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No. 00023
DATE: 2000/01/11 01:27:28
NAME: ガイア・ブラックシールド
SUBJECT: Home
俺がこの街に逃げてきて、一月もしない頃の事だ…。
夜はこの酒場の二階に泊まり、昼間は仕事をを探す…そんな生活にも慣れた頃酒場で興味深い話を聞いた。
『通り魔が出るらしい』
常連客の一人がそんなことを言っていた。
はじめは、どこの街でもある話だと思って聞いていた。そして、”運のいい冒険者か勤勉な警備隊が解決する。”とも考えていた。その時はまさかここまで長引くとは思ってなかったんだけどな。
その話を聞いて数日たった頃の夜の事だ。たしか、別の酒場で飲んで帰る途中だったと思う。
近道である薄暗い裏路地を足早に歩いてる時に、前方から足音が聞こえてきた。
俺はその場で立ち止り反射的に俺は戦闘体勢をとった。
”裏路地の状況は…暗い上に少々狭いが、戦えないことはない。”
”人数は…前方からの足音はおそらく二つ。後方からの足音はなし。”
そして左手につけたコモンルーンの指輪の種類を確認すると、『足音』が近づくのを待った。
「…万能なるマナよ。光となりてこの場を照らせ!」
光が足音の主の少女と黒ずくめの男を照らす。
二人とも急に明るくなったせいか、その場で立ち止まる。その隙を突いて、俺は少女と男の間に割り込む。
そして(後ろにも注意を払いつつ)ゆっくりと愛剣を抜きながら、男に話し掛ける。
「…お前が世間を騒がせている通り魔か?違うとしても女性を追い掛け回すのは感心できる所業でないな…」
男は無言で剣を構え、俺に斬りかかってきた。
男の腕前はそれほどものではなかったが、少女を庇いながら戦っている俺は少々苦戦を強いられた。
しかし、数箇所傷を負った時点で男は背後の闇へと消えていった。
男の気配が完全に無くなると、俺は精一杯の微笑を浮かべ、背後で震えている少女にもう大丈夫だと告げた。
「ありがとう」震えてはいるが、しっかりとした口調で少女が礼を言う。改めて光の中で少女を見てみると、服に数箇所の傷があった。
少女の肩にマントをかけながら、俺は自分が何者であるかを告げ、家までの護衛を申し出た。
彼女は少々躊躇いながらも俺の申し出を受けいれた。
彼女の家に向かう途中、彼女から事情を聞き出そうと俺は積極的に話し掛けた。
初めは警戒していた彼女も危機が去った安堵感からか、自分の事を色々話してくれた。
名前はアスティという事、小さいながらもパン屋の主である事、父親も母親も死んでしまっている事、父親が借金を作り今はその返済で忙しい事・・・
家が近づいてきた頃、意を決したように彼女は(それでも少々躊躇いながら)俺に護衛の依頼を申し出た。
夜遅くに女性の(それも一人暮らしの)家に入る事に多少の抵抗を感じながら、俺は事情を聞く事にした。
「…なるほど。そういうわけですか…」
アスティからの依頼は営業妨害を受けているらしい店の警備の依頼だった。
俺は少々考えた後に、彼女に気になった点を質問した。
「いいんですか?その依頼内容だと、私が住み込むという事になりますが…」
少々頬を朱に染め、躊躇いがちに彼女は言った。
「父のパン屋を残したいんです。それに・・・騎士様を、ガイアさんのこと信用してますから。」
…彼女の覚悟を感じた俺は、いくつかの細かい確認をとり、その依頼を受ける事にした。
借金の額自体は、故郷から出るときに持ち出した宝石や、魔法の道具等を売れば充分に返済可能な金額であったが、
もし仮にそのような行為をしたとしても、彼女にとってお金を借りた相手が代わるだけだし、彼女がそれを望んでいるとは思えないかし・・・
なにより今までの彼女の努力のことを考えると言い出せるわけがなかった。
それから苦難の日々がはじまった…客商売などやった事のない俺にとって、売り子という仕事は大変なものだった。
(もちろん、パンも焼いた事がないため裏方などできやしなかったが。)
たまに行く酒場での会話と、(皮肉な事に)1日数度嫌がらせのためにくるチンピラ達を追い返す時が心の休まる時だった。
そんなことをしばらく続けていると、徐々にだが店に客が戻ってきはじめた。
元々の常連はもちろん、父親譲りの職人としての腕のおかげで口コミで見せの評判が広まったらしい。
…アスティに言わせれば、俺のおかげでもあるらしいが。
客相手の笑顔を作るのにも慣れ、常連のおばさん達とも親しくなった頃…借金の返済に行った彼女が落ち込みながら帰っきた。
事情を聞くと、利子が上がったらしい。さらに、一週間以内に返済しなければいけないと告げられた事、
それに…と、少々躊躇いながら彼女は続けた。息子と結婚したなら店の借金はチャラにする、と言われた事を。
俺は、怒りよりも先に脱力感を覚えた。
なぜなら、常連さんからの情報―井戸端会議の内容ともいう―から容易に推察できる、子供じみた計画だったからだ。
…借金を増やし、返済しきれなくして御踊りに面した店を取り上げることができる。息子は、労せずして彼女を手に入れる事ができる
細部は違うであろうが、大まかに言えばこのようなものだろう。
”…このままでは埒があかない。”そう感じた俺は、次の日アスティに内緒で出かける事にした。行き先はもちろん金貸しのところにだ。
門番に要件を告げ、少々訝られながら奥へ通された俺はアスティの借金の件で話をしににきたと要件を彼―金貸し―に告げた。
「借金の減額なんてできませんよ。こちらも商売ですしね。あの金額を一週間以内に払えないとなるとあの店を明渡すか、家の息子の嫁になるか・・・どちらかを選ぶしか有りませんね。」
「じゃあ」と俺が切り出す。「全て返済できればもうあの店に手出しはしないんですね?」
「もちろん、こちらも商売ですからね」”返済できるものか”そんな表情を浮かべながら金貸しは告げた。
俺はすぐさま懐から途中数箇所に立ち寄り魔法の道具を売り作ったいくつかの宝石を彼の前にだす。
金額はおおよそ増えた分の利子を加えた金額だ。
宝石が全て本物であると確認し、愛想笑いを浮かべて彼が何か言う前に俺は言い放った。
「これで、借金は全て返済しましたね。」
何も言い返せない金貸しに、息子らしい軟弱な男がなにやら文句を言っている。金貸しも顔を紅潮させ、息子の言葉を聞かずになにやら考えている。
奴の次の行動を察知した俺は、そんな事にかまいもせず立ち上がる。
俺が立ち上がると同時に奴は数人の荒事専門らしい人物を呼び寄せ、こう言い放った。
「こいつを生かしてこの屋敷から出すな!」
無手とはいえ、熟練の戦士の風格を漂わせる俺に男達は斬り掛かれずにいる。
その隙に俺は上位古代語を唱え始める。
「こ、こいつ魔術師か!!」
そんな驚きの声を上げる男達に向かい、俺は「力ある言葉」を解き放つ。
「…万能なるマナよ、眠りをもたらす雲となれ!」
勝負はすでに着いた。一瞬にして数人の男が無力化されたのだ…頼みの綱を無くした金貸しは、慌てふためくだけだった。
眠っている男の手から剣を奪い、俺はヤツに話しかけた。
「……で、どうする?」
抵抗する手段を無くしたヤツにとって出来ることと言えば、命乞いだけだった…。
彼から借用書を貰い受けると、俺はその場で破り捨て、何事も無かったかのようにその屋敷を後にした…。
その日を境にし、嫌がらせもぴったり止まったのは言うまでもない。
それから一週間後…金貸しの所から帰ってきたアスティに、俺は詰め寄られる事になった。
どうして、と問う彼女。俺は、自分の詰めの甘さを呪いながら、こう答えるしかなかった。
「本来は、あなたの力で返すべきだということは分かっていますが…私はあなたの依頼を遂行したまでですよ?。」
彼女は泣きそうな表情を浮かべ、どうして、と質問する。
「私への依頼は、店への嫌がらせから護ること…でしたよね?私は、自分で出来ることを行っただけですよ。」
「でも、そこまでしていただくなんて…」
「じゃあ、本来の返済額だけ…私に返していただけますか?本来返すべきはその金額で良かったんですから。」
更にどうして、と繰り返す彼女。俺は微笑を浮かべてこう問いかけた。
「差額を気にしてるんですか?それじゃ、今までの家賃…と言うことにしませんか?ずっと住まわせていただいてるんですから」
「でもそれじゃ…報酬もまだお支払い出来てませんし、働いていただいた分のお給金もまだですし…。」
彼女は今にも泣き出しそうだ。俺は必死に彼女を納得させようと言葉を探した。
「その金額は…これからの家賃じゃダメですか?私もこの街じゃ住む家がありませんし…その…あなたさえ良ければですが。」
ちょっとびっくりしたような表情を浮かべるアスティ。
「……ホントにそれで良いんですか?」
俺は精一杯の笑顔をうかべ、彼女の問いに頷いた。
了
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