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No. 00037
DATE: 2000/01/25 01:32:09
NAME: ランスロット
SUBJECT: 傷痕
キィン!
手に持つ槍で上段から振り下ろされた剣を受ける。受けた瞬間、くるりと槍を半回転。受け流されて、よろける男の首筋に槍の穂先を合わせて一気に振りぬく。首筋を切り裂かれ、断末魔の声をあげることすらできずに倒れる男。
すかさず、新たに向かってきた長身の敵兵と戦闘に入る。相手の得物は斧。槍とは相性が悪い。まともに受け止めては槍ごと折られてしまう。
…それならっ!
身長差を利用して、振り下ろされた斧をかいくぐって一気に懐まで飛びこみ、鎧の隙間に槍を埋め込む。
「ランス! 後ろだ!!」
どこからか聞こえてきた仲間の声に、頭より身体の方が早く反応する。目の前の敵兵に埋め込まれたままの槍を、遠心力を利用しながら、力任せに後ろに向けて振るう。振りまわされた敵兵の体は、ちょうど後ろからこちらに向かってきていた別の敵兵にぶつかる。反射的に、その身体を受け止めてしまう敵兵。
ざすっ!!
隙が生まれたその瞬間。あたしの槍は、敵兵2人にとどめをさしていた。これで、3人。だが、焼け石に水。周りには味方も多いが、敵兵の数も次第に増えてきている。
……この戦は、まだまだ続きそうだった。
焚き火の炎が、宴会のテンションをさらにあおっていく。傭兵達(少なくとも、うちの隊)は、戦に生き残り、給金が出ると宴を開く。生き残った幸運を神に感謝するためなのかもしれない。
「う〜ぃ、おい、ランス。せっかくの宴会なんだから、お前も呑めよ」
酔っ払った仲間の一人が、わざわざ宴会場から離れていたあたしのところに来る。今は、お酒を呑みたい気分じゃないから、とりあえず、適当にあしらうことにした。
「…あれだけ、敵にも味方にも被害が出た、乱戦の後に酒を呑む気になんてなれないよ。…悪いけど、一人にして」
「よく言うぜ。今度の戦、ウチの隊で5本の指に入るほど敵を殺しまくったヤツがよ」
木の幹によりかかりながら、男は言う。ため息をつきながら、あたしは言い返す。
「仕方ないでしょ。あたしにばっかり敵が向かってくるんだから。…殺したくて殺したわけじゃない…」
その言葉に、男はあざ笑うような表情であたしに言う。
「けっ…いまさらいくら殺したくて殺したんじゃないなんて奇麗事並べたってなぁ……
しょせん俺達は人殺しなんだよ!」
その言葉の次の瞬間。あたしは男を木の幹に押し付け、喉元に槍を突きつけていた。そして、低い声でつぶやく。
「……2度と、あたしの前でその言葉を言うんじゃないよ……わかった…?」
それだけ言うと、手を離して宴会場からさらに離れる。
「ひ…ひぃ……」
後ろで、情けない声をあげながら、へなへなと腰を抜かしたようへたり込む男が見えた……
自分のしていることは、騎士の馬上試合とは違う、真剣勝負。自分も必死、相手も必死。手加減の許されない世界。
……どちらかが、生きるか死ぬかの戦いなんだ。
……だけど。いつからだろう?人殺しと言われて抵抗を感じるようになったのは。
そう考えて、以前の記憶へと思いを走らせる。
そうだ、あの時からだ。あの男に出会ったときからだ。あの男に…
まだ、あたしが西にいたときの話。
「ねぇ、そこのキミ。…その槍、よければ見せてくれないかな?」
人当たりのよさそうな男。かなりのハンサムで、優しそうな表情がさらにそれを引き立たせている。買い物途中だったのか、いろいろな物が詰まった紙袋を持っていた。
「別にいいけど…?」
「うん、やっぱり、この細工。いい仕事してるな。この細工をした職人を知ってるかい?」
「え…ええ」
「実は、妻の誕生日が近くてね。この職人ならいいプレゼントを作ってくれそうだ。…是非、紹介してもらいたいな」
妻…この人には家族がいるんだ。…くったくのない笑顔。
きっとこの人にはあったかい家庭がある…
家族もなく…血で汚れきったあたしとは……大違いだ。
「すまないね、案内までしてもらって…」
「え…いいんですよ、どうせひまだったし」
「こんなものしかないけど、お礼だよ。…本当にありがとう」
そう言うと、買い物袋から、果物をひとつ取り出して、あたしに渡す。こちらからも、お礼を言ってその場を後にした…
「ランス!一人逃げたぞ!追ってくれ!」
「了解!」
その少し後。次の戦場でのことだ。敵軍と真正面からぶつかり合い…あたしのいる軍は勝った。仲間達も敵兵の追撃にかかっている。
その中であたしは、森に逃げた一人の敵兵を追っていた。追撃は、相手を崖に追い詰めることで決着がついた。
「てこずらせてくれちゃって…とっとと、決めさせてもらうよ!」
そのあたしの言葉に対して、呆然とした調子で敵兵はつぶやく。
「まさか……キミが敵兵で来るなんて……」
どこかで、聞いたことがある声。敵兵が兜をとる。その下は…このあいだ、町で細工職人を紹介した、あの男。
兜をつけ、剣を構えなおすと、あたしに向かって声をかける。…意外なほど、静かな。けれど、確かな覚悟を決めた瞳をむけて。
「キミには悪いけど、俺はこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!!」
いうなり、連続して剣を繰り出してくる。技量は、たいした事はない。たいした事はないのだが…なぜか、あたしはまともに反撃できなかった。
…この人には、家族がいる。この人が死んだら、残された人はどうなる?
その迷いが、自分の技を鈍らせていた。幾度も剣を撃ち合わせる。次第に、こちらの方がじりじりと後ろに戻されていく。そのあせりも、技に影響を与えた。
キン!
反撃で繰り出した槍が、受け流された。身体が相手の方にふらつく。視界の端に、剣を振り下ろす男の姿が見える。
まずいっ!
瞬時に、身体をひねらせる。が、遅かった。頬と、肩に焼け付くような痛みが走る。そのまま、倒れこむ。
でも、これでよかったのかもしれない…激しい痛みの中で、そう思った。
しかし、とどめの一撃は来なかった。
不思議に思って、目を開ける。目の前の男の胸には、矢が突き刺さっていた。遠くの方で聞こえる戦の音。おそらく、どこからか放たれた流れ矢に当たってしまったんだろう。
「ふっ……運が…悪いな……なぁ…俺のいた村は……ここから、半日ほどいったところにある……この、髪飾り……俺の…妻に……届けて…くれないか…?」
ごそり、と懐をさぐり、銀細工の髪飾りを取り出す。…あたしは、その髪飾りを受け取って、立ちあがった。
「ありが………と…う………」
それきり、男はなにもしゃべらなくなった。
傷が癒えるのも待たず、あたしは男に言われた村に足を運んだ。そして、男の家族に会い、髪飾りを手渡した……男を殺したのは、自分だ、と言って。
…人殺し!!
そう、言われながらあたしは村を後にした……
そうだ。あの時からだ。人殺し、と言われるのにひどい不快感を覚えだしたのは。
あのときから、やっと相手にも家族がいるんだ、ということを考えるようになった。…とはいえ、あたしはこれ以外で食べていく方法を知らない。
………もう、朝か。しばらく、うちの隊に出番はないって言ってたし。しばらく、休ませてもらおう。それで、自分に、これ以外でなにが出来るのか、考えてみよう。そして、それが見つかったら、あたしは傭兵を辞める。もしかしたら、見つからないかもしれない。
所詮、自分は「人殺し」なのだから……
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