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No. 00026
DATE: 2000/01/14 02:27:46
NAME: ディック
SUBJECT: 名も無き村での物語(2) 〜ディックSide
俺達…カイ、ケイ、ラス。そして俺、ディック…がオランを離れて、数週間が過ぎた。
旅立ちの目的はそれぞれが異なる。
カイは俺と同様に、自分の原点を見詰め直し、区切りを打つつもりだと思う。転換期が訪れたのだろう。
ケイ………旅に出たいと言って一緒に来たが、目的はあるのだろうか? おそらく吟遊詩人としての修行って所だろうな。
ラスは…カイが心配なのだろう。口では何と言っていようが、彼女の事を大切に思っている事は確かだ。
そんな俺達の前にエレミアの街並みが広がる。”職人たちの王国”と呼ばれる人の流れ、物の流れ共に盛んな場所だ。
「やれやれ。やっとエレミアに着きましたね。」
「さっさと離れたいね。あまりいい事はなかったからな。」
……そうか。ラスは以前、エレミアにいたと言っていたな。
街に入り、ラスの案内をもとに今夜の宿を探す。勝手知ったる…というやつだろう。宿はすぐに見つかった。
…しかし…見つかったのはいいのだが、地下にカジノがあるのは何故だ?
その事以外は満足ができる。内装も奇麗で、値段も手頃だ。それに特に目がついた…面白いと思ったのは看板だ。
それには店の名前が、西方語と東方語の2種類でそれぞれ刻まれていた。
共通語を使えば1つで済む事だが、東方文化圏と西方文化圏の混じりあうこの地には似つかわしいと俺は思った。
(さて、今日はどうしようか? 下に行くつもりはないが……槍でも物色してくるかな?)
俺はオランを離れる直前に関わった事件で、武器を失っている。
今、帯びているのは傭兵時代に使用していた長剣だが…これを身につけていると当時を思い出し、良い気分ではない。
オランで調達をしても良かったのだが、色々とゴタゴタがあり、旅立ちの日を迎えてしまった。
(銀製ともなるとちょっとした街でもないと手に入る物では無いし…ここなら品質の良い物が見つかりそうだな。)
そんな事を考えているとラスが声をかけてくる。
「ああ、悪い。さっきの部屋、やっぱやめる」
その言葉を聞き、ふと辺りを見ると先ほどまで見えていたカイの姿が無い。おそらく自分の村に向かったのだろう。
(……今日はゆっくり出来るかと思ったのだがな…)
暖かい食事と柔らかな寝床には後ろ髪を引かれるが…カイの向かった場所が場所だけに仕方が無い。
「…ラスさん? ……何を考えてます?」
答えを聞くまでもないが、一応の確認を取ってみる。
「…わかってんなら訊くなよ。追いかけるに決まってんだろ。……本当なら、あいつは大手を振って村に戻れるような立場じゃない。
それでも戻ろうとするなら…一悶着あるに決まってるからな。」
「そう…ですね。実は…私も同じ事を考えてました。カイさんの村というのは……例の事件の時に…」
そこまで言いかけたが、こんな事を声高に話す事では無い。それにケイに聞かれでもしたら要らぬ心配をさせる事になる。
ケイの様子を窺うとカウンターで店の主人と会話をしている。が……あの二人の視線が、地下に向かう通路にいっているのは何故だ?
(…まぁ、いい。厄介事に首を突っ込まれるよりはマシだな…)
気を取り直して言葉を続ける。
「確か…原料を作っていたとか……?」
ラスには思う所があったのだろう。数瞬、思いつめた表情を浮かべていたが、決意を固めたようだ。
「…無事に戻ってこれるなら、ついていくまでもねえけど…。カイも、ついてこないで欲しそうだったしな。
……けど、何か嫌な予感がするんだ。だから、俺は行く。……おまえはどうする?」
(………頑張って下さいとでも言ってやろうか?)
俺の脳裏にそんな考えが横切る。ハッキリ言って「馬鹿にしているのか?」と問いただしたくなる。
厄介事が予想される上に、そんな表情をされて断われると思っているのだろうか? それ以前に、俺が断ると思っているのか?
「行くぞ」くらいの事を言うのが……
……いや、冷静に考えるならばラスの言い方は正しいのだろう。
カイの村で何かが起こると決まった訳ではなし。それにケイをどうするかという問題もある。
危険が予想される以上、ケイを連れては行けない。だが、そうなるとエレミアに一人残す事になる。
(仕方が無いよな…)
「…私も行きます。ケイさんには……村までの道が物騒らしいから送っていくとか何とか言えば…」
「だな。…ケイにはここで待っていてもらおう。ヤバイかもしれないってのに…連れてけねえだろ」
「ええ。素直に納得してくれたら宜しいのですが…」
好奇心の強いケイの事だ。危ないと分かっていても…危ないと分かっているからこそ、首を突っ込みかねない。
「ケイさん。」
俺の呼び声にケイはビクリと体を震わせ、慌てたようにこちらにやってくる。
「な、なに? なにか用かな☆」
頼むから……その取ってつけた様な笑顔はやめて欲しい。思いっきり不安になる…
「いえ…私とラスさんは、カイさんを村まで送っていきます。何やら道中が物騒らしいので…」
「それなら…」
「すぐに帰ってきますから、大人しく待っていて下さいね。」
ケイの言葉を途中で遮り、有無を言わさずに言葉を続けた。そしてケイの頭を優しく撫でる。
また子供扱いをされたと思っているのだろう。ケイは拗ねた顔を向けてきたが……
(……違うぞ…)
俺は苦笑を浮かべて、もう一度ケイを撫でる。
「では、行って来ます。」
そうケイに言い残し、ラスに向かう。
「お待たせしました。行きましょう。」
「ああ。」
ラスと俺は宿を出て、街の出口に向かった。
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エレミアからカイを追跡するが、俺は何の役にも立たない。
ラスの指示に従い行動するだけ…ある時は身を隠し、ある時は全力で駆け出す。
そんな事を半日も続けただろうか? 俺達は見知らぬ村の入り口にたどり着いた。
目的のカイの姿は見えない。既に村に入った様だ。
…しかし…俺達に見える村の風景は…酷い有り様だった。……戦争の後かと見間違うばかりの惨状…
……見慣れてはいない…が、数度は見た光景……
「ここがそうか……」
「ですが…この……惨状は?」
ラスの呟きに続き…分りきった事が…つい…口からこぼれる。
ここは麻薬の生産を行なっていた村……実行した勢力は不明だが、十中八九その事が原因だろう。
「…多分、例の事件がらみだろうな。…おおかた、麻薬組織のほうから……」
ラスも同様な事を思い付いた様だ。
その言葉の途中で…俺達が立つ横手…すぐ脇の木立から、誰かが…殺気…いや、殺気としてはヌルイ…敵意を叩き付けてくる。
俺達の冒険者としての本能が、瞬時に戦闘態勢を取らせる。そして俺もラスも剣の柄に手を掛けたまま、相手の出方をうかがう。
木立を揺らし、現れたのは棍棒を手にした食人鬼まがいの巨漢だった。
「貴様ら、何者だっ! この村には、よそ者はいれねえんだよ! とっとと出ていきやがれっ!」
巨漢は言うなり、棍棒で殴り掛かって来る……が荒い。ただ力任せに振り回しているだけで、俺達を捕えるには至らない。
まさか斬り捨てる訳にもいかず、攻めあぐねている俺達に、巨漢は調子に乗って攻撃を仕掛けて来る。
(『………うざったい…』)
黒い衝動が沸き上がるが何とかそれを制し、ラスと無言のやり取りを行う。そして小さく頷き、合図を送る。
……眠らせますか?…と。
体勢を整え、ラスが頷く事を確認した…その時に…風に乗り、人の声の様なものが聞こえた。
(…何だ?)
だが、その瞬間にラスの表情が一変した。
先天的に…そして後天的に培ってきた鋭敏な感覚を持つラスには、俺に判断できなかった事を捉えたのだろう。
「てめえらっ! ちょこまかと逃げるんじゃねえっっ!」
「わりい! ディック、あと頼む!」
巨漢の放った横薙ぎの一撃を避け、そう言って駆け出すラス。
「行ってらっしゃい。お気をつけて。」
ラスに向かって片手を振り、挨拶を送る。
「待ちやがれっ!」
雄叫びをあげながら、巨漢がラスを追いかけようとする。しかし、邪魔をさせる訳には行かない。
「貴方の遊び相手は私ですよ!」
俺は素早くラスと巨漢の間に割り込み、言い放つ。
「そうかい。じゃあ、てめえを片づけてから、あいつを始末してやる!」
奴は嘲りの表情を浮かべ、完全にこちらを侮っている。
……確かに俺と巨漢の体格は一回りは違うし、腕回りも奴の方が太い。単純な力比べではかなわないだろう。
力の重要さは戦闘において、かなりを占める。だがそれだけで勝敗が決まるものでもない。
ただ単に腕っ節の強さだけで決まる喧嘩と違い、戦闘には相手の力を封殺、或いは利用する術も存在する。
俺にはその事を教える気も義務も無い、そんな事よりも気がかりな事がある。
(…カイの行方…ラスの行動………さっさとけりをつけるか…)
自らの身体能力を生かす事、そして戦闘の理を全く知らない人間に、後れをとるとは思わないが何が起きるかも知れないのも事実だ。
幸運と不幸は万人に等しく訪れる……例外は幸運神の信者ぐらい。いつ訪れるかは幸運神の気まぐれ…思し召しって所だろう。
「随分と……自信がある様ですね。」
「おうよっ! 村一番の勇者、マッシュ様とは俺のことよっ!」
(…村一番の勇者って………ただ単に悪ガキの大将が、大きくなっただけだな…こいつ…)
…内心、馬鹿馬鹿しくなってきた…
俺は嘆息をし、腰の剣をスラリと抜く。するとその輝きを眼をして奴の表情が強張る。
「て、てめえっ! 光りもんを出しやがって…正気か?!」
「…こちらを襲って来たのは貴方ですよ。」
こいつの行動には心が無い。自分の力を発揮する事、そして自らの鬱憤を晴らす事の出来る場所と機会を望んでいただけだ。
(殺すつもりは無い。…が相応の報いを受けて貰う。)
「そ、そんなもんで脅そうたっ……」
無造作に近づき、剣を一閃する。…狙いは肩口……微かに…しかし、確かに肉を切り裂く感触が腕に伝わってくる。
「ちっ、血っ、血がぁ〜っ!」
傷口を押さえ、蒼白になって奴が叫ぶ。
(喧しい奴だな…)
実際、俺が奴に与えた傷は1週間もすれば治癒するだろう。
しかし、普通に暮らす人間にとって、剣で斬られるという事は衝撃以外の何物でも無い。
その上、この村に住む人間は襲撃を受けた事がある。その恐怖は結構なものだろうとは想像に難くない。
……理解して実行する俺も、酷い人間だな…
「次は何処を斬って欲しい? いっそ首を落してやろうか? それともなぶり殺しが希望か?」
剣を突き付けながら、言葉と共に殺気……冒険で…戦場で…幾多の命のやり取りを経験した者の…を叩き付ける。
「うぁ…うわぁ〜っ!!」
血相を変え、一目散に逃げ出す奴を見送りながら…
「……やれやれだぜ…」
…万感の想いを込めて呟く。そして剣の血を拭い、鞘に収める。
(さて、次の厄介事に向かうかな…)
気分を入れ替え、ラスの消えた方向に駆け出す。
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向かった先で俺を出迎えたのは、血溜りに沈んでいる男…その出血量を見れば、既に生命の精霊の力が及んでいないのは明らかだ。
しばらく男を観察している内に奇妙な点に気付く。首筋が切り裂かれていたのだ。
これが致命傷と言うのなら話は理解出来る。だが傷周辺の汚れを見る限り、それほどの出血量では無い。
いや、これは事切れた後につけられた傷だと推測した。
(誰が何の為に?)
馬鹿な問いを自分に投げかける。勿論考えても答えは出ない。
(…オイオイ…まいったな…とにかくこの場所から、さっさと立ち去る事が賢明だな…)
血臭立ち込めるこの場所に立ち尽くしても、ラスやカイが何処に行ったのかは判断できない。
そう判断した俺は移動をする事にした。…が、その瞬間に背筋に悪寒がはしる。
とっさに盾をかかげて身を守った。…思考よりも先に体が反応をした結果だ…
(……クッ?!)
盾を持った右腕に鈍い衝撃を感じる。
衝撃を与えた相手を確認すると、そこには鍬を手にした村人と思われる人物の姿があった。
(…この村には、よそ者を見たら殴りかかる風習でもあるのか?)
「この人殺しがっ!!」
(……そういう事かよ…)
利腕に武器を持っていないとはいえ、腰の剣はすぐに抜ける状態にある。
その上、右腕には盾を持ち、体は硬革鎧でつつんでいる。つまり完全武装をしている状態だ。
そんな人間が死体の側に立っていたら、まず犯人と思う事だろう。
…それに無関係という事もないだろう。ラスを追った先に死体が転がっていたのだから、ラス…またはカイが関わっている可能性高い。
(さて…どうするか?)
…舌先三寸で丸め込むか…力で制するか…それとも、さっさと逃走するか…
(って、逃げても時間稼ぎにもならないな。騒ぎが大きくなるだけ…)
刹那の間、迷いが生じる。その間に相手が口を開く。
「組織の者が何の用だっ! ……まさか、またを村を…や、やらせないぞ。…もう、もうこれ以上奪わせないぞ…」
俺に向ける言葉、鍬を持った腕…いや、全身を震わせながらも、瞳に強い光を灯している。
「何を…」
俺が言葉を口にしようとする。だが、その行動が引き金になった。
「てや〜っ!」
相手が声を上げ、猛然と殴りかかって来る。全身の力とありったけの想いを込めて……
だが、大人しく攻撃を受ける事も出来ない。
鍬の先端を切り飛ばし、返す刃で柄の中ほどを切断した。そして相手の首筋に剣を突きつける。
「いきなり殴りかかって来るとは物騒ですね。…ところで組織の者とは何の事です?」
「お…お前は組織の奴じゃないのか?」
「まず先に、組織が何なのかを説明して頂きたいですね。」
「…………知らねぇ奴に言えねぇな。」
「いきなり人を襲っておいて、その言い草ですか? 貴方には話す義務があります。」
剣を突き付けたままの一連のやり取り。そこには言いようもない緊張感があった。……そしてそこに再び黒い衝動がはしる。
(『…さっさと、殺してしまえ…』)
黒い衝動に従い、凶器を握る腕に力がこもる。
オランを出発する直前でのレイシャルムとの一戦によって戦う事の楽しさ、強くなる事の嬉しさを俺は思い出した。
しかし、同時に他人を力でねじ伏せる事を……そんな負の感情をも引き出してしまった。
(駄目だっ!)
先程の村人その1と目の前の村人には、違う印象を受ける…おそらく大事なものを守ろうとする意志だろう。
意味も無く相手の命を奪う。ましてや強い想いを抱いている相手に凶刃を振う。
それは戦士としての誇りを、放棄する事に他ならない。
俺達戦士はその努めを果たす事により、相手を傷付ける事が多い。命を奪う事もある。
だが、それは相手の命、想い…そういった物を含めた全てと、自分のそれをぶつけ合う事だと思っている。
だからこそ、ここで自分の分身とも言える武器を振ってはいけない。
「………名前は?」
「…何故、そんな事を聞くんだ?」
「答えなくても構いませんよ?」
しばらくの間、沈黙が流れた。
「…………モリスだ。」
「モリスさんですか。大変、失礼をしました。」
そう言って頭を下げ、剣を収めた。突然の言動にモリスは驚きの表情を浮かべる。
「申し遅れました、私はディックと言います。何かしらの誤解がある様なので、先程の問いに答えて頂けるとありがたいのですが?」
お互いの視線が相手を射抜き、そのまま静寂が辺りを支配した。
そして、俺がもう無理だと判断を下す頃になって、モリスは口を開いた。
「……麻薬の販売組織だ。」
「なるほど…懲りない連中がいるようですね…」
「…おい、あんたは本当に奴等と関係が無いのか?」
「あります。」
その言葉にモリスは体に緊張をはしらせる。
「お、お前っ!」
激昂するモリスを手で制し、言葉を続ける。
「誤解をしないで下さい。関係があると言っても、友好関係ではありません。ハッキリ言いますと敵です。」
「どういう事なんだ?」
「オランで麻薬が蔓延る事件がありまして、その関係で…ね。」
「そうか…オランにまで……」
俺の言葉を完全に納得した訳ではないだろうが、ある程度の事は理解してくれた様だ。
「…………あいつらにやられて、村はこの有り様さ…村長の言う事とはいえ…やっぱり、あんなのと手を組まない方がよかったんだ!」
「麻薬に手を出すからです…自業自得と思いなさい。」
「……10…いや、20年近く前になるか。村が飢饉に襲われた。…生き残るにはそれしか手がない…と村長が言ったんだ。
確かに、それしか俺達の生き残る方法はなかったんだ…」
「本当にそうですか? 安易な道に逃げただけではないのですか?」
この言葉はモリスの気に障ったのだろう。俺を睨み付けてきた。
「あんたに分かると言うのか? 目の前で、他の人が、自分の大切な人が、ばたばた死んでいくのを!」
俺は叩き付けられた言葉に答えず、別の言葉を返す。
「……飢饉だと言いましたね? その事に対して何の対策もしていなかったのですか?」
普通に考えるならば、備蓄等の飢饉に対する備えはしているはずだ。ならば何故、この村は犯罪に手をそめる様な事を…
「あぁ…あの頃は、豊かじゃなかったからな。村人は日々の生活だけで精いっぱいだったんだ」
「それで麻薬ですか………貴方は先程、死ぬ事を見る気持ちが…等と言っていましたが…
貴方達の作った麻薬で死んで行く人間に対して、貴方はどう思っているのかお聞かせ願いたいですね。」
「………………よく思ってるわけがないだろう…だが…仕方なかったんだ…あの時は…」
「あの頃は仕方ないですか? ならば何故、その10年か20年前からずっと麻薬を作り続けたのですか?」
「一度、手をそめてみろ…あとは、抜けたら口封じに皆殺しにされるのが落ちだ…村長が言ってた事だけどな」
「ならば仕方ないなどと言わないべきですね。戦うべき時に戦わなかった報いが、村を滅ぼしたのですから。」
「そうか…そうなのかもしれないな……」
俺の言葉はモリスにかなりの衝撃を与えた様だった。
(…これ以上の事は…言ってはいけない。)
「言葉が過ぎましたね……その組織の人間が今もこの村に?」
「いや……それに組織と直接関わりを持っていたのは村長だけだ…」
「それでその村長は?」
俺の問いにモリスは一本の道を指差す。
「ここから、まっすぐ行った所だ…さっき…ハーフエルフが村長の家に入っていったな…」
「ハーフエルフ? 男性ですか? それとも女性?」
「あれは男だったな…」
「見たのはそのハーフエルフの男性だけですか?」
「あ、あぁ…」
(何故、ラスは村長の家へ? カイの身に何かあったのか?)
突然考え込んだ俺に訝し気な表情を向け、声をかけてくる。
「…おい、何を考えてるのか知らないけど、そろそろ行ってもいいか…?」
俺はそう言って立ち去ろうとするモリスの襟首を掴む。
「待って下さいね。その村長の家に案内してもらいましょうか。」
「……はいはい。」
…外の人間は荒っぽいのが多いなぁ…と聞こえてきたが当然のごとく無視した。確認もせずに殴りかかってくる方が余程荒っぽい。
「ちなみに何かの罠の時には、容赦はしませんのでそのおつもりで。」
「…………わかりましたよ…」
冗談のつもりで言ったが、モリスの態度は憮然としたものになった。
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モリスの案内で一軒の家の前に来る。そこは焼け残っている家の中でも一際大きかった。
立ち去ろうとするモリスに声をかける。
「申し訳ありませんが、先程の方を埋葬してあげて下さい。」
「当たり前だ。あんたに言われる事じゃない。……出来れば…さっさと村から出ていってくれ。」
そう言い残し踵を返していく。
「ありがとうございました。」
俺は苦笑しながらも、その姿に向かって礼を述べる。
「さてと…」
家の入り口に立ち、扉を叩く。
「失礼します。…どなたか、いらっしゃいますか?」
暫しの時の後、老人が扉を開けてくれた。身形・風格から判断して、おそらくこの老人が村長だろう。
老人に従い部屋に入ると、そこには見慣れた目付きの悪いハーフエルフがいた。
「ラスさん? ここにいたんですか。ちょうど良かった。……ところで…カイさんは?」
「それを今、このじいさんに聞いてんだよ。何か知ってるらしいからな。」
席を勧められたが断り、壁に背を預ける。
腰を落ち着かせてしまうと、どうしても行動が遅れてしまう。敵地での行動の遅れは致命的な事になりかねない。
ラスと老人は腰を下ろし、途中であっただろう話を続けた。
「あの娘……あの娘が生まれてしまったのがそもそもの間違いじゃったのかもしれん…」
大きな…深い溜め息の後の囁くような言葉。…だからこそ実感がこもっているとも言える。
だが、共感できるかどうかはまた別の事だ。正直な所……この言い方には頭にきた。
ラスも同感だったらしく、舌打ちの音が僅かだか聞こえた。
「あの娘が生まれて…村は動揺した。…当たり前じゃな。人間の夫婦からハーフエルフが生まれたんじゃから。
おまえさんもハーフエルフならわかるじゃろう?」
「そりゃ…わかる。……けど、それを理由にすんじゃねえよ。」
「まぁ、年寄りの話は最後まで聞いてくれ。…あれは……実はわしの孫娘での。
おぬしは怒るだろうが…体面上、わしはフェイナ…ああ、これは娘の名前じゃが……カイの母親とは縁を切ったんじゃ。
……このことは…カイは知らぬことじゃがな。」
今までのやり取りの中で、ラスの老人を見る目が次第に厳しくなっていく事が良くわかる。
自らがハーフエルフのラスにとって、恋人であるカイだけの問題では無い事だろう。
しかし俺にとっても衝撃的な事でもあった。
俺にとってハーフエルフという存在は、人間とエルフという両種族の架け橋だと思っている。
寿命も価値観も違う二つの種族が惹かれ合い、愛し合ったからこそ存在する…と、幼い頃から見てきた事だから…
確かに疎まれ、苛められていた。……しかし、幸せそうに微笑を浮かべていたのだ。
…面影を思い出し、胸の内がズキリと痛む。
俺が物思いに耽っている間に、ラスと老人のやり取りは続いていた。
「………………の本…これも何かの縁じゃ。おぬしにやろう。…読んでみるがいい。そして…好きにするがいい。」
(…本?)
ふと気がつくと、ラスの側に一冊の本が落ちている。それを何気なく手にとって、読んでみる。
『新王国暦49…………の月の18日目記……………育が不良気味、納入量を……』
『………らしい品種を導……………………前の物よ……』
『……料の配合を模索………………に1対3の割合で……』
『…ーフエルフ。組……………………理命令。……』
村が襲撃をされ、少数の村人が生き残った事が記されていた事を最後に、後は何も書かれてはいない。
ざっと目を通しただけだが、大方の内容は推察できた。麻薬に関して記録、試行錯誤、結果等が記述されている。
(………こんな物が存在するだけで問題だな。ここに存在すると知れたら、また一騒動起こるんじゃないか?……………ん?)
何か引っかかるものがあった。大切な事を見落とした……そんな感じだ。
(確か……後ろの方だったと思う……)
ちょうど一年ほど前の日付から順を追って、内容を把握していく。
(……気のせいか?)
そう思い、次の頁をめくる。そして、そこにこそ問題の内容が記述されていた。
…カイの事であろう人物が麻薬畑を発見した事。
…処理命令と処理方法。
…逆らえば村を襲撃するとの事。
…処理を実行し、失敗した事。
…カイが村を出奔した事。
…ヒースと言う村人の一人と、おそらくはミルディンだと思われる冒険者を追手に差し向けた事。
……………………ミルディンごとき金の亡者を冒険者と認める事は、いかんともしがたい抵抗があったがそれは別問題として黙殺する。
(…………これらの事をラスはもう知っているのか?)
「…ラスさん…!」
自分の中に吹き荒れる嫌悪や憎悪。そして怒りといった感情を堪えつつ、ラスの名を呼んだ。
俺の声に反応したラスに、問題の部分を指で差し示した。
まだラスもこの部分は読んでいなかったのだろう。食い入るように書物を見る。
そんなラスの傍らで、俺は自分を押さえようと必死になっていた。
(冷静になれ。関係の無い事だろう? 俺はこの村の住人ではない。カイとの関係だって、カレンやラスの様に仲間という訳でも無い。)
そう思い込み無理矢理にでも納得させようとしたが、徒労に終った。
時を経るごとに俺の中の感情の嵐は勢いを増し、気がついた時には手にしていた書物を床に叩き付け、老人に拳を見舞っていた。
殴った左拳に痛みがはしる。手加減もせず、渾身の力を込めた為だ。
自らの拳を痛める様な愚にもつかない行為は、戦士として忌むべき事だろう。
しかし、理解している事に従って、いつでも行動できるのならば苦労は無い。
「…お前は…っ! 自分の娘をっ……孫を……っ!!」
俺は倒れ込んだ老人の胸座を掴んで引きずり起こし、拳を振り上げる。
「…そうじゃ……確かに動揺もしたし…苦しみもした。…どんな人間だろうと…自分が治める村の者を……しかも、自分の孫娘じゃ。
…チェンジリングでさえなければ、この膝に抱いたであろう孫を、わしはこの手にかけようとしたんじゃ…!」
「言い訳など聞いてないっ! お前がどれだけ悩もうが苦しもうが、犯した行為は…っ!!」
「……よそ者のお主に何がわかる…わしとて一人の人間としての幸せを望んでいた…村長としてこの村の繁栄を夢見てきた…じゃが…」
老人は俺の眼を見据え、そう言い放つ。まるでカイが…チェンジリングが……ハーフエルフが全ての原因だと言うがのごとく。
それがまた俺の感情を逆なでした。
「よそ者も何者も関係あるかっ! ならば何故、自分の娘まで犠牲にしたっ!? お前は自分の保身と利益を最優先にしただけだっ!!」
あまりの怒りに体中の血液が沸騰したかとも思う。
(…その皺首……へし折ってやるっ!)
相手はすでに自分のあぎとに捕えられている。あとは噛み砕くだけ……
「……カイ? おまえ……聞いて…いたのか? 今の話…」
突然、扉が開く音と共に、ラスの声が聞こえてきた。
そちらを見やると……扉に手をかけたままのラスと、入り口に呆然と佇むカイの姿があった。
「……本当…に? かあさんの……じゃあ…おじい…ちゃんなの?」
カイは立ち尽くしたまま、こちらを見つめている。…カイの瞳が眼に入った時に、俺の中の嵐は霧散してしまった。
代りに沸き上がってきたものは自分に対する自責の念だった。
(上辺だけを取り繕って、何も変わっていない…こんな事じゃ……)
老人から手を離し、先程までラスが座っていた椅子に腰を下ろす。
カイ当人が来た以上、ここから先は俺のする事は無い…してはいけない。
「…本当は…名乗ることなどおこがましいが……許してくれとは言わん。肉親だとは…思ってくれなくてもいい…
わしはそれだけのことを、おまえにしてしまったのだから。……ただ、もしもおまえに会えたなら、言おうと思っていた。
……おまえは、その手を血で汚したことを悔いているだろう。そのことに…傷ついているだろう? だが…血は洗い流せる。
わしのしたことの…言い訳にするつもりはない。…ただ、おまえには信じていてほしい。その血は洗い流せると…」
(……奇麗事だな…)
老人に歩み寄るカイを見ながら、俺は思った。
自らの手を血で染めた事…人を傷付け、命を奪った罪は洗い流せはしない……
もし出来るとすれば、それは時を戻す事になるだろう…だが、神ですら不可能な事が出来る訳が無い。
俺達に可能な事は、罪に押し潰されない様になるだけ。
事実を忘却の彼方に沈める事や、相手の命の価値を否定する事。自らを強くする…等、人それぞれだろう。
……勿論、奇麗事を否定する事は出来ない。
どんな答えを導き出すかはわからないが、それが当人達の真実であり、自らを律するものだと思うから……
………相容れない者同士が相対した時は、またそこで……
「…おじいちゃん? ……ありがとう…でも……本当に洗い流せるのかな…? だって…さっきも…わたし……」
「…カイ、さっきの村人のことなら……おまえは殺してない。俺が行った時にはまだ息があった。手当すれば助かったはずだ。
…あいつに止めを刺したのは俺だ。…ぐだぐだ言ってやがったから、ひと思いに片付けてやった。……だから、おまえは殺してない。」
(………ん? もしかして…)
ラスが言っている事は、ここに来る前にあった死体の事だろうか? ならば……
いや、ラスはカイを思いやって取った行動なのだし、部外者の立ち入るべきものではないな……
(しかし……なんだかんだと言いながら、ラスはカイには優しいものだよな…)
思わず表情が弛む。
「……うん……ありがとう……おじいちゃんも………」
「おじいちゃんとは…呼ばんでいい。…許されようとは思わんから…。それでも……ありがとう…」
(………俺はさっさと退散をした方がいいな。)
俺にはこの場にいる理由が全くと言って良い程無い。それに先程の行為で気まずい事もあり、一人で頭を冷やしておきたかった。
床に叩き付けた書物を拾い、退出の言葉と書物の処遇についてを投げかけようとした時に……
再び、入り口の扉が開いた。今度はけたたましい音をたてて…
「村長! 大変です! そこで、ラーグが殺されてます!!」
村人と思われる人物は、駆け込んで来るなり叫ぶ。そして、俺達を……カイの姿を認めるなり、また声を張り上げた。
「なんだ、お前ら! …お前はカイ! …そうか、殺したのはお前らだな!?」
(不味いな。この村が襲撃された事を、カイのせいだと思っている人間もいる……逃げるか…それとも…)
他の村人に知らせに行ったであろう後ろ姿を見送りながら、善後策を考える。
「…こっちじゃ! 村人達が戻ってくる前に逃げるんじゃ!」
俺達が結論を出す前に老人が行動を起こした。俺達を先導する様に、裏口から家を飛び出して行ったのだ。
俺は罠かと思い逡巡するが、カイが続いて行った。更にラスも…
「ラスさんっ!」
「なにしてる。さっさと行くぞっ。」
「しかし……」
「どっちみち、同じだ。」
なるほど…仮に老人が村人達の所に連れて行ったとしても、ここで手間取って村人達に囲まれる事と同じ。ならば後は……
ラスと視線をあわせ、頷き合うと老人とカイの後を追った。
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村長の導きのに従い、道無き道を行く。
俺達3人の中に野外での心得のある者はいない為、自分達が何処にいるのかさえもわからない。
「…っ…歩きづらい……」
道の険しさと今までの疲れにより、思わず声をもらしてしまう。
「なぁ…じいさん…その、『確実に逃げられるルート』ってのはまだなのか?」
ラスが村長に声をかけた。その声には疲れが感じ取れる。カイも口には出していないが、疲労は溜まっている事だろう。
体力的に劣るハーフエルフの二人にはきつい道程だ。
「おかしいのぅ…このあたりのはずなんじゃが…」
頼りない村長の言い方に、疲れが増したように思える。
「おいおい………」
溜め息と共に吐き出されるラスの言葉。
「おぉ、ここじゃ、ここじゃ」
ようやく目的の道を見つけたのだろう。こちらを振り返り声をかけてきた。その声は何処となく明るく聞こえた。
目の前の道は獣道に毛が生えた程度だが、何とか辿って行けそうだ。
…と、その時に村長の顔が途端に青ざめ、カイに向かって突進した。同時に後ろから風を切って飛来する、何かの音が聞こえてくる。
完全に不意討ちを受け、俺もラスも体勢を整える事すら出来なかった。勿論カイも……
………村長はカイを狙った矢を、自らの背で受け止めた。そして、カイに覆い被さるように崩れる。
矢の飛来した方向を判断して視線をはしらせると、そこには弓を構えたままの男の姿があった。
「…っ!!」
(距離がある上に、相手は樹木の上。手持ちのクロスボウは巻き上げていない。ならば……)
俺が光の精霊に呼びかけを行うよりも速く、ラスが精霊魔法を唱えはじめる。
呼びかけるのは……レプラコーン…混乱を司る精神の精霊。
(無力化するつもりか!)
確かにダメージを与えたとしても、仕留めきれずに他の村人を呼ばれてしまっては意味は無い。ここは沈黙させる事が一番良い方法だ。
ラスに倣い、レプラコーンの力を借りるべく精神を集中させる。必要は無いと思うが、ラスが失敗した時の為に。
俺とラスとでは、明らかにラスの方が精霊に対する影響力は大きい。だが、どんな優れた術者でも、失敗の可能性は付きまとう。
”偉大なる”カーウェス、”剣の姫”ジェニ、”大ドルイド”ロウラスや”大賢者”マナ・ライでさえ、失敗をする時は失敗する。
相手が一般人ならば、魔法に抵抗をされる事はほぼ無いと言っていいだろう。魔法が続けて失敗する事も同様だ。
念には念を入れて…というやつだ。多少気がかりなのは、少しばかり距離がある事。まだまだ未熟な俺には、少しきつい距離だ。
しかし俺の心配をよそに、ラスの魔法は見事に効力を発揮した。俺は相手の様子を確認した後、精霊語の詠唱を止めた。
「そんなことないよ! わたしの……わたしの力が足りないから……!!」
背後からカイの悲痛な叫びが聞こえてくる。
慌ててそちらを見やると、打ちひしがれたカイの姿と傷を負ったままの村長の姿があった。
先程の俺とラスが襲撃者に対処していた際、カイも精霊魔法を唱えていた。
カイはおそらく、身体に宿る命の精霊の力を活性化させ傷を回復させようとしたはず…しかし、村長は……
(魔法に失敗したのか? …それとも?……)
「今の騒ぎで……人が集まって…くるじゃ…ろう…ここからは…一本道じゃ…道なりに……行けば……川にでる…
そこの、ボートを使えば…逃げられる…はずじゃ…」
「……わかった。カイ、行こう。」
息も絶え絶えに言葉をつむぐ村長に、ラスが答える。
だが、カイはラスの促しに反応を示さない。
「この馬鹿! …一緒に死ぬつもりか!?」
カイの反応、そして村人の気配が周囲に感じられるからだろう。ラスが声を荒げる。
自分がここに留まる事の危険を…どんな事態を引き起こすかを、カイは認識してはいない。
もし村人達がカイと傷付いた村長を見たら、これまで以上にカイを殺そうと躍起になる。
しかもただ単に命を奪うのではなく苦痛を長引かせ、なぶり殺しにする事だろう。
村を襲われ、家族や恋人、親しき者を奪われた。家や財産も失った。
………怒り…悲しみ…恐怖…恨み…鬱憤………
それらを一まとめにして復讐という、どす黒く甘美なものに彼らは身を委ねる。溜まった負の感情のはけ口をカイに求めて……
そして大義名分の下、正常な判断を失った者はいくらでも残酷になれる。ごく一部のファリスの信者の様に。
勿論俺もラスもそんな事を黙って見ている事はしない。しかし、一度火が点いた暴徒を鎮める術は俺達には無い。
たとえ神聖魔法が使えるケイを連れて来ていたとしても、村人全員を鎮める事は出来ないだろう。
そうなれば俺達が死ぬか、村人達が退くまでの殲滅戦に近い様相になる。
村人達の数はそれほど多くないと言う。ならば俺達が負けるとは思わない。……が、それは俺達がカイの村を完全に滅ぼす事になる。
「駄目……先に…行って…おじいちゃんを…このままには…しておけないから……」
絞り出すようにカイが言葉を発した直後、鋭い音を立ててラスがカイの頬を叩いた。
かなり強く叩いたらしく、カイの白い頬がみるみる赤くなっていく。
「…そんな簡単に死なせてなんかやるか!!」
ラスはカイを自分と顔をあわさせると、まるで宣言をする様に叫んだ。そして強引に村長の導いた方向にカイを連れて行った。
「……おじいちゃん…ごめんね………」
その場に佇む俺には、風乙女のざわめきと共にそんな呟きが聞こえた気がした。
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