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No. 00196
DATE: 1999/12/03 05:03:05
NAME: ヤンター、リュイン他
SUBJECT: 殺人と断罪の違い
(この話は「捕縛という名の救出」の続きです)
ヤンターたちが村に戻ったとき、スナイプとリュインの二人は既に村で待っていた。
「見つけたぜ」
スナイプのその言葉はフルゴールに、そして同時にヤンターにも向けられたものだった。
怪我の痛みにリックは目を覚ます。彼は領主の館の一室のベッドに寝かされていた。目を覚ましてすぐにリックは今までの事を思い出す。そして、怪我の手当てがされている自分の体を見て、その結果も。
「助かったのか……」
「気がついたようだな」
フルゴールがいたのか。そう思い、リックは声の主を探した。だが、そこにいたのはフルゴールではない。
「貴様が盗賊から逃れていたとはな」
リックは驚きのあまり声も出なかった。そこにいたのは、彼が今、最も恐れる人物だったからである。
「なんでおまえが……」
「ファリス神のお導きだ。神は貴様ら罪人を逃しはしない」
ヤンターは表情のない顔で、静かに答えた。
「殺人犯だったのか……」
リックに会ったばかりの時に聞かされたなら不思議にも思わなかっただろうし、驚きもしなかっただろう。だが、しばらく行動を共にしてきたフルゴールは、その事実に多少の驚きを感じた。
「そうです。不覚にも、やつを護送車ごと盗賊に奪われましてな。どうやらそこから逃げうせていたようです。あるいは、盗賊はやつの仲間で、最初からそのために護送車を奪ったのやもしれませんが……」
「違うって言ってるだろ」
リュインが冷たい声でヤンターの言葉を遮る。ヤンターはリュインを睨むような目を向けた。
「あなたがやつを庇うのも分かりますが……」
「僕も違うと思うよ」
今度はフルゴールが遮る。ヤンターは少し驚いた表情でフルゴールに向き直った。
「彼を最初見つけた時、怪我をして倒れてたんだ。きっと盗賊たちから逃げてきたんだよ。それに、さっきも子供を助けるために盗賊と争ってたじゃないか」
「……そうでしたな」
その説明に、さすがのヤンターも納得せざるを得なかった。実際、リックはぼろぼろになったところを保護されたのだ。
「ですが、逃亡を謀ろうとしたのは確かですな」
だが、その言葉にもフルゴールは首を捻った。
「それも分からないよ。逃げるつもりだったなら、なんで彼はこの依頼を受けたんだろう?」
「金が目当てだったのでしょう」
ヤンターは決めつける。だが、フルゴールは納得していなかった。逃亡中の罪人が金のためにこんな仕事などするだろうか? 自分たちが貸した金を持ち逃げしても足りたはずだ。それに金目当てだとすると、子供を見つけた時のリックのあの無茶な行動が説明できないのだ。
リュインには予想できた。リックは子供たちを助けるために依頼を受けたのだ。子供たちが売られると噂されていたために……。彼に、奴隷商人に売られてしまった妹がいることをリュインは知っていた。だが、彼女はそれをヤンターに説明する気にならなかった。ヤンターは彼女の言う事を信用しないのだから。
「……子供たちはどうなった?」
自分から口を利きたくはなかったが、リックにはそれだけは気になっていた。ヤンターの表情が少しだけ険しくなる。
「貴様らが先走らねばよかったのだ……」
「子供たちはどうなった?」
もう一度尋ねるリックの声に焦燥感が漂う。ヤンターの目にいっそう険しさが増す。
「一人……やつらの刃にかかった」
「な……」
「何故我々を待たなかった?」
「……死んだのか?」
だが、ヤンターはリックの言葉を無視し、荒げた声を叩きつける。
「金が目当てなら……子供らの命がどうでもいいというなら最初から依頼など受けるな! 貴様が何もしなければ子供らは無事だった。それを……貴様は己の都合で子供らを危険にさらしたのだ!」
「違う!」
ヤンターに向かって、思わずリックは言い返していた。そして、部屋の中を沈黙が流れる。二人は互いに睨み合っていた。だが、リックの表情には悔恨、そして悲痛の二つの感情が現れている。ヤンターが静かに口を開いた。
「何が違うというのだ。ならば貴様は、何のためにこの村に来た?」
リックは何も答えない。彼のやった事は仇となった。予想できない結果ではない。だが、応援が来るかどうか分からないあの状況では、それでも動かずにはいられなかったのだ。しかし、子供が一人、盗賊の手にかかったという事実。それが彼に、その思いを口にするのをはばからせていた。
ヤンターは目を閉じ、しばらく時間を置いて再び目を開く。
「何故貴様は殺人を犯した?」
突然に変わった質問内容に、リックはヤンターに少し驚いた顔を向ける。
「答えろ」
ヤンターたちが村に戻ったころ、領主はフレデリックの前に全ての罪を白状していた。この村で起きた誘拐事件は盗賊団の仕業ではなかったのである。
勢い良く開け放たれたドアに、部屋の中の男はびくりと身を震わせた。彼はこの村の領主である、いや、それも既に過去の話にするべきかもしれない。彼は部屋の入り口に顔を向けた。まず最初にヤンターが、続いてフレデリックが入ってくる。スナイプとリュインの二人もそれに続いていた。
フレデリックから事の真相を聞いたヤンターは、真っ直ぐにこの部屋へ向かった。そのヤンターの様子に危惧を抱いたフレデリックだが、それを理由に止めることもできないので、万一に備え、冒険者二人を連れて後を追った。もちろん、万一が起きるのはヤンターの身にではない。
「貴様が仕組んだことだったとはな……」
ヤンターは領主を睨みつける。この男が、孤児たちを世話する立場にあったはずのこの男が、逆に孤児たちを売ろうとしたのだ。
この村では、孤児は領主の館で育てられることになっていた。これは先代の領主が始めたことだ。最近、新しい領主として赴任してきた彼はその制度を嫌っていた。そして何より、彼自身が孤児というものを嫌っていた。それは親を持たないという事に対する差別である。
そのまま怒鳴りつけそうになる気持ちを押さえ、ヤンターは怯えた表情で自分を見返す領主に向けて宣告する。
「私たちは明日、出発する。無論、貴様も逃しはせん。あの盗賊ども共々、官憲に引き渡してくれる」
その言葉に、領主の顔に浮かぶ怯えの色がいっそう強くなる。
「……あのガキどもは私が面倒みなければ、とうの昔に野垂れ死んでたんだ。それを生かしてやってたのは私だぞ。どう扱おうと私の勝手……ひいっ」
ヤンターがすっと領主の側に近き、そのまま彼の胸倉を掴んだ。
「貴様にはあの子らを養う義務はあった。だが、あの子らの運命を勝手にする権利などない!」
慌ててフレデリックが駆けより、領主からヤンターを引き剥がした。領主は首を押さえながら、恨めしげにヤンターを見上げた。
「あのガキどもは孤児じゃないか。それがどうなろうと、誰も気にするものか! むしろいなくなってくれたほうが、こっちはせいせいするんだ!」
フレデリックが止める暇もなかった。ヤンターの右拳が振るわれ、領主の顔に打ちつけられる。領主は床に倒れ伏し、殴られた頬を押さえながらヤンターを睨んだ。
「あのガキどもは私の大切なコレクションに傷をつけたのだ! それをやつら自身に償わせて何が悪い!」
ヤンターは怒り冷めやらぬ様子で、床に倒れ伏した領主を見下ろしながら告げた。
「官憲に引き渡すまでもない……ファリスの御名の元に、貴様には今ここで、私が裁きを下してくれる」
だが、踏み出そうとしたヤンターを、フレデリックが一瞬早く押さえる。スナイプもすぐに加わりヤンターを引きずり戻した。
「やりすぎです!」
フレデリックの声に、ヤンターから二人を振り払おうとする力が抜ける。落ち着きを取り戻した様子だ。フレデリックとスナイプは、ヤンターを押さえていた手を離した。
「……失礼、取り乱したようですな。ですがこの者は、十分この場で裁くに値する罪を……」
「同じじゃないか……」
突然の声に、ヤンターは倒れ伏した領主の方を見た。そこには、いつの間にか、領主の側にしゃがみこみ彼を助け起こしながら、冷たい目で自分を見るリュインの姿があった。
「何が同じなのですかな?」
「あんただって、今、この人を殺そうとしたじゃないか」
リュインの口調は淡々としたものだった。
「あんたが殺すのは正義なのに、なんで、あの人が殺すと罪になるんだよ」
盗賊団が出る。オラン−エレミア間の街道を荒らすその盗賊団の噂は、今や知らぬ者はいない。普通の盗賊であれば、商隊か、金目のものを目立たせる獲物しか狙わないものだが、その盗賊団は違っていた。彼らは獲物を選ばなかった。そのためチャ・ザ神殿を始め、討伐隊が組織されているという噂だ。ヤンターたちもこの盗賊団の襲撃を受け、リックを護送中の馬車を奪われている。
そして、この村でも盗賊団の被害を受けていた。この年の収穫物を納めるために街に向かった馬車を襲われたのだ。収穫物は奪われ、村人も幾人か殺された。
この事件により、村の財政は圧迫されることとなる。そのため、領主は孤児たちをいっそう疎ましく思うようになった。孤児たちの世話にかかる費用、手間、それらは全て領主たる彼が負担するこになっていたからだ。だが、彼が孤児たちを憎んだ最たる原因は別にあった。
それは、赴任の際に持ちこんだ、彼の自慢のコレクションの一つである壷を子供の一人が割ったことだ。彼は自分の収集物に並々ならぬ執着心を持っていたのだ。だが、村人たちの目があるため、孤児たちに暴力を振るうことも追い出すこともできない。領主は、盗賊団に罪をなすりつけることを思いついた。盗賊団には収穫物を奪われ、村人の命も奪われた。この上に身寄りのない子供が幾人かさらわれたとしても怪しむ者はいない。
盗賊団の仕業となれば、村人たちも諦めるだろう。それに、孤児たちがさらわれたところで気に留める者は誰もいない、そう考えていた。だから、村人たちが勝手に冒険者を雇うなど思いもしなかった。だから彼らに、盗賊の仲間という疑いをかけ、追い出そうとした。だが、フルゴールは子供を連れかえった。結果、彼はその事により自らの首を絞めたのだ。
「答えぬつもりか?」
沈黙が部屋の中を支配していた。ヤンターはベッドの上で上体だけを起こし、自分の方に目を向けようともしないリックを、睨むように見据えていた。
「……貴様は、仲間の言葉を無駄にするつもりか?」
リックの目が、ようやくヤンターの方を見た。
「どういうことだ?」
ヤンターは表情を険しくし、ためらう様子を見せた。しばらくしてようやく口を開く。
「貴様の仲間が言った。貴様が何故、逃亡よりもこの村に来ることを選んだのか……何故、人を殺めたか……」
「いったい、何を聞……」
「だが!」
ヤンターの、自分の両膝に置く手に力が篭る。
「たとえ、それがどのような話であろうと、貴様の口から聞かない限りは、一切、信じるつもりはない!」
一息で言いきると、ヤンターは感情を感情を押さえるために目を閉じた。そして、一呼吸置いてリックを見る。
「貴様は何のためにこの村に来た? そして、何故殺人の罪を犯した?」
農村に生きる者たちの朝は早い。村人たちが寝静まる真夜中、その部屋にだけ明かりが灯っていた。テーブルの上に置かれたランプから漏れる光の中、ヤンターは椅子に深く腰掛け、膝に両肘をついた姿勢でじっと目を瞑っていた。
「起きておいでですか?」
「フレデリック殿……」
フレデリックが戸口に姿を見せていた。ヤンターが起きていたのを見て、そのまま部屋に入る。
「考え事ですか?」
「ええ……」
あの後、リックはヤンターに話した。自分がこの村に来た理由、殺人を犯した理由、そして自分が何のために行動してきたか……
今まで頑なに話そうとしなかったリックが口を開いたのは、一つは盗賊の手にかかった子供がいたと聞いたせいだった。子供を助けるためだったはずの自分の行動が、逆に子供に害を成す結果となった。自己弁護か、それとも子供への償いのつもりだったのかもしれない。そしてもう一つは「仲間の言葉を無駄にするつもりか?」と言ったヤンターの言葉だった。
リックが人を殺めたのは、殺した相手が彼の肉親を売ったせいだと言った。そして今の彼は、それを取り返すために行動しているという。だからリックは、罪から逃れようとしていた。ヤンターたちが盗賊の情報を頼りに自分を追えばこの村で鉢合わせる可能性があることも分かるはずだ。だが、リックはそれを考えなかった。奴隷に売られようとしている子供たちがいる。それが自分の義妹の事と重なった。だから彼は逃げることを忘れこの村に来た。そして一刻も早く助けたいという焦りが、彼にあのような行動をさせたのだ。
ヤンターは悩んでいた。リックがようやく自らの口から全てを語った。もしそれが真実であるのなら、彼の罪をどう考えるべきなのか。そしてさらに、リュインが言った言葉だ。
「あんたが殺すのは正義なのに、なんで、あの人が殺すと罪になるんだよ」
リュインはヤンターたちに、リックが人を殺めた理由を話した。ヤンターが自分の言葉を信じない事は分かってる。話しても、自分がリックの殺人を認めたことを言われるだけだ。だから今まで話さなかった。しかし、領主に裁きを下そうとするヤンターを目の当たりにした今は、言わずにはいられなかった。
案の定、ヤンターはリュインの証言を信じようとしなかった。そしてさらにこう言ったのである。
「あの男が人を殺めたことは、あなたも認めるのでしょう。そしてそれは、罪ではないのですかな?」
「あんたがリックの立場だったら、殺さなかったというの? たった今、この人を殺そうとしたあんたが」
リュインの冷たい言葉に、ヤンターは少し考えるてから口を開いた。
「……裁きを下していたでしょうな。ですが、そのような……」
「やっぱりそうじゃないか……人殺しになってたかもしれないんじゃないか。人殺しは罪なんでしょ。あんただって罪人になってたかもしれないんだよ。だけど……」
ヤンターを冷たい目で見つめながら、淡々とリュインは続ける。
「あんたのやる事は”神の名の元に”って言葉だけで正当化できるんだ。だけど、リックにはそれが出来ないから……」
ヤンターは何も言う事が出来なかった。
もし自分があのまま領主の男を殺していたとしても、それが罪に問われることはなかっただろう。領主の罪は明らかであり、ファリス神官であるヤンターには己の裁量でそれを裁くことができるからだ。
リックが殺した相手もまた、許し難き罪を犯している。だが自分は、それを殺したリックを罪人として追い続けてきた。
咎ある者を殺したとき、自分であれば正当な裁きを下したとなり、リックは殺人罪とされる。違う事は、自分が神官であり、リックはそうではないということだ。同じ行為が、それだけで逆の扱いを受けるのだ。
ヤンターは悩んでいた。リックのやった事は罪ではないのか? それが許される事なのか?
「あなたは真面目過ぎるのです」
フレデリックの出した答えは単純なものだった。
「あなたがあの領主を裁こうとしたのは、ファリスの法に照らし合わせ、あの男の罪がそれに値すると判断したからでしょう。しかし、あの者が人を殺めたのは、あの者にとって相手の罪が許せないものだったから、つまりは私憤です」
ヤンターはまだ何か引っかかっている様子だった。フレデリックはさらに続ける。
「確かに、あの者が害した相手はそれに値する罪を犯していました。しかし、それは結果としてそうであるに過ぎません。あの者は、私憤により人を殺めた。この行為自体は罪として裁かれなければならないのです」
「そうですな……」
それでもヤンターは考えるのを止めようとしない。友人のあまりの真面目さに、失礼だと思いつつも、フレデリックは苦笑いを浮かべてしまう。
「ですが、その罪に至った事情は酌むべきでしょう。そして、それを判断するのはあなたです。あなたはファリスの法を知り、神の声を聞くことができる。つまり、あなたの知る正義はファリスの正義そのものなのですから」
「教えられましたな」
ヤンターはようやく顔を上げた。彼の中でなんらかの結論が出たようだ。フレデリックは笑顔を向けて言った。
「いえ、今の私の言葉は、正義を気がつかせてくれたあなたのお陰なのですよ」
教える教えられたというものではないと言いたげに、彼は胸の前で聖印を結び頭を下げた。だが、その自覚のないヤンターは不思議そうな顔をするばかりである。フレデリックは一瞬だけ苦笑いを浮かべるが、すぐに表情を改めた。
「ですが、これはあの者の証言が正しいとした場合です。あの者は以前にも嘘の証言で言い逃れをしようとしました。今回もそうでないとは言いきれません」
「承知しています」
リックが人を殺めたのは、自分の肉親を売られたからだ。だが、それを証明する手建ては、恐らく存在しないであろう。記録が残るようならば、すでに人身売買というもの自体、存在するわけがないのだから。そして確かめようがないからこそ、嘘だという可能性があるのだ。
しかし、今のヤンターはリックの証言が嘘だとは思っていない。あの時、シータがある知らせを持って部屋に駆けこんできたあの時のリックの表情、それが自分と同じだったことに気付いたのである。子供の身を案じ、それが助かったことに対する安堵と喜び。そしてそれは、確かに子供に対して向けられたものだということに……。
盗賊の手にかかり重い怪我を負った子供がいた。ヤンターが奇跡を用いて傷を塞いだのだが、子供の体力だ。意識を取り戻す事はなく眠り続けていたのである。シータが二人にもたらしたの知らせとはその子供の事だった。子供たちは、全員が生きて救出されたのである。
朝が来れば、ヤンターたちは領主と盗賊たち、そしてリックを連れて村を出るだろう。町に着けば領主と盗賊たちは官憲に引き渡される。フルゴールとシータの二人は、町まではこれに同行し、その後はオランへの旅を再開するつもりだ。ミルディンも、町に着けばそのまま一行から離れるつもりだった。今度はヴェイラに我侭は言わせるつもりはない。もはや護送に同行する義務も、リックを連れ戻したことにより、義理さえもないのだから。
そして他の者たちは護送を再開することとなるだろう。リックをエレミアへ運ぶための旅を。
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