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No. 00032
DATE: 2000/01/23 01:43:52
NAME: ウォレス
SUBJECT: 背徳の魔術師たち
その日ウォレスは捗らない調べ物にうんざりし、日の高いうちからオランの商業地区を気晴らしに散策していた。
そんなウォレスに声をかける小さな人影があった酒場で知り合ったモクシャと名乗る少女だ。
「ウォレスさん、モクシャはおとうさまのおつかいできました。モクシャといっしょにおとうさまとあってください」
ウォレスが怪訝に眺めていると少女は更に言い募る。
「おとうさまはモクシャのおはなしをきいて、ウォレスさんをすくいたいといいました。だからモクシャといっしょにきてください」
それだけ言うと少女はウォレスの返事も待たずにすたすたと歩き出す。
普段のウォレスであれば、うますぎる話だといって歯牙にもかけないところだが今は長い調べ物に精神が倦んでいた。
また、彼女の父親が魔術師らしいという話を聞いていた為、駄目で元々程度の軽い気持ちで少女の後について行く。
道中、ウォレスは彼女の父親の事を推測していた。
”彼女の父親は魔術師らしいが・・・・・私を救うとはどう言う事だろう?私の右手の事を知っているんだろうか?
馬鹿らしい・・・・・学院と関係のある魔術師なら知っていて当然じゃないか”
自分の考えに自嘲の笑みが浮かぶが、また思索の海に意識が沈み出す。
”どう救うと言うんだろう?・・・・・私の捜し求めるものを知っているんだろうか?”
ウォレスが捜し求める物はかつて場末の酒場で聞いた伝承に出てくる「魔法の腕」だった。
存在しているのかどうかも分からない怪しげな代物だが、神殿にコネを持たないウォレスとしては今のところその伝承に
懸けるしか右手を取り戻す方法が無かった。
どれくらい歩いたろう?気が付くとウォレス達はオランの郊外まで来ていた。
目の前には古びた背の高い塔が見える、オランが出来た当時は物見の塔だったらしい古い塔だ。
塔の前で少女は立ち止まりここの最上階にお父様が住んでいる自分が案内できるのはここまでだと言い残して塔の中に消えた。
ウォレスはしばらく立ち尽くしていたが意を決したように最上階を目指して歩き出した。
最上階につくと、はたしてそこには樫の木の机に座した魔術師らしい人物が座っていた。
魔術師は年齢に裏打ちされた重厚な雰囲気を漂わせ魔術師自身から迸る魔力の片鱗を覗わせる。
「よく来てくれた。君が娘が話していたウォレス君だね。私はヴァラー、いささかの古代語魔法を操る事を生業にしておる。」
声は重厚な雰囲気に恥じない魔術師ならこうあるべきだというような荘厳とさえ言える声だ。
ウォレスは手で触れることが出来そうなくらいに濃密な魔力の残滓に魅了され声さえだせずにただ黙って立ち尽くしていた。
”ここには私の愛した魔法の技が充満している・・・・・”ただその思いに圧倒されるのみだった。
魔術師はそんなウォレスを気にも留めずに話を続ける。
「私の研究の事を知っているかね?・・・・・・これでも昔は学院に所属する魔術師だったんだが・・・・・。
いや、その事はいい・・・・・もう昔の話だ・・・・・・・・。」
遠い昔の苦い記憶を振り払うように軽く頭を振ると再び話し始める。
「君には私の仕事を手伝ってもらいたいと思っているんだが・・・・・・・。今、私は生命の創造を研究しているんだが優秀な助手が欲しくてね。
研究が完成した暁には、君の失われた物も取り戻せると思うんだが?・・・・これは、研究が完成するまでの契約金だよ。」
そう言って魔術師は艶の無い真黒な手袋を被せたような義手を机の上に置いた。
ウォレスの心臓は一瞬凍り付き次の瞬間には神殿の鐘が祝いの祭りに高らかに鳴り響くように高鳴った。
「それは・・・・・」そう言ったきり言葉が出てこない。
「そう、君が捜し求めた魔法の腕だ。もっとも魔力の塔が無いので今はガラクタ同然だがね・・・・・・・
しかし、ここを見たまえ、そうこの魔力の水晶球が嵌っていた窪みだよ。
ここに魔晶石を代用する事で本来の機能を取り戻せるだろう。」
魔術師はそう言って後はウォレスの葛藤を面白そうに眺めている。
その顔は契約に望む地獄の悪魔のようだったが義手に気を取られていたウォレスはまったく気付かなかった。
”これが私が捜し求めた「魔法の腕」・・・・・・・。しかしこの契約にどんな意味がある?私に腕を与えて彼は助手を手に入れる。私は腕を・・・・・。
確かにまともな魔術師なら魔獣創造につながるような研究には手を出さないだろう。しかしそれだけだろうか?
他にも何か企んでいるのではないのか?・・・・・構うものか、私にはもう魔法しかないんだ。彼の思惑など知った事か!!”
そう結論を出すとウォレスは魔術師に返答を返す。
「いいでしょう。貴方の研究を手伝いましょう・・・・・・。」
「君ならそう言ってくれると信じていたよ。だがそのままでは君は、私の協力者としては正直、役不足だ。
厄介なものを抱えこんでいるようだからね。捨てきれない何かがあるんじゃないのかね?」
ウォレスは知性によらずに直感によって魔術師の意味するところを悟った。
「姉さんの事を言っているんですね?いいでしょう・・・・・彼女を・・・・殺します・・・・・
それでその腕は私のものですね?」
返答を聞いた魔術師は否定も肯定もせずにウォレスを面白そうに目を光らせながら見ていたが思い付いた様に
立ち上がり奥の研究室に入っていく。
研究室の奥から魔術師の声が聞こえる。
「この研究室には私が求める真理の探求に必要な色々な薬があるんだよ。・・・・・・・・なかには少々危険な薬物もあるがね。
・・・・・・おっと、これだ。」
目的の品を見つけたらしい魔術師は薬瓶を手に持ち、ゆっくりとウォレスに近付く。
そして懐から見事な象嵌の施されたダガーを取りだし、薬瓶の中の薬品に刃を浸す。
「よければこれを使いたまえ。」そういって緑色に濡れたダガーを差し出す。
毒を塗った短剣を黙って受け取るとウォレスは塔を後にした。
自分の母親代わりであり魂の奥底でもっとも近しい存在の姉を殺すという決意を秘めて・・・・・・。
懐にした短剣がまるで焼けた石のように熱かった。
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