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No. 00013
DATE: 2000/01/01 16:26:23
NAME: とある貴族子女
SUBJECT: 虚ろなる未来へ
人はどこから来たか知ってる?
夜空に輝く月から来て、
そして、また月へ還るの。
そんな御伽話の言葉を私は未だ忘れられない。別に信じているわけでもないのに、時々、月に還れればいいと願う。
いつからだろう、そんな風に考えるようになったのは・・・。
男爵家の次女として生まれた私は、貴族の習わしからすれば政略結婚の駒となるだけの存在で、教養と礼儀作法を学ばされることに何の疑問も感じなかったし、嫌だとも思わなかった。
それが当たり前だと思っていたし、それは当たり前だから。
だから、私はこの家の立場を良くするために少しでも地位の高い家へと嫁ぐことだけが目標だった記憶がある。何て空しい目標だと誰かに言われたような気がする。誰の言葉だったかは思い出せないけど、貴族の子女が進むべき道はそれしかない。私はそう教えられて育った。
それがすべてかのように。
それは確かに目標だったけど夢ではなかった。だからと言って他に夢があるのかと問われれば、そんな事はない。私には夢なんてものはなかった。
夢について考えたことがある。
夢というのは、自分自身の幸福のカタチであると以前読んだ本に書いてあった。つまり幸福のイメージが夢であり、夢がない者には幸福など手に入れる事はできないという。
夢のない人間は、つまらない人間であるとその本にあった。それは確かにそうだ。私自身、自分がつまらない人間だと認識している。誰のためでもなく、自分の為でもなく、流れ行く日々を過ごしているだけの私に誰が何を求めているだろうか。私自身、自分に何を求めているのだろうか。
空虚
辿り着く答えはいつもそれで、結局の所、何もない。他人に求められているつもりなのかも知れないが、実際には何も求められていないのかも知れないし、私自身も何も求めていないのかも知れない。
そう考えた時、私は蒼き月を見上げ、還りたいと願う。
私は幼い頃、身体が弱く病気がちで、学院等には通わず毎日変わらない部屋の模様や景色を眺め、私の世界のすべてはそこであり、とても狭く寂しい世界でしかなかった。
そのためか、人と接するのが昔から苦手で苦痛でしかないと感じていた。苦痛というよりもそれは恐怖に近いものだった。夢を抱く人と接することで、自分が空虚である事を見透かされてしまうような気がしてならなかったから。私がつまらない人間だと判断された時、もう誰も私に近づくことはないだろう。
そう考えていた時の私はまだ、孤独を恐れ、他人にぬくもりを求めていたのかも知れない。
いや、実際求めていた。そして、与えられてもいた。
でも長くは続かなかった。
求めそして与えられる関係はいずれ終焉が訪れることを私はその時はまだ、知らなかった。
確かにそんな都合の良い話があるはずもなく、結果的に私は裏切られた。そう考えるのは私だけかもしれないけれど、私の期待を裏切ったことに変わりはない。期待をかけていた私の過ちかも知れないけれど。
それ以来、私は自分が他人に見透かされることよりも、自分が傷付く事を恐れた。
そして、そうならないために導き出した答えは孤独だった。かつて恐れていた孤独こそ自分が生きる最良の方法に思えた。人との接触を断つことで少なくとも人から傷つけられることもないし、他人を傷つけることもない。互いがそのように生きていけば、誰も傷つけることなく、そして、誰も傷つけることもなく生きてゆけるはずだと。
学院に入学することになった頃の私は、体調も既に良くなり他の学生たちと同様に運動することも全く問題なかった。
学院には当然大勢の学生たちがおり、私にも何人もの学生が接触してきた。彼等がこの私に何を求めているのか分からない。私に与えられるものは何もないというのに。むしろ私なんかに関わらない方がつまらない思いをせずに済むというのに、彼等はかかわり合いを持とうとする。
夢すらつまらない人間が滑稽に見えるのか、それとも彼等も私と同様に夢の迷子とでも言うのだろうか。いずれにしても、私には彼等に何も与えることはできないし、彼等に対して何も求めていない。
ただ1つ求めるとすれば、家名の再興のために愛玩動物・・・・・・いえ、家畜のようにただ生かされている私に、もう関わらないで欲しいということだった。
水面に写る蒼い月。
月の蒼さだけが照らす、他に誰の姿もない夜の海辺が私に与えられた唯一の場所であり、私だけの時間、そして、世界がそこにある。
蒼く優しい月を彩るように数え切れない程の星たちが満天に白く輝いている。強く輝いている星もあれば、赤く微かな光を放っている星もある。
この夜空を上流社会に喩えたなら、私の家など赤く鈍い光を放っている、消えゆくだけの星なのかもしれない。そんな星を懸命になって輝かせようとしているなんて滑稽かもしれないとある学生が言った。
確かに私の家など没落してしまったとしても、世界も社会も特に変化は起こりはしないだろう。でも、それを認めてしまったら、私の存在意義は、本当になくなってしまう。それが唯一、私に求めに応じれるものなのだから。
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