 |
No. 00198
DATE: 1999/12/07 00:03:30
NAME: ヤンター・ジニア
SUBJECT: 下された判決
(この話は
「子供たちがさらわれた村で」
「捕縛という名の救出」
「殺人と断罪の違い」
の結末に当たります)
ヤンター・ジニア:ファリス神官。リックを捕らえエレミアへ帰還する。
リック:エレミアのファリス神殿に捕らえられた殺人犯。
ノックもなく唐突に開く扉の音に、部屋の中に控えていた二人の神官見習いたちは姿勢を正し扉に向き直った。入ってきた男が身に纏っているのが、彼らが着ているものとは違い、神官の位を示す正式なものだったからである。入ってきたのは先日、オランへの巡礼を終えてここ、エレミアのファリス神殿へ帰ってきたばかりのヤンターだった。ヤンターは相変わらずの険しい表情で、さして広くないこの部屋の、中央に置かれた机の向こうに座る男に目を向けた。男は表情のない顔を上げてヤンターを見ている。男の名はリック、ヤンターが帰還の際に連れ帰ってきた”罪人”である。
ヤンターは、二人の神官見習いに外で待機するよう指示を出し部屋から出した。そして、自らは椅子に座り、机を挟んでリックと向かい合う。リックの顔にはやはり表情はなく、目を逸らす事なくヤンターを見返していた。
「自らの罪の重さを思い知りましたかな?」
「ああ」
リックの力強くはないがはっきりとした返答を受け止めた後、ヤンターは手元の書類に目を落とし、リックの罪状を読み上げ始めた。確認の度にリックは短くだが、やはりはっきりとした答えを返す。これで何度目だろうか? リックは、ふとそんな事を思った。エレミアの神殿に捕らえられて以来、この部屋で繰り返されてきた事だ。最初は罪の確認から始まるのである。
リックが思い知ったのは、正確には罪の重さではない。自分の軽はずみな行動だった。怒りに任せて人を殺めたがために彼は捕われの身となったのである。つい先日も、子供たちを一刻も早く救いたいという思いから無茶な行動に出てしまった。そしてその結果、彼は殺されかけたのである。
しかし、リックが思い知った本当の理由は、自分の軽はずみな行動の代償が自分以外の者に及んだことだった。自分が捕まったことにより仲間に心配をかけてしまった事。オランのファリス神殿に捕われていた時、面会に来たリュインの姿を見た時から、ずっと彼は自らが捕われの身になってしまった事を悔やんでいた。さらに先日、助けようとした子供の一人が盗賊の手にかかり、生死の境をさまよう事となった。その子供はなんとか一命を取り留めたが、その出来事が一層リックに思い知らせた。彼に軽はずみな行動の結果というものを。
この神殿に捕われた当初と違い、もはやリックのその感情が表情に現れることはなくなっていた。リックは一切の表情を浮かべることなくヤンターを見返している。覚悟が出来たのだ。全てが自らの軽はずみな行動のせいであることを認め、償うべき事に気付いたのである。
罪状の読み終えたヤンターは、次に、いつものように、彼の罪についてファリスの法と秩序を説くのだろう。だが、説かれるまでもなく、今やそれは彼の中に備わっていた。
ヤンターの次の言葉はいつもとは違うものだった。リックは、自分がいよいよ官憲に突き出される時が来たの事を予感した。今まで彼が官憲に突き出されることなく神殿の牢に入れられていたのは、彼が人を殺したという証拠が出てこなかったからだ、とリックは思っている。何が見つかったのかは分からないが、それが出てきたのだろう。だが、惜しいとは思わない。覚悟は出来ているのだ。リックはヤンターの最後の言葉を待った。
ヤンターはリックのその表情から彼の覚悟を読み取ることが出来た。経験からヤンターは知っている。本当に罪を認め、受け入れた者がどのような態度を見せるかを。そして、彼はこの数日、リックにそれを見ている。それ故に、ヤンターはそれを決めたのである。
新王国暦511年11の月12日、リックはエレミアのファリス神殿から釈放される。結局、もみ消された彼の殺人罪が表沙汰になる事はなかった。ヤンターはリックの証言を信じ、そして、彼の罪に情状酌量の余地を認めたのである。
ヤンターにより、リックの罪は過失とされ、オランにおいて彼が捕えられた日から数えて60日間の投獄を持ってその償いとされた。
 |