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No. 00035
DATE: 2000/01/24 06:29:11
NAME: 何でも屋
SUBJECT: 二人の商人〜一年前の事件
−二人の商人−
新王国歴511年10の月半ば頃。
巷で大きな事件の話しがささやかれる事も無く(噂にならなかっただけかも知れないが)平穏な空気が流れていた頃、二人の商人は退屈を持て余していた。
商人達の扱う品は美術品が多数を占めており、中でも絵画を中心に上は貴族から、下は街の裕福な住人までと手広く商売を行っていた。
彼らはその商売においては商売敵であったが、互いの商売の腕には感心しており、とある商売をきっかけとして親交を交わすまでに至っている。だが商売の都合上、表面的にはお互いに嫌いあっていた。
二人の親交を深めた遠因として、年齢が近く双方ともに独身である事が挙げられるが、それ以上にお祭り好きな性格が効を奏していたのだろう。何か事があるたびに双方の家に秘密裏に行き来をし、酒を酌み交わす事を繰り返していた。
「なぁ、アルフレット。最近何か面白そうな話しはあるかい?」
中年ではあるが細身の体をした男が机の上のグラスに酒を注ぎながら話しかける。
『そうさなぁワイズマン。ちょっと前に騒がれた化け物の噂も最近は下火になっているからなぁ・・・。』
酒が注がれたグラスに片手を添えながら、長身の男は目を宙に走らせた。
『俺が出入りをしている顧客達も、最近は話題が少ないってぼやいてたし・・・。』
「お前の顧客っていったら・・あの噂好きの婆ぁ共だろ?そうか・・巷も平和なんだな。」
暑苦しい化粧を塗りたくった顔を思い出しながら、酒の入ったグラスを口元に運ぶ。
その顔が微かに歪んだのは、思いの外酒が強かったせいだろうか。
『おいおい、とっておきの1本だぞ?もう少し美味そうに飲んだらどうだ。』
アルフレットは相手の顔を見て笑みを浮かべ、自分もグラスを傾けた。
「別に酒にむせた訳じゃない・・っと、そうだアルフレット。どうせ暇だったら俺達で何かやらないか?」
『何かって何をだ?まさか犯罪の片棒を担がせる訳じゃないだ・・・・』
相手の突然の申し出に困惑しながらも、興味深そうに返事を返そうとする。
アルフレットが疑問の言葉を喋り終わる前にワイズマンはさらに口を開いた。
「何、簡単な事さ。お前この間奇妙な絵を手に入れたって言ってたろ?その絵について賭けをするのさ。」
『賭け?あの絵についてか?おいおい、俺が損をするよな内容ならお断りだぞ。』
「どうせ二束三文で仕入れた絵だろ?俺達の暇つぶしに役立ってくれれば、絵の作者だって浮かばれるさ。」
作者が聞いたら憤怒しそうな内容を平気で口にしながらワイズマンは熱く語り始めた。
最初は消極的に聞いていたアルフレットもいつしか相手の話術に、いやその内容に乗り気になっていった。
ワイズマンが提案した賭の内容とは、話しに上がった絵を盗み出す事であった。
それも冒険者と呼ばれる人間を使って、である。
彼が奪取する側の冒険者を雇い、アルフレットがそれを阻止する冒険者を雇って互いに争わさせる。
例え双方が傷つき倒れようとも彼らには何の損も無く、又片方の依頼は必ず失敗する事がこの計画の巧妙な点である。しばらく意見が交わされた後、依頼が失敗した側、つまり雇った冒険者に報酬を払わなくてすむ方が今回の経費を全て持つ事で話の大筋は決定となった。
−何でも屋エルフィン−
私が、ここオランの街に来てから10の月日が経つ。
その間数々の依頼を受けてきたが、大抵の場合大きな話になる事は稀であり、今回の依頼もいつものような仕事だとばかり思っていた。
通常私に廻ってくる依頼は普通の冒険者では達成が困難な内容、特に街に関わる事等の依頼が少なくない。
今回の依頼も酒場の主人を通さず直接私に持ちかけた事から冒険者では難しい依頼であろうと予想したが、案の定であった。
依頼主の名はワイズマン。オランの街で美術商を営む男だそうで、依頼の内容はとある物の奪取。
先方が話す理由は取って付けたようにも感じられたが、依頼は依頼である。さすがに即答は避けたが、明らかに達成不可能な依頼でない限り、又他に仕事を持っていない限りは引き受ける事にしている。
今回も例に漏れず、引き受ける方向で話を聞いていた。
後日聞いた詳細では、商売敵の所持する絵をどうにかして頂きたい、との事であった。
報酬は経費込みで1000ガメル。たかが商人の家に忍び込むだけであれば楽な仕事である。問題は子供ぐらいの大きさがある絵を搬出できるかであるが・・・。
今回の仕事はこうして始まった。
数日後。仕事先の調査も終了し、近々決行しようと考えている。
目標はアルフレットという商人宅で、こちらも依頼主と同じく美術商であった。
彼の街中での評判はそれなりに良く、小さな物から大きな物まで多種多様の商品を扱っていると聞く。
又、裏(盗賊ギルド)でも特に目立った話は聞けず、表の世界に生きるまっとうな商人、と推測を立てる事にした。
昼間のうちに一度屋敷内へ忍び込む事にした。数刻の探索はその身が見つかるかと思うと半日にも、一日にもと時の流れを感じる。この感覚を求めるが為に私は依頼を受け遂行するのだろうか?それとも・・・。
しかし何にせよ今は何も考えてはならない。全ての神経を現状に使わなければならないのだから。
ただの商人の家に忍び込む事はわけも無い作業だった。見つかる危険性を考慮しなければ、の事だが。
目的の絵は、裏手の門に近い屋敷の内側に面する小部屋の壁に飾られており、その部屋には窓がついていない。又、小さい作りから察するに、絵に対してさほど重要視されていないと見て取れた。
決行の夜に対しての準備はこうして整えられていった。
決行の夜。事前に目的の部屋を調べておいたおかげで、月明かりだけで目的の部屋まではたどり着くことが出来た。部屋には鍵がかかっていたが、重要な部屋ではない為にその作りは単純である。静かに鍵を開けた後、私は影の中に滑り込んだ。
入り口の扉を薄く開き目的の絵に手を掛けた時、始めてその者の存在に気が付いた。
部屋の隅にうずくまるようにして、いや並の身長の2/3ぐらいの相手は私が気が付いたのを察知して暗闇の中で格闘戦を挑んできた。
室内に明かりは・・無い。目標を視認する事が精一杯の中、まるでこちらの動きが見て取れるように相手の的確な攻撃が続く。上、下、右・・・空を裂く音と感だけを頼りに身をかわして、扉へと向かおうとした時、脇腹に鈍い痛みが走った・・・不覚。私は勝ち誇って一瞬動きを止めた相手を逆に突き飛ばし、屋敷の外へと、夜の暗闇へと逃走を始めた・・・。
脇腹に受けた傷が鈍く痛む。目的の絵を手に入れなかった以上依頼の遂行は失敗だが、今は何も考える事が出来ない。又、足を一歩前に出すたびに体に走る痛みは大きくなり体中に脂汗が浮かぶ。この症状は・・・毒だろうか。
・・・片目のドワーフ。相手の体を突き飛ばした時、薄く開いた扉から差し込んだ月光で見えたあの笑顔。
様々な事が整理されず無秩序に脳裏を駆けめぐるが・・・だめだ、意識が遠くなる・・・・・。
月の光さえ届かない路地の裏で、私の意識は暗い闇に沈んだ。
三日後。私が目覚めると、そこは質素なベッドの上であった。
寝ていた体を起こし自分の上半身を眺めると、丁寧に手当が行われている。
又、周囲を見渡すと壁には大きな絵が飾られており、その絵に描かれている女性の額には大地母神のシンボルがあった。・・・どうやら神殿らしいが、私は助かったのだろうか。
だが何故神殿に?
そう思った時、入り口から神官のローブに身を包んだ男が姿を表した。
「気が付かれたようですね。体の具合はいかがですか?」
『ええ、大丈夫のようで・・・ところでここは?』
心配そうに話しかけて来る男に警戒しながら質問で返す。
「ここはマーファ神殿になります。その様子ですと体の具合は大丈夫のようですね。」
私が身構えたのを見て、神官の男は苦笑しながらそう答えた。
その後、神官の男から自分がかつぎ込まれた状況を聞いたが、神官も私を助けた人物の名前は聞かなかったと答え、変わりに身体的な特徴を聞くだけに終わった。
私は丁寧に礼を述べた後、自分の名前は告げずにマーファ神殿を後にした。
−二人の商人・その後−
アルフレットとワイズマン、二人の商人は事の成り行きを見守っていた。賭の結果はアルフレットが雇ったドワーフの方が優れていたようである。・・・部屋に残された血痕と壁に掛かった絵を見た二人は、お互いに別の表情を浮かべた。
又、終始笑みを浮かべていたドワーフは儂の仕事は終わった、とばかりに薄気味の悪い笑みを浮かべて礼金を受け取り、屋敷から立ち去った。
「なぁ、アルフレット。あんな男をどこから見つけて来たんだ?」
『ああ昔エレミアでちょっとな。気味の悪いドワーフだが腕の方は確かだったもんでな。』
「昔ねぇ・・。だが腕と言えば俺が雇った男も巷では良い腕とか騒がれていたが・・・」
「ふん、大した事はなかったな。くそっ、相手を見る目がなかったか。」
『ま、勝負は勝負だ。俺の方は合計で1200G程掛かっているからな。支払いの方はしっかり頼むぞ。』
「ああ、そう言う約束だったからな・・。ま、一瞬とはいえ良い暇つぶしにはなったか。」
『まったくだ。さて、酒でも飲むか?おれの勝利を祝ってな。』
「じゃ、とっておきの奴で頼む。・・だが何が不味かったんだ?俺にはよく判らんよ。」
『お前が雇った男は唯の人間だろ?いくら訓練されてるとはいえ、穴ぐらに住むドワーフの敵じゃ無いて奴さ。』
「く・・そう言う事か。確かにあのサイズの絵を昼間持ち出しては人目に付くからな。一杯喰わされたって訳か。」
『おいおい、人聞きの悪い事を。又今度がんばれよ。楽しみにしているからな。』
彼らの夜はこうして更けていった。・・・だが彼らは知らない。何でも屋と呼ばれた男が一度の失敗では引き下がらない事を。又、胡散臭さを感じ、はめられたと気が付いた時にどういう行動に出るのかを。
・・・そして数週間後。彼らが賭を過去の出来事として商売に励んでいた頃、彼らの所持する高額な絵の何枚かが贋作とすり替えられたのであった。
−アレクと少年−
少年は夜道を歩いていた。いつもの時間にいつもの場所で、冒険者のお姉さんに歌を習った帰りであった。
お姉さんと別れた後、自分の住処であるスラムに帰ろうと枝道に入った時、その男が地面にうつ伏せになっているのを見つけた。
最初は何があるのか判らなかった。月の光が差さない路地裏なので、目が慣れる前に足で男を踏んづけたのである。地面とは違う感触によく目をこらしてみると、血の匂いと人間の男が倒れている姿が判った。
冒険者のお姉さんに歌を習っているうちに、考えが変化した少年はまず男の懐をまさぐった。
しばらく物色を続けて金目の物が無い事に気が付き、変わりに凝った意匠の短剣を懐にしまった少年は、大急ぎで元いた場所へと駆け戻った。
「アレク!大変だよ!・・・向こうで人が倒れているんだ!」
つい先程別れたばかりの少年に呼び止められ、アレクは振り返った。
余程急いで来たのだろう、そこには息を切らせた少年が胸を上下にさせてたたずんでいる。
少年の話を聞いたアレクは、見知らぬ他人とはいえ放ってはおけないと、少年に道案内を頼み自分も走り出した。
アレクは道中急ぎながらも、自分の教えが少年の心を正しい方向に導いている事に嬉しさを感じていた。・・・半年前の少年であれば、目の前で誰かが倒れていても当然の様に見捨てていたに違いないのだから。
現場には1人の男がうつ伏せになって倒れていた。
男の背中に外傷は無いが、体を返すと脇腹が血に染まっており、その匂いが過去の記憶を思い出させる。
昔、戦場で応急手当をした時の事を思い出しながら相手の洋服を裂き、簡易に止血を行う。
血が止まったのを確認した後、アレクは現場に少年を残し、手近な神殿へと走って行った。
どこかで見た事のあるような男を助けてから数日後。
いつものように少年達に歌を教えていると、少年の腰に見慣れない短剣が差されているのに気が付いた。
アレクが少年に短剣について訪ねると、最初は誤魔化そうとしていたが、この前助けた男から頂戴したと苦笑いを浮かべながら白状した。
全身を灰色に染めた男。名前も聞けなかったが、その他については一切不明である。
アレクは助けた男の身が心配で何度か神殿に足を運んだが、まだ意識が戻ってないという回答を数度得た後、男はいつの間にか神殿を去っていた。
又、神殿の関係者に男の素性を聞いたが、特に何も喋らなかったと返事をされ、彼は一体誰なのだろう?と疑問だけが残っている。
自分が助けた男に対し、人の親切を何だと思っているんだ?という想いがあったが、それでも盗みはいけない事だと少年に注意をすると、うなだれた少年は反省したのかアレクに短剣を差し出した。
三ヶ月後。
アレクは自分の兄が無実の罪で投獄されている事を知ってから、兄に関する手がかりをオランの街中で探していた。
だが、調べ方が悪いのか手がかりは一行に得られない。数週間を費やした結果得られた内容は、シャウエルとの面接で聞いた一年前の事件に関係した人物達の名前だけであった。
街中で聞き込みを続けている最中、以前助けた男が目の前に現れた。目を凝らして見るが間違いない。第一、全身灰色の姿をした人物がこの街に何人もいるとは思えない、そう思いながら一歩、又一歩と間を縮める。
懐に入れた短剣を確認しながら、アレクは灰色の男に近づいていった。
−再会−
10万人の人口を抱える王都オラン。その街中にある公園の中で二人男女は出会った。
「私の事を覚えてる?」
黒い髪をし、腰にバスタード・ソードを下げている女性が、灰色の姿をした男にそう尋ねた。
『・・・私に何か御用ですか?』
話しかけられた男は、アレクの姿を確認しながら、まるで身に覚えが無いという返事を返した。
「そっか、覚えて無いか。意識を失っていたもんね。」
そう言いながら、彼女は自分の懐から意匠の凝らされた短剣を取り出した。
「この短剣に見覚えは?」
エルフィンは目を細めながらにっこりと笑みを浮かべた。
『私の見間違えでなければ・・・それをどちらで手に入れました?』
あきらかに自分の物と思える短剣と、相手の顔を見比べながら腰の重心を注意深く落とす。
「あなたを見つけた子供が預かっていたみたい。」
アレクは悪びれもせず、軽い苦笑を浮かべてそう答えた。
(黒い髪の女性・・・冒険者風の格好。そして、あの時無くした私の短剣を所持している・・・。)
『これは失礼を致しました。先日、私を助けて頂いた、という方ですね?』
「うん、そういう事になるかな。」
助けた事にまるで興味がなさそうに、素っ気ない返事が返ってくる。
『その節はありがとうございました。何でも、怪我した私を神殿まで運んで頂いたとか。』
「うん、突然居なくなったから心配したんだけど、元気なようだね。」
『ええ、御陰様で。ところで、まだお名前を伺っていませんでしたね。』
『私はエルフと言います。で、あなたは?』
エルフと名乗った男は、そう挨拶しながらいつもの営業スマイルをその顔に浮かべた。
「私の名はアレクだけど。・・エルフ?・・・名刺を配っているあのエルフ?」
『ええ、そうですが。ああ、これもお渡ししておきましょう。』
エルフィンは手早く懐に手を忍ばせると、瞬く間に一枚の薄い木の板を取り出した。
『この街で「何でも屋」を営んでいます。以後、お見知り置きを。』
「はぁ、どうも・・じゃなくて! あなたを捜していたんだ。」
木の板を丁寧に受け取る途中、アレクの声のトーンが変化した。
『私を、ですか?何か仕事の依頼でしょうか。』
「いやそうじゃ無くて。教えて欲しいことがあるんだけど。」
『うん?何でしょう。私が知っている事でしたら、お答え致しますが。』
エルフィンはアレクの声の変化に興味を引きつつ、表情には出さずに無難な返事を返した。
「シャウエルって知ってるよね?」
今まで笑みを絶やさなかったエルフィンの顔が、一瞬だけ真顔になるのがアレクには判った。
(やっぱり知ってるんだ・・。)
『シャウエル・・・一応、知っておりますが。彼が何か?』
(シャウエル・・・。その名前をどこで、いや何の為に?)
一瞬だけ浮かべた表情も今は仮面のような笑顔の下に隠されている。
この場所で会話を続ける事は不適当と判断したエルフィンは、アレクに場所を変えることを提案した。
西にある郊外の高台。そこには誰の墓とも判らない石碑が置かれており、風化した花が寂しげに風になびいている。
見晴らしが良いその場所は、他人に聞かせたくない話をするには丁度良い場所であった。
目的地に到着し、先を進んでいたエルフィンが振り向いた瞬間にアレクが口を開いた。
「彼の身に何が起きているのか知っているよね?」
『いえ、存じ上げておりませんが・・・・・と、申し上げたいところですが、あなたには借りがありますからね。それで何を知りたいのです?』
「シャウエルが関わっていた事件に、あなたも関わっていたんでしょ?」
『どこでその話を?っと、・・・今更、それをとぼけても仕方がないですね。それで何を知りたいのです?』
繰り返されたエルフィンの質問に、アレクは言葉を詰まらせた。
「・・一年前に起きた事件。孤児院事件と呼ばれる事件の全貌を教えて。」
『あの事件は終わりました。今更蒸し返す必要は無いでしょう。』
「シャウエルの無実を証明する為に、この事件の全貌を知りたいの。」
アレクの口調は淡々としているが、瞳は口調に反して熱を帯びている。
『何の為に証明を?』
相手の瞳に生じた熱を確かめる為に、エルフィンはさらに質問を行った。
「無実の人を助けるのはおかしな事では無いでしょう?・・それが身内なら当然だよね。」
(身内、か。あのシャウエルの・・・。)
『あの事件は国、そして盗賊ギルドが関与していた。それでも彼を助けたいのか?』
終始笑みを絶やさなかったエルフィンだが、アレクの答えを前にして氷のような表情で口調を変えた。
「うん、もちろん。」
エルフィンの態度の変化に臆した風も無く、アレクはそう答えた。
『どのような犠牲を払っても、自分の身が危うくなっても彼を助けたいと?』
「多少の犠牲は覚悟しているけど。」
アレクの答えにしばらくの間沈黙していたエルフィンは、いつもの口調で聞き返した。
『もう一度お聞ききします。あの事件は国、そして盗賊ギルドが関与して終わりました。』
『言い換えれば、シャウエルの逮捕で周囲が納得しているということです。それでも彼を助けたいのですか?』「うん。」
アレクの意志と表情は最後まで変わる事が無かった。
『そうですね・・・では、私の知っている事をお答えしましょう。』
『犯人はもういません。そして彼は無実です。彼にはフォーマ卿を殺害する理由がありませんから。』
「犯人がもういない、ってどういうこと?」
アレクの問いにエルフィンの言葉が再び止まった。しばらく思案した後で彼は首を横に振った。
『私の口から言える事はそれだけです。これ以上の事は話すことが出来ません。』
1人の耳に伝えられた話は、翌日にはその数倍の人数に伝わる・・流言の伝達速度を考えると、エルフィンにとって話す事はためらわれた。
孤児院事件が蒸し返された場合、自分の身が危なくなる可能性を彼は見過ごす事が出来なかったのである。
「何故?」
どうしてこれ以上はダメなのか。アレクの表情にもそう表れている。
『命を助けて頂いた事は感謝しています、ですが私が頼んだ訳ではありませんからね。』
「別にそれで恩を売ろうとは思ってないけど?」
『そうでしたか。では少々おしゃべりが過ぎたようですね。』
エルフィンが顔に苦笑を浮かべて切り返すと、アレクはふてくされたように横を向いた。
「判った。もういい。」
『ですが、まったく感謝していない訳ではありません。そこでアレクさん。貴女からの依頼を一つだけお聞きします。ただし・・私を助けた事、私が貴女の依頼を受ける事を他言した、と私が判断した場合は依頼内容が遂行中であったとしても、依頼を無効とさせて頂きますが。宜しいですか?』
アレクの横顔に、エルフィンは一方的に話しかけた。
「・・・判った。」
しばらく無言で流した後、アレクはエルフィンの方を向いて一言だけそう答えた。
『では私はこれで失礼致します。アレクさん、貴女からの依頼をお待ちしております。』
そう言葉を残し、エルフィンは西の高台から街の方角へと歩み去った。
「兄さん・・・。」
エルフィンの姿が見えなくなった後、誰に言うでも無いアレクの呟きが、高台からの風に乗って遙か彼方へと舞い降りていった。
<終>
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