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No. 00011
DATE: 1999/12/28 05:47:46
NAME: ガイア、ラミア
SUBJECT: 悲しみの中に棲む狂気
酒場には、何人かの冒険者たちがいた。
物静かに飲んでいる男、ガイアに声をかけたのはラミアというマーファの信者であった。
いくつか言葉を交わし、彼がラムリアースの出身であることを知る。それをきっかけに彼女は一人の男の過去を聞くことになる。
「ラムリアースといいますと、ユニコーンの森が有名ですわね。見たことあります?」
「ええ、近くに住んでましたし、森林騎士にも知り合いが…いましたしね」
そう口にした彼は、ちょっと寂しそうな顔を見せた。
その僅かな表情の変化を悟って、ラミアは丁寧な口調で話しかけた。
「なにかお悩みがあるのではなくて?」
「悩み事……ありそうに見えますか?」
ガイアは不思議なことを聞くなという表情を見せ、そう答えた。おそらく彼ほどの体躯の持ち主が悩み事があるなどと、聞かれたこと自体はじめてだったのかも知れない。
「先ほど、森林騎士の話をされたときお顔が曇りましたもの。
わだかまりは口に出してしまわれた方がよいですよ」
マーファの信者は率直に感じたことを伝えた。
それを聞いて、ガイアはしばらく考えたあと口を開いた。
「……死別なんですよ。彼女とは…知り合いの森林騎士とはね」
そこで言葉を切り、酒を口にする。
そのとき、彼女には彼が話題を変えようとする気配を察し、そして慌てた。
(このままではいけない)
そう感じて、続けて言葉を続ける。
「そうですか……、それはお気の毒でした。……お気持ちがよければ、そのいきさつを聞かせていただけませんか?」
失礼であることは重々承知である。しかし、悩みを抱えている者をそのままにはしてはおけない。
「…何からお話ししましょうか……」
彼女の気持ちを察してか、それとも彼自身が語りたかったのか、ガイアはゆっくりとした口調で語りはじめた。
森林騎士の彼女とガイアは恋仲であった。
ある日、ユニコーンの森で会う約束していた。しかし、急用が入り、待ち合わせ時間に2時間ほど遅れることになった。
急いでその場に駆けつけると、そこで待っていたのは物言わぬ彼女の亡骸とユニコーンの角を外そうとしている男たちだった。
「まぁ、なんてこと……」
「その光景を見た瞬間…怒りのあまり我を忘れてしまいました。次に気がつくと…そこに立っていたのは血塗れの私だけでした……」
怒りとも悲しみとも言えぬ表情でガイアは拳を握りしめていた。
「それ以来…自分が恐いんですよ。怒りにまかせて簡単に人の命を奪う自分がね……。マーファの司祭様の前でする話ではありませんでしたね」
そう言うと、拳を開き苦笑いを浮かべた顔に当てる。
恋人を失った悲しみがきっかけであったとしても、その怒りに呑まれ自分自身を見失い、惨劇を作り出した己の力への恐怖が彼を捉えていた。
「怒りも人本来の持つ感情です。しかし、それで我を見失ってはいけません」
凛とした透き通る声でラミアは答えた。
「よく話してくださいました。自分の罪を語ることで、あなたは一つ強くなりました。その気持ちを大事して生きれば、我を見失いことはないでしょう。マーファの加護のあらんことを」
まっすぐ目を見据え、力強く伝える。そして胸の前で聖印を結び、その手をガイアにかざす。そのまま神聖語を唱えはじめ、祈りを捧げる。
「この者の自我を見失わぬよう、お守りください」
最後に彼の言葉でも判る共通語で締めくくった。
ラムリアースの元騎士にマーファの祈りの意味がどれほどあるかは判らなかったが、彼の中で何かが氷解したようであった。
「懺悔を聞いていただき感謝いたします」
短く答え、騎士特有の礼を返した。
それを受けるようにラミアはにっこりと微笑んだ。
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