉めいた笑みを浮かべて、その様子が見ている。が、すぐにその表情を改めた。確かめなければならない事がある。
「おい……、分かってるだろうな? 俺たちはこいつをどうしなければならないか」
もしリュインが答えを誤まるのであれば、スナイプは彼女を気絶させてでもリックをヤンターたちに引き渡すつもりでいる。リュインの出方によっては、気絶では済ませられないかもしれない。彼にはそれが出来るのだ。たとえ感情がそれを拒否したとしても……。しかし、彼はその心配を無用のものだと思っている。あるいは、彼女を殺したくないという感情がそう思わせていたのかもしれない……
リュインは目許を拭い顔を上げた。涙は引いているが、その目は真っ赤になっている。そして毅然とした表情で言った。
「分かってるよ……あいつらのところに連れて行く」
その答えに、スナイプは安心したように表情を緩める。リュインは無事、彼の期待に答えたのだ。
「忘れてなかったようだな。それじゃあ、行くぞ」
スナイプはリックを背負って歩き始めた。その後をリュインが続く。彼女はすぐ目の前にある、スナイプに背負われたリックの背中を見ていた。
リックは生きていた。だけど、自分はこれからまたリックを罪人としてエレミアへ護送しなければならない。それでも、リュインはリックが見つかって良かったと思っている。生きていれば、死んでしまうよりはずっと……
 |