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No. 00051
DATE: 2000/01/31 20:37:16
NAME: アンジェラ
SUBJECT: 決意(通り魔関連)
夢を見ていた。それが夢だと言う事は分っていたが重苦しい不安感と胸を苛む虚無感にまるで海の底に
沈んでしまったかのような錯覚を覚える。
息が苦しい・・・・・・ここはどこ?・・・・・どうしてこんなに暗いの?・・・・ここには居られないわ。
アンジェラは暗い海の底から海上に出ようと必死に闇を掻き回す。
それに答えるかのように闇に沈んでいた意識が頭の表層に浮かび上がってくる。それはまるで素潜りをした後に一気に海上に浮かぶ感覚に奇妙に酷似していた。
・・・・・・光が見える。アンジェラはその光を掴む為に手を伸ばした。そこで目が醒めた。
「痛ぁ・・・・・!!」
アンジェラがロックフィールド治療院に入院して居るのを知ったロビンは暇なときに見舞いに来てそのままなんとなく看病をしていたロビンの声が静かな病室に響く。
今もアンジェラの顔に浮いた汗を拭いている所だったが、アンジェラが目を醒ました時に伸ばした手に当ってしまったのだ。
「痛てて・・・・・、あっ!アンジェラさん目が醒めたんですね、よかった・・・・・ずっと眠ったままだったから・・・・・・
すぐに先生を呼んできますから待ってて下さい。」
そう言うとロビンは慌しく階下に治療院の主であるトレルを呼びにいった。
アンジェラはぼんやりする頭で自分が置かれている状況を判断しようと辺りを見まわす。
自分がいままで寝ていたのは糊の利いた清潔なシーツが敷かれたベッドだ。微かに薬草の匂いが漂ってくる。それに時折、咳やくしゃみ、痛みの為の
うめき声が聞こえる。
戦場の野戦病院に比べればずいぶんとマシなところね・・・・・と、いささか場違いな感慨が湧きあがる。
そして、記憶が一気に甦る。実の弟であるウォレスに腹部を刺され意識を失ったことを・・・・・・
その後にウォレスが言った言葉はほとんど覚えてはいなかったが、最後の「さようなら・・・・・姉さん」この言葉だけが今も頭の中で繰り返し聞こえていた。
”さようなら・・・・・さようなら・・・・・サヨウナラ・・・・ネエサン・・・・・・”
思い出すと同時に胸が張裂けそうな絶望感に襲われる。今ここで声を上げて泣出したかったが階下から上がってくる足音を聞きその衝動を辛うじて堪える。
ロビンと酒場で何度か見かけたトレルという医者が近付いてくる。
「ああ・・・・気が付いたようだね。よかった、君は3日も眠り続けていたんだよ。・・・・しかし意識が戻ってよかった。君は若いし、すぐに回復するだろう。」
そう言ってテキパキと診察を始める。診察が終わり階下に引き返そうとするトレルはさりげなく探りを入れてきた。
「ああ、そうそう。君が寝ている間に衛視が来ていたが・・・・・意識が無かったものでね、丁重にお引取り願ったが・・・・・・また、来ると言っていたよ。
おっと、食事を持ってくるよ、少し待っていてくれたまえ。」
アンジェラは衛視が来たと聞いてびっくりしたが、傷害事件だ、街中なら衛視が捜査に乗り出すのも道理だろう。
しかし、今は衛視が来てもまともに受け答えが出来る気がしなかった。なにより自分の中で気持ちの整理がついていなかったから。
「食事よりも・・・・・お酒を一杯、頂けないかしら?」重い溜息と共に声を出す。
「酒?3日も意識不明だったんだぞ。暫くアルコールは禁止だ。」呆れたようなトレル。
「アンジェラさん・・・・・ウォレスが行方不明で心配なのは分りますがゆっくり養生してください・・・・じゃあ、俺はまた夜にでも来ますから・・・お大事に」
そう言って二人は階下に降りて行った。
しばらくしてレヴィンが盆にスープを持ってアンジェラが寝ているベッドに運んできた。
「アンジェラさん、お加減はどうですか?食欲無いとは思いますがスープだけでも食べて下さいね。
このスープは兄さん特性の薬草スープで身体にとってもいいんですよ。あっ、薬草スープと言っても味は保証しますから大丈夫です。」
脳裏に兄に実験台にされた嫌な記憶が甦るがそんな事はおくびにも出さずに笑顔でいい終えるレヴィン。
「そう・・・・・ありがとう・・・・・後で食べるからそこに置いていってちょうだい・・・・・・今は一人で居たいの」
アンジェラは顔を伏せ力なく呟く。
レヴィンは何か言いたそうだったが、結局何も言わずにアンジェラを気遣わしそうに見、病室を後にした。
病室に一人取り残されたアンジェラは戦士の本能から食欲の無いままスープに口をつける。
スープは灰の味がした。これはこのスープに限った事ではなく今のアンジェラは何を食べても灰の味しか感じられなかっただろう。
食べ終えるとベッドに突っ伏し声を上げずにすすり泣き始める。
唇をきつく噛み泣き声を飲み下す・・・・・・傭兵時代に身に付いた悲しい癖だった。女だてらに戦場に立つアンジェラは他の傭兵に舐められないように
泣くときはいつも暗がりに隠れて声を出さずに泣くのだった。
泣きながらウォレスの事を考える。
”なぜ?あの子は私を殺そうとしたのかしら?・・・・・・失われたものを取り戻す為って言ってたけど・・・・・なぜ?・・・・・・私よりも
魔術の方があの子には大切だったの?”
いくら考えても答えは出そうに無かった。
不意に激しい怒りが湧きあがる。
”誰も彼も私を置いて行ってしまう!!・・・・・・これが私が戦場で血を流してきた報いだとでもいうの?・・・・・そんなことは絶対に認めないわ!
あの子が私を裏切るはず無いもの・・・・・私にはもう肉親と呼べるのはあの子しか居ないのに・・・・運命は私からあの子まで奪う気なの?”
この時アンジェラの脳裏にはこれまで過ごしてきた幾つもの戦場と彼女を残して逝ってしまった戦友の顔とウォレスと過ごした時が流れ去っていく。
怒りは急速に冷却され哀しさに変わる。
何時のまに眠ってしまったのだろう?気が付くと辺りは暗く静まり返っていた。
ふと人の気配を感じ目を開けると椅子に座ってうたた寝をしているロビンが見えた。アンジェラの看病に来てそのまま眠ってしまったらしい。
そのうちにうたた寝から目覚めたロビンと何気ない世間話を始める。ロビンが気を遣ってウォレスや傷の事を聞かないでくれた事がアンジェラには有難かった。
他愛無い話が暗く不安な心の雲を払ってくれるようだった。ロビンは不思議な男だとアンジェラは思う、普段は頼りないのに一緒に居ると心が穏かになる。
何時しか話すことも無くなりロビンが帰ると言ったとき急に寂寥感に襲われた。
だから、「今夜は一人で居たくないの・・・・・・・ずっと私を抱いていて欲しいの・・・・・・・」思わずそう口走ってしまった。
言われたロビンはあたふたしてしどろもどろに言い返す。「あ・・・・いや、その、まずいですよ・・・・そんな・・・・・」
「ロビン君は私のことが嫌い?」潤んだ目でそう聞かれ思わず頷いてしまうロビン。
ロビンの意外に逞しい腕に頭を持たせかけ目を閉じる。
「ごめんねロビン君・・・・・・でも誤解はしないでね。ただ抱いてくれるだけでいいの・・・・・・」そう言って安らかな眠りに落ちていくアンジェラ。
一方、アンジェラに腕を貸しているロビンの胸中は心穏かではいられなかった。アンジェラが身動きするたびに柔らかなものがロビンの身体に触れる。
その度に暴走しそうになる男の本能を理性で押えこむ。
”アンジェラさんは俺を信頼して身を預けてるんだ・・・・耐えろ、ロビン・・・・・くっそ〜、それにしてもウォレスの奴、こんな時にどこに行っているんだ?
会ったら絶対に文句を言ってやる。”そうウォレスを罵る事で何とか耐えるロビン。こうしてロビンにとっては拷問に等しい一夜が更けていった。
翌朝、ロビンはロックフィールド治療院を後にした。昨夜は一睡も出来なかったに違いない、目は真赤に充血し眼の下に隈まで作っていたのだから。
アンジェラはロビンのおかげで久々にゆっくり眠る事が出来、清清しい朝を迎える事が出来た。内心、ロビンには悪い事をしたと思わないでは無かったが。
今日は衛視が来る予定になっているはずだ。だがアンジェラの心はもう決まっていた。とにかくもう一度ウォレスに会って彼の真意を確かめなければならない。
今朝になって思い出した事だが、彼(ウォレス)が別れ際に言っていた取り引き相手・・・・・・・
彼がその取り引き相手に騙されているとしたら・・・・・・だからアンジェラは傷を負わせた犯人の顔は見ていないと言うつもりだった。
そう、希望を持っていたが最悪の結果も考えないではなかった。
ただどんな結果が待っていようとも自分の預かり知らないところで物事が動くのに我慢が出来ない、そんな気持ちだった。
だから覚悟を決める為に密かに自慢にしている髪を切る決心をした。それはちょうどウォレスがアンジェラを刺し闇の中に消えた日から4日後のことだった。
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