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No. 00006
DATE: 1999/12/18 04:48:30
NAME: ミルディン&ヴェイラ
SUBJECT: 終わり…そして、始まり
PL注:このエピソードは「家出息子を探して」の続きです。よければ、そちらから読んでくれるとうれしいな(笑)
「…どうだ…?いるか…?」
ひげ面のごろつき風の男が小声で隣にいるスキンヘッドの男に声をかける。
「あぁ…確かにいるみてぇだ…出てきて人通りの少ないところでやるぞ…」
ここはミルディンの事務所……ではなく、裏通りに面した酒場である。当初の案では、ミルディンの事務所を直接襲う、というものもあったのだが、近所の住民が衛視に通報したらそれでお終い、と言うことで却下された。
で、結局。単独行動に出たヴェイラをさらって人質に取る作戦に出る事にしたのだ。
あいつらの仕事は調べてあった。…そのせいでけっこう時間を食ってしまったのだが。
「来たぞ…おい、あっちにいる二人に言って来い。罠はしかけたんだろうな…?」
「当たりめぇだ。そんじゃ、伝えてくるぜ…」
「ありがとうございました〜♪」
店を出るボクに店員が声をかけてくれる。
ここは、裏通りにある酒場。ここにはなんでかは知らないけど、けっこういい情報が入ってくるから、いつも利用してる。
で、今日も仕事で来たんだけど、ここにはいい情報がなかったみたい。すっかり遅くなっちゃったから、早く帰らないと…そう考えて家路を急いだ。
曲がり角を曲がって、人気のまったくない通りにさしかかる。
そのとき、一瞬だけ違和感を感じた。それがなんなのかを悟るより前に、いきなり視界が反転し、頭をぶつける。
「 !?」
瞬間、ボクの体が宙に浮く。続けて、どこかで聞いたような声がする。
「やりぃ!捕まえたぜ!」
どうやら、ボクは誰かが張った網に捕まえられちゃったみたい。網にこんがらがった体勢でなんとか声のした方を向く。
すると、ばらばらと3人ほどの男達がこっちに来るのが見える。
「よし、これであの野郎をおびき出せるぜ…!さぁ、アジトまで引き上げるぞ!」
あの野郎って…もしかしてミル(ミルディン)の事?そんなことを考えてると、網にからまったまま、ひょいと担ぎ上げられ連れ去られていく。
「離してよ!離してってば!こら!!変なとこさわるなぁ!!」
はぁ…まいったなぁ…また足手まといになっちゃたよ…
…その後、網にかけられたままボクはどこかの空家に運ばれてしまった。網をかけられたまま、手を縛られて柱にぐるぐる巻きにされてしまった。
そこでわかったんだけど、ボクを捕まえたのは、この間の金持ちのおぼっちゃんをさらった奴らとおなじだったんだ。
「…もしかして、あの時の復讐ってやつなの?」
それに、リーダー格(のように見える)のひげ面の男が答える。
「へっ、ガキのくせによくわかってんじゃねぇか」
「思いっきり逆恨みじゃないか!!それに、ボクはもう20歳だ!!」
その言葉に男達は、完全にボクをバカにしきったような目で大声で笑い出す。
その目が「てめーが20歳なわけねーだろ」と物語っているのがよくわかる。…くそぉ、ホントなのに……
その後、ごろつき達の一人がミルに手紙を出しに行った。まだ、戻って来てないけど…
ぎぃぃ、ぱたん。
そんなことを考えていると、いやな音と一緒にドアが閉められる。
首をドアの方に回そうとすると、縄が手に食い込んで痛む。
どうやら、手紙を出しに行った奴が帰ってきたみたい。ぼそぼそと話し声が聞こえる。
「よし、これで準備は出来たな…いつ、奴が来てもいいようにしとけよ」
なんとか逃げようと暴れるけど、完全に動けない状態では縄が食い込むだけ。武器は縛られるときに取られている。…けど、なにかしないわけにはいかなかった。そうしないと、ミルが危ないから…
雨に打たれている少年。その少年が抱きしめている、もはやすでに動かぬ少女。
……また、いつもの夢か……
ミルディンはそう思った。
それは、昔の夢。自分のミスで義姉さんを殺してしまった。いつまでも心に残る深い傷。
もう、10年も前になる。その10年の間、いろいろなことがあった。あの時の、なにも知らなかった少年ではなくなったと思う。
…だが。なぜ、義姉さんは俺をかばったのだろう?なぜ、自分の命を犠牲にしてまで他人を守るのだろう?
そして、義姉さんの葬儀のあと、義父さんにこの疑問をぶつけた。そのときに、義父さんが言っていた言葉。
「自分の気持ちに素直になることだ。そうしなければ、真理は見えて来やせんよ」
いつまで経っても、この2つ 本当に知りたかったこと は見えてこない。
………………?
ふと、いつもと夢が違うことに気がついた。少年に抱きしめられている少女の姿が変わっている。義姉さんとよく似ているその姿は………
「ヴェイラ!!」
その、自分の声で目がさめる。しっかり、頭を覚醒させてから周りを見る。事務所の机の上。どうやら、仕事中に居眠りしてしまったらしい。ふと外を見ると、もう月が高くなっている。どうやら、かなりの時間寝てしまっていたようだ。
ヴェイラが仕事から帰ってきた様子はない。いつもなら、さほど気にもとめないのだが、さきほどの夢を見た後ではさすがに不安になってくる。
「…探しに行ってみるか」
ぽつりと、そう言うと上着を着て事務所を出て行く。もちろん、自衛用のダガーや発動体として使用している指輪は忘れない。
ヴェイラが、情報を仕入れてくる、と言った以上どこかの酒場か盗賊ギルドの可能性が高いだろう。と、言ってもミルディンは盗賊ギルドの場所を知らない。
とりあえず、いつもヴェイラが行っている裏道の酒場から調べることにした。
「え…?この人ですか?今日はもう見てませんけど…」
「…そうですか。ありがとうございました」
営業スマイルを店員と交わしながら、店を出て行く。もう、これで7軒目である。ヴェイラの情報収集で行きそうな店はもうほとんど回ったのだが……
「そういえば、このあいだきままに亭で情報仕入れたって言ってたな…行ってみるか」
からん、からん。
木製のドアをくぐると、何人かの知った顔が見える。
…ん?リック、帰ってきてたのか。
そう思いながら、リックに声をかける。今、ここにいる中ではヴェイラと親しい方だろうと思ったのだ。
「リック、ヴェイラを知らないか?」
しばらくした後、返事が返ってくる。
「…また、いないのか?」
なにか、心ここにあらず、といった感じだがとりあえず詮索はしないことにする。
「ああ…昨日の夜から帰ってきてない」
「また、厄介事にでも巻き込まれたんじゃないのか?」
その可能性が高いと自分でも思う。…というか、それ以外考えられない。
すると、1人の女が自分に声をかけてくる。確か、リティリアとかいった女だ。はじめてあったときに、なにかじろじろと見られていたようなのでよく覚えている。
「よければその話、私にも聞かせてくれないかしら?」
少し考えてから、ヴェイラがいなくなったことを聞かせる。が、やはりリティリアもヴェイラがどこに行ったか知らないらしい。
…ここでも見つからないとなると、いよいよ探すのが大変になってくるな…そんなことを考える。
「金さえ払えば手伝ってやってもいいぜ?」
と、リック。正直、自分だけでは探すのに時間がかかりすぎる。少し考えて、手伝ってもらおうと口を開きかける。
そのとき、店員から声がかかった。リック達にちょっと待つように言ってから、店員に話しかける。
「なんでしょうか?」
「えっと…ミルディンさんですよね?あなたに手紙が届いてます」
「わたしにですか?」
ヴェイラが書いたものかと思い、店員から手紙を受け取り、宛名を見る。…見ただけで、ヴェイラじゃないとわかった。字が汚すぎる。一見して判別がつかないほどだ。あいつも字がきれいなほうではないが、ここまで汚くもない。
ため息をつきながら、中の手紙を見る。読みにくい文字をなんとか判別しながら読む。
「てめぇの助手を預かった。この間の恨みを晴らしてやるぜ。武器を持たないで一人でここに来い。もし、衛視を呼びやがったり、誰か連れてきやがったら助手の命の保証はしねぇ」
…読んだだけで顔色が変わるのが自分でもわかる。おそらくは、この間の誘拐事件の犯人達だろう。逆恨みもいいところである。
「どうかしたのか?」
リックが声をかけてくる。ため息をつきながらリティリアとリックに手紙を見せる。手紙を読み終わったリックが自分に声をかけてくる。
「また何かやったのか?どうするんだ?これから…」
リックの言葉には答えず、体に隠した武器をはずしてリックの方に放り投げる。発動隊体の指輪はそのままつけておくことにする。あぶねーな、というリックの抗議は無視して、2人に声をかける。
「…リック、リティリア。どっちか、あと2時間くらいしたら手紙の場所に衛視を呼んできてくれ…頼む」
「ついていかなくて大丈夫なのか?」
「ああ…手紙を見ただろう?2人以上で行ったらヴェイラが危ない」
「そうじゃなくて。おまえのことだよ」
「…俺なら、大丈夫だ」
「もし、こいつらがヴェイラの首に刃物突きつけて、動くな、って言われてもか?」
そう言われて言葉に詰まる。十分に考えられる事態だろう。
そう言われたら自分はどうするだろうか?確かにヴェイラのことは大切に思っている。しかし…自分の命と引き換えにすることが出来るのだろうか?あのときの義姉さんと同じように。…おそらく、自分には出来ないだろう。客観的に判断してそう思う。他人の命と自分の命。どちらが大切かといわれれば、やはり自分の命のほうが大事だからだ。もちろん、ヴェイラを見殺しにするつもりもないが…
「…おまえが死んで、残された奴の気持ちを考えろよ」
「念のため言っておくが、ついてくるなよ。衛視に連絡も頼んだ」
リックの言葉には答えず、それだけ言って席を立つ。ドアの所でリックがうなずくのを確認してから外に出る。
「…さて、行ってくるか…」
ぽつりとそう言うと、地図に書いてあった場所を目指して走り出した…
「さて…どうするかな…?」
裏通りの影でふとつぶやく。指定されたスラムの空家。空家といっても、廃屋に近いような状態ではあるが…。見張りが一人。他のメンバーはヴェイラと一緒に中にいるのだろう。隙をついて<眠りの雲>で片付けようか、とも思ったがそれで全員が眠るかどうかはわからない。もし、失敗したらヴェイラの命はないだろう。…できることなら遠慮したい案だった。
とりあえず、使い魔の鳩、キルルを空家の屋根に待機させておく。
「仕方ない、か…」
ため息とともにつぶやくと、まっすぐ空家に向かって歩き出す。そして、見張りに声をかける。
「おい、ヴェイラを返してもらいに来た。早くしてもらおうか」
ぎぃぃ、ぱたん。
ミルディンの後ろでドアのしまる音がした。続いて、鍵がしまる音。
逃げ場所がないかと、さっと部屋の中に視線を走らせる。逃げ場所はないわけではなさそうだった。天井近くに人が1人くらいなら通れそうなくらいの窓があいている。鎧戸は下りていない。そして、後ろにあるドア。ここから外に出るには、この2つくらいしか方法はなさそうだった。
なんにしろ、目の前にいる3人、後ろにいる1人をなんとかしなければならないだろう。
そして、なにより厄介な問題がひとつ。それが、人質のヴェイラの事だった。今、ヴェイラは腕と足を縛られてダガーを突きつけられている。少し、信じられないような顔をしてミルディンをみている。ミルディン一人だけならば、多少の無理も出来る。が、人質がいるとなるとそうもいかない。なるべくなら安全な手段を選びたかった。
「よぉし…本当に1人で来た見てぇだな…そんなにこのガキが大事なのか?」
ヴェイラを押さえ、首筋にダガーを突きつけている男が言う。
「ミル……来てくれたんだ……」
その横で、ヴェイラがダガーを突きつけられているせいか、少しこわばった声でミルディンに問いかける。
正直、ヴェイラはミルディンが自分を助けに来るのか、少し不安だったのだ。
「こんなところに呼び出して悪ぃけどよ…用件は、わかってるよな?」
「…『こないだの恨みだ。おとなしく、殺されろ』だろう?」
「死ぬまでこいつらにたこ殴りにされろ、にしといてやるよ」
返ってきた言葉に苦笑する。
…さて…衛視が来るまであと40分くらいか…どうやって切り抜けるか……
「なに余裕ぶってやがる!」
ミルディンの苦笑に腹を立てたのか、後ろからごろつきの一人がミルディンに殴りかかる。後ろから殴られ、たまらず倒れるミルディン。そこに他の2人、つまり、ヴェイラに刃物を突きつけているひげ面の男以外がミルディンを殴りつける体勢になっている。
ヴェイラのところにも、幾度も、鈍い音がミルディンのいるあたりから聞こえてくる。耐え兼ねたようにヴェイラが悲鳴に近い声をあげる。
「もう止めてよぉ!!ボク達が悪いわけじゃないじゃないかぁ!…だから…もうやめてよぉ……」
言葉の最後は、泣き声に変わっている。だが、その声は男達の罵声にかき消される。
そのときミルディンは、殴られる痛みをこらえながら、この状況を打破する手段を探していた。策は…ないわけでもなかったが、この策は自分も痛い上に成功する確証もない。しかし、どうやら手段を選んでいる時間はなさそうだった。
……もう少し…油断を誘うか……
どかぁっ!
ひときわ高い音とともに蹴り飛ばされたミルディンの体が壁にたたきつけられる。
「おいおい…強すぎたんじゃねぇの?これくらいで死んじまったらつまんねぇだろ?」
ミルディンはぴくりとも動かない。…演技である。まだ、もう少しは殴られていても意識を失うことはないだろうが…
「おい、死んでるかどうか調べてみろよ」
ひげ面の男が他のメンバーに命令する。その言葉に、男達はミルディンに近づいていく。
……これで、油断してくれるか…?
ミルディンは、なんとか脱げるのを押さえていた帽子の下から、男達の様子を見た。…どうやら、油断してくれたらしい。ヴェイラに突きつけられていたダガーが首から離れている。
キルル!
心の中で、窓の外に待機していた使い魔に呼びかける。
命令を受けた使い魔は部屋にあったひとつの窓から部屋に飛び込み、ひげ面の男の持っていたダガーに体当たりをかける。続けて、ミルディンの左手に激痛が走る。
「なっ…なんだ!?この鳩!?」
…どうやら、うまくいったようだ。
油断を誘ってヴェイラに対する警戒を薄れさせる。薄れさせたところで、窓からキルルを使ってダガーを奪い取る。まぁ、うまく行かなくて翼を傷つけてしまったようだが。そして…
「…万能なるマナよ!矢となりて走れ!」
精一杯の精神力を使って<魔法の矢>の呪文を唱える。
キルルに気をとられ、一瞬こちらへの注意がまぎれたところに魔法をぶつける。これが、ミルディンの考えた策だった。時間があれば、もっといい案が考え付いたのだろうが…
「ぐっ…うぅ……」
男達は、ミルディンの魔法を受け、うめき声をあげながら倒れ伏している。…どうやら、もう戦闘できるような状態ではないようだ。
限界まで精神を使い果たしたせいで、頭が、がんがんと痛み、吐き気までする。
「ミル!!」
束縛から開放されたヴェイラが、ミルディンの方に向かって近づいてくる。…足を縛られているため、飛び跳ねながらだが。
ミルディンは安心したようにため息をつきながら、足元に気絶している男からダガーをとり、ヴェイラが自分のところに来るまで待つ。
…その時。いきなり、ヴェイラを捕まえていたひげ面の男が立ち上がる。その手に持っているのは、ブロードソード…どうやら、1人だけ魔法に耐えたようである。
「てめぇらぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫するなり、ヴェイラに向かって突っ込んでいく。ヴェイラは足と手を縛られたまま。とてもかわせるような状態ではない。
……まずい!このままだと、ヴェイラが!!
そう思った時にはすでに体は動いていた。ヴェイラをかばうような形に。…そして。
どずっ!!
ひげ面のブロードソードはミルディンの身体を貫いた……
激痛が走る。自分の身体に突き刺さった剣。これが、致命傷だと言うことは自分でもわかる。意識もぼんやりしてきている。
…まさか、俺がこんなことをするとはな……
不思議なもので、激痛の中でも苦笑が思わずこぼれる。後ろでヴェイラが、目の前でひげ面がなにやらわめいているのが聞こえる。だが、何を言っているのかまでははっきりとは聞こえない。…ただ、わかるのは目の前にいる男が剣を自分の身体から抜こうとしていることだけ。引き抜かれようとする激痛でさらに意識が混濁する。
…だが。意識を失うわけにはいかなかった。ここで意識を失えば、ヴェイラは殺されるだろう。ここまで来た以上、それだけは防ぎたかった。身体中の力を振り絞ってブロードソードを押さえる。…そして、ヴェイラの縄を切ろうと持ってきたダガーをゆっくりと振り上げる。
剣から手も離さず、信じられない、といった表情でこちらを見ているひげ面。倒れこむように振り下ろす。ぬれたような音。確かな手応え。
そして、自分も床に倒れ伏し、目を閉じる。…意識がどんどん薄れていく。…これで、お終いか…半ば自嘲気味にそう思う。近くで声をかけているヴェイラの声がはるか遠くから聞こえてくるように感じる。…無理やり、目をこじ開けた。このまま死んでしまっては、ヴェイラにも自分と同じ思いを味あわせることになってしまう。そして、力を振り絞り、本当に最後の力で、ヴェイラに話しかける。
「…ヴェイラ……」
ボクの目の前に起こったことが信じられなかった。ボクをかばったミル。お腹から背中まで剣が貫通している。その状態で、相手にとどめをさした。
倒れこむミル。…ボクのせいだ。ボクがこんな奴らにつかまったから。ミルに必死に呼びかけながらそんな後悔の思いがよぎる。
ふと、ミルが目をあけた。
「…ヴェイラ……」
「ごめ…っ…ボクのせいで…こんな…ホントごめん…おねがいだか…っ…死なないで…!」
ボク自身でも、よくわからない言葉を言う。ミルは微笑みながらボクのほおに手を伸ばす。今まで一緒にいても、一度も見たことがないような安らかな顔。
「おまえの…せぃじゃ…ないさ…」
ぜいぜいと息を吐く。もう、呼吸するのも苦しいのだろうか…?そんなことない!あの金の亡者ミルディンがこんなところで、こんな奴らにやられるわけないよね!
ぽろぽろ涙を流すボクにミルは話を続ける。
「なぁ…ヴェイラ……おまえを雇った理由、言ったよ…な…?」
「ぅん…義姉さんに似てたからって…ボク、義姉さんの代りなんでしょ…?なんで…代りのボクなんてかばって……」
泣きじゃくりながらボクは言う。ミルは荒い息をつきながらも微笑んだままでボクに語りかける。
「最初はな…だが…今は、義姉さんの代りじゃなく…おまえ自身を……愛してる」
ボクは、なにも言わなかった。いや、なにも言えなかったんだ。ミルは、言葉をつなげる。
「おまえと一緒にいるうちに…一緒に仕事してるうちに…いろんなことが…見えてきた……昔、義姉さんのしたことや…義父さんの言って…いたことも…わからなかったが……ようやく…わかったような気がする……」
「ミル…もういいから…しゃべらないでよぅ……」
ボクの言葉が聞こえていないのか、ミルはかまわず話を続ける。
「事務所は…好きにあつかってくれ…売り払って…冒険者になる資金にしてもいい…」
「…!?なんで…ボクが冒険者にあこがれてたこと…?」
「…俺を誰だと思ってる…?金の亡者、ミルディン様だぞ…?それくらい…お見通しだよ…」
その言葉に、ボクの目に涙の量が増す。
「なぁ…ヴェイラ…探偵を続けるにしても…このまま…冒険者になるにしても…もっと…いろんな人…もの…生き物に触れ合って…悩んだり…感動したりして…そうしてすごして…」
そこで、一度言葉を切る。そして、力を振り絞るようにして言う。
「後悔してもいいさ…泣いたっていい…過去に縛られ…ないで…生きてくれ……そうして…自分の生を…すばら……しぃ…もの……に……」
そこで、言葉が止まる。ほおにかけられた手がずるり、と落ちる。
「ミル…?」
返事がない。
「ねぇ…返事…してよ……ねぇ……ミル…ミル…」
泣きじゃくりながら言う。わかってる。もう、ミルの命の灯は消えてしまった。…でも。呼びかけずにはいられなかった。
「わぁあぁあぁあぁぁぁ!」
大声で泣きじゃくる。幾度もミルの名前を呼ぶ。
外から、いまさらのように衛視たちの声が聞こえてきた……
「…ふぅ、これでよし、っと!」
あの事件から1週間。ミルの簡単な葬儀も終わった。
結局、ボクはミルの探偵事務所を引き継ぐことにした。冒険者の憧れを捨てたわけじゃないけど…今は、もう少し、あと何年かだけ。ミルがこの商売で何を感じていたのかを知りたかったから。
そんな物思いにふけってると、急にノックがする。
ちょうど、整理もついたところだし。さぁ、新生「テイル探偵事務所」の初仕事だ!
がちゃっ、とドアをあけ、依頼人に笑顔で応じる。
「こんにちは♪テイル探偵事務所にようこそ!」
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