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No. 00054
DATE: 2000/02/03 01:48:25
NAME: ミュラ
SUBJECT: 邂逅【通り魔】
ミュラの目的は…諸般の事情があり、巷を騒がしている通り魔を討つ事。
通り魔は、パーティの一員であったランテシアの命を奪った。
盗賊ギルドから発見した場合、可能ならば正体を調べて報告する事。やむをえない場合は、処分する事との通達があった。
それに報酬といった金銭的な事もある。
ミュラが通り魔と見ているのは、交した言葉と腕の確かさから、先日裏通りにて対決したマントの男である。
だから目下の最大の目的はマントの男を狩る事。…勝てなくとも一矢を報いたいと決意している。
………余りにあっさりと負けた自分の不甲斐なさに、心底腹を立てているから…
しかし、これは的外れな事である。マントの男とはレイシャルムの事で、裏通りを徘徊していた事を諌めようとしただけであった。
この事は逆効果となり、それまで以上に裏通りの探索に固執する様になった。
だが、その場に居合わせた者達。そしてレイシャルムは事実をミュラに告げていない為、誤解は解けていない。
……自分の身を案じてくれた人を付け狙っているのだから…
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夜の闇濃い奥まった道で、僅かな光に照らされて二つの影が交錯していた。
一つは顔を覆面で隠し、長剣を振っている。身長・体格を見ると男性だろう。
もう一つは華奢な身体にソフト・レザーを纏って、巧みに男の攻撃を避けている。こちらは子供か女性と判断できる。
動きを見ると男の方は戦士として、小柄な方は盗賊としての訓練を積んでいる様だ。
小柄な影は俊敏に動き回り、相手に狙いを定めさせない。だが時折、動きが鈍くなる時があり、攻撃を仕掛けるのも散発的であった。
盗賊であるミュラは攻めあぐねていた。
戦士と真正面からぶつかり合った場合、自分に分が悪い事は理解しているが、この一戦は相手を圧倒している。
しかし、今一歩を踏み込めない。連夜における捜索の疲れと、その時に負った傷が動きを妨げている。
そして、目の前の男が目標では無い事を理解しているからだ。この男は噂を聞きつけて犯行に及んだ便乗犯だろう。
目標ではない以上、リスクは避けたい。下手に踏み込んでこれ以上の傷を負う事は、今後の行動に支障をきたす。
だが、このままズルズルと長期戦になる事も避けたい。
騒ぎを衛視にでも聞きつけられて、集まってこられたらたまったものではない。普通ならば歓迎する所だろうが、職業柄遠慮したい。
そして何より体格で劣り、動きの激しい自分の体力が、先に尽きる事は明白だから。
(焦ってはいけない。状況は相手にとっても同じ事…)
ミュラはそう自分に言い聞かせ、乱れかけた呼吸を整えるとチャンスを窺った。
冷静さを保ったミュラとは逆に、男は狙った獲物の反抗にかなり苛立っていた。
まだ年若い女で、手傷を負っている…金品を強奪した上で、欲望のはけ口とするのには格好の標的と思った。
しかし、実際は自分に手痛い反撃を与え、小馬鹿にした様に周りを動いている。
「ふざけやがって!!」
男は勝負を決めるべく剣を振り上げた。
(今っ!)
男がしびれをきらし、闇雲に仕掛けて来る。これこそがミュラの待っていた瞬間であった。
相手を無力化すべく、ミュラの動きが高まる。………が、いきなり姿勢を崩した。
何処からともなく、一条の光…ダガーがミュラを目掛けて投ぜられたのだった。
身の危険を察知したのだが、躱し切れなかった。ダガーはミュラの左腕…二の腕の部分に突き刺さった。
腕にはしる激痛に耐え、何とか体勢を立て直した。が……振り下ろされる男の剣が瞳に映る。
(避けられない!)
咄嗟に判断を下したミュラは、相手に向って踏み込み、相手の斬撃を左肩で受け止めた。
「……くっ…」
(…これで……左腕は当分死んだ…な…)
鍔元で受ける事によりダメージを軽減させたのだが、それでも浅からぬ傷を負ってしまった。しかし、そこで終った訳ではなかった。
ミュラは踏み込んだ勢いをそのままに、鳩尾に肘を打ち込む。そしてかがんだ相手の顔面に裏拳を叩き込んだ。
「…がっ…」
男はよろめきながらも、目の前の小生意気な獲物を屈服させんと掴みかかっていく。
だが、すでに勝敗の趨勢は決まっていた。
持ち前の素早さをいかし、男の腕から素早く逃れた。そしてミュラの上体は深く沈み、その反動で脚が跳ね上がる。
「ハッ!!」
裂帛の気合と共に、接近した状態での渾身の蹴りを放った。
自らの脚に感じる衝撃の確かさを確かめると、次なる襲撃者に立ち向かうべく姿勢を正す。
そして大地に沈んだ男を視界の隅で確認し、腕に突き刺さったダガーを引き抜いた。
その際、鮮血が溢れるがそんな事には頓着しない。
「出てこいっ!」
ダガーを握り締め、ミュラが声を張り上げる。
すると、横手の細道の暗がりから、にじみ出る様に男が現れた。
ミュラよりも一回りは小さい…背が曲げているので余計にそう見える。
「キシシシシッ。この程度の奴に後れをとるなんて、生ぬるい環境で腕を落したんじゃ無いのか。ん?」
男の姿を認めるなり、ミュラの手からダガーが放たれる。殺意が込められて……
「ケッ! 何しやがる。」
「何しやがるだと?! それはこっちのセリフだっ!!」
「フン。お前を助けてやろうとして、狙いが逸れただけだ。人様に文句をつけるよりも、避けられねぇ自分の無能さをどうにかしな。」
「なん……だ…と…」
怒りの余りミュラの言葉が途切れる。
「キシシッ。お前は無能だから、俺様達みたいな優秀な人間のフォローが必要なんだよ。どうだ、前の様に仲間にしてやってもいいんだぞ?」
男はミュラにスルスルと近づき、気安く肩に触れる。
「わたしに触るなっ!」
男の腕を乱暴に振り払い、嫌悪の表情を浮かべて飛び退る。
「オオ、コワイコワイ。人様の情けは受けておくもんだぜぇ?」
馬鹿にした様に…いや実際しているのだろう。男はいやらしい笑みを顔に張り付け、嘲笑する。
「……お前と…お前達と二度と組むつもりは無い!」
キッパリと拒否の意を露わにし、歩み去ろうとするミュラに男が声を掛ける。
「コイツはどうするんだ? 折角、苦労して狩ったのだろう?」
「見せしめにするなり、何処に突き出すなり、お前の好きにしろ! お前と同じ空気を吸っていると思うだけで吐き気がする!!」
ミュラはそう吐き捨てると、後ろも見ずに駆け出した。
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(…ついていない…今日はもう帰ろう……)
しんと静まった夜道をトボトボと歩くミュラの姿があった。
「左腕……熱い…」
(怪我を…何とかしないと…ロックフィールド治療院だっけ? 腕が良いみたいだし、行ってみようかな…)
こんな夜更けに訪れる事に引け目を感じながらも、背に腹は変えられない。
怪我をした箇所は止血をしてあるのみで、治療らしい治療はされていない。
(断わられたら…その時考えればいいや…)
「ふぅ……」
考える事を放棄し、溜め息を吐きながら夜空を仰ぎ見る。
冷たい光を湛える月。無数に輝く星。辺りの静けさ。身体に染み透ってくる涼気。ミュラの抱いている孤独感が一層強くなる。
まるでこの世界に、自分一人しか存在していないかの様に思えてしまう。このオランという大都市の中で……
「良い匂いがするね。ヤッパリ子供か、若い女の子のものが美味しいよ。」
突然発せられた言葉に、ミュラの背筋をゾクリとはしるものがある。
声のした方向を確認しても、夜の帳が邪魔をして姿が見えない。
「ちょっとやり過ぎたかな? 警戒は厳しくなるし、人の姿は少なくなるし。…ま、いいや。今日は久し振りの御馳走だし。」
楽しそうに…猫が鼠を弄ぶ様な響きをもった声が聞こえる。
(…な…に?…)
ミュラは「それ」が発する余りの異質な雰囲気にのまれていた。
「どうやって楽しもうかな? たっぷり遊ぶと面白いんだよね。その上血が美味しくなるし、いい事尽くめだね。」
(血?…まさか…血の匂いにひかれて来たの?…)
「あ、そうだ。この前の娘に出来なかった事を、この娘に試してみよう。その後でたっぷり血を味わえばいいや。」
ミュラの脳裏に、ランテと共に殺された人物の血液が無くなっていた事が浮かぶ。
(…こいつ…こいつが!?)
通り魔…今この場にいる「それ」が犯人なのか?
…もしかしたら真の犯人が殺人を犯した後に、血液を貪るといった自分の欲求を満たしたのかも知れない……
だが、どちらにしても相容れる存在では無い。敵を排除する為…自分を蝕む恐怖から逃れる為に、ミュラは行動を起こす。
隠し持っていたダガーを数本引き抜くと、まとめて声のする方向に投げた。
命中させるつもりはミュラには無かった。いや、この暗がりで姿の見えない相手に、複数の武器を投擲する…当たるとは思わない。
「おしいおしい、もうちょっと。……じゃあ、今度はこちらの番だね。」
「それ」は宣言をすると、朗々とミュラには理解出来ない言葉をつむぎはじめた。
(魔法っ!?)
ミュラの直感が危険を告げる。それに従って、自らの魔力を高めるべく精神を集中する。
魔法は使えなくとも、対抗する術は自分の内なるところに潜在する。しかし、抵抗に成功しても、その全てを相殺する事は難しい。
「きゃうっ!!」
輝く光と轟音がミュラの身体を打ち据える。衝撃に膝は砕け、意識を刈られそうになる。
「おやぁ、ちょっと強すぎたかな?」
スタスタと歩み寄って来る足音と共に、そんな呟きが聞こえる。
ぼやけた視界に影が映るが、「それ」を…相手を確認する事は出来なかった。
「もっと足掻いて欲しかったんだけどなぁ。これじゃ面白くないね。」
ゴソゴソと探る様な音に続いて、刃物が鞘から抜き放たれる。
(………せめ…て…)
ミュラは途切れそうになる意識を繋ぎ止めて、腰の短剣をまさぐる。
「オヤスミ…」
最期を告げる声…と同時にミュラは短剣を抜き、影がいると思われる所を薙ぎ払う。
「まだこんな力が残ってたんだ。」
嬉々とする声と一緒にミュラの耳には、何かが羽ばたく音が聞こえた気がした。
「なんだい? 目立つのはヤメロって? うるさいなぁ、楽しませてくれたって……周りが騒がしいね。あんな魔法使わなきゃ良かった。」
周囲に人の集まって来る気配がある。先程の魔法の余波が辺りに伝わったのだろう。特に人気の無い状態であった為に。
「御免ね、急いで帰らないといけなくなっちゃった。生かしといてあげるから、今度会った時はもっと楽しませてね。」
残念そうな…それでいて楽しそうな言葉を残し、「それ」は身を翻して闇に消えて行く。
「……待…て…」
消え入る様な声がミュラの口からもれる。そしてフラフラと立ち上がり、何処に消えたかもわからない相手を追おうとする。
「…確か…こっちで…」
この通りから大通りに向う道から、レヴィンが現れた。そして足取りの不確かなミュラを見つける。
「あのっ、大丈夫ですか?」
レヴィンは慌ててミュラに近づき、その身体を支える。支えたその手にヌルリとした感触がある。
「えっ? 怪我をしてる??」
「………………」
何事かを呟くと、ミュラの身体から完全に力が抜ける。
「えっ? なに? ……気を失っている………早く治療しないと……でも…何があったのだろう…」
英知と知識を司るラーダ神に祈りをささげ、奇跡を願う。弱々しかったミュラの呼吸が幾分、確かなものになる。
レヴィンはミュラを背負い、自分の家であるロックフィールド治療院に向う。
「…軽い……気がついたら事情を話してくれるかな…」
レヴィンの呟きは夜の闇に消えていった。
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