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No. 00036
DATE: 2000/01/24 17:12:31
NAME: アミテージ
SUBJECT: 父の存在
「アミテージ、すぐに家を出るぞ!!」
父は唐突にそう言った。私の名はアミテージ。中流階級の、貴族の家庭に生まれた私は、その日も本を読むなどして、何不自由ない暮らしを楽しんでいた。しかし、父は痩せた顔をまさしく蒼白にしながら、せっぱ詰まった口調で私を促した。この家を出るようにと。
「一体どういう事なの、父さん」
急ぎ荷物をまとめ、着の身着のままに、馬車に乗り、住み慣れたアノスの都を離れる。
余程しばらくして、重苦しく父が口を開く。
「わ、わしは・・・罪を犯した。魔が差して・・・結果として人を、殺してしまったんだ」
その時の衝撃は、今も忘れない。私は、何分も口を聴くこともできなかった。そして、何かの間違いであるという気持ちが、頭の中でさかんに否定を繰り返す。臆病で、人の良い父がそんな事をするはずは・・・
「事実なんだ・・・・っアミテージ、逃げないと父は官憲に捕まってしまう。そして、法の裁きに照らされ、間違いなく死刑に処される。うう・・・一緒に・・・逃げてくれ!」
父はすがりつくような眼で、私を見、小刻みに身体を震わせていた。
私は、そんな父を見て、しばらくの混乱を覚えたあと、動揺と、不安を越えた気持ちを感じた。
(私は、父を好きなのよ。この人をどうやっても、護ってあげたい)
そして、私は全てを捨てて父と共に放浪の旅に出た・・・
その日を境に、私は何度も恐ろしい夢を見た。天の神が私の父を裁くために、剣を用いて襲いかかってくる夢だ。私は父の身体に被さり、震える父を稲光から護る。暗雲は晴れず、なおも陽光は射さない・・・
その後に遭った困難は、今とても語れない。食料に困り、眠る場所に困るなど、私の今までの生活では考られない事だったからだ。病気をしたこともあり、総じてこの生活は辛いものだった。
だが・・・不幸であった訳ではない。
「眠れないの、父さん」
「ああ・・・」安物の毛布にくるまった彼の姿は、髭がぼうぼうと伸び、とても元アノスの富豪には見えなかった。
「ねえ、どうして人を殺したの・・・」私は、言うまいと思っていた言葉を口にしてしまった。
父に安心感を与え、希望を与えるのが私の喜びだったのに。
長い沈黙が訪れた。寝ころんで背を向けたまま、父は震える小さな声で、呟いた。
「私が自分の保身の為に、仕事の上邪魔だった人物をもみ消してしまったんだ」
その時父は一切の自己弁護の言葉を述べず、非を認めたの。だから私の心は父を許し、もう一度信頼した。
確かな絆が、父との間に感じられた。それがある限り、放浪の生活も、不幸なものではなかった・・・
長い年月が流れ、父の過去も、私の心から忘れ去られようとしていた。時は全てを許し、癒すものだと私は考え、安堵の日々を送っていた。そんな時だ。
「アミテージ、私はアノスに戻る。官憲に全てを話した。事実の確認がされ次第、裁きを受ける・・・」
「何ですって・・・!」
どうしてなのよ。そんな事をして!!罪を問われ処刑されてしまうじゃない。せっかくここまで逃げてきたのに何を今更・・・自暴自棄になってはだめ、未来を捨ててはだめ、
私を捨てては駄目!!
「逃げましょう。いままで、辛すぎたのね。でもこれからは幸せになれるよ、親子二人で・・・これからは・・・」
「違うぞアミテージ」
父は穏やかな表情でいった。
「私は幸せだったんだ。お前がいてくれたお陰だ」
「ーーーーーーー」
「それで、自分のやったことを見つめる余裕ができた。私が、犯行を認めなかったら・・・私が殺した者達の家族は悲しみが消えることはないだろう。うらみを与えて人生をねじ曲げてしまうかもしれない。それだけでない、人を殺して裁かれない前例などあれば、国の法律そのものが崩れてしまう・・・・」
見ると、何人もの衛兵たちが、父の後に立っている。
「いやよ、他の人なんかどうだっていい!」
「父さぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
父が処刑されたことは、すぐに報ぜられ、そして忘れられた。
アノス大聖堂の門の隙間から、私は父の裁判があった法王庁を見つめた。
私は、全てを憎んだ。どうしてだ。父は愚かだ。国は残酷だ。法は歪だ。
哀しみは心を空虚にした。そして、なぜあの臆病だった父が、耐え難い罪を受け入れたのか、疑問に思った。
何日もの間考え、それとともに憎しみも氷が溶けるように、すこしずつ消えていった。
せかい・・・せかいは・・・個人だけで成り立っていない・・・繋がり。罪を犯せば、他の人が苦しむ。
罪を犯したら?罰を受け入れる・・・そして、許されるの・・・本当に?
父の笑顔が浮かぶ・・・。私は思った、きっと父は満足して死んでいったのだ・・・
法の正式な罰を受け入れたことで、彼の身は誰にも非難されるものではなくなったろう。
そして、信じてみよう。この世界の法を・・・父の償いが評価されたことを。
そして私は、ファリス神の声を聴いた。大いなる意志は、抽象的ではあったが、確かな意味を私の心に伝えた。
(少女よおまえの父は許されたお前の父は人を殺めそして勇気をもってその償いを受け入れたわたしはお前の父の魂に安らぎをあたえよう・・・)
私は涙が止まらずに、荘厳なアノス大聖堂を、朝灼けの中見つめ続けていた。
私はファリスの聖戦士として、道を歩むことになった。使徒として他の地へ派遣され、私は今オランの神殿に所属しているのだ。
そして、今やはっきりと判る。ファリス神は全ての人間を愛し、それが平等たらんとしている。その為に法を与えたのだ。それを破れば償いを受けること。それを万人が守ることが続くのなら、ファリス神は人々に永劫の光を与えてくださるだろう。
そして、今。至高神は私の父の存在と同じなの。生涯にわたっての、私の心の支えなのよ。
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